かぶき町で牛乳配達をする女の子
牛乳(人生)は噛んで飲め
おなまえをどうぞ
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【am.3:00】
身体に時計が組み込まれているかのように、ぱちりと目を開けると3時ちょうどだった。窓の外は真っ暗で、まだ真夜中。
***はぱっと布団から出ると、慣れた手つきでたたんでふすまにしまう。流しで顔を洗ったら、すぐに着替えて身支度を整える。
ちゃぶ台を出すと、パンと目玉焼で朝ごはんをすます。牛乳瓶をひとつ開けて、台所に立ったまま飲む。
「ふぅーーー…」
機械的に動いていた***は、牛乳を飲むとひと息つく。
足のけがで二週間休んでいた牛乳配達を、今日から復帰する。働きはじめてから約1年、ほぼ毎朝やっていた仕事を、こんなに長く休んだのははじめてで、***はとても不安だった。ちゃんと朝起きられるだろうか、仕事を忘れてないだろうか、と数日前からそわそわ。
パシッと両頬を手で叩き、よしっと気合を入れる。仕事用のショルダーバッグを肩からかけて、玄関を出る。自転車に巻き付いている、沖田からもらった鎖を外す。サドルに腰かけて、さあ出発!と意気込むと同時に、ハンドルから不格好な形で伸びた、サイドミラーが目に入る。
父親が無理やり自転車に取り付けた、原付用のサイドミラーは、銀時に出会ったあの朝、倒れた拍子に変な方向へと曲がってしまっていた。自分の手で直そうと、力任せに引っ張ったり、硬い物を打ち付けたりしたが、うんともすんとも言わない。どうしたものかと困り、昨日の夕方、万事屋へ電話して直しに来てもらったのだ。
「こんなのすぐに直せるネ、ホイ」
そう言って神楽がミラー部分を掴んで軽くひねると、グニャリと音がしそうなほど、あっけなく動いた。しかしミラーの位置がハンドルの中央真上まで来ていた。
神楽ちゃん、すごい!と喜ぶ***とは対照的に、銀時と新八の顔は真っ青になる。
「ちょっとおぉぉぉ!神楽ちゃんんんん!なにしてんの!これじゃ自転車乗ってるときに、顔しか見えないよ!なんの為のサイドミラーなのぉぉぉ?」
「身だしなみチェックに最適アル、女はいつでも綺麗でいたいものネ」
「鼻くそほじってるオメーに言われたくねぇよ!さっさと直せ!」
「しょうがないアルな、ホレ」
再びグニャリと曲がったサイドミラーは、今度はハンドルよりずっと下、カゴの真下に突き出すような位置に動いた。
「なんでだぁぁぁ!!全く意味ないよ!こんなところにミラーついてても、何の意味もないよ!」
「いや新八、ちょっと待て、よく見ろ!この位置でここに立てば、***がミニスカをはいていた場合ばっちりパンツが映る!パンツの色チェックに最適じゃぁねぇか!でかした神楽!!」
「銀ちゃん、私ミニスカはかないです」
「銀ちゃんサイテーネ、新八はキモイアル」
「僕は何も言ってねぇだろぉがぁぁぁ!!!」
その後も神楽や銀時によって、ぐにゃぐにゃと動かされ続けたミラーは、最終的にひどく波打つような不格好な形で、本来のミラーの位置へと落ち着いた。
「…***さん、これ、もし***さんのお父さんが見たら、驚くでしょうね」
「新八くん…うん、どうしたらこんな風になるのか心配するかも……でも、ありがとう!これでミラーも使えるようになったし、みんなのおかげでまた明日から安全運転でお仕事できそうです。お礼と言ってはなんですが、夕ご飯作ったから食べて行って!」
***農園の牛乳をたっぷり入れて作ったクリームシチューとたくさんのパン、それと実家から届いた卵で、大きなオムレツを作った。サイドミラーの修正に散々動き回ったから、三人ともお腹を空かせていて、信じられない速さで料理が無くなっていく。
「***!このシチューめっさ美味いネ、鍋ごと持ってくるアル!」
「ちょっと神楽ちゃん!僕らの分なくなっちゃうから、ちょっとは遠慮して。銀さんもなんとか言って下さいよ!」
「おーい、***、シチューおかわりぃ、なぁなぁパンもまだあんの?」
「はぁい、銀ちゃんも神楽ちゃんもシチューどうぞ、パンもいっぱいあるよ!ほらほら新八君も食べて食べて!」
いつもは***ひとりしかいない、殺風景な四畳半の部屋に、四人も人がいるとすごく狭く感じる。だけど家族の団欒のようにとてもにぎやかで、***の胸は温かくなる。三人にたくさんおかわりしてほしいから、自分は食べずに台所に立って、にこにこ笑って様子を見ている。
大きな鍋に大量に作ったシチューも、たくさん用意したパンも、全て空になる。デザートに牛乳プリンも出して、銀時が目を輝かして食べているのを、***はにこにこと見つめた。しばらくはちゃぶ台を囲んで、なんやかんやと喋ってくつろいでいたけれど、ふと時計を見た銀時が「おい、オメーら、***は明日朝早ぇんだ、そろそろ帰ぇるぞ」と言って立ち上がった。
「えっ、もう帰っちゃうの…」と、ふと沸き起こった寂しさが、口をついて出てしまう。***は、ぱっと口を押さえて、慌てて笑い顔を作ったけれど、三人には聞こえていて、そろって***を見つめている。
「ご、ごめんね…引き留めて困らせるつもりはないんだよ………ただ、なんか明日から仕事復帰って思ったら、ちゃんとできるかなって、すごく不安で……本当は自転車だって、自分で修理屋さんに持っていけばよかったんだけど、急にみんなの顔、見たくなって、それで電話しちゃったっていうか、その…えぇと、…ほんとにごめんね」
話しながらだんだんと眉が八の字に下がり、うつむいていく***を見て、万事屋の三人は顔を見合わせる。
銀時が「はぁ~」とため息をついた後で、目の前の小さな***の頭に、ぽんと大きな手をおいた。
「なぁにが、ごめんねだっつーの!あんなにサイドミラーぐにゃぐにゃにして謝んなきゃいけねぇのは俺たちじゃねぇか。それをこんなに飯まで食わせて、お前が謝るなんておかしいだろ」
「銀さんの言う通りですよ、***さん。仕事のない万事屋に仕事をくれて、ご飯まで食べさせてくれて、お礼を言っても言い足りないのは僕たちなんです。それに…もし***さんが僕らに会いたくなったら、いつでも万事屋に来ればいいし、僕らも会いたくなったら、遠慮せずに***さんに会いに来ますから、お互い様でしょう?だからそんな風に謝らないでください。」
「新八の言う通りネ、***、用がなくたって、会いたくなったらいつでも私のこと呼ばなきゃいけないアル。だって私たち友達ネ、会いたい時はすぐに飛んでくるのが友達でしょ?***が私に会いたい時が、私が***に会いたい時ヨ、わかったアルか?」
「…ぅん、そうだね、…ありがとう」
思いがけずかけられた優しい言葉に、瞳が熱くなり、ぼわぁと視界がぼやけてくる。必死で涙をこらえていたけど、まばたきをした瞬間に、ぽたっと一滴、大きな雫が落ちた。
「***!泣かなくていいネ、そんなに仕事に行くのが不安アルか?大丈夫ヨ!」と神楽になぐさめられている***を見て、銀時はどっちが子どもかわかんねぇな、と思う。
***の頭に置いた手で、その髪をぐしゃぐしゃと乱暴に撫でた。
「わっ!ぎ、銀ちゃん、やめてくださいよぉ!」
「はぁぁぁ…お前は色々考えすぎ!一年も休まず続けてきた仕事だろーが、明日んなりゃ勝手に身体が動いて、テメェのやるべきことをやってっから、心配すんな!片足立ちでレジ打ちするようなド根性女が、ちょっと仕事休んだくれぇで弱気になってんじゃねぇっつーの!こちとら万年仕事がなくて、仕事ってなんだっけ、働くってどういうことだっけって感じなの!社会人としてのアイデンティティも保てねぇの!そんな俺らに励まされてねぇで、胸張って行きやがれ!!」
ぐしゃぐしゃになった髪の隙間から見上げると、銀時の力強い赤い瞳と目が合う。その瞬間、この人の言う通りだと***は思う。そうだ、弱気になってないで、自分の身体に任せてみよう。自分のことを信じて、明日からまた頑張ってみよう、と素直にそう思えて、自然と顔がほころんだ。
「ふふっ…そうだね銀ちゃん、ありがとう」
「…おう、分かったなら良し!お前さぁ、メシも全然食わねぇし、上の空だし、なぁんか元気がねぇと思ったらそんなことかよ、ガキじゃねぇんだからしっかりしろ!ちゃんとメシ食え、そんでさっさと寝ろ!」
「……銀ちゃん、お父さんみたいです」
「誰がお父さんだッ!」と怒った顔で言い、頭にげんこつを落とすふりをする。「きゃぁー!」と頭を押さえて逃げながら、けらけらと笑う***の顔を見て、銀時も、その後ろにいる新八と神楽もほっとして笑ったのだ。
ぐにゃぐにゃに波打つサイドミラーで、後ろを気にしながら、牛乳屋へと自転車をこぐ。到着すると既におじさんもおかみさんも店を開けていて、配達する牛乳の準備で忙しそうにしている。しかし、現れた***を見て、ぱっと顔を明るくした。
「***ちゃん!いやぁ、足がよくなって本当に良かったよ!今日からまた、よろしく頼むよ!」
おじさんは人好きのする顔で笑いかけて、優しいけれど力強い手で、***の肩をぽんぽんと叩いた。***もつられてにこにこと笑い、準備された牛乳をどんどん自転車の荷台に積んでいく。
気を付けて行っといで、というおかみさんの声に見送られて、***はまだ真っ暗なかぶき町へと自転車をこぎだす。時計は4時少し前をさしていた。
真っ暗な道を進みながら、大丈夫、と***は思う。私はこの街でやっていける、と強く思う。変な人たちばかりの変な街、けがをしたり自転車を無くしたり、大変なことは沢山あるけれど、それでも私はこの街で生きていける。だって心強い友達ができたから、その友達が応援してくれているから。
荷台から時々牛乳瓶同士が触れ合うカタカタという音がする。“かぶき町中に新鮮な牛乳を届けます。とてもおいしいので、よく噛んで飲んでください”という***の言葉を、そういえば銀時は笑っていたっけ。
笑われたって構わない、私の仕事はかぶき町中に牛乳を届けることだから。そう思いながらも、あの時笑っていた銀時の、楽しそうな横顔がふと蘇る。その顔に勇気づけられる気がして、***の口元に微笑みが浮かぶ。
真っ暗なかぶき町、ゴロツキばかりの街、だけど怖くない。この街にも輝くような朝日が昇り、美しい朝がくることを、***はずっと前から知っているから。
自転車をこぐ力強い足が、一歩一歩、朝へと近づいていく。
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no.10【am.3:00】end
身体に時計が組み込まれているかのように、ぱちりと目を開けると3時ちょうどだった。窓の外は真っ暗で、まだ真夜中。
***はぱっと布団から出ると、慣れた手つきでたたんでふすまにしまう。流しで顔を洗ったら、すぐに着替えて身支度を整える。
ちゃぶ台を出すと、パンと目玉焼で朝ごはんをすます。牛乳瓶をひとつ開けて、台所に立ったまま飲む。
「ふぅーーー…」
機械的に動いていた***は、牛乳を飲むとひと息つく。
足のけがで二週間休んでいた牛乳配達を、今日から復帰する。働きはじめてから約1年、ほぼ毎朝やっていた仕事を、こんなに長く休んだのははじめてで、***はとても不安だった。ちゃんと朝起きられるだろうか、仕事を忘れてないだろうか、と数日前からそわそわ。
パシッと両頬を手で叩き、よしっと気合を入れる。仕事用のショルダーバッグを肩からかけて、玄関を出る。自転車に巻き付いている、沖田からもらった鎖を外す。サドルに腰かけて、さあ出発!と意気込むと同時に、ハンドルから不格好な形で伸びた、サイドミラーが目に入る。
父親が無理やり自転車に取り付けた、原付用のサイドミラーは、銀時に出会ったあの朝、倒れた拍子に変な方向へと曲がってしまっていた。自分の手で直そうと、力任せに引っ張ったり、硬い物を打ち付けたりしたが、うんともすんとも言わない。どうしたものかと困り、昨日の夕方、万事屋へ電話して直しに来てもらったのだ。
「こんなのすぐに直せるネ、ホイ」
そう言って神楽がミラー部分を掴んで軽くひねると、グニャリと音がしそうなほど、あっけなく動いた。しかしミラーの位置がハンドルの中央真上まで来ていた。
神楽ちゃん、すごい!と喜ぶ***とは対照的に、銀時と新八の顔は真っ青になる。
「ちょっとおぉぉぉ!神楽ちゃんんんん!なにしてんの!これじゃ自転車乗ってるときに、顔しか見えないよ!なんの為のサイドミラーなのぉぉぉ?」
「身だしなみチェックに最適アル、女はいつでも綺麗でいたいものネ」
「鼻くそほじってるオメーに言われたくねぇよ!さっさと直せ!」
「しょうがないアルな、ホレ」
再びグニャリと曲がったサイドミラーは、今度はハンドルよりずっと下、カゴの真下に突き出すような位置に動いた。
「なんでだぁぁぁ!!全く意味ないよ!こんなところにミラーついてても、何の意味もないよ!」
「いや新八、ちょっと待て、よく見ろ!この位置でここに立てば、***がミニスカをはいていた場合ばっちりパンツが映る!パンツの色チェックに最適じゃぁねぇか!でかした神楽!!」
「銀ちゃん、私ミニスカはかないです」
「銀ちゃんサイテーネ、新八はキモイアル」
「僕は何も言ってねぇだろぉがぁぁぁ!!!」
その後も神楽や銀時によって、ぐにゃぐにゃと動かされ続けたミラーは、最終的にひどく波打つような不格好な形で、本来のミラーの位置へと落ち着いた。
「…***さん、これ、もし***さんのお父さんが見たら、驚くでしょうね」
「新八くん…うん、どうしたらこんな風になるのか心配するかも……でも、ありがとう!これでミラーも使えるようになったし、みんなのおかげでまた明日から安全運転でお仕事できそうです。お礼と言ってはなんですが、夕ご飯作ったから食べて行って!」
***農園の牛乳をたっぷり入れて作ったクリームシチューとたくさんのパン、それと実家から届いた卵で、大きなオムレツを作った。サイドミラーの修正に散々動き回ったから、三人ともお腹を空かせていて、信じられない速さで料理が無くなっていく。
「***!このシチューめっさ美味いネ、鍋ごと持ってくるアル!」
「ちょっと神楽ちゃん!僕らの分なくなっちゃうから、ちょっとは遠慮して。銀さんもなんとか言って下さいよ!」
「おーい、***、シチューおかわりぃ、なぁなぁパンもまだあんの?」
「はぁい、銀ちゃんも神楽ちゃんもシチューどうぞ、パンもいっぱいあるよ!ほらほら新八君も食べて食べて!」
いつもは***ひとりしかいない、殺風景な四畳半の部屋に、四人も人がいるとすごく狭く感じる。だけど家族の団欒のようにとてもにぎやかで、***の胸は温かくなる。三人にたくさんおかわりしてほしいから、自分は食べずに台所に立って、にこにこ笑って様子を見ている。
大きな鍋に大量に作ったシチューも、たくさん用意したパンも、全て空になる。デザートに牛乳プリンも出して、銀時が目を輝かして食べているのを、***はにこにこと見つめた。しばらくはちゃぶ台を囲んで、なんやかんやと喋ってくつろいでいたけれど、ふと時計を見た銀時が「おい、オメーら、***は明日朝早ぇんだ、そろそろ帰ぇるぞ」と言って立ち上がった。
「えっ、もう帰っちゃうの…」と、ふと沸き起こった寂しさが、口をついて出てしまう。***は、ぱっと口を押さえて、慌てて笑い顔を作ったけれど、三人には聞こえていて、そろって***を見つめている。
「ご、ごめんね…引き留めて困らせるつもりはないんだよ………ただ、なんか明日から仕事復帰って思ったら、ちゃんとできるかなって、すごく不安で……本当は自転車だって、自分で修理屋さんに持っていけばよかったんだけど、急にみんなの顔、見たくなって、それで電話しちゃったっていうか、その…えぇと、…ほんとにごめんね」
話しながらだんだんと眉が八の字に下がり、うつむいていく***を見て、万事屋の三人は顔を見合わせる。
銀時が「はぁ~」とため息をついた後で、目の前の小さな***の頭に、ぽんと大きな手をおいた。
「なぁにが、ごめんねだっつーの!あんなにサイドミラーぐにゃぐにゃにして謝んなきゃいけねぇのは俺たちじゃねぇか。それをこんなに飯まで食わせて、お前が謝るなんておかしいだろ」
「銀さんの言う通りですよ、***さん。仕事のない万事屋に仕事をくれて、ご飯まで食べさせてくれて、お礼を言っても言い足りないのは僕たちなんです。それに…もし***さんが僕らに会いたくなったら、いつでも万事屋に来ればいいし、僕らも会いたくなったら、遠慮せずに***さんに会いに来ますから、お互い様でしょう?だからそんな風に謝らないでください。」
「新八の言う通りネ、***、用がなくたって、会いたくなったらいつでも私のこと呼ばなきゃいけないアル。だって私たち友達ネ、会いたい時はすぐに飛んでくるのが友達でしょ?***が私に会いたい時が、私が***に会いたい時ヨ、わかったアルか?」
「…ぅん、そうだね、…ありがとう」
思いがけずかけられた優しい言葉に、瞳が熱くなり、ぼわぁと視界がぼやけてくる。必死で涙をこらえていたけど、まばたきをした瞬間に、ぽたっと一滴、大きな雫が落ちた。
「***!泣かなくていいネ、そんなに仕事に行くのが不安アルか?大丈夫ヨ!」と神楽になぐさめられている***を見て、銀時はどっちが子どもかわかんねぇな、と思う。
***の頭に置いた手で、その髪をぐしゃぐしゃと乱暴に撫でた。
「わっ!ぎ、銀ちゃん、やめてくださいよぉ!」
「はぁぁぁ…お前は色々考えすぎ!一年も休まず続けてきた仕事だろーが、明日んなりゃ勝手に身体が動いて、テメェのやるべきことをやってっから、心配すんな!片足立ちでレジ打ちするようなド根性女が、ちょっと仕事休んだくれぇで弱気になってんじゃねぇっつーの!こちとら万年仕事がなくて、仕事ってなんだっけ、働くってどういうことだっけって感じなの!社会人としてのアイデンティティも保てねぇの!そんな俺らに励まされてねぇで、胸張って行きやがれ!!」
ぐしゃぐしゃになった髪の隙間から見上げると、銀時の力強い赤い瞳と目が合う。その瞬間、この人の言う通りだと***は思う。そうだ、弱気になってないで、自分の身体に任せてみよう。自分のことを信じて、明日からまた頑張ってみよう、と素直にそう思えて、自然と顔がほころんだ。
「ふふっ…そうだね銀ちゃん、ありがとう」
「…おう、分かったなら良し!お前さぁ、メシも全然食わねぇし、上の空だし、なぁんか元気がねぇと思ったらそんなことかよ、ガキじゃねぇんだからしっかりしろ!ちゃんとメシ食え、そんでさっさと寝ろ!」
「……銀ちゃん、お父さんみたいです」
「誰がお父さんだッ!」と怒った顔で言い、頭にげんこつを落とすふりをする。「きゃぁー!」と頭を押さえて逃げながら、けらけらと笑う***の顔を見て、銀時も、その後ろにいる新八と神楽もほっとして笑ったのだ。
ぐにゃぐにゃに波打つサイドミラーで、後ろを気にしながら、牛乳屋へと自転車をこぐ。到着すると既におじさんもおかみさんも店を開けていて、配達する牛乳の準備で忙しそうにしている。しかし、現れた***を見て、ぱっと顔を明るくした。
「***ちゃん!いやぁ、足がよくなって本当に良かったよ!今日からまた、よろしく頼むよ!」
おじさんは人好きのする顔で笑いかけて、優しいけれど力強い手で、***の肩をぽんぽんと叩いた。***もつられてにこにこと笑い、準備された牛乳をどんどん自転車の荷台に積んでいく。
気を付けて行っといで、というおかみさんの声に見送られて、***はまだ真っ暗なかぶき町へと自転車をこぎだす。時計は4時少し前をさしていた。
真っ暗な道を進みながら、大丈夫、と***は思う。私はこの街でやっていける、と強く思う。変な人たちばかりの変な街、けがをしたり自転車を無くしたり、大変なことは沢山あるけれど、それでも私はこの街で生きていける。だって心強い友達ができたから、その友達が応援してくれているから。
荷台から時々牛乳瓶同士が触れ合うカタカタという音がする。“かぶき町中に新鮮な牛乳を届けます。とてもおいしいので、よく噛んで飲んでください”という***の言葉を、そういえば銀時は笑っていたっけ。
笑われたって構わない、私の仕事はかぶき町中に牛乳を届けることだから。そう思いながらも、あの時笑っていた銀時の、楽しそうな横顔がふと蘇る。その顔に勇気づけられる気がして、***の口元に微笑みが浮かぶ。
真っ暗なかぶき町、ゴロツキばかりの街、だけど怖くない。この街にも輝くような朝日が昇り、美しい朝がくることを、***はずっと前から知っているから。
自転車をこぐ力強い足が、一歩一歩、朝へと近づいていく。
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