土器土器体育祭

障害物競走



テントに戻ると、俺の席の前で校庭を見ている上野が立っていた。
すぐに俺に気付いて急ぐ様に手を上下に動かした。
「始まった?」
「まだ!次だよ!」

上野に近付く際に小森の姿を探したが、どうやらテントにはいないようだった。
上野の隣に並んで校庭を見る。
すぐに目的の人物は分かった。
4人並んだ内、1人だけ顔が半分黒いから。

見慣れてるとはいえ、こう見ると不気味だな。体操着着てるのがシュールだった。
他のテントから見てる生徒が二度見してるのが分かって苦笑いした。
直立して障害物を眺めている遠坂は目立っていることに気付いてなさそうだが。

テントに戻ってきたら前髪もう少し切るように伝えてみるか。

考えているとパンッと乾いた合図が鳴り、4人が走り出した。
改めて全体を見て障害物は何か確認する。
はじめに網があり、ハードル、平均台、けん玉、跳び箱、風船割り、最後に長机にコップが。

…なんだあれ。

順調に遠坂が2番という好スタートでハードルを終え、平均台を渡っているのを見ながら隣にコップについて聞いてみる。

「最後のところに置いてるコップの中身って何か知ってる?」
「青汁だよ!」
青汁かぁ。

ポンポンを振っていた上野が、聞いた俺に顔を向けて元気に答えてくれた。はじめの走者のタイミングで放送部が言っていたらしい。
最後にそれを置くとこ、気を遣ってるつもりか?喉乾いただろって?と思った俺は考えすぎか。

疑問が晴れたところで上野に倣って俺も置いてあったポンポンを持ち、ゴールまで残り半分を過ぎた遠坂を応援することにした。

障害物競走は単純に足の速さが必要なものではないから、遠坂と共に走る生徒も特に運動部で固められているわけではなさそうだった。とはいえ、あえて高く設置された跳び箱を軽々と越えていく遠坂の身のこなしに感心する。
やっぱり体育の授業でも思ってたけど、遠坂って運動神経良いんだろうな。

順調に進み、残る障害は2つ。
遠坂より先に着いていた生徒が風船を脚に挟んで潰そうとしているが苦戦していた。クラス関係無く声援が飛ぶ。そんな中、2着目の遠坂が落ち着いた様子で風船を片手で拾い、脚に挟んだ。

弾け飛んだ。

苦戦していた生徒が遠坂を驚愕の表情で見たが、観客の俺らも同じ気持ちです。
どういう筋肉してんだよ。

『な、なんと!2着で風船割りに挑戦したトオサカくんが難なくクリア〜!?残るは健康ドリンク青汁だけだ!セガワくんは風船割りを終えて追いつけるか〜?!残る2人もまだ間に合うよ!頑張れ!』
颯爽と駆け足で青汁の待つ机に向かう遠坂に放送部が場を盛り上げる。
風船割りでどよめいたクラスメイトも、最後の障害に向かう遠坂に一際大きく声援を送る。

「遠坂くんがんばれ〜!」
「健康ー!」

声援に上野と俺の声が混じる。
俺の声援がおかしい?
大事だろ健康。
俺は飲みたくないが。

観客が見守るなか机に到着し、コップを手にした遠坂。
コップを少し傾けて中身を見る。傾き具合からしてコップになみなみに注がれているらしい。け、健康想い。

縁を口元に持っていき、喉を動かして一気飲みしていく姿に観客が盛り上がった。
漢らしい。
遠坂はそのまま止まることなく飲み切り、コップを机に置いた。
一息ついて口元を親指で拭う姿はなんか、かっこよかった。

ジョギングしてゴールに向かう遠坂。走り出した遠坂の後に、風船割りに苦戦していたセガワくんと放送で呼ばれていた生徒が青汁にたどり着いたが、遠坂より早く飲めたとしても到底追いつきそうにない距離だった。

そして、放送部が盛り上げる中、余裕で遠坂は1着でゴールのテープを切ったのだった。

チワワ達が「なんか、遠坂…ちょっとかっこよかったよね…?」と話しているのが聞こえて俺は嬉しくなった。
だろ。
友達が好意的に見られるのは素直に嬉しい。
髪型さえ普通だったら、小規模でも親衛隊ができている気がする。
最も、遠坂は興味ないだろうが。

遠坂の応援が終わった俺は椅子に座って惰性でポンポンを動かしていたが、次の競技である借り物競走の放送が流れ、移動をする準備を始めた。

「あれ?柴、耳にイヤホンつけてる?」

ポンポンを置いた俺を見て上野が耳にある異物に気付いたようだった。
ドキッとする。
発言に気を付けつつ口を開いた。
「おー、やっぱ次借り物競走だし、やる気でなかったから音楽でも聞こうと思って」
「ふーん…。」とは言ったが、納得してなさそうだった。

「…隠し事してる?」
「なんでだよ。してねえって」
内心焦るのを顔に出さないようにしていると、上野が素早く俺の耳からイヤホンを抜いた。

「あっおい」
ヤバい。

制止する俺を気に留めず、手にしたイヤホンを素早く耳に付けた上野の体操着を掴む。

が、耳を澄ませたように目線を下に向けた上野は数回瞬きをしてすぐ、こっちを向いた。

「これ、アニソン?」

気まずい顔で上野からイヤホンを奪うと、ポケットに直して目を逸らした。
「……そうだよ。文句あるかよ」
「ウソじゃなかったんだ…。」
「いやなんで嘘つくんだよ。じゃあ、放送かかったから行ってくる」

驚いたままの上野に苦笑して立ち上がった。
気が抜けたように笑った上野が送り出してくれるのに手を軽く振り、テントから出た。


テントから離れ、小さく息を吐く。

あせっっっっった〜〜!

内心ひやっひやだった。
加賀屋先輩の言った通りだったな。
思い返すのは、イヤホンを受け取り、解散直前のことだった。

──「競技の間は放送部に尋ねられると面倒だから外してネ。あと、狼谷くんは髪長いから隠せるけどうーたんは難しいと思うから、イヤホンのこと聞かれたら音楽聴いてるってコトで!それで、音楽流しておくけどリクエストある?」
「じゃあ…アニソンで」
「アニソン?ラブライブ!とか?」
「適当でいいです。聞かれた時に言いづらい選曲の方が都合良いだろ?」
「なる〜流石だネ…オッケー!」──

流行りの曲とかにしなかったのは、もし興味を持たれた時にそのまま貸すことにならないためでもあったが、まあ普通にテンション上がるしアニソンで正解だったな。

適当に、とリクエストしたが、選曲は俺が知ってる曲しか流れてなかった。不服ではあるが、流石ストーカーとしか言えない。

集合場所に集まっているクラスメイトが見えて意識を次の競技に向けて気を取り直す。



「(……お願いマッソーめっちゃモテたーい)」

「(筋トレの曲…?知らねェ曲しか流れねェ)」
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