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第1章
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第2話
『明後日には、都内の指定のホテルに入ってください』
大真柱からの無慈悲な通告。
それは、チカの平穏な日常を粉々に砕く爆撃だった。
「……嘘でしょ、明後日?」
チカは、電話を握りしめたまま呆然と立ち尽くした。
今はのんびりと油絵を描いている場合ではない。
まず仕事だ。
急いで職場である美術館に欠勤の連絡を入れなければ。
「あ、もしもし……あの、急な家庭の事情で、数日お休みをいただきたくて……」
おずおずと切り出したチカの言葉を、電話の向こうの事務局員は食い気味に遮った。
『あ、チカさん! 分かってます、分かってますよぉ。大真柱からさっき連絡ありましたから!』
「えっ、知ってるんですか?」
『もちろんです! あのブックマンJr.様とお見合いなんて、当館の誇りですよ! 我らの仲間からついに……! 準備、頑張ってくださいね!』
……なぜか職場の全員が知っていた。
筒抜け。いや、掌握されている。
これが一族のネットワークの恐ろしさか。
チカは遠い目をして、そっと通話を切った。
しかし、祭りは家の中でも起きていた。
「チカーーーっ!! 」
バタン! とドアが開き、母が文字通り踊りながら飛び込んできた。
「見たわよテレビ! さっきのラビ様、なんて素敵なの! あの人があなたの旦那様になるなんて、お母さん、もう死んでもいい……!」
「お母さん、まだお見合いが決まっただけで、結婚じゃないから」
「何言ってるの、対象に選ばれたってことは、もう決まったようなもんよ! 待ってて、今すぐお父さんに報告してくるわ!!」
母はチカの制止をきかず、廊下をスキップする勢いで駆け抜けていった。
そのままサンダルを引っ掛けて外へ飛び出し、牛舎でせっせと牛の世話をしている父のもとへ、文字通りの爆走を開始する。
「お父さーーーん! チカが結婚よー! 寿退社よーー!!」という絶叫が、のどかな田園風景にこだましていた。
一人、嵐の後のような自室に残されたチカ。
彼女は、お見合いという名の戦場へ行くための装備を確認すべく、クローゼットを勢いよく開けた。
「……あ」
そこに並んでいたのは。
毎日着ている、ちょっとくたびれた仕事用スーツ。
就活時代の、硬いリクルートスーツ。
親戚の葬儀で着た、真っ黒な礼服用スーツ。
そして、至るところに原色の絵の具が飛び散った、作業用のスモック。
「……詰んだ」
どこをどうひっくり返しても、あのテレビの向こう側で「形式がどうの」とスタイリッシュに語っていた男の隣に立てる服がない。
鏡の中の自分は、どう見ても「由緒正しい一族の婚約者候補」ではなく、「田舎の隅っこに生息している、絵の具まみれのモブ」だった。
「どうしよう……リクルートスーツで、『御社が第一志望です』って顔で行けばいいのかな……」
そんなわけがない。相手はあのブックマンJrだ。
「服どうしよう……。いとこに借りればいいのかな……」
クローゼットの前で、チカはぽつりと呟いた。
その時。
――バーンッ!!
鼓膜を突き破るような勢いでドアが開いた。
「何言ってるの、今すぐ街に降りるわよ!」
「……お、お母さん」
振り向く暇もなかった。
「お父さんのところ、行ってたんじゃ……」
「こういう時だけはお母さんの足は速いのよ! さ、行くわよ!」
「え?」
返事をする間もなく、ずるずると腕を引かれる。
「どうせ断られるに決まってるんだから、買うだけ無駄だよ」
「何言ってるの!!」
即答だった。
「どんな可能性が転がってるか分からないでしょ!? それにあなたは磨けば美人なのよ! 私に似て!」
「……そうなんだ」
納得はしていないが、ここで否定して時間を食うほどチカは愚かではなかった。
❄︎ ❅ *. ❅ ✥ ✣ ✤
軽トラが田舎道を唸りながら走る。ガタガタと激しく揺れる車内。
助手席で、[#dn=1#]はぼんやりと窓の外を見つめていた。
(……街、久しぶり)
隣でハンドルを握る母は、機関銃のように喋り続けている。
「まずは服よね、それから髪、それから肌、それから――忙しくなるわね!」
「着いたわよ!」
急ブレーキと共に目の前に現れたのは、場違いなほど高級感を漂わせる看板。
『ブティックむらしま』
ガラス張りの店内から漏れる洗練された空気は、今の自分たちには毒が強すぎる気がした。
「ほら、入るわよ!」
「……はい」
「この子に合うもの、見繕ってちょーだい!」
母の声が店内に響き渡る。
店員が一瞬だけ目を丸くしたが、すぐにプロの笑顔を取り戻した。
「かしこまりました」
チカが店員に連れられて奥へ下がる。その背中を見送った瞬間――。
母は素早くスマホを取り出した。
(よし)
親指が高速で画面を叩く。
検索窓に打ち込まれるのは、もはや戦略指令だ。
【エステ 当日予約】
【美容院 即日 空き】
「……ここね」
迷いはない。即、タップ。予約確定。
さらに別画面を開く。
【眉 整え方】
【ナチュラルメイク 初心者】
(この子……絶対できないわ、プロに教えてもらわなきゃ)
もう一件、追加で予約を入れる。
「……完璧」
満足げに頷く母。
「こういう時くらい、母がちゃんとしてあげないとね」
試着室での格闘。三着目。
「……動きづらいです」
「これなんかどうかしら!?」
母が差し出したのは、お姫様が着そうなフリフリの淡いラベンダーの華やかなドレス。
「……落ち着きません」
「似合ってるわよ!?」
「……そうですか」
(でも、違う気がする·····)
すると、見かねた店員が別の一着を差し出した。
無地。淡い色。一切の装飾を削ぎ落とした、潔いデザイン。
チカは、吸い寄せられるようにそれを手に取った。鏡の前に立つ。
「……」
少しだけ、首を傾ける。
「……これにします」
「そっち!?」
「……はい」
「もっと華やかな方が……!」
「……これがいいです」
理由は言わない。ただ、視線は動かなかった。
母はしばらくチカをじっと見つめていたが。
「……分かったわ」
と、観念したように肩を落とした。
会計の際、母はこっそりとチカ用の新しい下着を追加した。
「万が一ってこともあるしね」
(何の万が一だろう)
チカの純粋な疑問は、母の熱気にかき消された。
それからは怒涛の美のフルコースだった。
美容院で、「前髪、もう少し軽くしましょうか?」と聞かれれば「……はい」と答え、
エステで、「少し冷たいですよ」と言われれば「……はい」と答える。
夕方、ようやく帰宅。
チカは玄関の框に座ったまましばらく動けなかった。
(……疲れた)
その日の夜。
チカは机に向かい、スケッチブックを取り出した。
鉛筆を持つ。一本の線を引く。
(落ち着く……)
「――あんた、また!!」
背後から母の声が飛んできた。
「夜更かししようとして! ダメ! 寝なさい!」
「……はい」
布団に入り、電気を消す。
あたりは静まり返り、風の音だけが聞こえる。
(……)
目を閉じる。けれど、指先がむずむずして止まらない。
(……少しだけ、描きたい)
布団の中で手を握り締める。
「……だめ」
小さく呟き、自分に言い聞かせる。
眠れないまま、静かに時間は過ぎていった。
❄︎ ❅ *. ❅ ✥ ✣ ✤
翌日、昼過ぎ。
軽トラの前に置かれた、場違いにピカピカのキャリーケース。
「じゃあ、行くわよ」
母が、妙に真面目な、どこか寂しそうな顔で言った。
「……はい」
車に乗り込む直前、母がふと思い出したように口を開く。
「いい? 誘われたら拒んじゃダメよ」
「……何を?」
「何でもよ!!」
「……はい」
よく分からないまま頷く。
母は心配そうにチカの顔を覗き込んだ。
「あなた、お化粧少しは出来るようになった?」
「YouTube見ながらやるから大丈夫だよ」
「……」
母、絶望したように両手で顔を覆う。
「お母さん……?」
「こんな日に限って不安しかないわ……!」
「キャンバスに色塗れてるから、出来るよ」
「違うのよぉ!!」
お母さんの絶叫を置き去りに、軽トラが走り出す。
田舎道から、国道へ。そして、その先へ。
チカは窓の外を見つめた。
(……行くんだ)
テレビの中の人。会ったことのない人。
これから会う、冷たい瞳の男。
「……」
小さく、息を吐く。
(……どうなるんだろう、これから·····)
つづく、2026/03/21
『明後日には、都内の指定のホテルに入ってください』
大真柱からの無慈悲な通告。
それは、チカの平穏な日常を粉々に砕く爆撃だった。
「……嘘でしょ、明後日?」
チカは、電話を握りしめたまま呆然と立ち尽くした。
今はのんびりと油絵を描いている場合ではない。
まず仕事だ。
急いで職場である美術館に欠勤の連絡を入れなければ。
「あ、もしもし……あの、急な家庭の事情で、数日お休みをいただきたくて……」
おずおずと切り出したチカの言葉を、電話の向こうの事務局員は食い気味に遮った。
『あ、チカさん! 分かってます、分かってますよぉ。大真柱からさっき連絡ありましたから!』
「えっ、知ってるんですか?」
『もちろんです! あのブックマンJr.様とお見合いなんて、当館の誇りですよ! 我らの仲間からついに……! 準備、頑張ってくださいね!』
……なぜか職場の全員が知っていた。
筒抜け。いや、掌握されている。
これが一族のネットワークの恐ろしさか。
チカは遠い目をして、そっと通話を切った。
しかし、祭りは家の中でも起きていた。
「チカーーーっ!! 」
バタン! とドアが開き、母が文字通り踊りながら飛び込んできた。
「見たわよテレビ! さっきのラビ様、なんて素敵なの! あの人があなたの旦那様になるなんて、お母さん、もう死んでもいい……!」
「お母さん、まだお見合いが決まっただけで、結婚じゃないから」
「何言ってるの、対象に選ばれたってことは、もう決まったようなもんよ! 待ってて、今すぐお父さんに報告してくるわ!!」
母はチカの制止をきかず、廊下をスキップする勢いで駆け抜けていった。
そのままサンダルを引っ掛けて外へ飛び出し、牛舎でせっせと牛の世話をしている父のもとへ、文字通りの爆走を開始する。
「お父さーーーん! チカが結婚よー! 寿退社よーー!!」という絶叫が、のどかな田園風景にこだましていた。
一人、嵐の後のような自室に残されたチカ。
彼女は、お見合いという名の戦場へ行くための装備を確認すべく、クローゼットを勢いよく開けた。
「……あ」
そこに並んでいたのは。
毎日着ている、ちょっとくたびれた仕事用スーツ。
就活時代の、硬いリクルートスーツ。
親戚の葬儀で着た、真っ黒な礼服用スーツ。
そして、至るところに原色の絵の具が飛び散った、作業用のスモック。
「……詰んだ」
どこをどうひっくり返しても、あのテレビの向こう側で「形式がどうの」とスタイリッシュに語っていた男の隣に立てる服がない。
鏡の中の自分は、どう見ても「由緒正しい一族の婚約者候補」ではなく、「田舎の隅っこに生息している、絵の具まみれのモブ」だった。
「どうしよう……リクルートスーツで、『御社が第一志望です』って顔で行けばいいのかな……」
そんなわけがない。相手はあのブックマンJrだ。
「服どうしよう……。いとこに借りればいいのかな……」
クローゼットの前で、チカはぽつりと呟いた。
その時。
――バーンッ!!
鼓膜を突き破るような勢いでドアが開いた。
「何言ってるの、今すぐ街に降りるわよ!」
「……お、お母さん」
振り向く暇もなかった。
「お父さんのところ、行ってたんじゃ……」
「こういう時だけはお母さんの足は速いのよ! さ、行くわよ!」
「え?」
返事をする間もなく、ずるずると腕を引かれる。
「どうせ断られるに決まってるんだから、買うだけ無駄だよ」
「何言ってるの!!」
即答だった。
「どんな可能性が転がってるか分からないでしょ!? それにあなたは磨けば美人なのよ! 私に似て!」
「……そうなんだ」
納得はしていないが、ここで否定して時間を食うほどチカは愚かではなかった。
❄︎ ❅ *. ❅ ✥ ✣ ✤
軽トラが田舎道を唸りながら走る。ガタガタと激しく揺れる車内。
助手席で、[#dn=1#]はぼんやりと窓の外を見つめていた。
(……街、久しぶり)
隣でハンドルを握る母は、機関銃のように喋り続けている。
「まずは服よね、それから髪、それから肌、それから――忙しくなるわね!」
「着いたわよ!」
急ブレーキと共に目の前に現れたのは、場違いなほど高級感を漂わせる看板。
『ブティックむらしま』
ガラス張りの店内から漏れる洗練された空気は、今の自分たちには毒が強すぎる気がした。
「ほら、入るわよ!」
「……はい」
「この子に合うもの、見繕ってちょーだい!」
母の声が店内に響き渡る。
店員が一瞬だけ目を丸くしたが、すぐにプロの笑顔を取り戻した。
「かしこまりました」
チカが店員に連れられて奥へ下がる。その背中を見送った瞬間――。
母は素早くスマホを取り出した。
(よし)
親指が高速で画面を叩く。
検索窓に打ち込まれるのは、もはや戦略指令だ。
【エステ 当日予約】
【美容院 即日 空き】
「……ここね」
迷いはない。即、タップ。予約確定。
さらに別画面を開く。
【眉 整え方】
【ナチュラルメイク 初心者】
(この子……絶対できないわ、プロに教えてもらわなきゃ)
もう一件、追加で予約を入れる。
「……完璧」
満足げに頷く母。
「こういう時くらい、母がちゃんとしてあげないとね」
試着室での格闘。三着目。
「……動きづらいです」
「これなんかどうかしら!?」
母が差し出したのは、お姫様が着そうなフリフリの淡いラベンダーの華やかなドレス。
「……落ち着きません」
「似合ってるわよ!?」
「……そうですか」
(でも、違う気がする·····)
すると、見かねた店員が別の一着を差し出した。
無地。淡い色。一切の装飾を削ぎ落とした、潔いデザイン。
チカは、吸い寄せられるようにそれを手に取った。鏡の前に立つ。
「……」
少しだけ、首を傾ける。
「……これにします」
「そっち!?」
「……はい」
「もっと華やかな方が……!」
「……これがいいです」
理由は言わない。ただ、視線は動かなかった。
母はしばらくチカをじっと見つめていたが。
「……分かったわ」
と、観念したように肩を落とした。
会計の際、母はこっそりとチカ用の新しい下着を追加した。
「万が一ってこともあるしね」
(何の万が一だろう)
チカの純粋な疑問は、母の熱気にかき消された。
それからは怒涛の美のフルコースだった。
美容院で、「前髪、もう少し軽くしましょうか?」と聞かれれば「……はい」と答え、
エステで、「少し冷たいですよ」と言われれば「……はい」と答える。
夕方、ようやく帰宅。
チカは玄関の框に座ったまましばらく動けなかった。
(……疲れた)
その日の夜。
チカは机に向かい、スケッチブックを取り出した。
鉛筆を持つ。一本の線を引く。
(落ち着く……)
「――あんた、また!!」
背後から母の声が飛んできた。
「夜更かししようとして! ダメ! 寝なさい!」
「……はい」
布団に入り、電気を消す。
あたりは静まり返り、風の音だけが聞こえる。
(……)
目を閉じる。けれど、指先がむずむずして止まらない。
(……少しだけ、描きたい)
布団の中で手を握り締める。
「……だめ」
小さく呟き、自分に言い聞かせる。
眠れないまま、静かに時間は過ぎていった。
❄︎ ❅ *. ❅ ✥ ✣ ✤
翌日、昼過ぎ。
軽トラの前に置かれた、場違いにピカピカのキャリーケース。
「じゃあ、行くわよ」
母が、妙に真面目な、どこか寂しそうな顔で言った。
「……はい」
車に乗り込む直前、母がふと思い出したように口を開く。
「いい? 誘われたら拒んじゃダメよ」
「……何を?」
「何でもよ!!」
「……はい」
よく分からないまま頷く。
母は心配そうにチカの顔を覗き込んだ。
「あなた、お化粧少しは出来るようになった?」
「YouTube見ながらやるから大丈夫だよ」
「……」
母、絶望したように両手で顔を覆う。
「お母さん……?」
「こんな日に限って不安しかないわ……!」
「キャンバスに色塗れてるから、出来るよ」
「違うのよぉ!!」
お母さんの絶叫を置き去りに、軽トラが走り出す。
田舎道から、国道へ。そして、その先へ。
チカは窓の外を見つめた。
(……行くんだ)
テレビの中の人。会ったことのない人。
これから会う、冷たい瞳の男。
「……」
小さく、息を吐く。
(……どうなるんだろう、これから·····)
つづく、2026/03/21