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番外編
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玄関の鍵が回る音がした。
チカはぱたぱたと廊下を歩いて、扉の前で足を止める。
一呼吸してから開けると、そこには長旅の空気を薄くまとったラビが立っていた。
「ラビさん、おかえりなさい」
「ああ、ただいまさ」
ラビは靴を脱ぎながら、いつものように軽く目を細める。
「……何、その顔」
「顔?」
「なんか、言いたそう」
チカは小さく瞬いた。
それから、こくりと頷く。
「ラビさん」
「なに?」
「驚かないで聞いてください」
「ん?」
ラビはジャケットを脱ぎかけた手を止めた。
チカはまっすぐにラビを見る。
声は静かだった。
静かすぎて、最初の一秒は何を言われたのか分からないくらいに。
「私、妊娠しました」
沈黙。
ラビの動きが止まる。
本当に、ぴたりと。
脱ぎかけたジャケットを片手に持ったまま、表情だけが抜け落ちる。
「……はい?」
ようやく出た声は、間の抜けた音だった。
チカは続ける。
「今日、病院で確認してきました」
「……え」
「八週目だそうです」
「……」
ラビの手から、ジャケットがずるっと滑り落ちた。
床に落ちる。
でも拾わない。
拾うどころか、呼吸の仕方すら少し忘れたみたいな顔で、ただチカを見ている。
「ほんとに?」
それは確認というより、願うみたいな声だった。
「はい」
チカが頷く。
そこでようやく、ラビの喉がごくりと鳴った。
一歩。
また一歩。
脱いだ靴を乱したまま、ラビがゆっくりチカに近づく。
視線が、自然とチカの腹へ落ちた。
まだ何も変わっていないように見える。
見えるのに、そこにもう“いる”のだと思った瞬間、ラビの顔がひどく静かになる。
「……」
言葉が出ない。
チカはそんなラビを見上げて、少しだけ首を傾げた。
「ラビさん」
「……うん」
「怒りませんか?」
ラビが顔を上げる。
「なんで俺が怒るの」
「急だったので」
「急、って」
ラビはそこで初めて、かすかに笑った。
笑ったというより、混乱の隙間から漏れた息に近い。
「いや、急だけど…。まあ、身に覚えはあるし…」
片手で顔を覆う。
その肩が、ほんの少しだけ震えた。
チカはそれを見て、一瞬だけ不安になる。
「……ラビさん?」
「待って」
ラビは顔を覆ったまま言った。
「今ちょっと、無理」
「……無理?」
「嬉しすぎて」
その一言で、チカの目が少しだけ丸くなる。
ラビはゆっくり手を下ろした。
目元が少し赤い。
でも口元はちゃんと笑っていた。
作ったやつじゃない。
チカがずっと見たかった、ほんとうの笑い方だった。
「……俺、今たぶん、人生で一番ちゃんと驚いてる」
「そうなんですか」
「そうだよ」
ラビは近づいて、今度こそチカの目の前で止まる。
「触っていい?」
チカはすぐに頷いた。
「はい」
ラビの手が、おそるおそるチカの腹へ伸びる。
触れる。
ほんの少しだけ。
壊れ物に触るみたいな、信じられないくらい慎重な指先だった。
「……ここに?」
「はい」
「俺の?」
「はい。Jr.のJr.が」
ラビはそのまま、しばらく何も言わなかった。
指先を置いたまま、ただそこにいる何かを確かめるみたいに黙っている。
やがて、ぽつりと呟く。
「……最悪」
チカが瞬く。
「悪い意味ですか」
「違う」
即答だった。
ラビは目を閉じ、額をチカの肩にこつんと預ける。
「全然違うさ」
その声は少し掠れていた。
「俺、もう、何から考えればいいのか分かんない」
「順番にでいいと思います」
「そういうとこなんだよ」
ラビは小さく笑う。
それから腕を伸ばして、チカを抱きしめた。
今までのどの抱きしめ方よりも慎重で、でもずっと深い。
包むみたいに、守るみたいに。
チカもその背にそっと手を回す。
「……ラビさん」
「なに」
「おかえりなさい」
ラビは一瞬だけ止まって、それから喉の奥で笑った。
「ただいま」
少し間を置いて、もう一度。
今度はもっとやわらかい声で。
「……ただいま。チカ」
おわり❤2026/04/23
もしものお話しなので、本編で妊娠しても違う対応をするかもしれません(`☝️꒳´ )ノンノンノン
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