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第1章
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第1話、
朝日が、ホテルの高層階の窓から遠慮なしに差し込んでくる。
街全体がまだ寝ぼけているような、静かすぎる朝。
ローテーブルの上には、昨夜の残りのウイスキーボトル。
グラスの底では、氷がすっかり溶けて透明な水になっていた。
「……ん、はやーい。もう起きてたのぉ?」
ベッドの中から、甘ったるい声が飛んでくる。
シーツを抱きしめて寝返りを打つ女の肩に、真っ白な光が落ちた。
ラビは窓際に立ち、無言でシャツの袖をボタンで留める。
その動きには、一ミリの無駄もない。
ただの作業。ただのルーティーン。
「……ああ」
短く返して、一瞬だけ女を見た。
そこにあるのは、愛着でも後悔でもない。ただの事実を確認するだけの、冷めた視線。
「帰るの?」
ネクタイを締める指先が、滑らかに動く。
「あんたに言う必要が?」
「えー?冷たーい!昨日はあんなに優しかったのにぃ」
「昨日はストライクだったからな」
「どういうこと?」
「ん?」
ジャケットを羽織り、鏡の前で肩を回す。
鏡の中の男は、欠点が見当たらない。
「ねえ、また会える?」
わずかな沈黙。
脳内の検索エンジンが、次回の面会の必要性を弾き出す。
必要性は0。
「必要があれば」
声は低く、淡泊だ。
女の顔はもう、視界の端にも入っていない。
女が、少しだけ自嘲気味に笑った。
「あなたってさ、ほんとは人間、あんまり好きじゃないでしょ?」
その言葉に、ラビの足が止まった。
ほんの一瞬。
「……信じてないんで」
それが彼の世界のルール。
信じれば記録がブレる。情を入れれば歴史が歪む。
ブックマンにとって、人間は「信じるもの」じゃなく、「見るもの」でしかない。
内線でフロントを呼び出す。
「朝食を一名分。……ああ、今すぐに」
受話器を置いて、女の質問を先回りして潰す。
「良かったら食べて」
「はーい」
スマホを取り出し、短縮ダイヤルを叩く。
「……俺だけど」
間。
「車、回してくれない?……3分で降りる」
通話を切ると、スマホが短く震える。
《大真柱より》
画面に表示された5文字。
——“縁談について”
ラビの目が、一気に温度を下げた。
「あー……めんど」
部屋を出る。
入れ替わりで運ばれてくる豪華な朝食ワゴン。女のためだけの、高価なサービス。
ラビは一度も振り返らずに、重厚なドアを開けた。
エレベーターの表示板が、一階一階、無機質な数字を刻みながら降りていく。
❄︎ ❅ *. ❅ ✥ ✣ ✤
黒塗りのセダンが、ビル群を縫うように高架を滑る。
後部座席では、ラビが片手に持ったサンドイッチを咀嚼しながら、不機嫌そうに声を上げた。
「ねえ! なんで相手決まんないのさ! 俺、言われた通りちゃんとお見合いしてるよね!?」
「私に言われましても。コーヒーをどうぞ」
助手席から、リンクが一切の感情を排した声で紙コップを差し出す。ラビはそれを受け取り、盛大にため息をついた。
「Jr.自身がお断りになったケースがほとんどですけどね」
「……断らなかったのも、あっただろ」
「ええ。お相手が別の男性と駆け落ちした方々と、当日バックレた方々ですね」
淡々と告げられる事実に、ラビは数秒間フリーズした。
「……あれは、例外。不可抗力。てか、ソイツら一族としての自覚無さすぎ」
「今回の方の資料、届いてますが、ご覧になりますか?」
「いい。どうせ見るだけ無駄だろ」
ラビは窓の外、流れるコンクリートの景色に視線を投げた。
「それより、着替えある?」
「トランクに用意してあります」
車はテレビ局の地下駐車場へと吸い込まれていく。
重厚なドアが開いた瞬間、ラビの顔から不機嫌な青年の影が消えた。
「あ、おはようございます!」
「今日もよろしくお願いします、ラビさん!」
すれ違うスタッフたちに、彼は完璧な若き実業家の笑顔を振りまく。リンクはその一歩後ろで、影のように控えていた。
《┈ 10:00 A.M. スタジオ・オンエア┈》
控室の鏡越しに、ラビはネクタイを締め直す。
「今日も適度に頑張れ、俺」
自分にだけ聞こえる声で呟き、ライトの海へと足を踏み出す。
共演者の女性タレントが、計算された角度で上目遣いに近づいてきた。
「今日も素敵ですね、ラビさん。……そのタイ、新作ですか?」
「どうも。そちらこそ、そのドレス似合ってますね。素敵ですよ」
さらりとかわす。微笑みは絶やさないが、相手に指一本触れさせない壁。
本番の赤ランプが点灯した。
「本日のテーマは、『伝統と個人の自由』についてです」
司会者の振りに、ラビは優雅に脚を組み、静かに頷いた。
「制度ってのはね、個人より長生きするんですよ」
スタジオの空気が、ふっと冷える。
「だから時に、個人の意志を奪う。それが正しいかどうかは別として……それでも従う人がいる。そうやって、〝 形式〟だけは続いていくんです」
カメラが、彼の冷徹なまでに美しい横顔を抜いた。
❄︎ ❅ *. ❅ ✥ ✣ ✤
ちょうどその頃。
某地方・静まり返ったアトリエ。
都心の喧騒から遠く離れた、風の音しか聞こえない田園。
窓辺に置かれたイーゼルの上には、塗りかけの油絵。
チカは筆を止め、テレビから流れるその男の声に耳を傾けていた。
画面の中で微笑む、一族の太陽。女子の憧れ。ブックマンJr.。
彼女は小さく、肺の奥の空気を吐き出す。
一族の掟は守るもの。
物心ついた時から、そう教わってきた。
逆らわない。疑わない。それが末端として生きる彼女の家の、平穏を保つための唯一のルール。
ジリリ、と静寂を裂いて黒電話が鳴った。
数秒後、母が慌てた手つきで受話器を差し出す。
「チカ!大真柱からよ!」
胸の奥が、重い鉛を呑んだ時のように沈む。
(私、何かやらかした?)
チカは震える指先で受話器を取った。
「……はい」
「天儀院(てんぎいん)の決定です。貴女をブックマンJr.様との縁談対象と致します」
受話器の向こうから響く声は、もはや人のそれとは思えないほど事務的だった。
世界が、不自然なほど遠くなる。
テレビの中では、ラビが軽やかに話を締めくくっていた。
『個人に自由があるかどうか? ……まあ、形式上は、ありますよ』
観客の笑い声がスピーカーから漏れる。
「日程は──。準備をお願いします」
「……承知しました」
チカは受話器を静かに置いた。
画面の中のラビは、何も知らずに眩しく笑っている。
その笑顔の主が、これから自分のすべてを観測し、縛り付ける運命の男だということも知らずに。
『——形式上はね』
つづく、2026/02/22
朝日が、ホテルの高層階の窓から遠慮なしに差し込んでくる。
街全体がまだ寝ぼけているような、静かすぎる朝。
ローテーブルの上には、昨夜の残りのウイスキーボトル。
グラスの底では、氷がすっかり溶けて透明な水になっていた。
「……ん、はやーい。もう起きてたのぉ?」
ベッドの中から、甘ったるい声が飛んでくる。
シーツを抱きしめて寝返りを打つ女の肩に、真っ白な光が落ちた。
ラビは窓際に立ち、無言でシャツの袖をボタンで留める。
その動きには、一ミリの無駄もない。
ただの作業。ただのルーティーン。
「……ああ」
短く返して、一瞬だけ女を見た。
そこにあるのは、愛着でも後悔でもない。ただの事実を確認するだけの、冷めた視線。
「帰るの?」
ネクタイを締める指先が、滑らかに動く。
「あんたに言う必要が?」
「えー?冷たーい!昨日はあんなに優しかったのにぃ」
「昨日はストライクだったからな」
「どういうこと?」
「ん?」
ジャケットを羽織り、鏡の前で肩を回す。
鏡の中の男は、欠点が見当たらない。
「ねえ、また会える?」
わずかな沈黙。
脳内の検索エンジンが、次回の面会の必要性を弾き出す。
必要性は0。
「必要があれば」
声は低く、淡泊だ。
女の顔はもう、視界の端にも入っていない。
女が、少しだけ自嘲気味に笑った。
「あなたってさ、ほんとは人間、あんまり好きじゃないでしょ?」
その言葉に、ラビの足が止まった。
ほんの一瞬。
「……信じてないんで」
それが彼の世界のルール。
信じれば記録がブレる。情を入れれば歴史が歪む。
ブックマンにとって、人間は「信じるもの」じゃなく、「見るもの」でしかない。
内線でフロントを呼び出す。
「朝食を一名分。……ああ、今すぐに」
受話器を置いて、女の質問を先回りして潰す。
「良かったら食べて」
「はーい」
スマホを取り出し、短縮ダイヤルを叩く。
「……俺だけど」
間。
「車、回してくれない?……3分で降りる」
通話を切ると、スマホが短く震える。
《大真柱より》
画面に表示された5文字。
——“縁談について”
ラビの目が、一気に温度を下げた。
「あー……めんど」
部屋を出る。
入れ替わりで運ばれてくる豪華な朝食ワゴン。女のためだけの、高価なサービス。
ラビは一度も振り返らずに、重厚なドアを開けた。
エレベーターの表示板が、一階一階、無機質な数字を刻みながら降りていく。
❄︎ ❅ *. ❅ ✥ ✣ ✤
黒塗りのセダンが、ビル群を縫うように高架を滑る。
後部座席では、ラビが片手に持ったサンドイッチを咀嚼しながら、不機嫌そうに声を上げた。
「ねえ! なんで相手決まんないのさ! 俺、言われた通りちゃんとお見合いしてるよね!?」
「私に言われましても。コーヒーをどうぞ」
助手席から、リンクが一切の感情を排した声で紙コップを差し出す。ラビはそれを受け取り、盛大にため息をついた。
「Jr.自身がお断りになったケースがほとんどですけどね」
「……断らなかったのも、あっただろ」
「ええ。お相手が別の男性と駆け落ちした方々と、当日バックレた方々ですね」
淡々と告げられる事実に、ラビは数秒間フリーズした。
「……あれは、例外。不可抗力。てか、ソイツら一族としての自覚無さすぎ」
「今回の方の資料、届いてますが、ご覧になりますか?」
「いい。どうせ見るだけ無駄だろ」
ラビは窓の外、流れるコンクリートの景色に視線を投げた。
「それより、着替えある?」
「トランクに用意してあります」
車はテレビ局の地下駐車場へと吸い込まれていく。
重厚なドアが開いた瞬間、ラビの顔から不機嫌な青年の影が消えた。
「あ、おはようございます!」
「今日もよろしくお願いします、ラビさん!」
すれ違うスタッフたちに、彼は完璧な若き実業家の笑顔を振りまく。リンクはその一歩後ろで、影のように控えていた。
《┈ 10:00 A.M. スタジオ・オンエア┈》
控室の鏡越しに、ラビはネクタイを締め直す。
「今日も適度に頑張れ、俺」
自分にだけ聞こえる声で呟き、ライトの海へと足を踏み出す。
共演者の女性タレントが、計算された角度で上目遣いに近づいてきた。
「今日も素敵ですね、ラビさん。……そのタイ、新作ですか?」
「どうも。そちらこそ、そのドレス似合ってますね。素敵ですよ」
さらりとかわす。微笑みは絶やさないが、相手に指一本触れさせない壁。
本番の赤ランプが点灯した。
「本日のテーマは、『伝統と個人の自由』についてです」
司会者の振りに、ラビは優雅に脚を組み、静かに頷いた。
「制度ってのはね、個人より長生きするんですよ」
スタジオの空気が、ふっと冷える。
「だから時に、個人の意志を奪う。それが正しいかどうかは別として……それでも従う人がいる。そうやって、〝 形式〟だけは続いていくんです」
カメラが、彼の冷徹なまでに美しい横顔を抜いた。
❄︎ ❅ *. ❅ ✥ ✣ ✤
ちょうどその頃。
某地方・静まり返ったアトリエ。
都心の喧騒から遠く離れた、風の音しか聞こえない田園。
窓辺に置かれたイーゼルの上には、塗りかけの油絵。
チカは筆を止め、テレビから流れるその男の声に耳を傾けていた。
画面の中で微笑む、一族の太陽。女子の憧れ。ブックマンJr.。
彼女は小さく、肺の奥の空気を吐き出す。
一族の掟は守るもの。
物心ついた時から、そう教わってきた。
逆らわない。疑わない。それが末端として生きる彼女の家の、平穏を保つための唯一のルール。
ジリリ、と静寂を裂いて黒電話が鳴った。
数秒後、母が慌てた手つきで受話器を差し出す。
「チカ!大真柱からよ!」
胸の奥が、重い鉛を呑んだ時のように沈む。
(私、何かやらかした?)
チカは震える指先で受話器を取った。
「……はい」
「天儀院(てんぎいん)の決定です。貴女をブックマンJr.様との縁談対象と致します」
受話器の向こうから響く声は、もはや人のそれとは思えないほど事務的だった。
世界が、不自然なほど遠くなる。
テレビの中では、ラビが軽やかに話を締めくくっていた。
『個人に自由があるかどうか? ……まあ、形式上は、ありますよ』
観客の笑い声がスピーカーから漏れる。
「日程は──。準備をお願いします」
「……承知しました」
チカは受話器を静かに置いた。
画面の中のラビは、何も知らずに眩しく笑っている。
その笑顔の主が、これから自分のすべてを観測し、縛り付ける運命の男だということも知らずに。
『——形式上はね』
つづく、2026/02/22
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