その心をば恋と呼べ(小竜さに)
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小竜景光というのは、私が想像していたよりもずっと分かりやすい刀だった。
顕現した当初から、彼は表面上は友好的ではあったものの常に本音をはぐらかし、私からも他の刀からも一定の距離を保って過ごしていたように思う。その真意が測りきれず思い悩み、せめて彼にふさわしい主になれるよう奮闘していたのも今ではいい思い出だ。何せ修行から戻ってきた彼は、こちらが驚いて頭を抱え悩み出すほど、態度が一変していた。修行直後だけであればそれほど気にはならなかったが、あれから数週間が経過した今でも、小竜の様子はどこか少しだけおかしい。
小竜景光は修行から戻ってからこのかた、妙に浮かれきっていた。
「あーるじ」
昼食の片づけを済ませた昼下がり。やり残していた仕事に一段落つき、休憩がてら万屋街に買い出しに行こうと準備をしていたところに、小竜がひょいと顔を出した。
「これから外出って聞いたけど、お供はもうお決まりかな? まだならここに一振り、暇を持て余した刀がいるけれど」
語尾にハートマークがつきそうなほどに甘い声音で、けれど冗談めかして片目をつぶる小竜は、分かりやすくご機嫌だった。彼の誘いに是を示せばさらに機嫌は上向き、そそくさと自室に戻っていく。以前の彼ならばこちらから誘わなければこんなことを言い出すことはなかったから、私におつかいを言いつけていた歌仙兼定は目を丸くして小竜の背を凝視していた。
万屋街に行ってからも小竜はご機嫌で、鼻歌でも口ずさみそうなほどに浮かれていた。何がそんなに楽しいのかと問うても「キミといられるだけで楽しいものさ」などといかにも長船の刀らしい言葉が返るばかり。歌仙のおつかいを済ませてから立ち寄った事務用品店では、何とはなしにボールペンを選ぶ私を、後ろからやたら楽しそうにニコニコと見守っていた。
「……あの、小竜?」
「なんだい? 俺の主」
「好きなとこ見てきていいよ? ボールペン買うだけだし……」
「ここが俺の好きなところだから気にしなくていいよ」
「……そこが」
「うん」
「好きなところ」
「そう。本丸中の刀がうらやむ特等席だろう?」
何の飾り気もない事務用品を雑に選ぶ私の後ろが、特等席。最早何を言っているのかよく分からなかったので、あいまいに笑っていつもと同じボールペンを引っ掴み会計を済ませた。
「残念だねえ。ボールペンの試し書きしてるキミのこと、もっと見ていたかったのに」
早足で店を出る私を長い足で悠々と追いかけながら、小竜はからかうように笑った。そのあとは小竜が希望したアウトドア用品店をぐるりと一周し、本屋で新刊をひとしきりチェックし、おやつどきを目指して本丸に戻るべく帰路につく。その途中、ふと路地の奥に向けた視線に小竜は目ざとく気が付いたらしく、そこに何があるのかと問いかけた。
「あそこはー……あー……おいしいケーキ屋さんがあって」
「へえ、いいじゃないか。寄って行こう」
「でももうおやつ作ってくれてるだろうし」
「今夜のデザートにでもすればいいじゃないか」
ほらほらと背中を押されるままに、お気に入りのパティスリーのドアをくぐる。そもそも万屋街には洋菓子店自体が少なく、ケーキを食べるのは現世に戻ったときくらいのもの。テイクアウトはほとんどしない。本丸で待つ刀全員分のお土産を買うことは金銭的にも物理的にも難しいからだ。だからこの店も1人のときにこっそりと訪れ、購入したケーキは誰にも見られないように自室に持ち帰るようにしていた。
「どれが主のお気に入りだい?」
小竜は短い列の最後尾から、興味深そうにショーケースを覗きこんだ。
「洋菓子は詳しくないんだよねえ」
「えっと……ショートケーキと、フロマージュクリュと、季節のフルーツタルト。あのホワイトチョコのケーキは中にアプリコットジャムが入ってて……隣もおいしそうだね。キャラメルポワール」
「ふぅん? キミに付き合ってたら胃袋がいくつあっても足りないな」
「ぜっ、全部一気に買ったりしないよ」
「ハハ、分かってるよ。冗談冗談」
「……小竜はどれにする?」
「おや、俺もご相伴に預かっていいのかい?」
「口止め料。みんなの分は買えないから……これで秘密にして?」
「キミと俺だけの秘密か。悪くない響きだね。しかも夕飯のあとの約束も取り付けた……ってことでいいのかな」
「そ、そうなるかな? 別に一緒に食べなくたって大丈夫だから」
「いやいや、またとない機会だ。今夜はお酒じゃなくてコーヒーを淹れて、縁側に集合するとしよう」
口角を持ち上げる横顔は、いつもの小竜と少しだけ違って見えた。余裕たっぷりにこちらの反応を楽しむ、どこかかなわないと思わせるような含み笑いではない。まるで初めての恋にわくわくと心を弾ませる少年のような――そこまで考えて、思考を遮断する。張本人が隣にいる状況で考えるべきことではなかった。
結局ケーキは2つずつ選び、合計で4つ買うことになった。一気に2つも食べられるだろうかと漏らす私に、小竜は「あれだけ酒が入る体で何を言っているんだか」と冗談を返す。
「むしろ俺が食べきれなかったときのことを考えておいてもらわないと」
白い小箱が入った袋を受け取り、彼にしてはゆっくりとした足取りで大通りに戻る小竜を、私も焦らずに追いかける。小竜が選んだケーキはどちらも私がお気に入りだと言ったもので――彼のスマートな気遣いに、またしても実感する。
小竜は私のことを、分かりやすく好いてくれていた。
(前の小竜も、仲が良ければこんなふうにしてくれたのかな)
外出から戻り、夕食の手伝いをしながらぼんやりと考える。今日のことはほんの一例でしかない。修行のあとから、似たようなことが幾度もあった。
(私ともみんなとも、距離が縮まったのは良かったんだけど)
風来坊と呼ばれる彼の気質や振る舞いが悪かったとは決して思わない。けれど周囲とよく交わるようになった小竜を見てほっとしたのは事実だ。無理をしている様子もないから、きっとあの人懐っこさは小竜本来の性格なのだろう。ようやくこの本丸が彼の居場所になってくれたのだと思えばこみ上げるものもある。
だからそれはいい。何も問題はない。むしろうれしいくらいだ。
(問題は小竜じゃなくて……私だよね)
小竜と初めてきちんと話をした、あの夜。自覚してしまった自分自身の感情が、きっと他意はないのであろう小竜の言動を、特別なものだと思いたがってしまう。
彼が私を探してくれるとき、私に合わせたペースで隣を歩き、気のせいでなければ私を見て、いとおしそうに目を細めるとき――もしかしたら小竜の方も、私に特別な感情を抱いてくれているのではないかと錯覚し、うるさいくらいに心臓の音が響き出す。
(でも、もしそうだったとして……いいのかな、そんなの。審神者が、自分の刀に恋をするなんて)
燭台切に言われるがまま白米をひたすらおひつに移していく。いくら無心になって作業をしても、あの夜から続くもやもやとした気持ちは晴れてはくれない。どうすれば晴れるのかもよく分からない。ただ、おひつの山を広間に運ぼうとしたところでどこからか現れ、当然のように手伝ってくれた小竜にこの感情が漏れ伝わってしまわないよう、いつも通りの笑顔を顔に貼りつけた。
顕現した当初から、彼は表面上は友好的ではあったものの常に本音をはぐらかし、私からも他の刀からも一定の距離を保って過ごしていたように思う。その真意が測りきれず思い悩み、せめて彼にふさわしい主になれるよう奮闘していたのも今ではいい思い出だ。何せ修行から戻ってきた彼は、こちらが驚いて頭を抱え悩み出すほど、態度が一変していた。修行直後だけであればそれほど気にはならなかったが、あれから数週間が経過した今でも、小竜の様子はどこか少しだけおかしい。
小竜景光は修行から戻ってからこのかた、妙に浮かれきっていた。
「あーるじ」
昼食の片づけを済ませた昼下がり。やり残していた仕事に一段落つき、休憩がてら万屋街に買い出しに行こうと準備をしていたところに、小竜がひょいと顔を出した。
「これから外出って聞いたけど、お供はもうお決まりかな? まだならここに一振り、暇を持て余した刀がいるけれど」
語尾にハートマークがつきそうなほどに甘い声音で、けれど冗談めかして片目をつぶる小竜は、分かりやすくご機嫌だった。彼の誘いに是を示せばさらに機嫌は上向き、そそくさと自室に戻っていく。以前の彼ならばこちらから誘わなければこんなことを言い出すことはなかったから、私におつかいを言いつけていた歌仙兼定は目を丸くして小竜の背を凝視していた。
万屋街に行ってからも小竜はご機嫌で、鼻歌でも口ずさみそうなほどに浮かれていた。何がそんなに楽しいのかと問うても「キミといられるだけで楽しいものさ」などといかにも長船の刀らしい言葉が返るばかり。歌仙のおつかいを済ませてから立ち寄った事務用品店では、何とはなしにボールペンを選ぶ私を、後ろからやたら楽しそうにニコニコと見守っていた。
「……あの、小竜?」
「なんだい? 俺の主」
「好きなとこ見てきていいよ? ボールペン買うだけだし……」
「ここが俺の好きなところだから気にしなくていいよ」
「……そこが」
「うん」
「好きなところ」
「そう。本丸中の刀がうらやむ特等席だろう?」
何の飾り気もない事務用品を雑に選ぶ私の後ろが、特等席。最早何を言っているのかよく分からなかったので、あいまいに笑っていつもと同じボールペンを引っ掴み会計を済ませた。
「残念だねえ。ボールペンの試し書きしてるキミのこと、もっと見ていたかったのに」
早足で店を出る私を長い足で悠々と追いかけながら、小竜はからかうように笑った。そのあとは小竜が希望したアウトドア用品店をぐるりと一周し、本屋で新刊をひとしきりチェックし、おやつどきを目指して本丸に戻るべく帰路につく。その途中、ふと路地の奥に向けた視線に小竜は目ざとく気が付いたらしく、そこに何があるのかと問いかけた。
「あそこはー……あー……おいしいケーキ屋さんがあって」
「へえ、いいじゃないか。寄って行こう」
「でももうおやつ作ってくれてるだろうし」
「今夜のデザートにでもすればいいじゃないか」
ほらほらと背中を押されるままに、お気に入りのパティスリーのドアをくぐる。そもそも万屋街には洋菓子店自体が少なく、ケーキを食べるのは現世に戻ったときくらいのもの。テイクアウトはほとんどしない。本丸で待つ刀全員分のお土産を買うことは金銭的にも物理的にも難しいからだ。だからこの店も1人のときにこっそりと訪れ、購入したケーキは誰にも見られないように自室に持ち帰るようにしていた。
「どれが主のお気に入りだい?」
小竜は短い列の最後尾から、興味深そうにショーケースを覗きこんだ。
「洋菓子は詳しくないんだよねえ」
「えっと……ショートケーキと、フロマージュクリュと、季節のフルーツタルト。あのホワイトチョコのケーキは中にアプリコットジャムが入ってて……隣もおいしそうだね。キャラメルポワール」
「ふぅん? キミに付き合ってたら胃袋がいくつあっても足りないな」
「ぜっ、全部一気に買ったりしないよ」
「ハハ、分かってるよ。冗談冗談」
「……小竜はどれにする?」
「おや、俺もご相伴に預かっていいのかい?」
「口止め料。みんなの分は買えないから……これで秘密にして?」
「キミと俺だけの秘密か。悪くない響きだね。しかも夕飯のあとの約束も取り付けた……ってことでいいのかな」
「そ、そうなるかな? 別に一緒に食べなくたって大丈夫だから」
「いやいや、またとない機会だ。今夜はお酒じゃなくてコーヒーを淹れて、縁側に集合するとしよう」
口角を持ち上げる横顔は、いつもの小竜と少しだけ違って見えた。余裕たっぷりにこちらの反応を楽しむ、どこかかなわないと思わせるような含み笑いではない。まるで初めての恋にわくわくと心を弾ませる少年のような――そこまで考えて、思考を遮断する。張本人が隣にいる状況で考えるべきことではなかった。
結局ケーキは2つずつ選び、合計で4つ買うことになった。一気に2つも食べられるだろうかと漏らす私に、小竜は「あれだけ酒が入る体で何を言っているんだか」と冗談を返す。
「むしろ俺が食べきれなかったときのことを考えておいてもらわないと」
白い小箱が入った袋を受け取り、彼にしてはゆっくりとした足取りで大通りに戻る小竜を、私も焦らずに追いかける。小竜が選んだケーキはどちらも私がお気に入りだと言ったもので――彼のスマートな気遣いに、またしても実感する。
小竜は私のことを、分かりやすく好いてくれていた。
(前の小竜も、仲が良ければこんなふうにしてくれたのかな)
外出から戻り、夕食の手伝いをしながらぼんやりと考える。今日のことはほんの一例でしかない。修行のあとから、似たようなことが幾度もあった。
(私ともみんなとも、距離が縮まったのは良かったんだけど)
風来坊と呼ばれる彼の気質や振る舞いが悪かったとは決して思わない。けれど周囲とよく交わるようになった小竜を見てほっとしたのは事実だ。無理をしている様子もないから、きっとあの人懐っこさは小竜本来の性格なのだろう。ようやくこの本丸が彼の居場所になってくれたのだと思えばこみ上げるものもある。
だからそれはいい。何も問題はない。むしろうれしいくらいだ。
(問題は小竜じゃなくて……私だよね)
小竜と初めてきちんと話をした、あの夜。自覚してしまった自分自身の感情が、きっと他意はないのであろう小竜の言動を、特別なものだと思いたがってしまう。
彼が私を探してくれるとき、私に合わせたペースで隣を歩き、気のせいでなければ私を見て、いとおしそうに目を細めるとき――もしかしたら小竜の方も、私に特別な感情を抱いてくれているのではないかと錯覚し、うるさいくらいに心臓の音が響き出す。
(でも、もしそうだったとして……いいのかな、そんなの。審神者が、自分の刀に恋をするなんて)
燭台切に言われるがまま白米をひたすらおひつに移していく。いくら無心になって作業をしても、あの夜から続くもやもやとした気持ちは晴れてはくれない。どうすれば晴れるのかもよく分からない。ただ、おひつの山を広間に運ぼうとしたところでどこからか現れ、当然のように手伝ってくれた小竜にこの感情が漏れ伝わってしまわないよう、いつも通りの笑顔を顔に貼りつけた。