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幻寂SS

常ならば交通の足音や街の喧騒が絶え間無く行き交うこの部屋にカチカチカチと、機械仕掛けの小さなささやきだけが響き渡る。
喉の渇きに呼び起こされた男は頼りない足取りで台所へと向かった。蛇口から、お世辞にも美味いとは言えない大都市の水が湧き出る。それをそっと手に掬い口をつけ飲み干した。男は濡れた手を乱雑にタオルに押し付け、袖口で口をぐいと拭った。微かに残った水分が月明かりに照らされ淡く光を映す。
体温を容赦なく奪う床に足を滑らせ暖かな寝床に戻ると、寝台から飛び出した白い足が目に入った。
(おやおや、こうも大きいと小生の布団でははみ出してしまいますね)
手を伸ばしそっと包み込むと昨夜に交わした熱が幻であったように冷え切っている。血が巡っていないのでは無いかと、馬鹿な考えが脳裏をよぎりふふと小さく笑う。クローゼットをそっと開け、毛糸で拵えられた靴下を取り出した男は寝台の横に膝をついた。
「こんなに冷えて、寒いでしょう。これをどうぞ」
聞こえていないとわかった上で聞かせぬように囁いた男は、白く浮かび上がるつま先を緋色の毛糸におさめた。
男はいそいそと体温を分かち合おうと寝床に入り、おやすみなさいとキスをした。
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