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Vodka Gibson.



 喉を軽く潤そうと台所へ行く途中部屋の扉も閉めずに不思議な手鏡相手に百面相する青年。
 困った顔をしたと思うと笑ったり怒った顔をしたり、表情ひとつ変える合間にうっとりと鏡を眺める。普段の彼は真面目そうであまりそういう事には興味ないのかと思っていたが、彼もまた年頃の青年ということを思い知らされた。

(こんな私が彼の貴重な時間を奪ってしまって良いものなのか。)

 悪い癖が出た。気が付けばネガティブ思考になってしまう。いつもならワトソンくんがストッパーになっているが、1人の時には止め方がわからない。
『取り敢えずこれ飲んでください。』
 いつもの彼なら冷たい水を用意してくれるのを思い出した。百面相に気を取られて喉が渇いていたこともついでに思い出した。
 思考が働く前に水を用意し喉仏を鳴らしながら飲み干す。喉に冷たい物が通る感覚で冷静さを取り戻した。

「思わぬところで助けられてしまったな。」
(君がここから離れたら私は)

 思考の暴走が始まる前に我に帰った。
 彼はこの発明が終えれば元いた場所へ進むだろう。私は通過点でしかないのだ。
 己の勘違いぶりを上手く軌道修正出来たな、と鼻歌混じりに部屋へ戻る。その途中ついでに手鏡に惹かれている彼を見ておいた。
 あれから10分は経っていると思うが、さっきとなにも変わっていない。変わるのは彼の表情だけ。
 さすがに途中で飽きると思うが、もう笑えちゃうレベルになっている。

「ふふっ」

 人の顔を見て笑うなんて失礼なことをしてしまったと口元に手をやると、手鏡の位置が少し下がってワトソンくんと目が合った。

「そんなに鏡の彼女が愛おしいのかい?」

 きっと自分の行動を思い出して羞恥心に埋もれてるんだろうなと思いながらも近づく。手だけに大きな地震が来たかの様にわなわなと動き始め持っていた手鏡を机の上に落としてしまった。
 おやおやと、その手鏡を手に取って渡そうとした時鏡面が少しこちらを写した。
 今朝見た時は自分の顔を写すただの手鏡だったはずなのに、そこにあったのは私の目の前で恥ずかしがっている青年…?
 落とした時に枠だけになってしまったのかと、コツコツと指で触ってみても固い。まさか、

「ねぇ、この鏡って何を写すんだっけ」
「え、っと理想の相手や好意を寄せてる人だったり…」

(こ、好意…???)
 ふーんなんて適当に相槌を打つ間もチラリと鏡面を覗くがやっぱり目の前の彼がいる。なんだかわからないが凄く不味い状況なのは理解できたしここにはもう居たくないし一刻も早く彼から離れなければ。
 不自然な動きで怪しまれるのはわかっていたが早足で部屋を飛び出した。後ろで私を呼ぶ声が聞こえたが止まるわけにはいかない。
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