浩しの
“あの男”がこの街から消えた日、
あの日以来僕は母さんと必ず食事をする様になった。
理由はなんとなく、そうしたいから続けている。
母さんも“父さん”が生きてた頃の様な食事ではなく、
手の込んだ華やかな食事を作ってくれる。
きっと“あの男”がいつ帰ってきてもいいようにだろう。
「お帰りなさい、お腹空いたでしょ。」
台所で振り返りながら母さんが笑いかけてくれる。
お腹が空いていない状態でも、台所からの匂いを嗅ぐと嫌でも腹の虫が暴れ出してしまう。
「ただいま、いい香りだね。」
帽子とランドセルを邪魔にならない所は置いてから母さんの横へ。今日はどうやらハンバーグのようだ。
「ふふっお父さんがね好きだったの。」
少し照れ臭そうに父を語る母さんに僕は
(どっちの“父さん”の話なの)
なんて直接聞けない質問にモヤモヤしてしまった。
食卓に食事が並ぶ、向かい合って座る。
「いただきます。」
腹の虫を落ち着かせるために、ガツガツと食べ始める。そんな僕を見て母さんは嬉しそうで、僕は嬉しそうな母さんを見ると嬉しい。
食事中母さんは父の話をする。
「あの人も好物が出た時はそうやって、口の周りを汚しながらよく食事してたわ。」
僕を優しく見つめながら口の周りに付いたソースを拭き取ってくれた。
「初めて振る舞った料理がハンバーグだったの。」
今日は“お父さん”の話だ。食事する手を止め母さんの話しを聞く。“あの男”の話だったらすぐさま食事を終わらせて部屋へこもっていたかもしれない。
「普段静かでつまんなそうなのに、その時も今のあんたみたいに。」
嬉しそうに綺麗な布で僕の顔を拭う母さんの表情は柔らかだけどどこか寂しさが隠れていた。
「お父さん、どこ行っちゃったのかな。」
窓の外をぼんやりと眺める母さんに、僕はなんて答えてあげればよかったのかな。
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