きっと君は嫌いになる
朝日が大きな窓から室内を照らす。
心地の良い暖かさが部屋いっぱに溢れている。
家族より少し早く目を覚まし、
白やかなカウンターキッチンで朝食を用意する。
トースターから香ばしいパンのかおり、
熱したフライパンの上ではソーセージが踊る。
電気ケトルはぽこぽこと音を立てている。
香りが家中に広がり家族の目覚めを誘う。
眠い目を擦りながらぞくぞくとリビングへ集まる。
子供たちはお皿をテーブルへ運んで、
最後に部屋へ入ってきた夫は私の腰に手を回し
「おはよう、今日も素敵な朝をありがとう。」
耳元でそう言うと先に椅子へ腰掛けた。
皆が席へ着くと手を合わせ食事が始まった。
今日は何をするの?どこへ出掛けるの?
なんでもない、ただの日常。よくある幸せな光景。
でもわたしには分からないことがあった。
この子供たちの名前は?顔すらわからない。
夫?こんな男性見たこともない、名前もやっぱりわからない。可笑しいのはわたし?疲れているせい?
もんもんと考えていると子供が
「ママおなかすいてないの?」
と心配そうに声をかけてきた。
大丈夫と返し食事を済ませ後片付けをする。
シンクへ食器を置き蛇口をひねり、スポンジを泡立てながらわからない原因を考えていた。
***
シンクに水が溜まり出す。
栓をしているわけでもないのに可笑しい。詰まってるのか?と思い水へ手を入れた瞬間、
大きくて細い綺麗な手がシンクから現れ、わたしの手を掴みそのまま引き摺り込んだのだった。
辺りは真っ暗だし訳も分からなくて言葉を失ってると、
頭上から聞き覚えのある嘲笑が聞こえた。
闇に溶け出しそうな深紫をまとい、それと反する白髪の形容し難い髪型の男。
ニヤニヤとわたしを見下してると思ったら、
わざわざしゃがんで顔をまじまじ観察してくる。
パズルのピースがハマったように、
わたしの中で合点がいった。
これは夢なのだ。
知らない家で知らない家族と爽やかな朝を過ごすのも、シンクに引き摺り込まれてジョーさんがいつも通り嫌がらせしてくるのも、全部夢なら納得がいく。
大きな謎を解決して満足気なわたしに腹が立ったのか、
頬っぺたをつねりながらジョーさんが、
「どうだ?ほんのちょっぴりだが、人間の“しあわせ”ってのを味わえた感想はよ、」
意地悪な笑顔を浮かべて楽しそうに尋ねてくる。
つねった手を離し指先で優しく頬を撫でられた。
わたしの夢ならちゃんと優しいジョーさんであってほしかった。でも少し違和感を感じる。
寂しげな、そんな目をしてたから、夢なのに、
つい、感情的になって、目頭が熱くなってく。
「違う……違います…、」
「こんなの幸せなんかぢゃない…。」
涙を堪える為に俯くけど、そんなの意味がなくて。
レンズに溜まる滴のせいで前が見えなくなる。
堪えた涙と一緒に普段押さえつけていた感情も溢れてしまった。
「隣にジョーさんが、居ないなんて、全然幸せなんかぢゃ
電子音がグワングワンと頭の中で溢れる。
携帯のアラームが設定時間を表示していた。
「やっぱり、夢だった…。」
アラームを止め起き上がると頬の冷たさに気付く。
夢の中で泣いていたつもりが本当に涙を流していたようだ。
夢の内容は“全部”覚えている。恥ずかしくてそのまま布団へ顔を押し付け、冷静になってから朝の支度を始めた。
今朝の夢を忘れるために気合を入れて、
スーツを整え仕事仲間とミーティング。
それぞれの体調管理や段取りを話し合う。
「あら、」
話を遮りわたしのそばへ近寄り顔を凝視してくるヴェールさん。
「スキャター腫れているわ、どうかしたの?」
か細い指が目元を大事そうに触れてくる。
夢で号泣して、なんて言い出せるわけなく、
「眼にゴミが入っちゃって擦って腫れちゃって」
あはは、と適当に誤魔化した。
ミーティング後は就業時間までの時間各々で過ごす。
なんとなく気まずくてジョーさんを避けていたのに、こんな時に限って絡まれる。
「普段から眼ちっせーのに、今日は一段とちっせーな。」
「腫れてるんです!わざわざ言いにこなくていいですから!」
誰のせいでこんな眼になったとなんて考えてたら、
夢と同じように指先で優しく頬を撫でられた。
突然の事で言葉が出てこなかった。
忘れようとした夢を無理やり思い出させられて顔が熱くなる。
意地悪な笑みを浮かべて楽し気にわたしの前から去っていった。
一体なんだったの、何がしたかったの。
沢山の疑問が頭を埋め尽くした。
***
(あの夢は俺が見せた物なんて言ったら、お前は俺の事を嫌うか?)
1/1ページ