ある日突然時を遡ってしまった女の子が室町時代を必死に生き抜くお話
春の湊
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「ねえ吉野先生、最近澪ちゃんの様子どうかしら」
食堂のおばちゃんは遅めの昼食を取る吉野の前に座りそう尋ねた。心配げな表情を浮かべるおばちゃんの姿に吉野は茶碗を置いてほんの少し姿勢を正す。
「澪さんですか。とても熱心に事務の手伝いをしていますよ。小松田君のフォローも厭わずやってくれるので仕事が随分楽になったものです…」
今までの苦労の数々を思い出しているのかどこか遠い目をしている吉野に思わずおばちゃんは苦笑を漏らしたがため息を吐いて頬に手を当てた。
「食堂の手伝いもね、とても一所懸命やってくれるのよ。でもちょっとねぇ…最近頑張りすぎじゃないかって心配で。」
「確かこの間の休日が明けた頃から輪をかけてそうなのよ。声をかけてもちっとも気づかないでひたすら手を動かしていてね。その様子がどうも普通じゃない気がして。」
おばちゃんの言葉に思い当たる節があったのか吉野もここ数日の澪のことを思い返す。
確かに最近やけに仕事の進みが良く小松田のことで気を揉む頻度が少し減ったような気がする。彼女に頼んだ雑務は予想以上に早く片付きついあれもこれもと頼んでいた。
「確かにここ数日の働きっぷりは目を見張るものがありますね。てっきり私は仕事に慣れてきたのかと…」
「まあ吉野先生ったら。まるで分かっていらっしゃらないわ。
慣れてるだなんてとんでもない。あの子はずっと怯えているじゃありませんか。」
おばちゃんが眉間にしわを寄せてやれやれと頭を振るので吉野は肩をすくめてすみませんと謝る。忍たま達がくノ一教室の少女たちに尻に敷かれているように、教師たちも食堂のおばちゃんや山本シナには強く出ることができないのである。
「澪さんが…」
吉野にとって澪は不思議な存在だった。
非力で生活能力が皆無だと多方から声が上がっていたため、さして事務処理能力に期待はしていなかった。しかし実際に会って話をしてみると気が弱く控えめな性格をしているが、実に聡明だった。確かに常識が抜けているところはあるが、一を教えると十を理解する。忘れていたことを思い出したかのような、しかしどこかたどたどしい動きを見せるのだ。少女のようで、そうじゃない。とにかく不思議な存在であった。
忍術学園の中ではそれなりに澪と過ごした時間が長いため、まま理解しているつもりでいた。確かに素性は知れないが無害な女性。そして今や事務室の立派な戦力になり得る人材。
だが、その認識はどうやら甘いようで。食堂のおばちゃんは全くわかってないわ…と呆れたように口の端をきゅっと下げた。気まずくてもごもご口を動かしていると食堂の入り口付近に人気を感じて素早く振り返る。
「土井先生!ああよかった、一緒に食べませんか!」
「き、急にどうしたんですか吉野先生…」
おばちゃんの圧から逃げたいばかりにとりあえず彼を呼びつけると目をパチパチさせて少し困ったように眉を下げた。大きなため息を吐いたおばちゃんは半助の昼食をよそうために一度厨へと戻っていく。吉野とおばちゃんの様子を交互に見た半助は吉野の近くに歩み寄るとコソコソと耳打ちをして状況を伺った。
「それで何があったんです?」
「実は澪さんの話を持ち掛けられたんです。それでちゃんと彼女のことを見ているのかとお小言を言われておりまして。土井先生、同席してくれませんか?あのままおばちゃんに責め立てられているとまともに食事をとれないんですよ…ただ隣で聞いているだけでいいのでどうか!」
「へえ、澪さんの。」
でもとばっちりをくらうのはちょっと…と苦い顔をする半助に吉野は切り札を出す。
「今日の昼食には練り物がでています。」
「ぜひ同席させてください。」
こうして半助は吉野と共におばちゃんの話に付き合わされることとなった。
*
「あのね、吉野先生は澪ちゃんの真面目さをその身をもってしてよく知っていらっしゃるでしょ?だからこそ、ちゃんと彼女の良き理解者であってほしいのよ。」
「理解はしているつもりだったのですが…」
おばちゃんはとにかく澪のことを気にかけていた。
彼女と初めて対面したとき、食堂を訪れる子供達に笑いかけるように、ただいつも通りの笑みを浮かべて挨拶をしたときのあの子の顔が忘れられない。緊張で強張った表情が一瞬くしゃりと歪んで、泣きそうになったかと思えばほろりとぎこちない笑みを浮かべたのだ。本当に僅かな変化だった。
雛鳥が囀るような、頼りなく小さい声で「おばさま」と呼ばれるとつい小さな子供に接するように口調が緩んでしまう。褒めたり感謝を伝えると恥ずかしそうに頬を染めて唇を食む仕草がとても可愛らしい。二人きりで食事の準備をしているとあの子は随分表情が和らぐ。
食堂のおばちゃんは澪を学園で保護することに反対していたり疑念を持っている先生や生徒がいることは分かっていた。食事時、配膳はおばちゃんが担当していて澪は奥の方で火加減を調整してもらったり片付けをしている。食事をとる人たちを見ているとその視線が厨の奥の、澪に向かっているのがよくわかる。時間が経つにつれて懐疑的な目を向けられるのは減っていったがそれでも無くなりはしない。それがただひたすらにもどかしかった。
あなたが美味しそうに食べているその煮物は澪ちゃんが皮をむいて煮崩れしないように丁寧に面取りをしたものよ、と。根菜は口当たりがよくなるように皮をむいて細かく切っているし、魚や肉には味がしみこみやすいように隠し包丁だって入れていると。他にもたくさん丁寧に下拵えをしていると。
全部全部、あの子が自分で考えてそうしているのよ。
教えようとしていたことをさも当たり前のようにこなしていて私も最初は驚いた。確かにあの子は井戸水の汲み方だとか火の起こし方だとか知らないことはたくさんある。けれど、それらは教えてあげたら少しずつ形になってきている。何もできない奴だなんて馬鹿にしてほしくない。
「私だってまだ彼女のことをよく知っているわけじゃないけれど…とても心が優しい、良い子だということは分かります。」
ぐっと手を握り締めて吉野の目をしっかり見据えた。
「先生方や生徒達があの子を疑うのは忍術学園に危害を加えないか見極めたいからでしょう。それをやめなさいとは言えないわ。
…だからこそ、澪ちゃんのことを身近で見てきた私は、私達はちゃんとあの子を認めて受け入れてあげるべきだと思うんです。」
「勿論、私は澪さんを忍術学園で保護することに異議はありませんよ。事務の手伝いだって本当に助かっているんですから」
「えぇ、そうね。そうよね。だけども…」
「吉野先生、今よりもあとほんの少しでいいの。どうかちゃんと見てあげてくださいな。あの子がどんな仕事でも一所懸命こなすのは確かに根が真面目というのもあるけれど、できなかったら見放されるって必死なように私には見えるのよ。例え私たちにとっては軽い頼み事だって一寸の失敗は許されないんだって常に神経を尖らせているように見えるのよ。
そんなのってきっと、辛いなんてもんじゃないわ。」
「ねえ、澪ちゃんが心安らかに息をできるような場所は、いま忍術学園にあるのかしら…」
***
本当にただ、同席していただけだったな…
半助は一人廊下を歩きながらおばちゃんの言葉を思い返していた。徐に左肩の鎖骨辺りをゆるりと撫でる。名残惜しむようにその手を握り締めて息を吐いた。どうしたものか。もやもやとした気持ちが渦巻いていてどうにも落ち着かない。半助は迷っていた。
食堂のおばちゃんも吉野先生も、それぞれ仕事という名目で彼女と繋がっている。だから深く関わり合うのは当然のことで。一方自分はこれと言って特別な関わりはなく一年は組の良い子達がいなければ滅多に話すことはない。はた、と立ち止まり視線を上げる。陽光に照らされ、軒の影が落ちる廊下をじっと見つめた。ゆっくりと柱に近づき軒から空を眺める。真っ白な雲と青空が眩しくて目を細めた。
私も、踏み込んで良いのだろうか
目を閉じて長く息を吐きだす。食堂のおばちゃんや吉野先生が、そして子供達が、少しだけ羨ましいと思う。彼らには彼女の傍にいる口実があるのに、自分にはそれがない。しかしいくら考えても答えは出ず、頭を振って重々しい足取りで校門へ向けて再び歩き出した。
しばらく歩いて門が遠くに見えてくる。半助は一年は組の良い子達と伝蔵が校外実習から帰ってきているのを確認して口角をゆるりと上げた。そしてその輪の中に件の人物の姿を捉えて思わず立ち止まる。
青ざめた顔色の彼女は、僅かに微笑みは組の良い子達の顔を見つめていた。
「今日は兵庫水軍のところに行って水練をしてきたんです!」
「お魚い~~っぱい食べてきましたぁ」
喜三太としんべヱが楽しげに校外学習での出来事を話しながら澪に飛びついたので、我に返って駆け寄る。「喜三太!しんべヱ!」と声を上げるも時すでに遅く、膝をついて話を聞いていた澪は二人の勢いに押し負けてぺしゃりとしりもちをついた。冷や汗をかきながら彼女の背を支え「大丈夫ですか?」と顔を覗き込む。
「すみません…私は大丈夫です。」
「喜三太、しんべヱ!突然飛びついたら危ないだろうが全く…気をつけなさい!」
「ごめんなさぁい…」
澪の細腕に頭を抱かれた喜三太としんべヱはしゅんと眉をひそめて申し訳なさそうに謝った。そんな彼らを見て澪は困ったように微笑みながら彼らのふっくらとした頬を撫でる。
「支えられなくてごめんなさい。怪我は、ないですか?」
二人が横に頭を振れば安堵したように息を吐いて、控えめに小さな頭を抱き寄せた。目を細めてスゥっと息を吸い込む。
「…ふふ、二人とも潮の香りがするね。海を運んできたみたい。」
ほろりと顔を綻ばせて小さな声で呟いた。青ざめていた顔がほんのり色づいていくのを間近で見ていた半助は無意識に背中に回した手に力を込めた。温かく、確かに彼女の体温をこの手に感じることができる。ちゃんとここにいる。
ただそれだけなのに、何故だか身体中から力が抜けていくような安心感がどっと押し寄せてきた。
食堂のおばちゃんは遅めの昼食を取る吉野の前に座りそう尋ねた。心配げな表情を浮かべるおばちゃんの姿に吉野は茶碗を置いてほんの少し姿勢を正す。
「澪さんですか。とても熱心に事務の手伝いをしていますよ。小松田君のフォローも厭わずやってくれるので仕事が随分楽になったものです…」
今までの苦労の数々を思い出しているのかどこか遠い目をしている吉野に思わずおばちゃんは苦笑を漏らしたがため息を吐いて頬に手を当てた。
「食堂の手伝いもね、とても一所懸命やってくれるのよ。でもちょっとねぇ…最近頑張りすぎじゃないかって心配で。」
「確かこの間の休日が明けた頃から輪をかけてそうなのよ。声をかけてもちっとも気づかないでひたすら手を動かしていてね。その様子がどうも普通じゃない気がして。」
おばちゃんの言葉に思い当たる節があったのか吉野もここ数日の澪のことを思い返す。
確かに最近やけに仕事の進みが良く小松田のことで気を揉む頻度が少し減ったような気がする。彼女に頼んだ雑務は予想以上に早く片付きついあれもこれもと頼んでいた。
「確かにここ数日の働きっぷりは目を見張るものがありますね。てっきり私は仕事に慣れてきたのかと…」
「まあ吉野先生ったら。まるで分かっていらっしゃらないわ。
慣れてるだなんてとんでもない。あの子はずっと怯えているじゃありませんか。」
おばちゃんが眉間にしわを寄せてやれやれと頭を振るので吉野は肩をすくめてすみませんと謝る。忍たま達がくノ一教室の少女たちに尻に敷かれているように、教師たちも食堂のおばちゃんや山本シナには強く出ることができないのである。
「澪さんが…」
吉野にとって澪は不思議な存在だった。
非力で生活能力が皆無だと多方から声が上がっていたため、さして事務処理能力に期待はしていなかった。しかし実際に会って話をしてみると気が弱く控えめな性格をしているが、実に聡明だった。確かに常識が抜けているところはあるが、一を教えると十を理解する。忘れていたことを思い出したかのような、しかしどこかたどたどしい動きを見せるのだ。少女のようで、そうじゃない。とにかく不思議な存在であった。
忍術学園の中ではそれなりに澪と過ごした時間が長いため、まま理解しているつもりでいた。確かに素性は知れないが無害な女性。そして今や事務室の立派な戦力になり得る人材。
だが、その認識はどうやら甘いようで。食堂のおばちゃんは全くわかってないわ…と呆れたように口の端をきゅっと下げた。気まずくてもごもご口を動かしていると食堂の入り口付近に人気を感じて素早く振り返る。
「土井先生!ああよかった、一緒に食べませんか!」
「き、急にどうしたんですか吉野先生…」
おばちゃんの圧から逃げたいばかりにとりあえず彼を呼びつけると目をパチパチさせて少し困ったように眉を下げた。大きなため息を吐いたおばちゃんは半助の昼食をよそうために一度厨へと戻っていく。吉野とおばちゃんの様子を交互に見た半助は吉野の近くに歩み寄るとコソコソと耳打ちをして状況を伺った。
「それで何があったんです?」
「実は澪さんの話を持ち掛けられたんです。それでちゃんと彼女のことを見ているのかとお小言を言われておりまして。土井先生、同席してくれませんか?あのままおばちゃんに責め立てられているとまともに食事をとれないんですよ…ただ隣で聞いているだけでいいのでどうか!」
「へえ、澪さんの。」
でもとばっちりをくらうのはちょっと…と苦い顔をする半助に吉野は切り札を出す。
「今日の昼食には練り物がでています。」
「ぜひ同席させてください。」
こうして半助は吉野と共におばちゃんの話に付き合わされることとなった。
*
「あのね、吉野先生は澪ちゃんの真面目さをその身をもってしてよく知っていらっしゃるでしょ?だからこそ、ちゃんと彼女の良き理解者であってほしいのよ。」
「理解はしているつもりだったのですが…」
おばちゃんはとにかく澪のことを気にかけていた。
彼女と初めて対面したとき、食堂を訪れる子供達に笑いかけるように、ただいつも通りの笑みを浮かべて挨拶をしたときのあの子の顔が忘れられない。緊張で強張った表情が一瞬くしゃりと歪んで、泣きそうになったかと思えばほろりとぎこちない笑みを浮かべたのだ。本当に僅かな変化だった。
雛鳥が囀るような、頼りなく小さい声で「おばさま」と呼ばれるとつい小さな子供に接するように口調が緩んでしまう。褒めたり感謝を伝えると恥ずかしそうに頬を染めて唇を食む仕草がとても可愛らしい。二人きりで食事の準備をしているとあの子は随分表情が和らぐ。
食堂のおばちゃんは澪を学園で保護することに反対していたり疑念を持っている先生や生徒がいることは分かっていた。食事時、配膳はおばちゃんが担当していて澪は奥の方で火加減を調整してもらったり片付けをしている。食事をとる人たちを見ているとその視線が厨の奥の、澪に向かっているのがよくわかる。時間が経つにつれて懐疑的な目を向けられるのは減っていったがそれでも無くなりはしない。それがただひたすらにもどかしかった。
あなたが美味しそうに食べているその煮物は澪ちゃんが皮をむいて煮崩れしないように丁寧に面取りをしたものよ、と。根菜は口当たりがよくなるように皮をむいて細かく切っているし、魚や肉には味がしみこみやすいように隠し包丁だって入れていると。他にもたくさん丁寧に下拵えをしていると。
全部全部、あの子が自分で考えてそうしているのよ。
教えようとしていたことをさも当たり前のようにこなしていて私も最初は驚いた。確かにあの子は井戸水の汲み方だとか火の起こし方だとか知らないことはたくさんある。けれど、それらは教えてあげたら少しずつ形になってきている。何もできない奴だなんて馬鹿にしてほしくない。
「私だってまだ彼女のことをよく知っているわけじゃないけれど…とても心が優しい、良い子だということは分かります。」
ぐっと手を握り締めて吉野の目をしっかり見据えた。
「先生方や生徒達があの子を疑うのは忍術学園に危害を加えないか見極めたいからでしょう。それをやめなさいとは言えないわ。
…だからこそ、澪ちゃんのことを身近で見てきた私は、私達はちゃんとあの子を認めて受け入れてあげるべきだと思うんです。」
「勿論、私は澪さんを忍術学園で保護することに異議はありませんよ。事務の手伝いだって本当に助かっているんですから」
「えぇ、そうね。そうよね。だけども…」
「吉野先生、今よりもあとほんの少しでいいの。どうかちゃんと見てあげてくださいな。あの子がどんな仕事でも一所懸命こなすのは確かに根が真面目というのもあるけれど、できなかったら見放されるって必死なように私には見えるのよ。例え私たちにとっては軽い頼み事だって一寸の失敗は許されないんだって常に神経を尖らせているように見えるのよ。
そんなのってきっと、辛いなんてもんじゃないわ。」
「ねえ、澪ちゃんが心安らかに息をできるような場所は、いま忍術学園にあるのかしら…」
***
本当にただ、同席していただけだったな…
半助は一人廊下を歩きながらおばちゃんの言葉を思い返していた。徐に左肩の鎖骨辺りをゆるりと撫でる。名残惜しむようにその手を握り締めて息を吐いた。どうしたものか。もやもやとした気持ちが渦巻いていてどうにも落ち着かない。半助は迷っていた。
食堂のおばちゃんも吉野先生も、それぞれ仕事という名目で彼女と繋がっている。だから深く関わり合うのは当然のことで。一方自分はこれと言って特別な関わりはなく一年は組の良い子達がいなければ滅多に話すことはない。はた、と立ち止まり視線を上げる。陽光に照らされ、軒の影が落ちる廊下をじっと見つめた。ゆっくりと柱に近づき軒から空を眺める。真っ白な雲と青空が眩しくて目を細めた。
私も、踏み込んで良いのだろうか
目を閉じて長く息を吐きだす。食堂のおばちゃんや吉野先生が、そして子供達が、少しだけ羨ましいと思う。彼らには彼女の傍にいる口実があるのに、自分にはそれがない。しかしいくら考えても答えは出ず、頭を振って重々しい足取りで校門へ向けて再び歩き出した。
しばらく歩いて門が遠くに見えてくる。半助は一年は組の良い子達と伝蔵が校外実習から帰ってきているのを確認して口角をゆるりと上げた。そしてその輪の中に件の人物の姿を捉えて思わず立ち止まる。
青ざめた顔色の彼女は、僅かに微笑みは組の良い子達の顔を見つめていた。
「今日は兵庫水軍のところに行って水練をしてきたんです!」
「お魚い~~っぱい食べてきましたぁ」
喜三太としんべヱが楽しげに校外学習での出来事を話しながら澪に飛びついたので、我に返って駆け寄る。「喜三太!しんべヱ!」と声を上げるも時すでに遅く、膝をついて話を聞いていた澪は二人の勢いに押し負けてぺしゃりとしりもちをついた。冷や汗をかきながら彼女の背を支え「大丈夫ですか?」と顔を覗き込む。
「すみません…私は大丈夫です。」
「喜三太、しんべヱ!突然飛びついたら危ないだろうが全く…気をつけなさい!」
「ごめんなさぁい…」
澪の細腕に頭を抱かれた喜三太としんべヱはしゅんと眉をひそめて申し訳なさそうに謝った。そんな彼らを見て澪は困ったように微笑みながら彼らのふっくらとした頬を撫でる。
「支えられなくてごめんなさい。怪我は、ないですか?」
二人が横に頭を振れば安堵したように息を吐いて、控えめに小さな頭を抱き寄せた。目を細めてスゥっと息を吸い込む。
「…ふふ、二人とも潮の香りがするね。海を運んできたみたい。」
ほろりと顔を綻ばせて小さな声で呟いた。青ざめていた顔がほんのり色づいていくのを間近で見ていた半助は無意識に背中に回した手に力を込めた。温かく、確かに彼女の体温をこの手に感じることができる。ちゃんとここにいる。
ただそれだけなのに、何故だか身体中から力が抜けていくような安心感がどっと押し寄せてきた。