ある日突然時を遡ってしまった女の子が室町時代を必死に生き抜くお話
春の湊
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「はい、どうぞ」
「うわ〜!やっぱり綺麗ぇ…」
感嘆の声を上げる乱太郎たちは澪の部屋の前の縁側で彼女を挟み込んで座っている。澪から受け取った髪飾りを太陽に透かして見ればキラキラと輝いて、透き通るそれは澪にとってはただの硝子なのに乱太郎たちは宝石そのものだと言う。
やっぱり、見慣れないものだよね…と心の中で呟いて手元の包みに残ったヘアピンやゴムに目を落とす。
シナに学園を案内されたあの日、生活する上で必要なものはほとんど揃えてもらった。小袖や草鞋、そして髪を結ぶ元結、いわゆる髪紐など頭から爪先まで全てのものを。申し訳ないとは思いつつも浮いた格好でいるのは自分にとっても、そして学園の人々にとってもあまり良くないと思いシナの好意に甘えた。
とはいえ、まあ慣れないもので。着物で過ごすといつもより少し動きずらいし草鞋は足裏がチクチクして指の間が擦れて常にちょっぴり痛い。髪の毛も上手く結べないためずっと下ろしたままだから食堂の手伝いの際ははらりと落ちてくる髪の毛を何度も払った。
しんべヱが「それはどうやって使うの?」と興味深そうに尋ねるから、ゆるく三つ編みをしてまとめて見せると「すごーい!あっという間!」と大袈裟に驚く。
「忍術学園には髪結いが得意な先輩がいるんです。きっとこんな便利なもの、タカ丸さんが見たら驚くだろうな」
「でも髪紐を使って結ぶことが出来ないからいつも下ろしっぱなしなんですけどね…」
「別にそれ使えばいいんじゃないっすか?」
「うぅん、確かにそうなんだけれど…変に浮いちゃうかなって、」
苦々しい笑みをこぼしながらゴムを外す。重力に従って落ちてゆく髪の毛は三つ編みが解けて緩やかに広がった。
少しでもこの場所の空気に馴染まなければいけない。誰の目にも変に留まりたくない。どうしてここでの生活は常にどこか息苦しさを感じるのか、最近少しわかった気がする。常に、人目に晒されているのだ。例えば廊下を歩いているとき。例えば食堂でお手伝いをしているとき。人の目線が身体中に突き刺さっているようで、何度も何度も摩った。好奇の目で見られているのか、はたまた敵意か、それは澪の知る由もない。
いけない、気分が落ち込んでしまう。
ハッと顔をあげて髪飾りを包み込み無理矢理口角をあげた。
「もしよければ…その髪飾り、差し上げます。」
「えっ?いいんすか?!タダで?!」
「も、もちろん…」
ビジューが散りばめられたバレッタをずっと手に持ったままだったきり丸が澪の言葉に目を輝かせる。「迷惑をかけてしまったお詫びです」と付け足せば立ち上がってくるくるぴょんぴょん飛び跳ねながら喜ぶ。
「澪さんダメですよ!きりちゃんは“ただ”とか“あげる”って言葉に弱いんです!あんな高そうなもの…」
お宝!お宝!と声をあげて頬を擦り寄せるきり丸の目は恍惚としていてもう誰の言葉も届きそうにない。乱太郎としんべヱはあちゃぁ…と額に手を当てているが、澪は何だってよかった。
「大切なものなんじゃ、」
「いいんです、そこまで高いものでもなかったし。どうせ、ここでは使えないから…きり丸くんが喜んでくれるなら、それでいいんです」
髪飾りの一つや二つ、喜んで差し出そう。
「澪さん優しすぎます」と乱太郎が呟いているが全然そんなことないと頭を振る。全部全部、打算で動いているんだ。こうすることで迷惑をかけた分がちょっとでもチャラになるんじゃないか、なんて、我ながら最低だと思う。でも、ほんの少しでも恩を返せた気がして心が救われるのは事実で。
きり丸はそれを大事そうに懐に仕舞い込んで機嫌よく澪の前に駆け寄って来た。えへえへと口元を緩みに緩ませて「ありがとうございます」と礼を言うきり丸をじっと見つめる。そして徐に彼の頬に手を伸ばした。触れればほんのりと温かく柔らかい。ゆっくりと頬を撫でてそのまま肩から肘、そして手まで滑らせる。きり丸のそれはタコが所々あって子供の割に硬い。でも自分の手と比べると一回り小さいから簡単に両手で包み込むことができた。
「…きり丸くんの手は、頼もしい手だね」
「澪さん…」
「頑張り屋さんの手だ」
慣れない生活で手を酷使して、右手の指の付け根には二つのマメができかけていた。触ると少し痛いから、早く治るといいななんて考えていた。
私って、つくづく甘いな…
こんなんだから神様に見放されちゃったんだろうか。
「澪さん澪さん!僕の手は?」
右隣に座っていたしんべヱが身を乗り出してニコニコしながら手を差し出してくるから、思わずふふ、と笑ってしまう。「えぇ!?そ、それじゃあ私も!」と左隣の乱太郎までつられて手を差し出してきた。しんべヱの手はふくふくとしていて、乱太郎は人差し指にペンだこが特徴的だ。そしてきり丸と同様にしっかりとタコがあった。
「しんべヱくんも、乱太郎くんも、頑張り屋さんの手だよ」
子供なのに、本当にすごい。
嬉しそうに笑う二人のまろい頭を撫でた。喜んでいるのかそのままピトリと身を寄せてきて両脇が温かくなる。
「どうしたのきりちゃん、そんな浮かない顔して。」
「…べっつにぃ。」
「あーわかった!きり丸だけ仲間外れだから寂しいんでしょ!」
「そんなんじゃねーし!」
頬を膨らませてそっぽを向いたきり丸を見て乱太郎としんべヱは「全く子供なんだから」とケラケラ笑う。思わず乱太郎くん達もねとツッコんでしまいそうになったがグッと飲み込む。みんな大人顔負けの頼もしさなのにやっぱり年相応に子供な一面もあって安心した。
「きり丸くん」
澪が優しい声で呼びかけるときり丸はちらりと目を向ける。つんと尖った唇が可愛くて、澪は自分の膝をぽんぽんと叩いた。
「お膝、座りますか?」
「いや、別に…いいっすよそんな、」
きり丸は柔らかく微笑む澪にしどろもどろになる。そんなきり丸を見かねてか、彼女の両隣でニコニコ、というかニヤニヤしているしんべヱと乱太郎がコソッと呟いた。
「きり丸、特等席だよ?」
ぴくりと肩が揺れる。
「それに、タダなんだよ?」
肩を震わせて俯いたきり丸は大きなため息をつくと「あーもう!」と声を荒げながら大股で歩み寄ってきて、そしてストンと澪の膝に座った。
子供らしくて可愛いなと思いながらそっときり丸のお腹に腕を回す。きり丸の頭に頬を寄せると少しの汗の香りとお日様の香りがして顔が綻ぶ。
「ふふ、あったかいね」
「もう夏なのにこんな…」
「そんなこと言ってきりちゃんたら…頬が緩んでるじゃない」
「きり丸が暑いなら僕変わってあげるよ」
「だーめ!ここは俺の特等席なんだから!」
乱太郎はきり丸を揶揄うことについ夢中になっていたが小さな笑い声にふと顔を上げた。
澪さんが笑ってる。
きり丸を抱えてゆらゆら揺れている澪はおっとりした笑顔を浮かべていて、微睡むようにゆっくりと瞬きをしている。
ずっと、ずっとそんな顔をしていてほしいな。前に笑って見せた困っているような泣きそうな顔じゃなくて。
乱太郎は澪にくっついて彼女の細腕に自分の腕を絡めた。
ちょっと暑いけど、でもこの温かさはひどく心地いいなと思った。
「うわ〜!やっぱり綺麗ぇ…」
感嘆の声を上げる乱太郎たちは澪の部屋の前の縁側で彼女を挟み込んで座っている。澪から受け取った髪飾りを太陽に透かして見ればキラキラと輝いて、透き通るそれは澪にとってはただの硝子なのに乱太郎たちは宝石そのものだと言う。
やっぱり、見慣れないものだよね…と心の中で呟いて手元の包みに残ったヘアピンやゴムに目を落とす。
シナに学園を案内されたあの日、生活する上で必要なものはほとんど揃えてもらった。小袖や草鞋、そして髪を結ぶ元結、いわゆる髪紐など頭から爪先まで全てのものを。申し訳ないとは思いつつも浮いた格好でいるのは自分にとっても、そして学園の人々にとってもあまり良くないと思いシナの好意に甘えた。
とはいえ、まあ慣れないもので。着物で過ごすといつもより少し動きずらいし草鞋は足裏がチクチクして指の間が擦れて常にちょっぴり痛い。髪の毛も上手く結べないためずっと下ろしたままだから食堂の手伝いの際ははらりと落ちてくる髪の毛を何度も払った。
しんべヱが「それはどうやって使うの?」と興味深そうに尋ねるから、ゆるく三つ編みをしてまとめて見せると「すごーい!あっという間!」と大袈裟に驚く。
「忍術学園には髪結いが得意な先輩がいるんです。きっとこんな便利なもの、タカ丸さんが見たら驚くだろうな」
「でも髪紐を使って結ぶことが出来ないからいつも下ろしっぱなしなんですけどね…」
「別にそれ使えばいいんじゃないっすか?」
「うぅん、確かにそうなんだけれど…変に浮いちゃうかなって、」
苦々しい笑みをこぼしながらゴムを外す。重力に従って落ちてゆく髪の毛は三つ編みが解けて緩やかに広がった。
少しでもこの場所の空気に馴染まなければいけない。誰の目にも変に留まりたくない。どうしてここでの生活は常にどこか息苦しさを感じるのか、最近少しわかった気がする。常に、人目に晒されているのだ。例えば廊下を歩いているとき。例えば食堂でお手伝いをしているとき。人の目線が身体中に突き刺さっているようで、何度も何度も摩った。好奇の目で見られているのか、はたまた敵意か、それは澪の知る由もない。
いけない、気分が落ち込んでしまう。
ハッと顔をあげて髪飾りを包み込み無理矢理口角をあげた。
「もしよければ…その髪飾り、差し上げます。」
「えっ?いいんすか?!タダで?!」
「も、もちろん…」
ビジューが散りばめられたバレッタをずっと手に持ったままだったきり丸が澪の言葉に目を輝かせる。「迷惑をかけてしまったお詫びです」と付け足せば立ち上がってくるくるぴょんぴょん飛び跳ねながら喜ぶ。
「澪さんダメですよ!きりちゃんは“ただ”とか“あげる”って言葉に弱いんです!あんな高そうなもの…」
お宝!お宝!と声をあげて頬を擦り寄せるきり丸の目は恍惚としていてもう誰の言葉も届きそうにない。乱太郎としんべヱはあちゃぁ…と額に手を当てているが、澪は何だってよかった。
「大切なものなんじゃ、」
「いいんです、そこまで高いものでもなかったし。どうせ、ここでは使えないから…きり丸くんが喜んでくれるなら、それでいいんです」
髪飾りの一つや二つ、喜んで差し出そう。
「澪さん優しすぎます」と乱太郎が呟いているが全然そんなことないと頭を振る。全部全部、打算で動いているんだ。こうすることで迷惑をかけた分がちょっとでもチャラになるんじゃないか、なんて、我ながら最低だと思う。でも、ほんの少しでも恩を返せた気がして心が救われるのは事実で。
きり丸はそれを大事そうに懐に仕舞い込んで機嫌よく澪の前に駆け寄って来た。えへえへと口元を緩みに緩ませて「ありがとうございます」と礼を言うきり丸をじっと見つめる。そして徐に彼の頬に手を伸ばした。触れればほんのりと温かく柔らかい。ゆっくりと頬を撫でてそのまま肩から肘、そして手まで滑らせる。きり丸のそれはタコが所々あって子供の割に硬い。でも自分の手と比べると一回り小さいから簡単に両手で包み込むことができた。
「…きり丸くんの手は、頼もしい手だね」
「澪さん…」
「頑張り屋さんの手だ」
慣れない生活で手を酷使して、右手の指の付け根には二つのマメができかけていた。触ると少し痛いから、早く治るといいななんて考えていた。
私って、つくづく甘いな…
こんなんだから神様に見放されちゃったんだろうか。
「澪さん澪さん!僕の手は?」
右隣に座っていたしんべヱが身を乗り出してニコニコしながら手を差し出してくるから、思わずふふ、と笑ってしまう。「えぇ!?そ、それじゃあ私も!」と左隣の乱太郎までつられて手を差し出してきた。しんべヱの手はふくふくとしていて、乱太郎は人差し指にペンだこが特徴的だ。そしてきり丸と同様にしっかりとタコがあった。
「しんべヱくんも、乱太郎くんも、頑張り屋さんの手だよ」
子供なのに、本当にすごい。
嬉しそうに笑う二人のまろい頭を撫でた。喜んでいるのかそのままピトリと身を寄せてきて両脇が温かくなる。
「どうしたのきりちゃん、そんな浮かない顔して。」
「…べっつにぃ。」
「あーわかった!きり丸だけ仲間外れだから寂しいんでしょ!」
「そんなんじゃねーし!」
頬を膨らませてそっぽを向いたきり丸を見て乱太郎としんべヱは「全く子供なんだから」とケラケラ笑う。思わず乱太郎くん達もねとツッコんでしまいそうになったがグッと飲み込む。みんな大人顔負けの頼もしさなのにやっぱり年相応に子供な一面もあって安心した。
「きり丸くん」
澪が優しい声で呼びかけるときり丸はちらりと目を向ける。つんと尖った唇が可愛くて、澪は自分の膝をぽんぽんと叩いた。
「お膝、座りますか?」
「いや、別に…いいっすよそんな、」
きり丸は柔らかく微笑む澪にしどろもどろになる。そんなきり丸を見かねてか、彼女の両隣でニコニコ、というかニヤニヤしているしんべヱと乱太郎がコソッと呟いた。
「きり丸、特等席だよ?」
ぴくりと肩が揺れる。
「それに、タダなんだよ?」
肩を震わせて俯いたきり丸は大きなため息をつくと「あーもう!」と声を荒げながら大股で歩み寄ってきて、そしてストンと澪の膝に座った。
子供らしくて可愛いなと思いながらそっときり丸のお腹に腕を回す。きり丸の頭に頬を寄せると少しの汗の香りとお日様の香りがして顔が綻ぶ。
「ふふ、あったかいね」
「もう夏なのにこんな…」
「そんなこと言ってきりちゃんたら…頬が緩んでるじゃない」
「きり丸が暑いなら僕変わってあげるよ」
「だーめ!ここは俺の特等席なんだから!」
乱太郎はきり丸を揶揄うことについ夢中になっていたが小さな笑い声にふと顔を上げた。
澪さんが笑ってる。
きり丸を抱えてゆらゆら揺れている澪はおっとりした笑顔を浮かべていて、微睡むようにゆっくりと瞬きをしている。
ずっと、ずっとそんな顔をしていてほしいな。前に笑って見せた困っているような泣きそうな顔じゃなくて。
乱太郎は澪にくっついて彼女の細腕に自分の腕を絡めた。
ちょっと暑いけど、でもこの温かさはひどく心地いいなと思った。