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言葉が息をしたがっている

昔、わたしはよく誰かに花を贈っていた。
手折って渡そうものなら捨てられてしまうことを知っているから、それはとても悲しいから、と、自らの庭の花を一輪、そのまま贈るのだ。
けれど、そうすると彼等は、毎日足繁く庭に通うようになった。
瞬く間にその庭は何れ自分ではない沢山の誰かのものになり、わたしだけのものではなくなってしまった。
丹精込めて育ててきた花達が人の手に渡るのは良い。また種から育てれば良いのだから。
去れども、この花が咲く庭は、世界にたったひとつ、此処にしかないのだ。
その貴さを忘れ、庭を解放してしまった自分の愚かさにわたしは後悔した。
恐ろしくて引き篭もった小屋へのノックはもう長い間鳴り止まない。
彼等が育てた草花が蔦となり小屋までをも侵食していく。
ノックが、足音が、蔦が成長を止めるまで、わたしは耳と目を塞ぎ小屋の隅で震えていた。

もう随分と時間が過ぎた頃には、全てが荒み枯れてしまっていた。
庭の花も、土も、小屋を食い散らかした無数の蔦も。
延々と、肌を刺すような冷たい風が吹き荒ぶ庭を、わたしは固く閉ざした。



花を贈ろう、手折った花を。
すぐに枯れてしまう花を。
荊の種を蒔こう、もう誰も、此処を訪れないように。
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