wanderers
猪野くんの同級生のお名前は?
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道なき道を進みながら持て余す苛立ちの捌け口を見つけられず、不意に腕を掠めた木の枝に八つ当たりをする様に、猪野はその枝を叩き折った。
大きく息を吐いて雑念を振り払う様に頭を振る。
「…事実に即して、…己を律する」
ちはるを囮にして呪霊を祓うなんてと思いながらも、結局のところ自身の力不足が露呈した事に苛立ちと情け無さを思っているのだと、大きく息を吐く。こんなところで八つ当たりしてる場合じゃないというところに着地し、猪野は呼吸を整える為に深呼吸をした。
改めて状況を整理する。ちはるの術式を受け、今の自分と七海は呪力強化されており、呪力の弱まったちはるの下に現れるだろう呪霊を叩く。ちはるの言い分は至極真っ当で、彼女が攻撃される前にどうにかしなくてはいけないが、呪力が強化されている自身が彼女の近くにいては呪霊は恐らく出て来ないー猪野は気配を探りながら、呪力を抑えながらあまり目立たない様に移動していく。
ふと、七海は何処にいるのだろうかと思い至った。自身が心配しなくても何ら問題はないだろうがーと、突然背後から強い力で背中を押される様な感覚に猪野は駆け出した。爆発的に増幅した呪力を抱え、走りながらニット帽を顔まで引き下げる。
「霊亀!」
足元に水の様な呪力を纏い、川を流れる木の葉の様に猪野はさらさらと道を滑り行く。ちはるの呪力を辿り、持ち得る力を注いで駆けた。
「っ、ちはる!!」
辿り着いた先で猪野の視界に飛び込んで来たのは、大蛇呪霊の尾に身体を絡め取られたちはるの姿だった。
身体の自由が奪われつつある中、誰かの声が聞こえてちはるは辛うじて動かせる顔を其方へ向けた。
自身を喰らおうと牙を向いた呪霊に抵抗したものの、残り少ない呪力に毒の回った身体では充分に対処する事も出来ず、完全に身体の自由を封じられてしまった。身体に巻き付く大蛇の尾はじわじわとちはるの身体を締め上げているが、毒のせいで痛みの感覚は鈍く、それでいて骨がギシギシと軋む感覚に歯を食い縛った。
大蛇が今、自身に意識を向けている今がチャンスー猪野に声を掛けようにも、肺に酸素が送り込めず声が出ない。ちはるはなけなしの呪力を猪野へ送る。それに気付いた猪野とちはるの視線がぶつかった。
猪野は逡巡したーこのまま獬豸を放てば、今の呪力であれば呪霊を祓う事が出来そうではある。が、もし、大蛇がちはるを盾にする様な事があったらー
刹那、猪野のすぐ側で何かが動いた。その何かは目で追うまでもなく、呪霊に向かって行くのが見えー七海だと気が付いたのは、彼が術式を駆使して呪霊に鉈を振り下ろす時だった。ちはるを捕らえていた尾を鈍刀が叩き千切り、呪霊の悲鳴が上がる。
「今です!」
「っ、獬豸!」
七海に驚きつつも猪野は術式を発動した。先程とは違う力強さを孕んだ角が呪霊を突き抜ける。身体の中心を貫かれた呪霊は断末魔の叫びを残して霧散した。
「ちはる!!」
「猪野くん、補助監督に連絡を!」
「っハイ!!」
大蛇の尾を叩き切った後、七海はちはるの身体を横抱きに受け止めていた。状況を確認すると両腕は酷い骨折の様相が見られ、顔色は血の気がなく真っ白でありながら、口の端からひと筋の赤が滴っている。七海はちはるの呼吸を確認するー腹部に動きがない。慎重且つ早急に彼女の身体を地に寝かせ、もう一度と腹部の動きを見るが、やはり動きはない。
七海はサングラスを外すと上着を脱ぎ、ちはるの後頭部に滑り込ませた。彼女の気道を確保すると鼻を摘み、大きく息を吸ってちはるの肺へと空気を送り込んだ。
反応がない。もう一度。
2度目の人工呼吸を施すと、ちはるは激しく咳き込み、ごぼごぼと血を吐き出した。
「水野さん」
「……」
七海の呼びかけに、ちはるは薄く目を開けた。
「水野さん、聞こえますか」
「…、…?」
何か言っている様に見え、七海はちはるの口元へ耳を近づける。注意しないと聞き取れない程だった。
「…あっ、ちゃん…、?」
聞き覚えの無い名に七海はちはるの顔を見た。目が合わない。何処か違う場所を見ている。
「あっちゃん、な、の、…?」
七海はどう答えたものか、どう答えるべきかと黙ってちはるを見つめ、口を開く。
「…ちはる」
名を呼べば、ちはるは僅かに目を見開き、薄く笑った。
「ありが、と…、…ごめ、なさ、い」
遣る瀬無い気持ちを抱えたまま、七海は意識を失ったちはるを丁重に抱え上げる。補助監督に連絡を終えた猪野が憔悴した表情で七海に駆け寄る。
「すぐ迎えが来ます。…七海サンちはるは、」
「詳しい事はわかりません。…私を誰かと見違える様な幻覚を見ているのか、それとも…、本当に幻を見ているのか。…身体の状態は見ての通りです」
「何か言ってたんですか」
「…。…あっちゃん、と」
七海が先程ちはるが呼んでいた名を口にすれば、猪野の表情が曇った。理由を問おうと七海が口を開く前に車のエンジン音が響き、話はそのまま立ち消えになった。
ちはるの手当ての為に慌ただしく移動した先は高専京都校の関連施設だった。事情を聞いた家入が東京から飛んで来てちはるの治療に当たった。七海と猪野がちはるの様子を見に部屋へ行けば、そこには家入だけでなく五条の姿もあった。
「どうして貴方が」
「ちょっと冷たくない?僕が硝子連れてトんで来たんだよ?もっと感謝されても良くない?」
「単に仕事をサボりたかっただけだろうが」
「では五条さん、用が済んだのですから東京へお戻りください。後は我々が事後処理をするので」
「つれないなぁ七海は。ちょっとくらい話を聞いてくれたって良いじゃない。そんなに僕の事嫌い?」
「えぇ、そうですね」
「そんなにハッキリ言うのお前くらいだよ。…猪野」
「ハ、ハイ!」
「お前は私の手伝いを頼む」
口を挟めずに居た猪野を連れ、家入は部屋を出て行く。
「…ちょっとくらい僕の話聞いてくれたって良いでしょ。…ちはる、何にも話してないんだろうからね」
意味深な五条の言葉に、七海は眉間に皺を寄せた。
大きく息を吐いて雑念を振り払う様に頭を振る。
「…事実に即して、…己を律する」
ちはるを囮にして呪霊を祓うなんてと思いながらも、結局のところ自身の力不足が露呈した事に苛立ちと情け無さを思っているのだと、大きく息を吐く。こんなところで八つ当たりしてる場合じゃないというところに着地し、猪野は呼吸を整える為に深呼吸をした。
改めて状況を整理する。ちはるの術式を受け、今の自分と七海は呪力強化されており、呪力の弱まったちはるの下に現れるだろう呪霊を叩く。ちはるの言い分は至極真っ当で、彼女が攻撃される前にどうにかしなくてはいけないが、呪力が強化されている自身が彼女の近くにいては呪霊は恐らく出て来ないー猪野は気配を探りながら、呪力を抑えながらあまり目立たない様に移動していく。
ふと、七海は何処にいるのだろうかと思い至った。自身が心配しなくても何ら問題はないだろうがーと、突然背後から強い力で背中を押される様な感覚に猪野は駆け出した。爆発的に増幅した呪力を抱え、走りながらニット帽を顔まで引き下げる。
「霊亀!」
足元に水の様な呪力を纏い、川を流れる木の葉の様に猪野はさらさらと道を滑り行く。ちはるの呪力を辿り、持ち得る力を注いで駆けた。
「っ、ちはる!!」
辿り着いた先で猪野の視界に飛び込んで来たのは、大蛇呪霊の尾に身体を絡め取られたちはるの姿だった。
身体の自由が奪われつつある中、誰かの声が聞こえてちはるは辛うじて動かせる顔を其方へ向けた。
自身を喰らおうと牙を向いた呪霊に抵抗したものの、残り少ない呪力に毒の回った身体では充分に対処する事も出来ず、完全に身体の自由を封じられてしまった。身体に巻き付く大蛇の尾はじわじわとちはるの身体を締め上げているが、毒のせいで痛みの感覚は鈍く、それでいて骨がギシギシと軋む感覚に歯を食い縛った。
大蛇が今、自身に意識を向けている今がチャンスー猪野に声を掛けようにも、肺に酸素が送り込めず声が出ない。ちはるはなけなしの呪力を猪野へ送る。それに気付いた猪野とちはるの視線がぶつかった。
猪野は逡巡したーこのまま獬豸を放てば、今の呪力であれば呪霊を祓う事が出来そうではある。が、もし、大蛇がちはるを盾にする様な事があったらー
刹那、猪野のすぐ側で何かが動いた。その何かは目で追うまでもなく、呪霊に向かって行くのが見えー七海だと気が付いたのは、彼が術式を駆使して呪霊に鉈を振り下ろす時だった。ちはるを捕らえていた尾を鈍刀が叩き千切り、呪霊の悲鳴が上がる。
「今です!」
「っ、獬豸!」
七海に驚きつつも猪野は術式を発動した。先程とは違う力強さを孕んだ角が呪霊を突き抜ける。身体の中心を貫かれた呪霊は断末魔の叫びを残して霧散した。
「ちはる!!」
「猪野くん、補助監督に連絡を!」
「っハイ!!」
大蛇の尾を叩き切った後、七海はちはるの身体を横抱きに受け止めていた。状況を確認すると両腕は酷い骨折の様相が見られ、顔色は血の気がなく真っ白でありながら、口の端からひと筋の赤が滴っている。七海はちはるの呼吸を確認するー腹部に動きがない。慎重且つ早急に彼女の身体を地に寝かせ、もう一度と腹部の動きを見るが、やはり動きはない。
七海はサングラスを外すと上着を脱ぎ、ちはるの後頭部に滑り込ませた。彼女の気道を確保すると鼻を摘み、大きく息を吸ってちはるの肺へと空気を送り込んだ。
反応がない。もう一度。
2度目の人工呼吸を施すと、ちはるは激しく咳き込み、ごぼごぼと血を吐き出した。
「水野さん」
「……」
七海の呼びかけに、ちはるは薄く目を開けた。
「水野さん、聞こえますか」
「…、…?」
何か言っている様に見え、七海はちはるの口元へ耳を近づける。注意しないと聞き取れない程だった。
「…あっ、ちゃん…、?」
聞き覚えの無い名に七海はちはるの顔を見た。目が合わない。何処か違う場所を見ている。
「あっちゃん、な、の、…?」
七海はどう答えたものか、どう答えるべきかと黙ってちはるを見つめ、口を開く。
「…ちはる」
名を呼べば、ちはるは僅かに目を見開き、薄く笑った。
「ありが、と…、…ごめ、なさ、い」
遣る瀬無い気持ちを抱えたまま、七海は意識を失ったちはるを丁重に抱え上げる。補助監督に連絡を終えた猪野が憔悴した表情で七海に駆け寄る。
「すぐ迎えが来ます。…七海サンちはるは、」
「詳しい事はわかりません。…私を誰かと見違える様な幻覚を見ているのか、それとも…、本当に幻を見ているのか。…身体の状態は見ての通りです」
「何か言ってたんですか」
「…。…あっちゃん、と」
七海が先程ちはるが呼んでいた名を口にすれば、猪野の表情が曇った。理由を問おうと七海が口を開く前に車のエンジン音が響き、話はそのまま立ち消えになった。
ちはるの手当ての為に慌ただしく移動した先は高専京都校の関連施設だった。事情を聞いた家入が東京から飛んで来てちはるの治療に当たった。七海と猪野がちはるの様子を見に部屋へ行けば、そこには家入だけでなく五条の姿もあった。
「どうして貴方が」
「ちょっと冷たくない?僕が硝子連れてトんで来たんだよ?もっと感謝されても良くない?」
「単に仕事をサボりたかっただけだろうが」
「では五条さん、用が済んだのですから東京へお戻りください。後は我々が事後処理をするので」
「つれないなぁ七海は。ちょっとくらい話を聞いてくれたって良いじゃない。そんなに僕の事嫌い?」
「えぇ、そうですね」
「そんなにハッキリ言うのお前くらいだよ。…猪野」
「ハ、ハイ!」
「お前は私の手伝いを頼む」
口を挟めずに居た猪野を連れ、家入は部屋を出て行く。
「…ちょっとくらい僕の話聞いてくれたって良いでしょ。…ちはる、何にも話してないんだろうからね」
意味深な五条の言葉に、七海は眉間に皺を寄せた。
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