wanderers
猪野くんの同級生のお名前は?
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静かな空気を裂く様に、バイクのエンジン音が響く。閉鎖された山道には誰も居らず、ちはるの操るバイクは山頂への道を登って行く。どの道を通るか決めているわけでもなく、ちはるの気分で右へ左へと進んでいく。
『ちょーしはどうっすかぁ?』
間延びした猪野の声が耳に届く。とにかく猪野の待つ山頂へ呪霊を引っ張って行かなくては話にならない。ちはるは少しずつスピードを落とした。
「…なかなか引っかからないね」
ちはるの言葉に七海が腕時計を見る。任務に取り掛かってから1時間が経とうとしていた。
「では、左右に走るのではなく、上下に走ってはどうでしょうか。…少々リスクは伴いますが、呪霊の居場所がわからない以上、やってみる価値はあるかと」
『よっしゃちはる、頼んだ!』
「伊地知さん、聞こえてますか?」
『はい、聞こえていますよ。何かありましたか?』
猪野の言葉に返事をする代わりに、ちはるはヘルメットのバイザーを上げて伊地知に声をかける。エンジンを切らずにバイクを停めた彼女の目はメーターを見ていた。
「…これから上下に走るとなると、今以上に燃料を食うと思います。ガソリンの残量も考えて、登って降りてから給油したいんですけど」
『任務前のお話通り、携行缶での準備はしてありますけど…、大丈夫ですか?』
「ありがとうございます、状況見ながら行きます」
ちはるは七海を振り返った。移動のルートに関しては彼女に任せてあるー七海は頷いた。
『じゃ、行きましょう。…猪野っちもヒマそうですし』
「ヒマしてねぇし!」
ちはるの言葉が冗談であるとわかっていたが、猪野は反射的にやや強く反論していた。実際のところ、2人がどのルートを登ってくるかは直前までわからない。伊地知を始め、現場周辺に来ている補助監督たちはGPSを使って位置情報を確認している様だが、そちらに気を割くのは避けたかったし、2人と例の呪霊が来たら苦手な帳を降ろさなくてはいけない。決してヒマなんかじゃないと猪野は口を尖らせた。
インカムから猪野の声が聞こえてこない事を受けて、ちはるは猪野を揶揄いすぎたかと息を吐いた。面と向かって話をしているのであれば、もう少し和やかな雰囲気で終われた話なのだろうが。七海にも会話が聞こえている手前、これ以上話をするのはやめておこうと決め、ちはるはアクセルを回した。仮にも今は任務中、慢心は身を滅ぼすー顔を撫でる風を遮る様に、ヘルメットのバイザーを下ろした。勾配の急な坂を登り始めて然程時間も経たない内に、ちはるは少しだけ辺りの空気が変わったのを感じた。背筋から入り込んだ、ぬるりとした気配。ちはるは全身が粟立つ程の感覚に歯を食い縛った。
「…来ましたね」
進行方向の右側から大口を開け牙を剥き出しにした異形が姿を見せ、ちはるはスピードを上げた。
『猪野くん、伊地知くん、会敵しました』
インカムを通して淡々と状況を伝えてくる七海の声。猪野は大きく深呼吸をした。
『誘引隊は北西のルートを山頂に向けて進んでいます』
伊地知の声に1人頷き、猪野は地面にマークしておいた方角を確かめる。北西側のルートは3つーいずれにせよ、猪野が待つ山頂へ繋がるのは間違いない。
『掴まって!』
耳を突く程に大きなちはるの声が聞こえ、続いてバイクのタイヤがアスファルトを擦る音、バイクのエンジンが唸る音、ちはるの悪態。姿を見せた呪霊は執拗に2人を追い回している様だった。
山頂の猪野は薄らと感じる呪いの気配を掴むと、そちらへ意識を集中させた。自身が確りと呪いの気配を認識出来た時に帳を降ろす。本来ならば自分の方から2人の方へ向かって合流してしまいたいところであるが、林の中となると圧倒的にこちらが不利となり、開けた場所まで誘引する必要がある。声援を送りたい気もあるが、今の状況にあってはちはるや七海にとっては集中を削ぐだけの雑音にしかならないだろう。猪野は何も出来ない状況に歯痒さを覚え拳を握っていた。
『っ水野さん!』
切迫した七海の声が耳をついた。猪野は耳元に付けていたインカムをより耳へ押し付ける。
「無事⁉︎」
『っ…、だいじょぶ…、猪野っち、も少し呪力が、わかる様にしてくれると助かる』
「、おう!」
何処か傷を負ったのだろうか、ちはるの痛みを堪える様な声に不穏を感じながらも、猪野は自身の呪力の出力を上げた。これで2人が猪野を見つけやすくなるだろうし、呪霊の方も引き付ける事が出来るかもしれない。
『そのまま、直線距離500メートルで山頂の合流ポイント、進行方向左手の道を進むのが最短です』
やや緊張気味の伊地知の声が割って入った。
『了解』
『では水野さん、先に猪野くんと合流を』
『っ何言って、』
『この先は勾配が急になります。私の乗せたままでは確実に追い付かれます。山頂の手前ではありますが、この付近なら大丈夫でしょう』
『…、でも、』
『猪野くん、わかりましたね』
有無を言わさぬ七海の言葉に返事をすると同時に猪野は弾かれる様に走り出した。もう少しで帳を降ろせる。帳を降ろしてしまえば、呪霊に逃げられる事もない。
『あのカーブで減速した時に降ります。そのまま行って、猪野くんと合流を』
ちはるの声は聞こえなかったが、バイクのギアチェンジの音がインカムを通して聞こえてくる。
『すぐ戻ります!』
ちはるの声、バイクのエンジン音。猪野の耳に直接バイクの音が聞こえてくる。
「ちはる!その傷、」
「折れた木が擦っただけ、大丈夫」
ちはるが着ていたジャケットの左肩の辺りは裂け、袖口からはそれなりの量の血が滴っている。
「それより早く」
猪野が文字通りバイクのリアシートに飛び乗るとちはるはそのまま反転し、タイヤの鳴く音を響かせながら道を戻って行く。七海の下へ急ぐ2人の頭上には今にも泣き出しそうな黒い雲が近付いていた。
『ちょーしはどうっすかぁ?』
間延びした猪野の声が耳に届く。とにかく猪野の待つ山頂へ呪霊を引っ張って行かなくては話にならない。ちはるは少しずつスピードを落とした。
「…なかなか引っかからないね」
ちはるの言葉に七海が腕時計を見る。任務に取り掛かってから1時間が経とうとしていた。
「では、左右に走るのではなく、上下に走ってはどうでしょうか。…少々リスクは伴いますが、呪霊の居場所がわからない以上、やってみる価値はあるかと」
『よっしゃちはる、頼んだ!』
「伊地知さん、聞こえてますか?」
『はい、聞こえていますよ。何かありましたか?』
猪野の言葉に返事をする代わりに、ちはるはヘルメットのバイザーを上げて伊地知に声をかける。エンジンを切らずにバイクを停めた彼女の目はメーターを見ていた。
「…これから上下に走るとなると、今以上に燃料を食うと思います。ガソリンの残量も考えて、登って降りてから給油したいんですけど」
『任務前のお話通り、携行缶での準備はしてありますけど…、大丈夫ですか?』
「ありがとうございます、状況見ながら行きます」
ちはるは七海を振り返った。移動のルートに関しては彼女に任せてあるー七海は頷いた。
『じゃ、行きましょう。…猪野っちもヒマそうですし』
「ヒマしてねぇし!」
ちはるの言葉が冗談であるとわかっていたが、猪野は反射的にやや強く反論していた。実際のところ、2人がどのルートを登ってくるかは直前までわからない。伊地知を始め、現場周辺に来ている補助監督たちはGPSを使って位置情報を確認している様だが、そちらに気を割くのは避けたかったし、2人と例の呪霊が来たら苦手な帳を降ろさなくてはいけない。決してヒマなんかじゃないと猪野は口を尖らせた。
インカムから猪野の声が聞こえてこない事を受けて、ちはるは猪野を揶揄いすぎたかと息を吐いた。面と向かって話をしているのであれば、もう少し和やかな雰囲気で終われた話なのだろうが。七海にも会話が聞こえている手前、これ以上話をするのはやめておこうと決め、ちはるはアクセルを回した。仮にも今は任務中、慢心は身を滅ぼすー顔を撫でる風を遮る様に、ヘルメットのバイザーを下ろした。勾配の急な坂を登り始めて然程時間も経たない内に、ちはるは少しだけ辺りの空気が変わったのを感じた。背筋から入り込んだ、ぬるりとした気配。ちはるは全身が粟立つ程の感覚に歯を食い縛った。
「…来ましたね」
進行方向の右側から大口を開け牙を剥き出しにした異形が姿を見せ、ちはるはスピードを上げた。
『猪野くん、伊地知くん、会敵しました』
インカムを通して淡々と状況を伝えてくる七海の声。猪野は大きく深呼吸をした。
『誘引隊は北西のルートを山頂に向けて進んでいます』
伊地知の声に1人頷き、猪野は地面にマークしておいた方角を確かめる。北西側のルートは3つーいずれにせよ、猪野が待つ山頂へ繋がるのは間違いない。
『掴まって!』
耳を突く程に大きなちはるの声が聞こえ、続いてバイクのタイヤがアスファルトを擦る音、バイクのエンジンが唸る音、ちはるの悪態。姿を見せた呪霊は執拗に2人を追い回している様だった。
山頂の猪野は薄らと感じる呪いの気配を掴むと、そちらへ意識を集中させた。自身が確りと呪いの気配を認識出来た時に帳を降ろす。本来ならば自分の方から2人の方へ向かって合流してしまいたいところであるが、林の中となると圧倒的にこちらが不利となり、開けた場所まで誘引する必要がある。声援を送りたい気もあるが、今の状況にあってはちはるや七海にとっては集中を削ぐだけの雑音にしかならないだろう。猪野は何も出来ない状況に歯痒さを覚え拳を握っていた。
『っ水野さん!』
切迫した七海の声が耳をついた。猪野は耳元に付けていたインカムをより耳へ押し付ける。
「無事⁉︎」
『っ…、だいじょぶ…、猪野っち、も少し呪力が、わかる様にしてくれると助かる』
「、おう!」
何処か傷を負ったのだろうか、ちはるの痛みを堪える様な声に不穏を感じながらも、猪野は自身の呪力の出力を上げた。これで2人が猪野を見つけやすくなるだろうし、呪霊の方も引き付ける事が出来るかもしれない。
『そのまま、直線距離500メートルで山頂の合流ポイント、進行方向左手の道を進むのが最短です』
やや緊張気味の伊地知の声が割って入った。
『了解』
『では水野さん、先に猪野くんと合流を』
『っ何言って、』
『この先は勾配が急になります。私の乗せたままでは確実に追い付かれます。山頂の手前ではありますが、この付近なら大丈夫でしょう』
『…、でも、』
『猪野くん、わかりましたね』
有無を言わさぬ七海の言葉に返事をすると同時に猪野は弾かれる様に走り出した。もう少しで帳を降ろせる。帳を降ろしてしまえば、呪霊に逃げられる事もない。
『あのカーブで減速した時に降ります。そのまま行って、猪野くんと合流を』
ちはるの声は聞こえなかったが、バイクのギアチェンジの音がインカムを通して聞こえてくる。
『すぐ戻ります!』
ちはるの声、バイクのエンジン音。猪野の耳に直接バイクの音が聞こえてくる。
「ちはる!その傷、」
「折れた木が擦っただけ、大丈夫」
ちはるが着ていたジャケットの左肩の辺りは裂け、袖口からはそれなりの量の血が滴っている。
「それより早く」
猪野が文字通りバイクのリアシートに飛び乗るとちはるはそのまま反転し、タイヤの鳴く音を響かせながら道を戻って行く。七海の下へ急ぐ2人の頭上には今にも泣き出しそうな黒い雲が近付いていた。
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