wanderers
猪野くんの同級生のお名前は?
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七海はちはるを確りとその腕に抱いたまま、ゆっくりと背を撫で続けた。少しちはるの様子が落ち着いたところで七海は躊躇いがちに口を開く。
「…私も、学生の頃に…任務で同期を喪いました」
「え…」
初めて聞く七海の過去。ちはるは戸惑いの気持ちと共に、彼に対してずっと抱いていた思いー何処か似たようなものを背負っている感覚の正体を見た気がした。
「…ずっと、背負ってきたんでしょう」
「…っ…、それは、七海さんも、同じじゃないですか」
「…そう言われれば…、そうかもしれません」
ちはるが顔を上げれば、暗い車内ではあったが七海と目が合うのがわかった。
「…お互い、呪いに縛られている様ですね」
七海は儚げに笑ったが、ちはるは笑えなかった。
「…失礼」
そこで七海はちはるを抱き寄せていた事を自覚した様で彼女を解放した。そして距離を置く様にドアに凭れ、フロントガラスの雨粒を見つめて大きく息を吐いた。
「…私は、逃げた人間です。…同期の死を目の当たりにして、術師を続けていく事に嫌気がさし、高専を卒業してすぐ一般企業へ入社しました」
「…嘘…」
「嘘ではありません、猪野くんに聞いてくださっても構いませんよ」
「……」
七海は言葉を失ったちはるを見遣る。驚き目を見開いて自身を見つめている彼女に七海は自嘲気味に笑った。
「…貴女の方が、ずっと強い」
「…そんな事…、っ、」
「…全てを諦めようと思ったにも関わらず、貴女は逃げ出す事なく向かい合い、術師として、そして若い術師を守り育てる立場になった。…私には到底無理な話」
七海はちはるの視線から逃れる様に、未だ雨の降り続く窓の外を見た。遠くの街灯りが滲んで見えた。
「…そんな私が貴女を支えたり助力する事は出来ないかもしれませんが…、貴女が経験した悲しみや痛みは、」
ふっと息を吐いた七海はちはるを振り返る。
「他の誰よりも、分かち合えると思います」
「…七海さん…」
潤んだ瞳のちはるに、七海は再び息を吐いた。
「…少々お喋りが過ぎました。貴女の話を聞いていたのに、自分の話をしてしまい申し訳ありません」
ちはるはゆっくりと首を振った。健気な彼女がとてもいじらしく思える。
「…自身の気持ちに反して無理に整理をつけようとしたり、乗り越える必要はないと思います。…また私の話になってしまいますが…、10年近く経っても整理はついていませんし、乗り越えてもいません。…況してや忘れる事など出来るはずもありません。恐らく私は…、この想いを生涯抱えて生きていくと思います」
ちはるの目から涙が流れ落ちるのを見て、七海は困った様に額に手を当てた。
「…このところ、貴女を泣かせてばかりですね」
そう言うと七海はスラックスのポケットからアイロンがきいたハンカチをちはるに差し出した。
「…猪野っちが前に言ってたけど、」
七海からハンカチを受け取り、そのまま握り締めたちはるが涙を潰した笑みを見せた。
「七海さんホントに紳士、ですね」
「何を、」
「今時こんな綺麗にアイロンがきいたハンカチ持ってる人なんてそうそういないですよ」
私が腕をケガした時もそう、と言いながらちはるはハンカチの端で涙をそっと押さえた。
「…私にとっては身嗜みのひとつに過ぎません」
「猪野っちが女だったら間違いなく惚れてるって」
「…」
話がおかしな方向に進んでいると思い、七海は複雑な思いでちはるを見た。頬に涙の跡だけを残したちはるはにっこりと笑って見せる。
「ありがとうございます」
「…、私は何も、」
「すごく、スッキリしました。自分の気持ちを認める事が出来ましたし…、それが間違いじゃないって事も、認められて良かった」
そう言ってちはるは握り締めた七海のハンカチに視線を落とし、顔を上げて七海を見つめた。
「また話、聞いてもらっちゃって」
「どうという事はありませんよ」
七海が口元を緩めると、つられる様にちはるも穏やかな笑みを浮かべ、顔を見合わせる様にして笑った。
「…雨、止みましたね」
静かな七海の言葉に、ちはるはエンジンをスタートさせ、フロントガラスの水滴をワイパーで払い落とした。滲んだ視界がクリアになり、遠くの街灯りがまるで煌めく宝石の様に輝いている。
「…なんだかんだ言ったって、術師として生きてる以上は、生きてる間は呪いを祓わなきゃいけない」
「…そう、ですね」
独り言の様に言うちはるに七海は同調した。生き残った人間として、先に逝った仲間を背負っている人間として。不意にちはるが振り返った。
「明日からまた、頑張りましょうね」
先程までのちはるからいつものちはるに戻った様で、彼女はオーディオをオンにした。静寂の支配が終わり、軽快なテンポの音楽が車内に流れ始めた。ちはるはシートベルトを締めるように言うと車のギアを入れる。
「七海さん、コンビニとか寄ります?それとも真っ直ぐ戻りますか?」
「いえ、真っ直ぐ戻っていただいて結構です」
ちはるの運転する車は日常へ戻る様にゆっくりと街中に入る。交通量も多くなり、信号待ちの車列に加わる。
「七海さんは任務明け、何してるんですか?」
「これと言った事はありません。買い物をして酒を飲みながら食事を作ったり、本を読んだり…、気ままに過ごしています。…貴女は如何ですか?」
「私も似たような感じですね。…けど、今回の地方任務は初めてだし、終わったらゆっくり美味しいごはん食べに行きたいかなって考えてます」
信号は青に変わり、車列がゆっくりと動き出す。
「七海さんが良かったら、3人でごはん食べに行きませんか?打ち上げ的な感じで」
「構いませんよ。猪野くんも喜ぶ事でしょう」
「約束ですよ」
「勿論です。何が食べたいか考えておいてください」
上機嫌のちはるを横目に、穏やかな車内の空気に心地良さを覚えながら、七海は窓の外、雲間から顔を出した月を見上げていた。
「…私も、学生の頃に…任務で同期を喪いました」
「え…」
初めて聞く七海の過去。ちはるは戸惑いの気持ちと共に、彼に対してずっと抱いていた思いー何処か似たようなものを背負っている感覚の正体を見た気がした。
「…ずっと、背負ってきたんでしょう」
「…っ…、それは、七海さんも、同じじゃないですか」
「…そう言われれば…、そうかもしれません」
ちはるが顔を上げれば、暗い車内ではあったが七海と目が合うのがわかった。
「…お互い、呪いに縛られている様ですね」
七海は儚げに笑ったが、ちはるは笑えなかった。
「…失礼」
そこで七海はちはるを抱き寄せていた事を自覚した様で彼女を解放した。そして距離を置く様にドアに凭れ、フロントガラスの雨粒を見つめて大きく息を吐いた。
「…私は、逃げた人間です。…同期の死を目の当たりにして、術師を続けていく事に嫌気がさし、高専を卒業してすぐ一般企業へ入社しました」
「…嘘…」
「嘘ではありません、猪野くんに聞いてくださっても構いませんよ」
「……」
七海は言葉を失ったちはるを見遣る。驚き目を見開いて自身を見つめている彼女に七海は自嘲気味に笑った。
「…貴女の方が、ずっと強い」
「…そんな事…、っ、」
「…全てを諦めようと思ったにも関わらず、貴女は逃げ出す事なく向かい合い、術師として、そして若い術師を守り育てる立場になった。…私には到底無理な話」
七海はちはるの視線から逃れる様に、未だ雨の降り続く窓の外を見た。遠くの街灯りが滲んで見えた。
「…そんな私が貴女を支えたり助力する事は出来ないかもしれませんが…、貴女が経験した悲しみや痛みは、」
ふっと息を吐いた七海はちはるを振り返る。
「他の誰よりも、分かち合えると思います」
「…七海さん…」
潤んだ瞳のちはるに、七海は再び息を吐いた。
「…少々お喋りが過ぎました。貴女の話を聞いていたのに、自分の話をしてしまい申し訳ありません」
ちはるはゆっくりと首を振った。健気な彼女がとてもいじらしく思える。
「…自身の気持ちに反して無理に整理をつけようとしたり、乗り越える必要はないと思います。…また私の話になってしまいますが…、10年近く経っても整理はついていませんし、乗り越えてもいません。…況してや忘れる事など出来るはずもありません。恐らく私は…、この想いを生涯抱えて生きていくと思います」
ちはるの目から涙が流れ落ちるのを見て、七海は困った様に額に手を当てた。
「…このところ、貴女を泣かせてばかりですね」
そう言うと七海はスラックスのポケットからアイロンがきいたハンカチをちはるに差し出した。
「…猪野っちが前に言ってたけど、」
七海からハンカチを受け取り、そのまま握り締めたちはるが涙を潰した笑みを見せた。
「七海さんホントに紳士、ですね」
「何を、」
「今時こんな綺麗にアイロンがきいたハンカチ持ってる人なんてそうそういないですよ」
私が腕をケガした時もそう、と言いながらちはるはハンカチの端で涙をそっと押さえた。
「…私にとっては身嗜みのひとつに過ぎません」
「猪野っちが女だったら間違いなく惚れてるって」
「…」
話がおかしな方向に進んでいると思い、七海は複雑な思いでちはるを見た。頬に涙の跡だけを残したちはるはにっこりと笑って見せる。
「ありがとうございます」
「…、私は何も、」
「すごく、スッキリしました。自分の気持ちを認める事が出来ましたし…、それが間違いじゃないって事も、認められて良かった」
そう言ってちはるは握り締めた七海のハンカチに視線を落とし、顔を上げて七海を見つめた。
「また話、聞いてもらっちゃって」
「どうという事はありませんよ」
七海が口元を緩めると、つられる様にちはるも穏やかな笑みを浮かべ、顔を見合わせる様にして笑った。
「…雨、止みましたね」
静かな七海の言葉に、ちはるはエンジンをスタートさせ、フロントガラスの水滴をワイパーで払い落とした。滲んだ視界がクリアになり、遠くの街灯りがまるで煌めく宝石の様に輝いている。
「…なんだかんだ言ったって、術師として生きてる以上は、生きてる間は呪いを祓わなきゃいけない」
「…そう、ですね」
独り言の様に言うちはるに七海は同調した。生き残った人間として、先に逝った仲間を背負っている人間として。不意にちはるが振り返った。
「明日からまた、頑張りましょうね」
先程までのちはるからいつものちはるに戻った様で、彼女はオーディオをオンにした。静寂の支配が終わり、軽快なテンポの音楽が車内に流れ始めた。ちはるはシートベルトを締めるように言うと車のギアを入れる。
「七海さん、コンビニとか寄ります?それとも真っ直ぐ戻りますか?」
「いえ、真っ直ぐ戻っていただいて結構です」
ちはるの運転する車は日常へ戻る様にゆっくりと街中に入る。交通量も多くなり、信号待ちの車列に加わる。
「七海さんは任務明け、何してるんですか?」
「これと言った事はありません。買い物をして酒を飲みながら食事を作ったり、本を読んだり…、気ままに過ごしています。…貴女は如何ですか?」
「私も似たような感じですね。…けど、今回の地方任務は初めてだし、終わったらゆっくり美味しいごはん食べに行きたいかなって考えてます」
信号は青に変わり、車列がゆっくりと動き出す。
「七海さんが良かったら、3人でごはん食べに行きませんか?打ち上げ的な感じで」
「構いませんよ。猪野くんも喜ぶ事でしょう」
「約束ですよ」
「勿論です。何が食べたいか考えておいてください」
上機嫌のちはるを横目に、穏やかな車内の空気に心地良さを覚えながら、七海は窓の外、雲間から顔を出した月を見上げていた。
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