wanderers
猪野くんの同級生のお名前は?
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もうすぐ夏が終わるんだろうか、と予感させる風が吹き抜けていく。信号待ちをしている間、随分と涼しくなった空気を感じた七海はそんな事を考えていた。
「七海さん、もう少し走っても大丈夫ですか?」
インカムを通してちはるの声が耳に届く。
「えぇ、お任せしますよ」
バイクに乗るのは初めてではあるが、ちはるの運転は非常に穏やかで、七海は特に不安や恐怖を感じる事はなかった。目の前の信号が青に変わる。
ただ、一番の問題は彼女の身体に触れる、という事。
「七海さん掴まって!」
1時間と経たない間に何度言われただろうーバイクが発進し、身体が後ろに引かれる感覚に漸く、渋々と七海はちはるの身体に腕を回した。
バランスを崩さない様にとなると、彼女の動きに合わせる必要性が出てくる。どうしても密着する形となってしまい、否応なしにちはるのボディラインが七海に突き付けられる。バイクが揺れる中、七海が掴まってもフラつかない体幹は普段からトレーニングを欠かさないのだろう事が窺える。だが何より気になってしまうのが女性特有の身体つきー七海が強く力を込めれば潰れてしまうのではないかと心配になるくらいの華奢さも感じられ、“掴まる”事に申し訳なく思うというか恐縮するというか、そんな気持ちが七海の中に蟠っている。
「七海さん、何回も同じ事言っちゃいますけど、」
「今すぐ慣れろというのは無理だと理解して下さい」
「…、言い分はわかりますけど、こんなとこでケガしたりしたら元も子もないですよ。最低限の安全を確保する為に必要な事なんですから。…こないだの任務の時だって同じ、そう思ってください。右行きますよ」
ちはるがそう言った直後にバイクは通りの少ない交差点を右折した。車に乗っている時とは比較にならないくらい、ダイレクトに遠心力を感じる。速度が上がれば上がる程に遠心力は強くなるー振り落とされない様にと七海はちはるに回した腕に力を入れた。
「…山で呪霊と追いかけっこになったら、緩急つけたり小刻みに旋回しなくちゃならないかもしれません。道も悪いところを走るかもしれない」
説教をされている様な気になり、七海は気持ちを整える為に大きく息を吐いた。
「…わかっています」
やや強い口調の七海にちはるはクスッと笑った。
「…何ですか」
微かな苛立ちを含んだ七海の言葉。大抵の人間は怯むのだろうが、ちはるはまた笑いをこぼした。
「…七海さんて、結構割り切りが早い方だと思ってたので。…ちょっと意外っていうか」
「女性に触れるのに気を遣うのは当然ですよ」
七海の言葉に、ちはるは少々複雑な気持ちになった。つい数日前の、雑居ビルでのやり取りが思い出される。
今この場でその話を出すのは意地が悪いだろうかーちはるは黙っておく事にした。そして今の会話を一旦打ち切る為に通りがかったコンビニの駐車場へ滑り込む。
「…そろそろ戻りましょうか。初日から気合い入れ過ぎて続かなくなっても困りますし」
何か飲んでから行きましょう、とちはるはバイクのエンジンを切り、ヘルメットを脱いだ。
「メット脱ぐの面倒ですよね、私買ってきますね」
七海の返事を待たずにちはるはコンビニへ入った。ヘルメットで乱れた髪を手櫛で整えながら、ちはるは変にモヤついた気持ちを持て余していた。
気になる事を深く考えるという事は、時に傷に塩を塗る様な事にもなり得る。相手がどう思っているのか、どんな意図を持ってそのような発言をしたのか、それは自分は絶対に知り得ない事なのに、考えても何もならないのに。わかっていても考えてしまうー今まさにちはるはそのループに囚われながらドリンクの並ぶ冷蔵庫を眺める。徒歩や他人の運転であれば間違いなくアルコールに手を伸ばすのだが、今回はそうはいかない。
結局、店内でサーブできるアイスコーヒーに落ち着いた。サーバーにカップをセットしてコーヒーが落ちてくるのを待ちながら、ちはるは大きく息を吐いた。
先程の七海の発言に対し、自分に手を伸ばしたのはどういうつもりだったのだろう、という事がモヤつきの原因であると突き止めたものの、それを彼に投げかけるのは、何だか自分が彼を意識しています、と伝える事になるような気がして面白くない。そもそも自分からバイクの後ろに乗ると言い出したのに、と次から次へと様々な思いが湧き起こってくる。
コーヒーが出来上がった事を告げる電子音にちはるは顔を上げた。もうひとつのカップをセットし、出来上がったコーヒーにリッドを付けようと手を伸ばす。ガムシロップのポーションが目に入った。
「……」
待つ身になると時間が長く感じるのは不思議なものだ、と七海は外したヘルメットを眺めてぼんやりと思った。バイクに乗っている時はだいぶ涼しくなってきたと感じたものの、足下のアスファルトが吐き出す熱は身体に纏わりついてきて、とてもヘルメットを被ったままではいられなかった。ピカピカと目に眩しい程に明るいコンビニを眺めていると自動ドアが開き、プラカップを2つ手にしたちはるが出てきた。
「すみません、いろいろ迷っちゃって」
七海はちはるが差し出すカップを受け取り礼を述べた。
「…疲れました?」
「いえ、これくらいは平気です」
ちはるの視線を受けながら七海はカップに口をつける。
「…⁉︎」
七海は思わず眉間に皺を寄せた。口にしたコーヒーが途轍もなく甘いー吐き出す事はしなかったものの、喉が焼ける様な感覚に咳払いをした。
「あっ」
声に振り返ると、ちはるは七海を見上げていた。
「すみません、渡すコーヒー間違えました」
交換しましょうか、と言うちはるの申し出を七海は丁重に断った。飲めないわけではないので、と眉間に皺を寄せながら甘ったるいコーヒーを飲む七海。そんな彼に、ちはるは溜飲が下がる思いを自覚して小さく笑った。
「七海さん、もう少し走っても大丈夫ですか?」
インカムを通してちはるの声が耳に届く。
「えぇ、お任せしますよ」
バイクに乗るのは初めてではあるが、ちはるの運転は非常に穏やかで、七海は特に不安や恐怖を感じる事はなかった。目の前の信号が青に変わる。
ただ、一番の問題は彼女の身体に触れる、という事。
「七海さん掴まって!」
1時間と経たない間に何度言われただろうーバイクが発進し、身体が後ろに引かれる感覚に漸く、渋々と七海はちはるの身体に腕を回した。
バランスを崩さない様にとなると、彼女の動きに合わせる必要性が出てくる。どうしても密着する形となってしまい、否応なしにちはるのボディラインが七海に突き付けられる。バイクが揺れる中、七海が掴まってもフラつかない体幹は普段からトレーニングを欠かさないのだろう事が窺える。だが何より気になってしまうのが女性特有の身体つきー七海が強く力を込めれば潰れてしまうのではないかと心配になるくらいの華奢さも感じられ、“掴まる”事に申し訳なく思うというか恐縮するというか、そんな気持ちが七海の中に蟠っている。
「七海さん、何回も同じ事言っちゃいますけど、」
「今すぐ慣れろというのは無理だと理解して下さい」
「…、言い分はわかりますけど、こんなとこでケガしたりしたら元も子もないですよ。最低限の安全を確保する為に必要な事なんですから。…こないだの任務の時だって同じ、そう思ってください。右行きますよ」
ちはるがそう言った直後にバイクは通りの少ない交差点を右折した。車に乗っている時とは比較にならないくらい、ダイレクトに遠心力を感じる。速度が上がれば上がる程に遠心力は強くなるー振り落とされない様にと七海はちはるに回した腕に力を入れた。
「…山で呪霊と追いかけっこになったら、緩急つけたり小刻みに旋回しなくちゃならないかもしれません。道も悪いところを走るかもしれない」
説教をされている様な気になり、七海は気持ちを整える為に大きく息を吐いた。
「…わかっています」
やや強い口調の七海にちはるはクスッと笑った。
「…何ですか」
微かな苛立ちを含んだ七海の言葉。大抵の人間は怯むのだろうが、ちはるはまた笑いをこぼした。
「…七海さんて、結構割り切りが早い方だと思ってたので。…ちょっと意外っていうか」
「女性に触れるのに気を遣うのは当然ですよ」
七海の言葉に、ちはるは少々複雑な気持ちになった。つい数日前の、雑居ビルでのやり取りが思い出される。
今この場でその話を出すのは意地が悪いだろうかーちはるは黙っておく事にした。そして今の会話を一旦打ち切る為に通りがかったコンビニの駐車場へ滑り込む。
「…そろそろ戻りましょうか。初日から気合い入れ過ぎて続かなくなっても困りますし」
何か飲んでから行きましょう、とちはるはバイクのエンジンを切り、ヘルメットを脱いだ。
「メット脱ぐの面倒ですよね、私買ってきますね」
七海の返事を待たずにちはるはコンビニへ入った。ヘルメットで乱れた髪を手櫛で整えながら、ちはるは変にモヤついた気持ちを持て余していた。
気になる事を深く考えるという事は、時に傷に塩を塗る様な事にもなり得る。相手がどう思っているのか、どんな意図を持ってそのような発言をしたのか、それは自分は絶対に知り得ない事なのに、考えても何もならないのに。わかっていても考えてしまうー今まさにちはるはそのループに囚われながらドリンクの並ぶ冷蔵庫を眺める。徒歩や他人の運転であれば間違いなくアルコールに手を伸ばすのだが、今回はそうはいかない。
結局、店内でサーブできるアイスコーヒーに落ち着いた。サーバーにカップをセットしてコーヒーが落ちてくるのを待ちながら、ちはるは大きく息を吐いた。
先程の七海の発言に対し、自分に手を伸ばしたのはどういうつもりだったのだろう、という事がモヤつきの原因であると突き止めたものの、それを彼に投げかけるのは、何だか自分が彼を意識しています、と伝える事になるような気がして面白くない。そもそも自分からバイクの後ろに乗ると言い出したのに、と次から次へと様々な思いが湧き起こってくる。
コーヒーが出来上がった事を告げる電子音にちはるは顔を上げた。もうひとつのカップをセットし、出来上がったコーヒーにリッドを付けようと手を伸ばす。ガムシロップのポーションが目に入った。
「……」
待つ身になると時間が長く感じるのは不思議なものだ、と七海は外したヘルメットを眺めてぼんやりと思った。バイクに乗っている時はだいぶ涼しくなってきたと感じたものの、足下のアスファルトが吐き出す熱は身体に纏わりついてきて、とてもヘルメットを被ったままではいられなかった。ピカピカと目に眩しい程に明るいコンビニを眺めていると自動ドアが開き、プラカップを2つ手にしたちはるが出てきた。
「すみません、いろいろ迷っちゃって」
七海はちはるが差し出すカップを受け取り礼を述べた。
「…疲れました?」
「いえ、これくらいは平気です」
ちはるの視線を受けながら七海はカップに口をつける。
「…⁉︎」
七海は思わず眉間に皺を寄せた。口にしたコーヒーが途轍もなく甘いー吐き出す事はしなかったものの、喉が焼ける様な感覚に咳払いをした。
「あっ」
声に振り返ると、ちはるは七海を見上げていた。
「すみません、渡すコーヒー間違えました」
交換しましょうか、と言うちはるの申し出を七海は丁重に断った。飲めないわけではないので、と眉間に皺を寄せながら甘ったるいコーヒーを飲む七海。そんな彼に、ちはるは溜飲が下がる思いを自覚して小さく笑った。