付かず、離れず
猪野くんの同級生のお名前は?
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七海が五条から、ちはるの任務への同行依頼の話を聞かされてから2週間が経った。伊地知から連絡をさせると言われたものの、何の音沙汰も無い。それとなく話をしてみるも、日程の調整に難航しているらしかった。
七海としては、このまま有耶無耶になってしまった方が良いとさえ思っていた。仕事となれば手を抜くつもりは無いが、面倒事はとにかく避けたい。残業だのトラブルだの、そんな事は会社員時代に嫌という程経験した七海にとって忌避するのは当然の事と言えた。
そのまま更に時間が流れ、とある日の午後。
任務を終えた七海が高専の休憩所でひと息ついている時、彼のスマホが鳴る。基本的に連絡を寄越すのは高専の関係者、誰だろうかとディスプレイを確認する。意外な人物に驚きを覚えながら電話を繋いだ。
「はい、七海です」
『ご無沙汰しています七海さん、お忙しいところ急にすみません』
ちはるが行きつけにしているアイリッシュパブのマスターだった。ちはるから“マスターが話をしてみたい”と言っていると誘われた際、連絡先を交換したのを思い出した。時折電話番号を使ってメッセージが届いたりする事はあったが、電話がかかってくるのは初めてだった。
「いいえ、大丈夫です。…どうしましたか?」
七海が尋ねると、マスターは少し照れた様に笑い、営業電話で恐縮なんですがと前置く。
『…実は今日、滅多に入って来ないスコッチが入りまして。…もし良かったら七海さん、飲みに来ませんか?』
世辞も何も無い率直な物言いに七海は好感を持った。そしてマスターが態々連絡してくるという事は本当に美味い酒なのだろう。
「今日は仕事が早めに片付きそうなので、終わり次第伺わせてもらいます」
『ありがとうございます!…久しぶりに七海さんと話をしたいとも思ってたので楽しみです。お待ちしてます』
スマホをポケットに押し込みながら、七海は美味い酒にあり付ける事に気持ちが上向くのを感じた。
一旦自宅に戻り、仕事着としているスーツから幾分リラックスした私服に着替えて七海はマンションを出た。
夏の昼間は長い。もう夕方と言える時間帯ながら、未だ太陽の日差しが燦々と降り注いでいる。七海は僅かな背徳感を覚えながら繁華街を歩いて行く。明るい時間から美味い酒が飲めるとは、なんて贅沢な気分だろうーそんな事を思いながら、目的の店のドアを開ける。
「いらっしゃいませ」
店は開けたばかりなのだろう、客もバイトも居ない店内、マスターが独りカウンターの拭き上げをしていた。
「…七海さんが来てくれるって事で、嬉しくて少し早めに店開けちゃいました」
人好きのするマスターの笑顔につられるように、七海も頰を緩めた。カウンター席へ促されて腰を下ろす。
「実は七海さんに連絡した後、ちはるちゃんにも連絡したんですよ。そしたら彼女も仕事が片付き次第来てくれるって言ってくれて。あ、最初はビールにします?」
七海が返事をすると、マスターは一旦奥に引っ込んでギネスを2つ手に戻って来た。七海はマスターとグラスを掲げ、ギネスを呷る。思わずため息が出た。
暑い中任務を終え、涼しい店内で美味い酒と美味い料理。歩きながら想像していた事が現実となり、とても気分が良いー七海はマスターが出してくれたツマミに手を伸ばす。誰もいない店内、マスターが奥で調理しているのが見える。七海は窓の外を眺めた。
例のスコッチは本当に美味だった。七海が水割りを飲みながらマスターと談笑している間に外はすっかり暗くなっていて、七海が2杯目の水割りを飲み終えたところでドアのベルが来客を告げる。
「こんばんは〜」
「おっ、ちはるちゃんいらっしゃい」
「お疲れ様です」
ちはるはカウンターに向かい、七海の隣に座ると大きく息を吐いた。手にはハンカチが握られており、まだまだ外が暑い事を窺わせた。
「七海さん、随分早くないですか?」
「…今日は現地解散でしたので」
現地解散ーつまり任務の事を言っているのだろうと理解したちはるは1人頷きながら、マスターが出してくれたビールを呷った。
「美味しい〜…、あ、ごめんなさい乾杯してない、」
「構いませんよ」
お待たせしてすみませんと、マスターが七海へ3杯目の水割りを出す。七海はちはるに向けてグラスを掲げた。
「ちはるちゃん、忙しくしてたんだね」
マスターの言葉にちはるからの返事は無い。店に着いてビールを1杯、七海と同じスコッチの水割りを1杯と半分程飲んだところで彼女は眠ってしまった。
「…疲れてる時はすぐ眠くなっちゃうんだって言ってたんですよ。…悪い事しちゃったかな」
「それをわかっていても店に来たのは彼女の気遣いでしょう。…素敵な方だと思いますよ」
店内は七海とちはるの他2組の客がいて、1組は帰るところだった。今日はこれで店を閉めようと思いながら、マスターは1組の客を見送りに立った。
「マスター、まだやってる?」
見送った客と入れ違いになるように、店の常連客が姿を見せた。悪い人ではないが、少々手の掛かる客ーどうぞ、とマスターは招き入れた。
客は3名、マスターはカウンターに戻りながら七海に小声で声をかけた。
「すみません七海さん…、本当は店閉めてちはるちゃん送って行こうと思ったんですけど…」
「…では私が送って行きましょうか」
「すみません、そうして頂けると助かります…。…ちはるちゃん、そろそろ起きよう?」
マスターの声に、突っ伏していたちはるは顔を上げた。
「寝てたのにごめんね、最後のお客さんが何時になるかわからないから」
「…マスター、ごめん…」
「大丈夫、むしろ今日は来てくれてありがとう」
「では行きましょうか」
マスターと七海が支払いに関してひと通り押し問答をした後、七海とちはるは並んで店を出た。
七海としては、このまま有耶無耶になってしまった方が良いとさえ思っていた。仕事となれば手を抜くつもりは無いが、面倒事はとにかく避けたい。残業だのトラブルだの、そんな事は会社員時代に嫌という程経験した七海にとって忌避するのは当然の事と言えた。
そのまま更に時間が流れ、とある日の午後。
任務を終えた七海が高専の休憩所でひと息ついている時、彼のスマホが鳴る。基本的に連絡を寄越すのは高専の関係者、誰だろうかとディスプレイを確認する。意外な人物に驚きを覚えながら電話を繋いだ。
「はい、七海です」
『ご無沙汰しています七海さん、お忙しいところ急にすみません』
ちはるが行きつけにしているアイリッシュパブのマスターだった。ちはるから“マスターが話をしてみたい”と言っていると誘われた際、連絡先を交換したのを思い出した。時折電話番号を使ってメッセージが届いたりする事はあったが、電話がかかってくるのは初めてだった。
「いいえ、大丈夫です。…どうしましたか?」
七海が尋ねると、マスターは少し照れた様に笑い、営業電話で恐縮なんですがと前置く。
『…実は今日、滅多に入って来ないスコッチが入りまして。…もし良かったら七海さん、飲みに来ませんか?』
世辞も何も無い率直な物言いに七海は好感を持った。そしてマスターが態々連絡してくるという事は本当に美味い酒なのだろう。
「今日は仕事が早めに片付きそうなので、終わり次第伺わせてもらいます」
『ありがとうございます!…久しぶりに七海さんと話をしたいとも思ってたので楽しみです。お待ちしてます』
スマホをポケットに押し込みながら、七海は美味い酒にあり付ける事に気持ちが上向くのを感じた。
一旦自宅に戻り、仕事着としているスーツから幾分リラックスした私服に着替えて七海はマンションを出た。
夏の昼間は長い。もう夕方と言える時間帯ながら、未だ太陽の日差しが燦々と降り注いでいる。七海は僅かな背徳感を覚えながら繁華街を歩いて行く。明るい時間から美味い酒が飲めるとは、なんて贅沢な気分だろうーそんな事を思いながら、目的の店のドアを開ける。
「いらっしゃいませ」
店は開けたばかりなのだろう、客もバイトも居ない店内、マスターが独りカウンターの拭き上げをしていた。
「…七海さんが来てくれるって事で、嬉しくて少し早めに店開けちゃいました」
人好きのするマスターの笑顔につられるように、七海も頰を緩めた。カウンター席へ促されて腰を下ろす。
「実は七海さんに連絡した後、ちはるちゃんにも連絡したんですよ。そしたら彼女も仕事が片付き次第来てくれるって言ってくれて。あ、最初はビールにします?」
七海が返事をすると、マスターは一旦奥に引っ込んでギネスを2つ手に戻って来た。七海はマスターとグラスを掲げ、ギネスを呷る。思わずため息が出た。
暑い中任務を終え、涼しい店内で美味い酒と美味い料理。歩きながら想像していた事が現実となり、とても気分が良いー七海はマスターが出してくれたツマミに手を伸ばす。誰もいない店内、マスターが奥で調理しているのが見える。七海は窓の外を眺めた。
例のスコッチは本当に美味だった。七海が水割りを飲みながらマスターと談笑している間に外はすっかり暗くなっていて、七海が2杯目の水割りを飲み終えたところでドアのベルが来客を告げる。
「こんばんは〜」
「おっ、ちはるちゃんいらっしゃい」
「お疲れ様です」
ちはるはカウンターに向かい、七海の隣に座ると大きく息を吐いた。手にはハンカチが握られており、まだまだ外が暑い事を窺わせた。
「七海さん、随分早くないですか?」
「…今日は現地解散でしたので」
現地解散ーつまり任務の事を言っているのだろうと理解したちはるは1人頷きながら、マスターが出してくれたビールを呷った。
「美味しい〜…、あ、ごめんなさい乾杯してない、」
「構いませんよ」
お待たせしてすみませんと、マスターが七海へ3杯目の水割りを出す。七海はちはるに向けてグラスを掲げた。
「ちはるちゃん、忙しくしてたんだね」
マスターの言葉にちはるからの返事は無い。店に着いてビールを1杯、七海と同じスコッチの水割りを1杯と半分程飲んだところで彼女は眠ってしまった。
「…疲れてる時はすぐ眠くなっちゃうんだって言ってたんですよ。…悪い事しちゃったかな」
「それをわかっていても店に来たのは彼女の気遣いでしょう。…素敵な方だと思いますよ」
店内は七海とちはるの他2組の客がいて、1組は帰るところだった。今日はこれで店を閉めようと思いながら、マスターは1組の客を見送りに立った。
「マスター、まだやってる?」
見送った客と入れ違いになるように、店の常連客が姿を見せた。悪い人ではないが、少々手の掛かる客ーどうぞ、とマスターは招き入れた。
客は3名、マスターはカウンターに戻りながら七海に小声で声をかけた。
「すみません七海さん…、本当は店閉めてちはるちゃん送って行こうと思ったんですけど…」
「…では私が送って行きましょうか」
「すみません、そうして頂けると助かります…。…ちはるちゃん、そろそろ起きよう?」
マスターの声に、突っ伏していたちはるは顔を上げた。
「寝てたのにごめんね、最後のお客さんが何時になるかわからないから」
「…マスター、ごめん…」
「大丈夫、むしろ今日は来てくれてありがとう」
「では行きましょうか」
マスターと七海が支払いに関してひと通り押し問答をした後、七海とちはるは並んで店を出た。