wanderers
猪野くんの同級生のお名前は?
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ちはるが高専に籍を置いてから2カ月程が経った。6月も半ば、季節は春から夏へと色を変えていくところであり、呪術界は繁忙期の真っ只中。高専の学生は勿論、教員や高専からのバックアップを受けて活動している術師はフル稼働で祓除の任務に当たっている。
休み時間なんてものがないのは言うまでもなく、休日を潰しての勤務が続いているなんて事はザラだった。
もう梅雨入りしたのだろうか、しとしと降り続く雨にウンザリしたちはるは窓の外を眺めてため息を吐いた。
「水野さん、車の準備が出来ました」
「はーい、今行きまーす」
窓から視線を逸らし、ちはるは飲みかけのコーヒーを飲み干して立ち上がった。教員としての業務はほとんどない状態で、デスクのある事務室にいる時間より、術師が出入りする休憩所にいる時間の方が長くなっていた。今まで自身の運転で祓除の現場まで移動していたちはるだったが、連勤が続いている現状、運転はしないようにと学長からキツく言われ、高専で寝泊まりする状況になっていた。自身の得物を入れた大ぶりのバッグを担ぐ。
車が待つ場所まで歩いて行く途中、すれ違う職員から声を掛けられる。お疲れ様です、お気を付けて、等々。
ちはるが外へ出る直前、ケガをした学生が運ばれていくのに視線を奪われた。確か以前に引率した事のある生徒だ、大丈夫かなと思った瞬間。ちはるの進行方向からの何かと思い切りぶつかった。
「ぅわっ…!」
突き飛ばされる形となり、床と臀部がぶつかる衝撃が痛みとなってちはるを襲うーはずだった。
「…っと、ごめん、大丈夫?」
声に顔を向ければ、黒が視界一面に広がり、更に顔を上げれば白い髪が目を引いたー五条がちはるを見下ろしていた。不自然な体勢から見えない力で引き起こされる奇妙な感覚を覚えながらちはるも謝罪を口にした。
「…大丈夫です、すみません。よそ見をしていて」
「最近どぉ?」
「…これから任務です。補助監督を待たせているので」
そう言って隣をすり抜けようとした時、頭の上から、あ、という言葉が降ってくる。自身に対しての言葉かと思ってちはるは足を止めて彼を振り返る。
「七海じゃん、お疲れ〜」
いろいろタイミングが悪い、とちはるは内心舌打ちをした。ここで立ち去るのも間が悪過ぎるーそんな事を考えている内に、任務上がりなのだろう、雨に肩を濡らした七海がいつものポーカーフェイスでやって来た。
「…お疲れ様です」
何も声を掛けないのも失礼だと、ちはるは社会人としての常套句を口にする。
「お疲れ様です。水野さんはこれから任務ですか?」
「…相変わらず見事なスルーだね七海?っていうか2人って接点あった?…あぁ、確か猪野と同期だっけ」
誰に話しているのか、五条が自身の発言に頷いている。これは長くなりそうだとちはるは察した。
「はい。…補助監督を待たせているので、失礼します」
五条に向けてか七海に向けてか、ちはるは酷く事務的に言って逃げるようにその場を離れた。
彼女を待っていた補助監督に謝罪し、ちはるは車上の人となる。目的地へ向けて走り出した車内、ある意味自分だけの空間となり、ちはるは大きく息を吐いた。
「…今年に限った事ではありませんが、この時期はいつも大変ですよね。宜しかったら、こちらをどうぞ」
信号待ちの間、ハンドルを握る女性の補助監督は小さなビニール袋を差し出した。受け取ったちはるが中を覗くと、エナジードリンクに栄養ドリンク、栄養補助食品のゼリーやチョコレートなど、手軽にエネルギー補給が出来そうな物が入っていた。
「こんなにたくさん、いいの?」
「はい。…むしろ、これくらいしか出来なくて」
「お気遣いありがとうございます」
早速いただきますね、とちはるはチョコレートを口にした。この補助監督はちはるが疲れているのだろうと思ったらしい。連勤続き、疲れているのに間違いはない。が、今のちはるは疲れというよりも、七海と顔を合わせた気まずさというか居心地の悪さというか、そちらに気を削がれた感覚だった。
あの電話以来、忙しくなったちはるはどこかで七海を見かける事もなく、また猪野と会う事もなかった。避けていたわけでもなく、ただ単に忙しかっただけだった。そういう意味では余計な事を考えずに済んでいた。
先程の場に猪野が居てくれたら、もっと自然な感じであの場を切り抜けられたかもしれないのにな、などと自分でもよくわからない事を考え始めているのに気が付き、ちはるはため息を吐いた。
「ため息吐くと、幸せ逃げちゃいますよ?」
笑いを含んだ補助監督の言葉にちはるは苦笑した。
「っは、そうですね」
「って言っても、連勤とこの雨続きじゃため息も吐きたくなりますよね」
「…。…あとどれくらいで着きそう?」
「あと10分の内には」
「了解」
任務に集中しようーちはるは深呼吸をした。考えたって仕方のない事、どうしようもない事を考えるのは精神衛生上良くない。ちはるは目を閉じた。
任務の概要を反芻し、気持ちを落ち着かせる。
「お待たせしました」
目を開ける。大きく深呼吸をする。
「…じゃ、行きますか」
鬱陶しい雨の中、ちはるは車を降りた。
休み時間なんてものがないのは言うまでもなく、休日を潰しての勤務が続いているなんて事はザラだった。
もう梅雨入りしたのだろうか、しとしと降り続く雨にウンザリしたちはるは窓の外を眺めてため息を吐いた。
「水野さん、車の準備が出来ました」
「はーい、今行きまーす」
窓から視線を逸らし、ちはるは飲みかけのコーヒーを飲み干して立ち上がった。教員としての業務はほとんどない状態で、デスクのある事務室にいる時間より、術師が出入りする休憩所にいる時間の方が長くなっていた。今まで自身の運転で祓除の現場まで移動していたちはるだったが、連勤が続いている現状、運転はしないようにと学長からキツく言われ、高専で寝泊まりする状況になっていた。自身の得物を入れた大ぶりのバッグを担ぐ。
車が待つ場所まで歩いて行く途中、すれ違う職員から声を掛けられる。お疲れ様です、お気を付けて、等々。
ちはるが外へ出る直前、ケガをした学生が運ばれていくのに視線を奪われた。確か以前に引率した事のある生徒だ、大丈夫かなと思った瞬間。ちはるの進行方向からの何かと思い切りぶつかった。
「ぅわっ…!」
突き飛ばされる形となり、床と臀部がぶつかる衝撃が痛みとなってちはるを襲うーはずだった。
「…っと、ごめん、大丈夫?」
声に顔を向ければ、黒が視界一面に広がり、更に顔を上げれば白い髪が目を引いたー五条がちはるを見下ろしていた。不自然な体勢から見えない力で引き起こされる奇妙な感覚を覚えながらちはるも謝罪を口にした。
「…大丈夫です、すみません。よそ見をしていて」
「最近どぉ?」
「…これから任務です。補助監督を待たせているので」
そう言って隣をすり抜けようとした時、頭の上から、あ、という言葉が降ってくる。自身に対しての言葉かと思ってちはるは足を止めて彼を振り返る。
「七海じゃん、お疲れ〜」
いろいろタイミングが悪い、とちはるは内心舌打ちをした。ここで立ち去るのも間が悪過ぎるーそんな事を考えている内に、任務上がりなのだろう、雨に肩を濡らした七海がいつものポーカーフェイスでやって来た。
「…お疲れ様です」
何も声を掛けないのも失礼だと、ちはるは社会人としての常套句を口にする。
「お疲れ様です。水野さんはこれから任務ですか?」
「…相変わらず見事なスルーだね七海?っていうか2人って接点あった?…あぁ、確か猪野と同期だっけ」
誰に話しているのか、五条が自身の発言に頷いている。これは長くなりそうだとちはるは察した。
「はい。…補助監督を待たせているので、失礼します」
五条に向けてか七海に向けてか、ちはるは酷く事務的に言って逃げるようにその場を離れた。
彼女を待っていた補助監督に謝罪し、ちはるは車上の人となる。目的地へ向けて走り出した車内、ある意味自分だけの空間となり、ちはるは大きく息を吐いた。
「…今年に限った事ではありませんが、この時期はいつも大変ですよね。宜しかったら、こちらをどうぞ」
信号待ちの間、ハンドルを握る女性の補助監督は小さなビニール袋を差し出した。受け取ったちはるが中を覗くと、エナジードリンクに栄養ドリンク、栄養補助食品のゼリーやチョコレートなど、手軽にエネルギー補給が出来そうな物が入っていた。
「こんなにたくさん、いいの?」
「はい。…むしろ、これくらいしか出来なくて」
「お気遣いありがとうございます」
早速いただきますね、とちはるはチョコレートを口にした。この補助監督はちはるが疲れているのだろうと思ったらしい。連勤続き、疲れているのに間違いはない。が、今のちはるは疲れというよりも、七海と顔を合わせた気まずさというか居心地の悪さというか、そちらに気を削がれた感覚だった。
あの電話以来、忙しくなったちはるはどこかで七海を見かける事もなく、また猪野と会う事もなかった。避けていたわけでもなく、ただ単に忙しかっただけだった。そういう意味では余計な事を考えずに済んでいた。
先程の場に猪野が居てくれたら、もっと自然な感じであの場を切り抜けられたかもしれないのにな、などと自分でもよくわからない事を考え始めているのに気が付き、ちはるはため息を吐いた。
「ため息吐くと、幸せ逃げちゃいますよ?」
笑いを含んだ補助監督の言葉にちはるは苦笑した。
「っは、そうですね」
「って言っても、連勤とこの雨続きじゃため息も吐きたくなりますよね」
「…。…あとどれくらいで着きそう?」
「あと10分の内には」
「了解」
任務に集中しようーちはるは深呼吸をした。考えたって仕方のない事、どうしようもない事を考えるのは精神衛生上良くない。ちはるは目を閉じた。
任務の概要を反芻し、気持ちを落ち着かせる。
「お待たせしました」
目を開ける。大きく深呼吸をする。
「…じゃ、行きますか」
鬱陶しい雨の中、ちはるは車を降りた。