wanderers
猪野くんの同級生のお名前は?
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駅から徒歩30分。
実際はもう少し距離があって時間がかかるかもしれないが、多少の誤差はほとんど気にならない。ちはるは住宅街を歩いて行く。数キロ歩くだけでしんどいとなれば、術師としてやっていけないだろう。猪野からもらったスイーツとお茶が入ったビニール袋がカサカサ鳴る。更に歩く。コンビニの角を曲がれば自宅はすぐそこだ。
ドアの鍵を開け、中に入る。リビングの照明を点け、ダイニングテーブルにバッグとスマホを置く。スイーツを冷蔵庫へ入れ、お茶を飲もうとしたところでスマホが着信を知らせている事に気が付いた。
「…ん?」
登録外の番号に、ちはるは伸ばした手を止めた。間違い電話かな、と考えるも、なかなか切れる様子がないーと、さっき七海に言われた発信先の番号かも、と気付いて通話に応じた。
「…もしもし?」
『水野さんの番号でしょうか、七海と申します』
「七海さん…⁉︎」
なるほどそういう事かーちはるはさっきの番号って、と七海に問い掛けた。
『勝手な事をして申し訳ありませんでした』
「えっと…、」
『…あまり慣れていないもので、どう言えば良いか悩んでしまいまして。大変不躾な事を、申し訳ありません。ところで、無事に帰り着きましたか?』
あの見た目に似合わず意外な事をする人だとちはるは1人苦笑した。そして顔を突き合わせて話すのと電話で話すのではだいぶ印象が違うとも思った。電話は言葉以外の情報は声のトーンのみ、その2つでしか相手の様子を探る事が出来ない。言葉選びに慎重になるのは当然かもしれない。ちはるはお茶を手に、ソファへ座る。
「はい、先程家に着いたところです」
『そうでしたか。…改めてお礼を伝えたいと思いまして。少し、話をしても大丈夫ですか』
あまり愛想が良くないが、結構キッチリしっかりした人なのかもしれないと思いながら、ちはるはわざわざありがとうございます、と応えた。
『今日はとても楽しく過ごせました。お誘いいただき、ありがとうございました。…それと、ご馳走になる形になってしまって』
「全然、気にしないでください。いつも猪野っちがお世話になってるみたいですし」
ー沈黙。
何か変な事を言っただろうかとちはるが思った時、電話の向こうで七海がふっと息を吐くのが聞こえた。
『水野さん、今度は私からお誘いしても宜しいですか』
ちはるが七海の言葉を理解するのに、少し時間がかかった。すぐには返事が出来なかった。
『…失礼、』
「いえっ、その…、驚いて、しまって…」
『…、お互い任務もありますし、いつ、と明確に申し上げるのは難しいですが、もし、貴女が良ければ』
「っはい、その時は、…」
『ありがとうございます。それでは、夜分遅くに失礼しました。ゆっくりお休みください』
ソファに座り、画面が暗くなったスマホを握りしめたまま、ちはるは暫く動く事が出来なかった。静寂が立ち込める部屋の中、先程の七海の言葉を思い返す。
“私からお誘いしても宜しいですか”
それはどういう意図なのだろうーちはるは困惑した。
今回はマスターが会ってみたい、話したいという事で2人に声をかけた。それ以上でもそれ以下でもない。
手にしていたスマホから着信音が鳴り、ちはるは飛び上がった。恐々とスマホの画面を覗けば、メッセージアプリの通知、相手は猪野だった。
思わず息を吐いてアプリを起動する。
『今日はお疲れ!家着いたか?迷惑かけてごめんな、いろいろありがとな〜』
そんな文面と共に猪野と猫の自撮り画像が添付されていた。猫だけで良いじゃん、と思いながら、ちはるは猪野に無事帰宅の旨と、今度猫にオモチャを買ってあげようかと返信をしておいた。
猪野のおかげで金縛りは解けたようで、ちはるは漸くお茶に手を伸ばした。身体に染み渡る感覚に大きく息を吐いた。少しスッキリしたい、シャワーを浴びようと、ちはるはのろのろと立ち上がった。
シャワーを浴びても気持ちは晴れなかった。
タオルで乱暴に頭を拭きながら思うのは先程の電話の事ばかり。冷蔵庫から缶ビールを取り出すとすぐに開け、ビールをひと息に呷る。はぁっと息を吐くと、キッチンの換気扇を回して煙草に火を点けた。
七海は一体何を考えているのだろう、さっぱりわからない。ちはるは苦い煙を吸い込んだ。
あの様な言葉を向けられたからといって、必ずしも関係が発展するとは限らない。そもそも七海とは3回しか会っていないし、そんな対象として見るには無理があるだろう。単純に人間として興味深いと思われたのだろうか。紫煙を吐き出す。ビールを飲む。
以前、バーのマスターに話していたように、ちはるは自身に近しい存在を作るつもりはない。
猪野は自分の事情を理解している理解者であって、近しい存在ではないと思っている。彼もちはるに対して今以上の気持ちはないようで、ちはるの引いた線を越える事はしないし、必要以上に深く関わってくる事もない。良い意味で学生のままの付き合いだ。
ちはるは苦い空気を胸いっぱい吸い込んで大きく吐く。
こんなに考えるなんて自意識過剰じゃん、とそんな思いをビールと共に飲み込んだ。久しぶりに自分に興味を持ったらしい存在に少し過敏になっているだけだ。もし自分の中のラインを越えようとするなら押し返せばいい、それだけの事じゃないか。
ちはるはシンクに煙草を放り込んで水をかけた。缶ビールを飲み干した。煙草をゴミ箱に入れ、空いた缶を濯ぐとキッチンを出て、ソファに落ち着く。
明日、休みで良かったーちはるは率直に思った。
背凭れに全身を預け、天井を仰ぐ。
「…。…寝よ」
乾ききっていない髪を乾かし、寝室のベッドへ飛び込む。大きいベッドにして良かったと、目いっぱい伸びをしてブランケットに包まり、照明を消した。
実際はもう少し距離があって時間がかかるかもしれないが、多少の誤差はほとんど気にならない。ちはるは住宅街を歩いて行く。数キロ歩くだけでしんどいとなれば、術師としてやっていけないだろう。猪野からもらったスイーツとお茶が入ったビニール袋がカサカサ鳴る。更に歩く。コンビニの角を曲がれば自宅はすぐそこだ。
ドアの鍵を開け、中に入る。リビングの照明を点け、ダイニングテーブルにバッグとスマホを置く。スイーツを冷蔵庫へ入れ、お茶を飲もうとしたところでスマホが着信を知らせている事に気が付いた。
「…ん?」
登録外の番号に、ちはるは伸ばした手を止めた。間違い電話かな、と考えるも、なかなか切れる様子がないーと、さっき七海に言われた発信先の番号かも、と気付いて通話に応じた。
「…もしもし?」
『水野さんの番号でしょうか、七海と申します』
「七海さん…⁉︎」
なるほどそういう事かーちはるはさっきの番号って、と七海に問い掛けた。
『勝手な事をして申し訳ありませんでした』
「えっと…、」
『…あまり慣れていないもので、どう言えば良いか悩んでしまいまして。大変不躾な事を、申し訳ありません。ところで、無事に帰り着きましたか?』
あの見た目に似合わず意外な事をする人だとちはるは1人苦笑した。そして顔を突き合わせて話すのと電話で話すのではだいぶ印象が違うとも思った。電話は言葉以外の情報は声のトーンのみ、その2つでしか相手の様子を探る事が出来ない。言葉選びに慎重になるのは当然かもしれない。ちはるはお茶を手に、ソファへ座る。
「はい、先程家に着いたところです」
『そうでしたか。…改めてお礼を伝えたいと思いまして。少し、話をしても大丈夫ですか』
あまり愛想が良くないが、結構キッチリしっかりした人なのかもしれないと思いながら、ちはるはわざわざありがとうございます、と応えた。
『今日はとても楽しく過ごせました。お誘いいただき、ありがとうございました。…それと、ご馳走になる形になってしまって』
「全然、気にしないでください。いつも猪野っちがお世話になってるみたいですし」
ー沈黙。
何か変な事を言っただろうかとちはるが思った時、電話の向こうで七海がふっと息を吐くのが聞こえた。
『水野さん、今度は私からお誘いしても宜しいですか』
ちはるが七海の言葉を理解するのに、少し時間がかかった。すぐには返事が出来なかった。
『…失礼、』
「いえっ、その…、驚いて、しまって…」
『…、お互い任務もありますし、いつ、と明確に申し上げるのは難しいですが、もし、貴女が良ければ』
「っはい、その時は、…」
『ありがとうございます。それでは、夜分遅くに失礼しました。ゆっくりお休みください』
ソファに座り、画面が暗くなったスマホを握りしめたまま、ちはるは暫く動く事が出来なかった。静寂が立ち込める部屋の中、先程の七海の言葉を思い返す。
“私からお誘いしても宜しいですか”
それはどういう意図なのだろうーちはるは困惑した。
今回はマスターが会ってみたい、話したいという事で2人に声をかけた。それ以上でもそれ以下でもない。
手にしていたスマホから着信音が鳴り、ちはるは飛び上がった。恐々とスマホの画面を覗けば、メッセージアプリの通知、相手は猪野だった。
思わず息を吐いてアプリを起動する。
『今日はお疲れ!家着いたか?迷惑かけてごめんな、いろいろありがとな〜』
そんな文面と共に猪野と猫の自撮り画像が添付されていた。猫だけで良いじゃん、と思いながら、ちはるは猪野に無事帰宅の旨と、今度猫にオモチャを買ってあげようかと返信をしておいた。
猪野のおかげで金縛りは解けたようで、ちはるは漸くお茶に手を伸ばした。身体に染み渡る感覚に大きく息を吐いた。少しスッキリしたい、シャワーを浴びようと、ちはるはのろのろと立ち上がった。
シャワーを浴びても気持ちは晴れなかった。
タオルで乱暴に頭を拭きながら思うのは先程の電話の事ばかり。冷蔵庫から缶ビールを取り出すとすぐに開け、ビールをひと息に呷る。はぁっと息を吐くと、キッチンの換気扇を回して煙草に火を点けた。
七海は一体何を考えているのだろう、さっぱりわからない。ちはるは苦い煙を吸い込んだ。
あの様な言葉を向けられたからといって、必ずしも関係が発展するとは限らない。そもそも七海とは3回しか会っていないし、そんな対象として見るには無理があるだろう。単純に人間として興味深いと思われたのだろうか。紫煙を吐き出す。ビールを飲む。
以前、バーのマスターに話していたように、ちはるは自身に近しい存在を作るつもりはない。
猪野は自分の事情を理解している理解者であって、近しい存在ではないと思っている。彼もちはるに対して今以上の気持ちはないようで、ちはるの引いた線を越える事はしないし、必要以上に深く関わってくる事もない。良い意味で学生のままの付き合いだ。
ちはるは苦い空気を胸いっぱい吸い込んで大きく吐く。
こんなに考えるなんて自意識過剰じゃん、とそんな思いをビールと共に飲み込んだ。久しぶりに自分に興味を持ったらしい存在に少し過敏になっているだけだ。もし自分の中のラインを越えようとするなら押し返せばいい、それだけの事じゃないか。
ちはるはシンクに煙草を放り込んで水をかけた。缶ビールを飲み干した。煙草をゴミ箱に入れ、空いた缶を濯ぐとキッチンを出て、ソファに落ち着く。
明日、休みで良かったーちはるは率直に思った。
背凭れに全身を預け、天井を仰ぐ。
「…。…寝よ」
乾ききっていない髪を乾かし、寝室のベッドへ飛び込む。大きいベッドにして良かったと、目いっぱい伸びをしてブランケットに包まり、照明を消した。