wanderers
猪野くんの同級生のお名前は?
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ちはるが東京校へ来てから1カ月が経とうとしていた頃、彼女はやっと高専で教員として活動し始めた。とはいえ、相変わらず生徒の人数は少なく、専ら学生の体術鍛錬の要員や学生が請け負う任務の引率といった事ばかりで、教壇に立つのはまだまだ先になりそうだった。
この日、伊地知の代わりに用済みになった書類を整頓して保管庫に片付ける、という作業を請け負ったちはるは事務室に戻るところだった。終業時間は目の前だ。
「おっ、ちはるじゃん、お疲れサマンサ〜」
「五条さん…、お疲れ様です」
「どぉ?慣れた?」
「そうですね…、まだたいした仕事はしてないですが、京都よりもかなり快適な環境で居心地良いですよ」
「うんうん、そりゃそーだろうねぇ。ま、困った事があったら何でも言ってよ」
「ありがとうございます」
後ろ手にひらひらと手を振り歩いて行く五条を見送りながら、ちはるはふっと息を吐いて事務室へ戻った。
「水野さん、少し宜しいですか」
事務室に戻るなり声が掛かった。ちはるは声に返事をして伊地知のデスクへ向かう。
「急で申し訳ありません、こちらの任務をお願いしたいと思いまして」
また任務かーため息を飲み込み、伊地知が差し出している書類を受け取る。明後日、都内。建物内の呪霊の祓除及び行方不明者の捜索。よくあるパターンね、と書類の上、ちはるはさらさらと視線を滑らせていく。2級相当の任務、状況により等級上昇の可能性ありーこれはしっかり準備が必要だ。伊地知に任務の受諾を告げればー拒否権はほぼ無いに等しいがー彼はよろしくお願いしますと頭を下げた。ちはるは残務処理を済ませると事務室を出て、装備の確認をする為自分の車へ向かった。
車のトランク半分くらいを占めている大ぶりのケースを開ければ彼女が任務で使うクロスボウが覗いた。至ってごく普通のクロスボウだが、ちはるの術式はあらゆる物に呪いを籠める事が出来るというもので、得物が呪具でなくとも祓除には何ら問題はなかった。
彼女の実家でちはるの術式は、そのような事なら術師であれば誰でも出来る、そんな術式は何の役にも立たないと散々蔑まれていた。それでも彼女は自身の術式でどのような事が出来るのかを徹底的に調べ尽くした。
その結果、生物・無生物問わず呪いを籠められる事が出来、無生物ーつまりその辺りに落ちている石ころにも呪いを籠める事が出来、それを呪具のように扱えたり、生物に呪いを籠めれば一時的にその生物が持つ能力の底上げが出来る事もわかった。その他にも自身の呪力を1つの塊として知覚でき、何かに呪いを籠めて切り分けたそれぞれの呪力を調整して小さな結界を作れたり、遠隔操作で撹乱に使える事もわかった。
ちはるが時間をかけて調べ上げた自身の術式を家の者に伝えてみても、皆一様にちはるの能力に興味を持たなかった。が、ちはるは自身が思った以上に落胆も失望もしなかった。自身の身内に、太陽のような強い光を持つ存在がいたからだ。その太陽は辺りを照らすどころか、目を閉じても消せない程の強い光で全てを掻き消した。
近くの者は勿論、“ちはる”という存在も。
「…これでよし…、と」
ちはるは事務室へ戻り、明日の予定を確認してこの日の業務を終えた。途中で任務で必要な物と、ちょっとした食材を揃えて自宅へ戻った。
部屋着に着替え、ちはるは夕飯を作り始めた。これも一人暮らしを始めてから、彼女にとっての楽しみと言えた。自分がその時に食べたい物を作って食べる、というのもなかなか新鮮だった。この日は冷蔵庫の野菜を刻んで簡単なスープを作る。具材を煮込んでいると、彼女のスマホがメッセージの着信を告げる。
『おーい』
「……」
送り主は猪野。というかこのような事をするのは彼しかいないーどうしたものかとちはるは返信に迷った。猪野とは学生の頃から6年程の付き合いになるが、ここ最近の彼は一体どうしたのだろうというくらい、何かにつけて絡んでくるー正直ダルいくらいに。
どうせたいした用事もないのだろう、ちはるは敢えて電話で返事をする事にした。音声をスピーカーに設定し、冷蔵庫の中を覗く。
『電話で返事ですかちはるサーン』
「アレにどう返事しろって言うのよ?…で、何か用?」
『ん、生存確認』
笑いを含んだ猪野の言葉に、ちはるは少々ムッとした。
「あっそ。じゃ、生きてるから切るね」
『待て待て待て、そんな怒んなよ』
「何よ?」
『ほら、ちはる、一人暮らし初めてじゃん?そろそろ淋しくなってくる頃かな〜って思ってさ』
どうやら最近のダル絡みは猪野の気遣い、という事らしい。普段は割と鈍い部分が多いくせに、変なところで細やかな気遣いを見せたりする。ちはるは簡単なオムレツでも作ろうと卵とバターを冷蔵庫から取り出した。
『ん?何してんの?』
「さっき帰って来て、ごはん作ってる」
『今日のメニューは?』
「野菜スープとオムレツ」
『足りなくね?』
「足りるでしょ」
『そーいやこないだ七海サンと飯行ったんだけどさぁ』
またあの人の話か、とちはるは適当に相槌を打つ。猪野は本当にあの人を慕っているのだなと、あの人の何処が良いのだろうーそんな疑問を口にした。
『え?七海サンのどんなところが良いのかって?』
「うん。猪野っち、いつもスゲーとかカッケーとか言ってるけど、具体的な中身聞いた事ないなって」
オムレツ焦げそう、とちはるは慌てて皿を準備する。カチャカチャと食器類の触れ合う音が響く。
『ん〜…どこ、って言うか…、まぁ、全部なんだけどさ…って、終わったの?』
突然の言葉にちはるは何を言われているのか解らず、猪野に何が、と聞き返す。
『飯、作り終わったなら、あったかい内に食っとけよ、その方が絶対美味いから。あ〜俺も何か食いたくなって来たな…、コンビニ行ってくるわ』
猪野はまたな、と一方的に通話を切った。なんとも消化不良な感じではあるが、ちはるは憎めない猪野の気遣いに感謝しながら出来立ての野菜スープとオムレツをダイニングへ運び、いただきます、と手を合わせた。
この日、伊地知の代わりに用済みになった書類を整頓して保管庫に片付ける、という作業を請け負ったちはるは事務室に戻るところだった。終業時間は目の前だ。
「おっ、ちはるじゃん、お疲れサマンサ〜」
「五条さん…、お疲れ様です」
「どぉ?慣れた?」
「そうですね…、まだたいした仕事はしてないですが、京都よりもかなり快適な環境で居心地良いですよ」
「うんうん、そりゃそーだろうねぇ。ま、困った事があったら何でも言ってよ」
「ありがとうございます」
後ろ手にひらひらと手を振り歩いて行く五条を見送りながら、ちはるはふっと息を吐いて事務室へ戻った。
「水野さん、少し宜しいですか」
事務室に戻るなり声が掛かった。ちはるは声に返事をして伊地知のデスクへ向かう。
「急で申し訳ありません、こちらの任務をお願いしたいと思いまして」
また任務かーため息を飲み込み、伊地知が差し出している書類を受け取る。明後日、都内。建物内の呪霊の祓除及び行方不明者の捜索。よくあるパターンね、と書類の上、ちはるはさらさらと視線を滑らせていく。2級相当の任務、状況により等級上昇の可能性ありーこれはしっかり準備が必要だ。伊地知に任務の受諾を告げればー拒否権はほぼ無いに等しいがー彼はよろしくお願いしますと頭を下げた。ちはるは残務処理を済ませると事務室を出て、装備の確認をする為自分の車へ向かった。
車のトランク半分くらいを占めている大ぶりのケースを開ければ彼女が任務で使うクロスボウが覗いた。至ってごく普通のクロスボウだが、ちはるの術式はあらゆる物に呪いを籠める事が出来るというもので、得物が呪具でなくとも祓除には何ら問題はなかった。
彼女の実家でちはるの術式は、そのような事なら術師であれば誰でも出来る、そんな術式は何の役にも立たないと散々蔑まれていた。それでも彼女は自身の術式でどのような事が出来るのかを徹底的に調べ尽くした。
その結果、生物・無生物問わず呪いを籠められる事が出来、無生物ーつまりその辺りに落ちている石ころにも呪いを籠める事が出来、それを呪具のように扱えたり、生物に呪いを籠めれば一時的にその生物が持つ能力の底上げが出来る事もわかった。その他にも自身の呪力を1つの塊として知覚でき、何かに呪いを籠めて切り分けたそれぞれの呪力を調整して小さな結界を作れたり、遠隔操作で撹乱に使える事もわかった。
ちはるが時間をかけて調べ上げた自身の術式を家の者に伝えてみても、皆一様にちはるの能力に興味を持たなかった。が、ちはるは自身が思った以上に落胆も失望もしなかった。自身の身内に、太陽のような強い光を持つ存在がいたからだ。その太陽は辺りを照らすどころか、目を閉じても消せない程の強い光で全てを掻き消した。
近くの者は勿論、“ちはる”という存在も。
「…これでよし…、と」
ちはるは事務室へ戻り、明日の予定を確認してこの日の業務を終えた。途中で任務で必要な物と、ちょっとした食材を揃えて自宅へ戻った。
部屋着に着替え、ちはるは夕飯を作り始めた。これも一人暮らしを始めてから、彼女にとっての楽しみと言えた。自分がその時に食べたい物を作って食べる、というのもなかなか新鮮だった。この日は冷蔵庫の野菜を刻んで簡単なスープを作る。具材を煮込んでいると、彼女のスマホがメッセージの着信を告げる。
『おーい』
「……」
送り主は猪野。というかこのような事をするのは彼しかいないーどうしたものかとちはるは返信に迷った。猪野とは学生の頃から6年程の付き合いになるが、ここ最近の彼は一体どうしたのだろうというくらい、何かにつけて絡んでくるー正直ダルいくらいに。
どうせたいした用事もないのだろう、ちはるは敢えて電話で返事をする事にした。音声をスピーカーに設定し、冷蔵庫の中を覗く。
『電話で返事ですかちはるサーン』
「アレにどう返事しろって言うのよ?…で、何か用?」
『ん、生存確認』
笑いを含んだ猪野の言葉に、ちはるは少々ムッとした。
「あっそ。じゃ、生きてるから切るね」
『待て待て待て、そんな怒んなよ』
「何よ?」
『ほら、ちはる、一人暮らし初めてじゃん?そろそろ淋しくなってくる頃かな〜って思ってさ』
どうやら最近のダル絡みは猪野の気遣い、という事らしい。普段は割と鈍い部分が多いくせに、変なところで細やかな気遣いを見せたりする。ちはるは簡単なオムレツでも作ろうと卵とバターを冷蔵庫から取り出した。
『ん?何してんの?』
「さっき帰って来て、ごはん作ってる」
『今日のメニューは?』
「野菜スープとオムレツ」
『足りなくね?』
「足りるでしょ」
『そーいやこないだ七海サンと飯行ったんだけどさぁ』
またあの人の話か、とちはるは適当に相槌を打つ。猪野は本当にあの人を慕っているのだなと、あの人の何処が良いのだろうーそんな疑問を口にした。
『え?七海サンのどんなところが良いのかって?』
「うん。猪野っち、いつもスゲーとかカッケーとか言ってるけど、具体的な中身聞いた事ないなって」
オムレツ焦げそう、とちはるは慌てて皿を準備する。カチャカチャと食器類の触れ合う音が響く。
『ん〜…どこ、って言うか…、まぁ、全部なんだけどさ…って、終わったの?』
突然の言葉にちはるは何を言われているのか解らず、猪野に何が、と聞き返す。
『飯、作り終わったなら、あったかい内に食っとけよ、その方が絶対美味いから。あ〜俺も何か食いたくなって来たな…、コンビニ行ってくるわ』
猪野はまたな、と一方的に通話を切った。なんとも消化不良な感じではあるが、ちはるは憎めない猪野の気遣いに感謝しながら出来立ての野菜スープとオムレツをダイニングへ運び、いただきます、と手を合わせた。