始めまして、初めまして
猪野くんの同級生のお名前は?
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『猪野っち、今度ナナミさんと会うのはいつ?』
七海と猪野がスパニッシュバルで食事をしてから3日後の事。この日は休みで、部屋でぐーたら過ごしていた猪野のスマホにメッセージが届いた。
『特に決まってないけど。どした?』
『ネクタイピンの件』
「あー…」
ソファに座った猪野は思わず独り言ちた。意味もなく天井を見上げる。ややあって、猪野はメッセージを送る。
『いつ空いてるか連絡してみる』
翌日。明日から暫く任務続きだという予定の七海に合わせるように、猪野とちはるも予定をやり繰りして夕方に時間を取った。この日はちはるの馴染みだというバーに集まる事となった。最初に店にやって来たのは猪野、続いてちはるが店に姿を見せた。
「…ちはる、こんな洒落た店の馴染みなの?」
「マスターとちょっとした知り合いなの」
「へぇ…、つーかちはる、今日元気無くね?」
猪野の言葉にちはるは僅かに言葉に詰まった。が、その時彼女に助け船を出すように、タイミング良く客の来店を告げるドアベルが鳴った。
客を迎えた店員にちはるが手を振ると、店員はその来客ー七海に先立って2人の待つテーブルへと案内した。
「遅くなり申し訳ありません」
この日は休みの七海、普段のスーツではなく、やや崩したスラックスにシャツ姿でやって来た。サングラスを外していて、あのサングラスがある意味オンオフの切り替えとなっているのかもしれない。彫りの深い目元に切れ長の目、色素のやや薄い瞳。改めて七海の顔を見たちはるは美術品の彫刻のようだと思った。
「いえ、こちらこそ突然お休みの日に申し訳ありません、ありがとうございます」
「…ちょっ、と、なんで急にそんな他人行儀なの?」
ちはるは戸惑った様子の猪野に構わず、何を飲みますか、とドリンクメニューを七海に示す。
「…ここのオススメはギネスですね」
「ではギネスを」
「猪野っちは?」
「お、俺もギネスで…」
慣れた様子でちはるは店員を呼びギネスを3つ、料理はお任せと言えば、店員も慣れた様子で下がって行った。
「ちはるカッケー」
「ここには良く来るんですか?」
「頻繁にではないですけど、マスターと知り合いで」
程なくしてギネスが届けられ、3人は乾杯、と静かにグラスを合わせた。いつもと雰囲気の違うちはるに猪野がおとなしくしているのを見て、ちはるは口を開く。
「…七海さん。…これ…、どうぞ」
突然差し出された、ブランドのロゴが入った小さな紙袋に七海は戸惑い、一瞬動きを止めた。
「…どういう事ですか?」
「七海さんごめんなさい。…その…、前に仰っていたネクタイピンの事、なんですけど…」
「あっそーだよ!」
本来の用件を思い出し、猪野が口を挟む。ちはるは居心地が悪そうに小さく項垂れた。
「あの…、実は…」
猪野からネクタイピン持って来てよ、と連絡が来た日、ちはるは群馬で祓除の任務、ちょうど現場に向かうところだった。運転免許も車も持っているちはる、近場であれば好きなドライブを兼ね、自分で運転をして任務へ向かう、という事を度々行っていた。そして任務の現場で車を離れる際、七海のタイピンを車に乗せたままにしていた事に気が付き、ちはるは“なんとなく”タイピンを車に置いていくよりも、自分で持っていた方が安全だろうと判断した。
「…それで現場で無くしたってワケ?」
「終わった時にはポケットから無くなってて…」
ちはるはごめんなさい、と再び頭を下げた。
「…同じブランドの同じ物はどうしても見つけられなくて…、似たようなデザインの物を探したんですけど…」
そこまで聞いて、七海は開けても良いですか、と尋ねた。ちはるが頷くと七海は丁寧に袋を開け、まるでジュエリーケースのような箱を取り出して蓋を開ける。
ひと目でハイブランドな物を選んだのだろう事がわかった。七海が落とした物と同様に、シンプルであり上品なタイピン。手に取って裏側まで見てみれば、七海のイニシャル“K.N”が刻印されていた。
「…七海さんにとって、あのタイピンが大事な物かもしれないのに…、本当にごめんなさい」
七海は丁寧にタイピンを箱に戻して蓋を閉めた。
「七海サン、すみませんっした!俺がちはるに任せっきりにした事にも原因はあります!」
頭を下げる2人を前に、七海は大きく息を吐いた。
「2人共、顔を上げて下さい」
静かな声に、2人はおずおずと顔を上げる。七海の顔はとても穏やかだった。
「…元はと言えば、普段からあまり使う習慣のないタイピンを持ち歩き、落としてしまった私がいけませんでした、申し訳ありません。…仮にあのタイピンが私にとって大切な物だったとしても、そのタイピンとはそのような縁だった、という事でしょう。…水野さん」
「はい」
「…このような高価な物、本当によろしいのですか?」
「勿論です。…無くしたタイピンの代わり、と言うのは、烏滸がましいですが…」
ちはるの言葉に七海はハッキリとわかるくらいに口元を緩めた。ちはるは意外な七海の表情に目を丸くした。
「…女性からこのような物を頂くのは初めてです」
「っぇえ⁉︎…嘘でしょ七海サン⁉︎」
「嘘ではありませんよ。…というか猪野くん、何気に失礼な事を言っているとわかっていますか?」
「イヤ、だって七海さん…、モテるでしょ?」
「モテるモテないの話ではないでしょう。モテるからといって必ずしも女性から贈り物を頂けるとは限りませんし、その逆もまた然りです」
「マスター!料理お願いしまーす!」
七海の反応に安堵したちはるはいつもの元気な笑顔を見せ、カウンターへ声を掛ける。
「…安心したらお腹空いちゃった」
笑うちはるに猪野は安堵の表情を見せた。
七海は近頃自身の気持ちが揺れるのは、自身の同期に似た猪野、そして猪野の同期のちはるを目の当たりにしているからなのだろう、自身が叶えられなかった未来を見ているような気がしているからなのかもしれないと、そう自分に言い聞かせー七海は窓の外を眺めた。
暮れゆく交差点の向こう、人混みの中に懐かしいアイツの背中が見えたような気がした。
七海と猪野がスパニッシュバルで食事をしてから3日後の事。この日は休みで、部屋でぐーたら過ごしていた猪野のスマホにメッセージが届いた。
『特に決まってないけど。どした?』
『ネクタイピンの件』
「あー…」
ソファに座った猪野は思わず独り言ちた。意味もなく天井を見上げる。ややあって、猪野はメッセージを送る。
『いつ空いてるか連絡してみる』
翌日。明日から暫く任務続きだという予定の七海に合わせるように、猪野とちはるも予定をやり繰りして夕方に時間を取った。この日はちはるの馴染みだというバーに集まる事となった。最初に店にやって来たのは猪野、続いてちはるが店に姿を見せた。
「…ちはる、こんな洒落た店の馴染みなの?」
「マスターとちょっとした知り合いなの」
「へぇ…、つーかちはる、今日元気無くね?」
猪野の言葉にちはるは僅かに言葉に詰まった。が、その時彼女に助け船を出すように、タイミング良く客の来店を告げるドアベルが鳴った。
客を迎えた店員にちはるが手を振ると、店員はその来客ー七海に先立って2人の待つテーブルへと案内した。
「遅くなり申し訳ありません」
この日は休みの七海、普段のスーツではなく、やや崩したスラックスにシャツ姿でやって来た。サングラスを外していて、あのサングラスがある意味オンオフの切り替えとなっているのかもしれない。彫りの深い目元に切れ長の目、色素のやや薄い瞳。改めて七海の顔を見たちはるは美術品の彫刻のようだと思った。
「いえ、こちらこそ突然お休みの日に申し訳ありません、ありがとうございます」
「…ちょっ、と、なんで急にそんな他人行儀なの?」
ちはるは戸惑った様子の猪野に構わず、何を飲みますか、とドリンクメニューを七海に示す。
「…ここのオススメはギネスですね」
「ではギネスを」
「猪野っちは?」
「お、俺もギネスで…」
慣れた様子でちはるは店員を呼びギネスを3つ、料理はお任せと言えば、店員も慣れた様子で下がって行った。
「ちはるカッケー」
「ここには良く来るんですか?」
「頻繁にではないですけど、マスターと知り合いで」
程なくしてギネスが届けられ、3人は乾杯、と静かにグラスを合わせた。いつもと雰囲気の違うちはるに猪野がおとなしくしているのを見て、ちはるは口を開く。
「…七海さん。…これ…、どうぞ」
突然差し出された、ブランドのロゴが入った小さな紙袋に七海は戸惑い、一瞬動きを止めた。
「…どういう事ですか?」
「七海さんごめんなさい。…その…、前に仰っていたネクタイピンの事、なんですけど…」
「あっそーだよ!」
本来の用件を思い出し、猪野が口を挟む。ちはるは居心地が悪そうに小さく項垂れた。
「あの…、実は…」
猪野からネクタイピン持って来てよ、と連絡が来た日、ちはるは群馬で祓除の任務、ちょうど現場に向かうところだった。運転免許も車も持っているちはる、近場であれば好きなドライブを兼ね、自分で運転をして任務へ向かう、という事を度々行っていた。そして任務の現場で車を離れる際、七海のタイピンを車に乗せたままにしていた事に気が付き、ちはるは“なんとなく”タイピンを車に置いていくよりも、自分で持っていた方が安全だろうと判断した。
「…それで現場で無くしたってワケ?」
「終わった時にはポケットから無くなってて…」
ちはるはごめんなさい、と再び頭を下げた。
「…同じブランドの同じ物はどうしても見つけられなくて…、似たようなデザインの物を探したんですけど…」
そこまで聞いて、七海は開けても良いですか、と尋ねた。ちはるが頷くと七海は丁寧に袋を開け、まるでジュエリーケースのような箱を取り出して蓋を開ける。
ひと目でハイブランドな物を選んだのだろう事がわかった。七海が落とした物と同様に、シンプルであり上品なタイピン。手に取って裏側まで見てみれば、七海のイニシャル“K.N”が刻印されていた。
「…七海さんにとって、あのタイピンが大事な物かもしれないのに…、本当にごめんなさい」
七海は丁寧にタイピンを箱に戻して蓋を閉めた。
「七海サン、すみませんっした!俺がちはるに任せっきりにした事にも原因はあります!」
頭を下げる2人を前に、七海は大きく息を吐いた。
「2人共、顔を上げて下さい」
静かな声に、2人はおずおずと顔を上げる。七海の顔はとても穏やかだった。
「…元はと言えば、普段からあまり使う習慣のないタイピンを持ち歩き、落としてしまった私がいけませんでした、申し訳ありません。…仮にあのタイピンが私にとって大切な物だったとしても、そのタイピンとはそのような縁だった、という事でしょう。…水野さん」
「はい」
「…このような高価な物、本当によろしいのですか?」
「勿論です。…無くしたタイピンの代わり、と言うのは、烏滸がましいですが…」
ちはるの言葉に七海はハッキリとわかるくらいに口元を緩めた。ちはるは意外な七海の表情に目を丸くした。
「…女性からこのような物を頂くのは初めてです」
「っぇえ⁉︎…嘘でしょ七海サン⁉︎」
「嘘ではありませんよ。…というか猪野くん、何気に失礼な事を言っているとわかっていますか?」
「イヤ、だって七海さん…、モテるでしょ?」
「モテるモテないの話ではないでしょう。モテるからといって必ずしも女性から贈り物を頂けるとは限りませんし、その逆もまた然りです」
「マスター!料理お願いしまーす!」
七海の反応に安堵したちはるはいつもの元気な笑顔を見せ、カウンターへ声を掛ける。
「…安心したらお腹空いちゃった」
笑うちはるに猪野は安堵の表情を見せた。
七海は近頃自身の気持ちが揺れるのは、自身の同期に似た猪野、そして猪野の同期のちはるを目の当たりにしているからなのだろう、自身が叶えられなかった未来を見ているような気がしているからなのかもしれないと、そう自分に言い聞かせー七海は窓の外を眺めた。
暮れゆく交差点の向こう、人混みの中に懐かしいアイツの背中が見えたような気がした。