呪胎戴天、そして
恵の幼馴染のお名前は?
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呼吸をする度に痛む喉、靄がかったような意識。普段とは違う感覚の身体を懸命に動かし、全速力で走った後のように喘ぎながら、芙蓉は伏黒と宿儺の呪力を辿る。
服は裂かれ、全身泥だらけで酷く惨めったらしい姿ではあるが、そんな事には構っていられなかった。
やっとの事で辿り着いたそこは、少年院の中庭のような広い場所だった。と、そこで宿儺の禍々しい気配が少しずつ萎んでいくのが感じられ、虎杖の身体が前のめりに倒れていくのがスローモーションのように見えた。そしてすぐ側に空を仰ぐ伏黒の姿。芙蓉は状況を悟った。
ー間に合わなかった。否。何も、出来なかった。
芙蓉は全身の力が抜けていく感覚を覚えながらも抗う事が出来ず、その場に膝を着き、座り込んだ。目の前の出来事を受け入れる事を脳が拒絶していて、血の気の引いた白い顔で呆然と佇む様は蝋人形さながらだった。
そんな彼女に気が付いた伏黒はゆっくりとした足取りで芙蓉の下へ向かい、自身の上着を脱いで彼女の肩に羽織らせる。互いにかける言葉もなかった。伏黒は機械的に仕事をこなすように、先程別れた伊地知に連絡をした。不気味なくらい冷静な自分をもう1人の自分が眺めているような感覚がして、まるで自分という存在が身体の中で分裂してしまったようだと伏黒は思った。
どれくらいの時間が経ったか、数台の車のエンジン音が近付いてきた。伊地知が乗っていた黒塗りのセダンと、ワンボックスタイプの車が2台、車列を為して3台が中庭へ乗り入れてくる。セダンから降りて来た伊地知はこれまでに見た事もないくらいに真っ青な顔で憔悴していながらも何処かへ連絡をし、辺りに指示を出していた。
ワンボックスから降りて来た数人は担架を準備していて、虎杖の身体を丁寧に担架に乗せて白布をかけると、担架の虎杖と共に同じ車へと戻って行った。
「どうぞこちらへ」
あまり面識のない高専関係者に声をかけられ、伏黒と芙蓉は虎杖が乗せられた車とは別の車へ促された。それぞれ応急処置を施され、伊地知の指示で2人はこのまま高専に戻る事となった。
高専に着くと、正門で家入が2人を迎えた。伏黒は家入と共に待機していたスタッフと学長の下へ報告へ行く事になっている。
「家入さん…、芙蓉をお願いします」
「任せろ」
頼もしい家入の言葉に頭を下げ、伏黒は車を降りて学長室を目指して行った。家入は後部座席で暗い表情のまま動こうとしない芙蓉に車を降りるように声をかけ、手を貸した。シートを濡らす程にぐっしょりと雨に濡れ、泥だらけの芙蓉の身体は冷え切っていて、顔はもう血の気がなく真っ白だった。サイズの合わない伏黒の大きな上着の隙間からは素肌が、首元には痛々しい赤黒い痣がくっきりと見える。余りに酷い様子に家入は眉間に皺を寄せた。いろいろと思う事はあるが、今はとにかく芙蓉の手当を優先しなくてはと、準備していた車椅子に座らせて医務室へと急いだ。
昨日の雨天が一転、すっかり晴れ渡った空と力強い日差しを送り届けてくる太陽が、間もなく梅雨が明け、夏が訪れる事を知らせ始めていた。
「長生きしろよって…自分が死んでりゃ世話ないわよ」
校舎の外、石段に腰を下ろして自身の膝の上で頬杖をつき、顔に絆創膏を貼ったままの釘崎が言った。病院へ運ばれた彼女は大きなケガもなく、すぐ呪力が回復し意識が戻った為、昨日の内に高専へ戻って来られたが、つい今しがた伏黒の話を聞いてやっと状況を把握した。
「…アンタ、仲間が死ぬのは初めて?」
「タメは初めてだ」
釘崎からやや離れたところ、同じく石段に腰を下ろした伏黒がぼそりと答える。
「ふーん…その割に平気そうね」
「…、オマエもな」
「当然でしょ。…会って2週間やそこらよ。そんな男が死んで泣き喚く程、チョロい女じゃないのよ」
言い捨てる釘崎の横顔を見て、伏黒は口を噤んだ。彼女の口元が僅かに震えているのを伏黒は見逃さなかった。釘崎の気持ちは十分過ぎるくらいにわかった。
弱ければ死ぬ。常に死と隣り合わせ。自分達がいる世界は誰が死んでも、自分が死んでもおかしくない世界だ。
「…アイツ…、芙蓉は、どうしてる」
伏黒は幼馴染の顔を思い浮かべた。恐らく大きなケガはしていないだろうが、精神的に大きなショックを受けているだろう事は、昨日高専に戻ってくる時の車内での様子からも容易に想像がつく。高専に戻って来てから伏黒は学長への報告や、一連の出来事を記録する為のヒアリングとバタついており、芙蓉の様子を窺うタイミングが掴めないまま今日を迎えていた。
「…硝子さんの手当てを受けたみたいだけど、部屋には戻ってないのかしら、まだ会えてないわ」
伏黒は昨日の出来事を思い出そうと過去に意識を向けー吐き気がしてやめた。宿儺のあの不快な笑い声が頭に響き、思わずため息がこぼれていた。
「…暑いな」
「…そうね。夏服はまだかしら」
何の意味もない、ただ溢された言葉に釘崎が同調してくれた事を伏黒はありがたく感じていた。
突然の暑さに対する苛立ちなのか、自身の無力さに対する苛立ちなのかがわからなくなるくらい、今回の任務は残された者の気持ちに大きな爪痕を残した。
服は裂かれ、全身泥だらけで酷く惨めったらしい姿ではあるが、そんな事には構っていられなかった。
やっとの事で辿り着いたそこは、少年院の中庭のような広い場所だった。と、そこで宿儺の禍々しい気配が少しずつ萎んでいくのが感じられ、虎杖の身体が前のめりに倒れていくのがスローモーションのように見えた。そしてすぐ側に空を仰ぐ伏黒の姿。芙蓉は状況を悟った。
ー間に合わなかった。否。何も、出来なかった。
芙蓉は全身の力が抜けていく感覚を覚えながらも抗う事が出来ず、その場に膝を着き、座り込んだ。目の前の出来事を受け入れる事を脳が拒絶していて、血の気の引いた白い顔で呆然と佇む様は蝋人形さながらだった。
そんな彼女に気が付いた伏黒はゆっくりとした足取りで芙蓉の下へ向かい、自身の上着を脱いで彼女の肩に羽織らせる。互いにかける言葉もなかった。伏黒は機械的に仕事をこなすように、先程別れた伊地知に連絡をした。不気味なくらい冷静な自分をもう1人の自分が眺めているような感覚がして、まるで自分という存在が身体の中で分裂してしまったようだと伏黒は思った。
どれくらいの時間が経ったか、数台の車のエンジン音が近付いてきた。伊地知が乗っていた黒塗りのセダンと、ワンボックスタイプの車が2台、車列を為して3台が中庭へ乗り入れてくる。セダンから降りて来た伊地知はこれまでに見た事もないくらいに真っ青な顔で憔悴していながらも何処かへ連絡をし、辺りに指示を出していた。
ワンボックスから降りて来た数人は担架を準備していて、虎杖の身体を丁寧に担架に乗せて白布をかけると、担架の虎杖と共に同じ車へと戻って行った。
「どうぞこちらへ」
あまり面識のない高専関係者に声をかけられ、伏黒と芙蓉は虎杖が乗せられた車とは別の車へ促された。それぞれ応急処置を施され、伊地知の指示で2人はこのまま高専に戻る事となった。
高専に着くと、正門で家入が2人を迎えた。伏黒は家入と共に待機していたスタッフと学長の下へ報告へ行く事になっている。
「家入さん…、芙蓉をお願いします」
「任せろ」
頼もしい家入の言葉に頭を下げ、伏黒は車を降りて学長室を目指して行った。家入は後部座席で暗い表情のまま動こうとしない芙蓉に車を降りるように声をかけ、手を貸した。シートを濡らす程にぐっしょりと雨に濡れ、泥だらけの芙蓉の身体は冷え切っていて、顔はもう血の気がなく真っ白だった。サイズの合わない伏黒の大きな上着の隙間からは素肌が、首元には痛々しい赤黒い痣がくっきりと見える。余りに酷い様子に家入は眉間に皺を寄せた。いろいろと思う事はあるが、今はとにかく芙蓉の手当を優先しなくてはと、準備していた車椅子に座らせて医務室へと急いだ。
昨日の雨天が一転、すっかり晴れ渡った空と力強い日差しを送り届けてくる太陽が、間もなく梅雨が明け、夏が訪れる事を知らせ始めていた。
「長生きしろよって…自分が死んでりゃ世話ないわよ」
校舎の外、石段に腰を下ろして自身の膝の上で頬杖をつき、顔に絆創膏を貼ったままの釘崎が言った。病院へ運ばれた彼女は大きなケガもなく、すぐ呪力が回復し意識が戻った為、昨日の内に高専へ戻って来られたが、つい今しがた伏黒の話を聞いてやっと状況を把握した。
「…アンタ、仲間が死ぬのは初めて?」
「タメは初めてだ」
釘崎からやや離れたところ、同じく石段に腰を下ろした伏黒がぼそりと答える。
「ふーん…その割に平気そうね」
「…、オマエもな」
「当然でしょ。…会って2週間やそこらよ。そんな男が死んで泣き喚く程、チョロい女じゃないのよ」
言い捨てる釘崎の横顔を見て、伏黒は口を噤んだ。彼女の口元が僅かに震えているのを伏黒は見逃さなかった。釘崎の気持ちは十分過ぎるくらいにわかった。
弱ければ死ぬ。常に死と隣り合わせ。自分達がいる世界は誰が死んでも、自分が死んでもおかしくない世界だ。
「…アイツ…、芙蓉は、どうしてる」
伏黒は幼馴染の顔を思い浮かべた。恐らく大きなケガはしていないだろうが、精神的に大きなショックを受けているだろう事は、昨日高専に戻ってくる時の車内での様子からも容易に想像がつく。高専に戻って来てから伏黒は学長への報告や、一連の出来事を記録する為のヒアリングとバタついており、芙蓉の様子を窺うタイミングが掴めないまま今日を迎えていた。
「…硝子さんの手当てを受けたみたいだけど、部屋には戻ってないのかしら、まだ会えてないわ」
伏黒は昨日の出来事を思い出そうと過去に意識を向けー吐き気がしてやめた。宿儺のあの不快な笑い声が頭に響き、思わずため息がこぼれていた。
「…暑いな」
「…そうね。夏服はまだかしら」
何の意味もない、ただ溢された言葉に釘崎が同調してくれた事を伏黒はありがたく感じていた。
突然の暑さに対する苛立ちなのか、自身の無力さに対する苛立ちなのかがわからなくなるくらい、今回の任務は残された者の気持ちに大きな爪痕を残した。