進境
恵の幼馴染のお名前は?
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「お母さん、?…縛り?…何?」
芙蓉は五条と千浪の顔を交互に見遣る。
「そーねぇ…、取引とか交換条件みたいなものと思ってくれていいよ。千浪ちゃんは、自分の術式を使えなくする代わりに非術師としての生活を手に入れた」
「…え、お母さんも呪術師だった、って事?」
芙蓉は大きな目を更に大きくした。千浪は困ったような顔で笑った。
「何事にも向き不向き、得手不得手があるけど、それは呪術師も同じ事。お母さんは向いてなかったの」
「…術式を持っているからと言って、無条件に呪術師になれるわけじゃないんだ。芙蓉も呪いの姿を見た事があるからね、呪霊の異様さがわかると思うけど…、あんな見た目でも僕らと同じように意思を持って動く、ある意味生きた存在だ。術式を持っていても生きた存在を祓えない、殺せない術師もいる。それ以前に見た目で無理っていう奴もいるし。逆に呪いの存在を平気だっていう人もいると思うけど、術式を持たなかったり扱いきれなければ祓えない。術式を扱える素材と呪いを祓える素質、この両方がないと呪術師になるのは難しいんだ」
芙蓉は曖昧に返事をした。理解出来るような、難しいような。ストンと腑に落ちない感覚。ただ、千浪の言う向き不向きがあるという話は良く理解出来る。
「…話がズレたね。ま、今の話はそんな感じでわかっててくれれば十分だよ。さて最後、3つ目。たぶんこれが一番現実的な方法だと思うんだけど。…高専に転校して、僕や恵と同じように呪術師として生きていく事」
千浪はその選択肢を理解していたようで、小さく息を吐く。芙蓉は口を引き結び、何か考える様子を見せる。
「…もし…、もし、だよ?高専に入ったとしても、呪術師に向かなかったとしたら、どうなるの?」
「うーん、それは本人が決める事になるんだけど…、呪術界に残るとしたら高専の補助監督が有力かな。実際、高専に入っても術師に向いてないから補助監督になった奴もいるし、逆に学生の頃に呪術師としてやってた奴が呪術師辞めて一般企業に入った奴もいるよ。高専に入ったからには何が何でも呪術師にならなきゃなんないって事はないから、その辺は安心していいよ」
五条の言葉を聞きながら、芙蓉は進学先に悩んでいた時に伏黒に言われた事を思い出すー高専進学は同意しかねる、なんとなくという理由ならやめておけ、呪術師はそんなに甘くないー。
芙蓉は改めて今日の出来事を思い返す。確かに何度か呪霊を見た事はある。祓除の現場に立ち会った事もある。自分が呪術師になったら対峙するであろう実際の呪いに関してはー高校に入るまでは伏黒が側に居てくれたのもあって、生命の危機を感じる事はなかった。それが、今日。今までとは比べ物にならない程の、明確な殺意に恐怖を覚えた。呪いをこの目で見ているのに何も出来ず、ただ恐れるだけしか出来なかった。そして何より、
「芙蓉」
名を呼ばれ、没頭していた思考から引き上げられた。顔を上げれば五条と目が合った。
「…今ここですぐに答えを出せとは言わない。芙蓉にだって今の生活があるからね。けど、少し考えておいて。何にしても、今のままでは状況は良くないからね」
そこまで言って、五条はすっかり冷めたミルクティーを飲み干すと、先程外したサングラスをかける。
「そうそう、今日の事はガスの爆発事故って扱いになったみたいだね。駅も近いから結構騒ぎになったんじゃないかな?…とまぁ、そんな感じで呪いの存在は非術師たちには秘匿され、世の中の平穏が保たれてるってワケ。僕ら呪術師は世の中の裏方ってとこだね」
五条は立ち上がり、何かあったら連絡ちょうだい、と玄関へ向かう。千浪は後を追い、五条を見送りに立った。
芙蓉は身じろぎもせずに座っていた。手を付けなかった冷え切ったミルクティーはミルクが分離し、固まったミルクがカップの縁にこびり付いていた。このミルクが自分の境遇のように思えてきたー今の生活を手放したくないと必死にしがみついていても、扱い切れない力を持った自分は、いずれは抗えないくらいの大きな力に飲み込まれ、ぐるぐると彷徨う内に何もわからなくなって溶けてしまうのだろうと。
「芙蓉」
五条を見送った千浪がリビングに戻ってきた。
「夜ごはん、どうする?…ちょっとバタバタしちゃったから、簡単なものになっちゃうんだけど」
芙蓉は時計を見たー20時を回ったところだった。佐山と駅近くに居た時は18時をとうに過ぎていたのは記憶している。これくらいの時間経過は当然と言えた。
「…あんまり、食欲ないかな」
「…そう。じゃあ今日はもう休ん」
「お母さん」
千浪を遮り、芙蓉は隣に腰を降ろした母を見つめた。
「…お母さんは…、悟くんの話、どう、思う?」
「…。…芙蓉が中学に入学した時、悟くんから芙蓉を高専に進学させる気はないかって言われてたの」
「え…」
「芙蓉は進学先を自分で決めたんだもの、高専に関しても同じ、自分で決めていいわ。だって、芙蓉の1回きりの人生よ。そんな大事な事を他人に決めさせて良いはずがないもの。…あなたのお父さんも、あなたが小さい頃からよく言ってたわ」
自分の父親。呪術師で、任務に出たきり戻っていないーもう10年は過ぎていた。芙蓉にとってはだいぶ縁遠い存在となりつつあるが、父の顔は朧げながら覚えている。
「お母さん。…私、お父さんの事を知りたい」
芙蓉は五条と千浪の顔を交互に見遣る。
「そーねぇ…、取引とか交換条件みたいなものと思ってくれていいよ。千浪ちゃんは、自分の術式を使えなくする代わりに非術師としての生活を手に入れた」
「…え、お母さんも呪術師だった、って事?」
芙蓉は大きな目を更に大きくした。千浪は困ったような顔で笑った。
「何事にも向き不向き、得手不得手があるけど、それは呪術師も同じ事。お母さんは向いてなかったの」
「…術式を持っているからと言って、無条件に呪術師になれるわけじゃないんだ。芙蓉も呪いの姿を見た事があるからね、呪霊の異様さがわかると思うけど…、あんな見た目でも僕らと同じように意思を持って動く、ある意味生きた存在だ。術式を持っていても生きた存在を祓えない、殺せない術師もいる。それ以前に見た目で無理っていう奴もいるし。逆に呪いの存在を平気だっていう人もいると思うけど、術式を持たなかったり扱いきれなければ祓えない。術式を扱える素材と呪いを祓える素質、この両方がないと呪術師になるのは難しいんだ」
芙蓉は曖昧に返事をした。理解出来るような、難しいような。ストンと腑に落ちない感覚。ただ、千浪の言う向き不向きがあるという話は良く理解出来る。
「…話がズレたね。ま、今の話はそんな感じでわかっててくれれば十分だよ。さて最後、3つ目。たぶんこれが一番現実的な方法だと思うんだけど。…高専に転校して、僕や恵と同じように呪術師として生きていく事」
千浪はその選択肢を理解していたようで、小さく息を吐く。芙蓉は口を引き結び、何か考える様子を見せる。
「…もし…、もし、だよ?高専に入ったとしても、呪術師に向かなかったとしたら、どうなるの?」
「うーん、それは本人が決める事になるんだけど…、呪術界に残るとしたら高専の補助監督が有力かな。実際、高専に入っても術師に向いてないから補助監督になった奴もいるし、逆に学生の頃に呪術師としてやってた奴が呪術師辞めて一般企業に入った奴もいるよ。高専に入ったからには何が何でも呪術師にならなきゃなんないって事はないから、その辺は安心していいよ」
五条の言葉を聞きながら、芙蓉は進学先に悩んでいた時に伏黒に言われた事を思い出すー高専進学は同意しかねる、なんとなくという理由ならやめておけ、呪術師はそんなに甘くないー。
芙蓉は改めて今日の出来事を思い返す。確かに何度か呪霊を見た事はある。祓除の現場に立ち会った事もある。自分が呪術師になったら対峙するであろう実際の呪いに関してはー高校に入るまでは伏黒が側に居てくれたのもあって、生命の危機を感じる事はなかった。それが、今日。今までとは比べ物にならない程の、明確な殺意に恐怖を覚えた。呪いをこの目で見ているのに何も出来ず、ただ恐れるだけしか出来なかった。そして何より、
「芙蓉」
名を呼ばれ、没頭していた思考から引き上げられた。顔を上げれば五条と目が合った。
「…今ここですぐに答えを出せとは言わない。芙蓉にだって今の生活があるからね。けど、少し考えておいて。何にしても、今のままでは状況は良くないからね」
そこまで言って、五条はすっかり冷めたミルクティーを飲み干すと、先程外したサングラスをかける。
「そうそう、今日の事はガスの爆発事故って扱いになったみたいだね。駅も近いから結構騒ぎになったんじゃないかな?…とまぁ、そんな感じで呪いの存在は非術師たちには秘匿され、世の中の平穏が保たれてるってワケ。僕ら呪術師は世の中の裏方ってとこだね」
五条は立ち上がり、何かあったら連絡ちょうだい、と玄関へ向かう。千浪は後を追い、五条を見送りに立った。
芙蓉は身じろぎもせずに座っていた。手を付けなかった冷え切ったミルクティーはミルクが分離し、固まったミルクがカップの縁にこびり付いていた。このミルクが自分の境遇のように思えてきたー今の生活を手放したくないと必死にしがみついていても、扱い切れない力を持った自分は、いずれは抗えないくらいの大きな力に飲み込まれ、ぐるぐると彷徨う内に何もわからなくなって溶けてしまうのだろうと。
「芙蓉」
五条を見送った千浪がリビングに戻ってきた。
「夜ごはん、どうする?…ちょっとバタバタしちゃったから、簡単なものになっちゃうんだけど」
芙蓉は時計を見たー20時を回ったところだった。佐山と駅近くに居た時は18時をとうに過ぎていたのは記憶している。これくらいの時間経過は当然と言えた。
「…あんまり、食欲ないかな」
「…そう。じゃあ今日はもう休ん」
「お母さん」
千浪を遮り、芙蓉は隣に腰を降ろした母を見つめた。
「…お母さんは…、悟くんの話、どう、思う?」
「…。…芙蓉が中学に入学した時、悟くんから芙蓉を高専に進学させる気はないかって言われてたの」
「え…」
「芙蓉は進学先を自分で決めたんだもの、高専に関しても同じ、自分で決めていいわ。だって、芙蓉の1回きりの人生よ。そんな大事な事を他人に決めさせて良いはずがないもの。…あなたのお父さんも、あなたが小さい頃からよく言ってたわ」
自分の父親。呪術師で、任務に出たきり戻っていないーもう10年は過ぎていた。芙蓉にとってはだいぶ縁遠い存在となりつつあるが、父の顔は朧げながら覚えている。
「お母さん。…私、お父さんの事を知りたい」