進境
恵の幼馴染のお名前は?
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今までとは違う通学路。駅まで行って、電車に乗って、学校まで歩いて行く。通い始めた当初は毎日電車に乗る事に幾許かの不安があったものの、1週間も経てば新鮮味も薄れ、日常の一部と化していった。
芙蓉は県内でも割と成績の良い共学校へと進学した。彼女と同じ中学から進学した生徒も何人かいるらしいが、中学でのクラスも違った上に、高校でのクラスも違う為、知り合いのほぼ居ない状態でのスタートだった。他の生徒も同じようなものだろうと辺りの様子を見ていると、スポーツ推薦で入学した生徒はチームメイトと連んでいたり、席の近い者同士で話をしていたり、少しずつ人間関係のまとまりが出来始めているのも見て取れた。
クラスの席次は五十音順で決められており、芙蓉は前から2番目の席だった。前と左隣の席は女子、後ろと右隣は男子という環境で、左隣の女子ー佐山梓は穏やかそうな人懐っこい性格で、彼女から芙蓉に声をかけてきた。出身中学や中学時代の部活の話、家がどの辺りかなどと会話が弾む。芙蓉の前の席の女子は高畠ゆりー彼女は別のクラスに友人がいるらしく、余り話に加わる事はなかったーが、とりあえず芙蓉は親しくなれそうな佐山というクラスメイトを得る事が出来た。
そして芙蓉の後ろ、バドミントンのスポーツ推薦で入学したという男子生徒ー瀧井翔琉。そこそこ背が高く、女子受けしそうな優しげなルックスの瀧井は話好きなタイプのようで、芙蓉と佐山が話しているとよく口を挟んできた。佐山と瀧井との3人で話をする事が多くなった。
新しい環境で直面する問題のひとつ、人間関係。芙蓉の新生活の滑り出しは好調と言えた。
更に1週間も経てば、部活に所属するかどうかの話題も聞こえ始める。佐山は中学時代に吹奏楽部に属しており、高校でも続けるつもりだと張り切っていた。芙蓉は部活に入る気はなかったのだが、同じクラスで中学でバスケをやっていた芙蓉を知っている、という生徒に声をかけられた。芙蓉が訝しんでいると、その生徒の出身校を聞いて、何度か試合をした事があるのを思い出した。乗り気ではなかったが、せっかく声をかけてくれたのだからと芙蓉は放課後、体育館へと足を向ける事にした。
スポーツ推薦で来ている生徒がいるのもあって、中学の頃とは迫力もレベルも違うというのが率直な感想だった。そんな中でバスケを続けるなどという選択肢が出るはずもなく、声をかけてくれた生徒に丁寧に辞退を告げて体育館を出ようとすると。
「よぉ、高峰!」
誰かと振り返ると、バドミントン部の瀧井がタオルで汗を拭きながら手を振っていた。
「見学に来たの?」
「…うん、ちょっと、声かけられたから」
「バスケ部?」
「中学の時にやってたからね。…けどレベルが違うし、断ってきたところ」
「じゃあさ、バド部のマネージャーとかどう?やっぱり女の子いてくれた方が楽しくなると思うし、」
「…ごめんなさい、部活には入るつもりがないから」
芙蓉のキッパリとした断りの言葉に瀧井は何か言いたげな顔を見せたが、近くにいた他のメンバーが慌てた様子で芙蓉へ謝罪をすると瀧井を引っ張っていった。正直なところ、芙蓉は瀧井の距離感が少々苦手だった。決して悪い奴ではないとわかるのだが、芙蓉にとって押しが強い、グイグイ来るというのが率直な印象だった。幼い子供ならまだしも、さすがに高校生になってからはちょっと、というところだ。今までずっと、大人びた伏黒の側にいたのだから、周りが多少幼く感じてしまうのは仕方のない事かもしれない。
体育館を出て、靴を外履きに履き替えて駅に向かう。
道すがら、芙蓉は先程瀧井に対して少し冷たかったかな、と思い返した。もしかしたら瀧井も、芙蓉と同じように新しい人間関係に不安を感じているのかもしれない。早く友人を作りたいと思っているのかもしれない。その想いに目が向きすぎて、人との距離感が上手く掴めないのかもしれないと結論付け、明日、言い方が良くなかったと謝ろうというところに着地した。
駅に着いて、改札を抜けて電車を待つ。いろいろ考えて疲れたな、と芙蓉は小さく息を吐いた。以心伝心の間柄の伏黒と過ごしてきた日々が脳裏に浮かぶ。と、同時に、芙蓉は自分が本当に、今までかけがえのない存在と過ごしていたという事を強く感じた。
芙蓉はスマホをバッグから引っ張り出し、時間の確認がてら画面をタップする。ロック画面には、卒業式に伏黒と2人で撮った写真を壁紙に設定してある。
口元を緩めて口角を少し上げた、伏黒の笑みー芙蓉は彼のこの表情が大好きだった。いつもポーカーフェイスで、あまり感情を顔に出さない伏黒が時折見せる、優しい表情。この顔を見ると気持ちが落ち着くし、彼が応援してくれるんだと、気持ちを立て直す事が出来た。電車の到着を告げるアナウンスが響き、スマホをバッグに押し込む。到着した電車に乗り込めば程なくして動き出す。窓の外を眺めていると、背後から纏わり付くような、ベッタリと貼り付くような不快な視線を感じた。が、芙蓉は振り返らなかった。振り返ったらきっと目が合ってしまう。幸いにして、降りる駅で開くドアは自分の目の前にある。手摺を握る手に力を入れ、芙蓉はじっとやり過ごし、無事に電車を降りた。
ふっと安堵の息を吐き、ついでに深呼吸をする。改札に向けて歩き出した芙蓉を電車が追い抜いていく。芙蓉の乗っていた車両に、真っ黒い泥の塊のような物がぬらぬらと蠢いているのが見えた。
芙蓉は県内でも割と成績の良い共学校へと進学した。彼女と同じ中学から進学した生徒も何人かいるらしいが、中学でのクラスも違った上に、高校でのクラスも違う為、知り合いのほぼ居ない状態でのスタートだった。他の生徒も同じようなものだろうと辺りの様子を見ていると、スポーツ推薦で入学した生徒はチームメイトと連んでいたり、席の近い者同士で話をしていたり、少しずつ人間関係のまとまりが出来始めているのも見て取れた。
クラスの席次は五十音順で決められており、芙蓉は前から2番目の席だった。前と左隣の席は女子、後ろと右隣は男子という環境で、左隣の女子ー佐山梓は穏やかそうな人懐っこい性格で、彼女から芙蓉に声をかけてきた。出身中学や中学時代の部活の話、家がどの辺りかなどと会話が弾む。芙蓉の前の席の女子は高畠ゆりー彼女は別のクラスに友人がいるらしく、余り話に加わる事はなかったーが、とりあえず芙蓉は親しくなれそうな佐山というクラスメイトを得る事が出来た。
そして芙蓉の後ろ、バドミントンのスポーツ推薦で入学したという男子生徒ー瀧井翔琉。そこそこ背が高く、女子受けしそうな優しげなルックスの瀧井は話好きなタイプのようで、芙蓉と佐山が話しているとよく口を挟んできた。佐山と瀧井との3人で話をする事が多くなった。
新しい環境で直面する問題のひとつ、人間関係。芙蓉の新生活の滑り出しは好調と言えた。
更に1週間も経てば、部活に所属するかどうかの話題も聞こえ始める。佐山は中学時代に吹奏楽部に属しており、高校でも続けるつもりだと張り切っていた。芙蓉は部活に入る気はなかったのだが、同じクラスで中学でバスケをやっていた芙蓉を知っている、という生徒に声をかけられた。芙蓉が訝しんでいると、その生徒の出身校を聞いて、何度か試合をした事があるのを思い出した。乗り気ではなかったが、せっかく声をかけてくれたのだからと芙蓉は放課後、体育館へと足を向ける事にした。
スポーツ推薦で来ている生徒がいるのもあって、中学の頃とは迫力もレベルも違うというのが率直な感想だった。そんな中でバスケを続けるなどという選択肢が出るはずもなく、声をかけてくれた生徒に丁寧に辞退を告げて体育館を出ようとすると。
「よぉ、高峰!」
誰かと振り返ると、バドミントン部の瀧井がタオルで汗を拭きながら手を振っていた。
「見学に来たの?」
「…うん、ちょっと、声かけられたから」
「バスケ部?」
「中学の時にやってたからね。…けどレベルが違うし、断ってきたところ」
「じゃあさ、バド部のマネージャーとかどう?やっぱり女の子いてくれた方が楽しくなると思うし、」
「…ごめんなさい、部活には入るつもりがないから」
芙蓉のキッパリとした断りの言葉に瀧井は何か言いたげな顔を見せたが、近くにいた他のメンバーが慌てた様子で芙蓉へ謝罪をすると瀧井を引っ張っていった。正直なところ、芙蓉は瀧井の距離感が少々苦手だった。決して悪い奴ではないとわかるのだが、芙蓉にとって押しが強い、グイグイ来るというのが率直な印象だった。幼い子供ならまだしも、さすがに高校生になってからはちょっと、というところだ。今までずっと、大人びた伏黒の側にいたのだから、周りが多少幼く感じてしまうのは仕方のない事かもしれない。
体育館を出て、靴を外履きに履き替えて駅に向かう。
道すがら、芙蓉は先程瀧井に対して少し冷たかったかな、と思い返した。もしかしたら瀧井も、芙蓉と同じように新しい人間関係に不安を感じているのかもしれない。早く友人を作りたいと思っているのかもしれない。その想いに目が向きすぎて、人との距離感が上手く掴めないのかもしれないと結論付け、明日、言い方が良くなかったと謝ろうというところに着地した。
駅に着いて、改札を抜けて電車を待つ。いろいろ考えて疲れたな、と芙蓉は小さく息を吐いた。以心伝心の間柄の伏黒と過ごしてきた日々が脳裏に浮かぶ。と、同時に、芙蓉は自分が本当に、今までかけがえのない存在と過ごしていたという事を強く感じた。
芙蓉はスマホをバッグから引っ張り出し、時間の確認がてら画面をタップする。ロック画面には、卒業式に伏黒と2人で撮った写真を壁紙に設定してある。
口元を緩めて口角を少し上げた、伏黒の笑みー芙蓉は彼のこの表情が大好きだった。いつもポーカーフェイスで、あまり感情を顔に出さない伏黒が時折見せる、優しい表情。この顔を見ると気持ちが落ち着くし、彼が応援してくれるんだと、気持ちを立て直す事が出来た。電車の到着を告げるアナウンスが響き、スマホをバッグに押し込む。到着した電車に乗り込めば程なくして動き出す。窓の外を眺めていると、背後から纏わり付くような、ベッタリと貼り付くような不快な視線を感じた。が、芙蓉は振り返らなかった。振り返ったらきっと目が合ってしまう。幸いにして、降りる駅で開くドアは自分の目の前にある。手摺を握る手に力を入れ、芙蓉はじっとやり過ごし、無事に電車を降りた。
ふっと安堵の息を吐き、ついでに深呼吸をする。改札に向けて歩き出した芙蓉を電車が追い抜いていく。芙蓉の乗っていた車両に、真っ黒い泥の塊のような物がぬらぬらと蠢いているのが見えた。