変転
恵の幼馴染のお名前は?
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翌日、朝9時。予定の時間に遅れる事なく、高専の関係者は伏黒のアパートを訪れた。やって来たのは男性2人、彼らがどのような立場なのかを知る由もないが、伏黒の荷物をテキパキと車に積み込んでいく。ほとんど一人暮らしの状態だった部屋から運び出す物は少なく、それぞれが2往復する程度で荷物の運搬は終わった。
最後に伏黒は部屋をざっと点検して忘れ物などがないかを確認し、部屋の施錠をする。既に高専の2人は車に乗り込んでいる。雑談したりという愛想もなく酷く事務的で、見方によっては感じが悪い。それでもあれこれ詮索されるよりはずっといい、伏黒はそう思う事にした。
「恵」
呼ばれて振り返ると、芙蓉と彼女の母、千浪が手を振っていた。芙蓉は見送りに行くと言っていたが、千浪まで来るとは予想外だったようで、伏黒は頭を下げる。
「…恵くん、小学生の頃から今日まで、芙蓉の面倒を見ていてくれて本当にありがとう」
「いえ…、片付けが済んだらご挨拶に伺うつもりでした、ご足労いただきありがとうございます。…本当に、今までずっと面倒をかけて、何から何までお世話になっていたのは俺の方です。…津美紀の事も、何かとご迷惑をおかけしました」
「全然。もう恵くんや津美紀ちゃんは私の子供のように思っていたから…、淋しくなるわ」
そう言う千浪の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「…お元気で」
「えぇ。恵くんも身体には十分気を付けてね」
千浪への挨拶を済ませ、伏黒が芙蓉を見ると意外にも彼女は笑顔だった。
「これ…、恵の好みに合うかわからないけど」
そう言って芙蓉は紙袋を手渡した。伏黒はそれを受け取り、その場で中を覗く。見覚えのある淡い色が見えた。
「…作ったのか?」
「有言実行ってやつ?」
芙蓉は得意気に笑った。中には以前、2人で海に行った時に拾い集めたシーグラスをあしらったフォトフレームが入っていた。大小様々なサイズのシーグラスがパズルのように組み合わさり、綺麗に並んでいる。写真は卒業式の時に並んで撮ったものが入れられていた。
「良かったら何処かに飾ってやって」
「大事にする。…ありがとう」
2人は口を噤み、互いに視線を合わせた。
「…またな」
「うん。…また、会おうね」
伏黒は2人に背を向け、車で待つ2人に声をかけて乗り込んだ。程なくして車がゆっくりと動き出す。
芙蓉と千浪は車が見えなくなるまで、手を振り続けた。
伏黒が引越してから、芙蓉は毎日何かしら予定を立てて忙しく過ごしていた。何もしていない時間があると、伏黒の事を考えてしまうー芙蓉の生活の中に浸透していた伏黒の存在が、引越しによって彼女の生活に穴を空けたようだった。恐らく、伏黒が県内の普通高校へ進学していたら、芙蓉もこれ程までに喪失感を覚える事もなかっただろうが、そんなたらればを考えても現実は変わらない。芙蓉は時間をかけて自分の気持ちと向き合い、言い方は悪いが伏黒に依存していたのかもしれないと思い至った。このまま彼の亡霊に取り縋って歩いて行くのは伏黒の望むところではないだろうし、何よりそんな自身を変えなくてはいけない。もっと自立して、伏黒に寄り掛かるのではなく、彼を支えられるような人間になれるように。そう自身を奮い立たせ、新しい生活へ向けての準備を少しずつ始めていった。
一方、伏黒の方はというと、彼もまた芙蓉と同じように何かと忙しく過ごしていた。
高専の寮へ入ってすぐ、まずは上級生への挨拶、荷解きをして寮生活の基盤を整える。それからは事務手続きや身体検査、その他雑多な作業。そのような波に乗って片っ端からやるべき事をこなしていき、休憩だと1人の時間を与えられれば何気なくスマホを触り、芙蓉と撮った写真を眺める。と、伏黒は自分はこんなにも淋しがりだっただろうかと苦笑した。
今までは、手を伸ばせばすぐ届くところに芙蓉がいて。顔を見れば何を思っているかがすぐにわかって。
そんな恵まれた環境に慣れ過ぎていて。
もっと自分の生活をしっかり整え、芙蓉の不在を嘆くばかりではなく、次に会う時には人間的に成長したと思われるような自分にならなくては、と伏黒は思った。
何があっても彼女を守れるように、そして何より、彼女を幸せに出来るように。
呪術師としてのスキルアップやレベルアップは当然の事として、もっと強い自分になろうと心に強く決意した。
果たして2人が連絡を取ったのは、伏黒が引越した当日と、芙蓉の高校入学式前日の2度だけだった。
示し合わせたわけではないが、それぞれの時間を、それぞれが向き合う環境を尊重しての事だというのを理解していたようだった。
互いに互いの居ない生活が始まろうとしていた。
最後に伏黒は部屋をざっと点検して忘れ物などがないかを確認し、部屋の施錠をする。既に高専の2人は車に乗り込んでいる。雑談したりという愛想もなく酷く事務的で、見方によっては感じが悪い。それでもあれこれ詮索されるよりはずっといい、伏黒はそう思う事にした。
「恵」
呼ばれて振り返ると、芙蓉と彼女の母、千浪が手を振っていた。芙蓉は見送りに行くと言っていたが、千浪まで来るとは予想外だったようで、伏黒は頭を下げる。
「…恵くん、小学生の頃から今日まで、芙蓉の面倒を見ていてくれて本当にありがとう」
「いえ…、片付けが済んだらご挨拶に伺うつもりでした、ご足労いただきありがとうございます。…本当に、今までずっと面倒をかけて、何から何までお世話になっていたのは俺の方です。…津美紀の事も、何かとご迷惑をおかけしました」
「全然。もう恵くんや津美紀ちゃんは私の子供のように思っていたから…、淋しくなるわ」
そう言う千浪の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「…お元気で」
「えぇ。恵くんも身体には十分気を付けてね」
千浪への挨拶を済ませ、伏黒が芙蓉を見ると意外にも彼女は笑顔だった。
「これ…、恵の好みに合うかわからないけど」
そう言って芙蓉は紙袋を手渡した。伏黒はそれを受け取り、その場で中を覗く。見覚えのある淡い色が見えた。
「…作ったのか?」
「有言実行ってやつ?」
芙蓉は得意気に笑った。中には以前、2人で海に行った時に拾い集めたシーグラスをあしらったフォトフレームが入っていた。大小様々なサイズのシーグラスがパズルのように組み合わさり、綺麗に並んでいる。写真は卒業式の時に並んで撮ったものが入れられていた。
「良かったら何処かに飾ってやって」
「大事にする。…ありがとう」
2人は口を噤み、互いに視線を合わせた。
「…またな」
「うん。…また、会おうね」
伏黒は2人に背を向け、車で待つ2人に声をかけて乗り込んだ。程なくして車がゆっくりと動き出す。
芙蓉と千浪は車が見えなくなるまで、手を振り続けた。
伏黒が引越してから、芙蓉は毎日何かしら予定を立てて忙しく過ごしていた。何もしていない時間があると、伏黒の事を考えてしまうー芙蓉の生活の中に浸透していた伏黒の存在が、引越しによって彼女の生活に穴を空けたようだった。恐らく、伏黒が県内の普通高校へ進学していたら、芙蓉もこれ程までに喪失感を覚える事もなかっただろうが、そんなたらればを考えても現実は変わらない。芙蓉は時間をかけて自分の気持ちと向き合い、言い方は悪いが伏黒に依存していたのかもしれないと思い至った。このまま彼の亡霊に取り縋って歩いて行くのは伏黒の望むところではないだろうし、何よりそんな自身を変えなくてはいけない。もっと自立して、伏黒に寄り掛かるのではなく、彼を支えられるような人間になれるように。そう自身を奮い立たせ、新しい生活へ向けての準備を少しずつ始めていった。
一方、伏黒の方はというと、彼もまた芙蓉と同じように何かと忙しく過ごしていた。
高専の寮へ入ってすぐ、まずは上級生への挨拶、荷解きをして寮生活の基盤を整える。それからは事務手続きや身体検査、その他雑多な作業。そのような波に乗って片っ端からやるべき事をこなしていき、休憩だと1人の時間を与えられれば何気なくスマホを触り、芙蓉と撮った写真を眺める。と、伏黒は自分はこんなにも淋しがりだっただろうかと苦笑した。
今までは、手を伸ばせばすぐ届くところに芙蓉がいて。顔を見れば何を思っているかがすぐにわかって。
そんな恵まれた環境に慣れ過ぎていて。
もっと自分の生活をしっかり整え、芙蓉の不在を嘆くばかりではなく、次に会う時には人間的に成長したと思われるような自分にならなくては、と伏黒は思った。
何があっても彼女を守れるように、そして何より、彼女を幸せに出来るように。
呪術師としてのスキルアップやレベルアップは当然の事として、もっと強い自分になろうと心に強く決意した。
果たして2人が連絡を取ったのは、伏黒が引越した当日と、芙蓉の高校入学式前日の2度だけだった。
示し合わせたわけではないが、それぞれの時間を、それぞれが向き合う環境を尊重しての事だというのを理解していたようだった。
互いに互いの居ない生活が始まろうとしていた。