変転
恵の幼馴染のお名前は?
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津美紀が入院してから、伏黒は学校を休みがちになった。たまに出席した時に芙蓉が声をかけるも、特に変わった事はない、大丈夫だ、気にすんな、問題ないーそのような言葉で片付けられてしまう。自身が津美紀の代わりになれるなどとは思ってもいないが、それでもずっと、今まで近いところで伏黒を見てきた芙蓉にとっては非常に心苦しいものだった。
しかし、素っ気ない伏黒の態度にヘコんでばかりもいられなかった。部活の大会が近づいていた。3年生はこの大会を最後に引退する事になっており、芙蓉は、副キャプテンとしてチームを盛り立てていかなければならない立場にあった。正直なところ、自分の気持ちを置き去りにしてまで部活に参加したくないのだが、一緒にやってきたメンバーの気持ちを考えると、もう少しだけ、もう少しだけと自身を鼓舞するしかなかった。
梅雨の気配が近づいてきた頃、最後の大会が終わった。終わってしまった、やっと終わった、そんな気持ちの中、部室のロッカーを片付けると同学年のメンバーと共に下校した。部活の思い出話に花が咲く。
「ちょっと芙蓉、なんか元気ないよ〜?」
「燃え尽きちゃった感じ?」
明るく声をかけてくれるメンバーの存在をありがたく思うと同時に、1人になりたいという気持ちが綯い交ぜになっていて、曖昧に笑うしか出来なかった。
どうにかやり過ごして家に帰り着いた。千浪が部活動お疲れさまでした、と明るく労ってくれたが、芙蓉はもう作り笑いに疲れていた。
「なんか…、気が抜けた感じ、かな…」
それだけ言って、自分の部屋に逃げ込んだー芙蓉がずっと抑え込んでいた気持ちが涙になって溢れ出す。
次から次へと溢れてくる涙に、自分は今までこんなに我慢してたんだ、と他人事のように感じながらひとしきり、全てを吐き出すように泣き通した。
泣きに泣いて、だいぶスッキリしたところで部屋を出る。台所では千浪が食事を作っていた。
「…最近、恵くんはどう?」
芙蓉の赤い目に触れる事なく、もし行けそうなら食事を届けがてら行ってみたら、という千浪の言葉に背を押され、芙蓉は食事を届けるという事を口実に伏黒のアパートを訪ねてみる事にした。
保冷バッグとスマホだけを持って芙蓉は家を出る。なんとなく重い足取りに追い討ちをかけるように雨がパラついてきた。今いる場所からはアパートの方が近い。帰りは走って帰ればいいやーそう思って僅かに歩く速度を上げてアパートへ向かった。
何度も訪れ、慣れ親しんだアパートの一室。その前で芙蓉はひとつ深呼吸をしてドアのベルを鳴らす。
ー沈黙。仕方なくもう一度鳴らすも応答はない。
いないとかマジ最悪ーそう思いながら、持ってきた食事をどうしようかと考える。ドアノブに掛けて置くーカラスが悪戯をするとよくない。このまま持って帰るー伏黒が食事を摂らないのは困る。じゃあどうするかー芙蓉は伏黒が戻ってくるのを待つ、という選択肢を選んだ。
数えきれないくらいにスマホの画面で時間を確認した。時間にして1時間程度。ドアの前にしゃがみ込み、何もする事がない、いつ戻ってくるかもわからない伏黒を待つ、雨で少し身体が冷えているーもういろいろ最悪、なんでこんな想いをしてまで自分はここにいるんだろう。なんだか悲しくなってきた、やっぱりもう帰ろうーそう思って立ち上がった、その時。
「…何、してんだ」
伏黒は目を瞬かせた。自身の住むアパートの部屋の前に芙蓉がいる。雨は強まり、立ち上がった彼女の服も所々濡れている。声に芙蓉が肩を揺らし、驚きに見開いた目は忙しなく辺りを窺っている事に伏黒は胸が痛んだ。
「…お母さんが、…恵に、って」
か細い声で伏し目がちに、遠慮がちにバッグを差し出す芙蓉。その手は雨に体温を奪われたのだろう、血の気を失い白くなっていた。伏黒は部屋のドアを開けるとバッグごと芙蓉の冷たくなった手を掴んだ。驚く芙蓉に構う事なく部屋に引き入れる。
「風邪でも引いたらどうすんだ」
そのまま彼女をリビングに座らせ、タオルを手渡す。そしてそれとは別の、タオルを2枚。
「…返すのが遅くなって悪かった」
タオルをきっかけに、様々な事が思い出されるー伏黒にタオルを貸す事になった発端の出来事から、今までの出来事、そして今ー。
「あ…そ、ういえば、貸して、たね。…忘れ、てた」
言葉が上手く出てこない。タオルを持った手が震えている。芙蓉は自身の気持ちを落ち着けようと必死だった。2人の間に重みを感じる空気が流れるようになったのはいつからだろう。話をしなくても、別の事をしていても、穏やかで安心感に満ちた空気を感じていたのに。
芙蓉はおずおずと伏黒の顔を見たー久しぶりに見たその顔は痩せたような、窶れたような。
「…ね…恵…、ごはん、ちゃんと、食べてる?」
「…ガキ扱いすんな」
ピシリと空気が張り詰めた気がした。張り詰めた空気と小さな不和の欠片が芙蓉の胸にチクリと突き刺さる。
不安定な芙蓉の心に傷を付けるには十分だった。
しかし、素っ気ない伏黒の態度にヘコんでばかりもいられなかった。部活の大会が近づいていた。3年生はこの大会を最後に引退する事になっており、芙蓉は、副キャプテンとしてチームを盛り立てていかなければならない立場にあった。正直なところ、自分の気持ちを置き去りにしてまで部活に参加したくないのだが、一緒にやってきたメンバーの気持ちを考えると、もう少しだけ、もう少しだけと自身を鼓舞するしかなかった。
梅雨の気配が近づいてきた頃、最後の大会が終わった。終わってしまった、やっと終わった、そんな気持ちの中、部室のロッカーを片付けると同学年のメンバーと共に下校した。部活の思い出話に花が咲く。
「ちょっと芙蓉、なんか元気ないよ〜?」
「燃え尽きちゃった感じ?」
明るく声をかけてくれるメンバーの存在をありがたく思うと同時に、1人になりたいという気持ちが綯い交ぜになっていて、曖昧に笑うしか出来なかった。
どうにかやり過ごして家に帰り着いた。千浪が部活動お疲れさまでした、と明るく労ってくれたが、芙蓉はもう作り笑いに疲れていた。
「なんか…、気が抜けた感じ、かな…」
それだけ言って、自分の部屋に逃げ込んだー芙蓉がずっと抑え込んでいた気持ちが涙になって溢れ出す。
次から次へと溢れてくる涙に、自分は今までこんなに我慢してたんだ、と他人事のように感じながらひとしきり、全てを吐き出すように泣き通した。
泣きに泣いて、だいぶスッキリしたところで部屋を出る。台所では千浪が食事を作っていた。
「…最近、恵くんはどう?」
芙蓉の赤い目に触れる事なく、もし行けそうなら食事を届けがてら行ってみたら、という千浪の言葉に背を押され、芙蓉は食事を届けるという事を口実に伏黒のアパートを訪ねてみる事にした。
保冷バッグとスマホだけを持って芙蓉は家を出る。なんとなく重い足取りに追い討ちをかけるように雨がパラついてきた。今いる場所からはアパートの方が近い。帰りは走って帰ればいいやーそう思って僅かに歩く速度を上げてアパートへ向かった。
何度も訪れ、慣れ親しんだアパートの一室。その前で芙蓉はひとつ深呼吸をしてドアのベルを鳴らす。
ー沈黙。仕方なくもう一度鳴らすも応答はない。
いないとかマジ最悪ーそう思いながら、持ってきた食事をどうしようかと考える。ドアノブに掛けて置くーカラスが悪戯をするとよくない。このまま持って帰るー伏黒が食事を摂らないのは困る。じゃあどうするかー芙蓉は伏黒が戻ってくるのを待つ、という選択肢を選んだ。
数えきれないくらいにスマホの画面で時間を確認した。時間にして1時間程度。ドアの前にしゃがみ込み、何もする事がない、いつ戻ってくるかもわからない伏黒を待つ、雨で少し身体が冷えているーもういろいろ最悪、なんでこんな想いをしてまで自分はここにいるんだろう。なんだか悲しくなってきた、やっぱりもう帰ろうーそう思って立ち上がった、その時。
「…何、してんだ」
伏黒は目を瞬かせた。自身の住むアパートの部屋の前に芙蓉がいる。雨は強まり、立ち上がった彼女の服も所々濡れている。声に芙蓉が肩を揺らし、驚きに見開いた目は忙しなく辺りを窺っている事に伏黒は胸が痛んだ。
「…お母さんが、…恵に、って」
か細い声で伏し目がちに、遠慮がちにバッグを差し出す芙蓉。その手は雨に体温を奪われたのだろう、血の気を失い白くなっていた。伏黒は部屋のドアを開けるとバッグごと芙蓉の冷たくなった手を掴んだ。驚く芙蓉に構う事なく部屋に引き入れる。
「風邪でも引いたらどうすんだ」
そのまま彼女をリビングに座らせ、タオルを手渡す。そしてそれとは別の、タオルを2枚。
「…返すのが遅くなって悪かった」
タオルをきっかけに、様々な事が思い出されるー伏黒にタオルを貸す事になった発端の出来事から、今までの出来事、そして今ー。
「あ…そ、ういえば、貸して、たね。…忘れ、てた」
言葉が上手く出てこない。タオルを持った手が震えている。芙蓉は自身の気持ちを落ち着けようと必死だった。2人の間に重みを感じる空気が流れるようになったのはいつからだろう。話をしなくても、別の事をしていても、穏やかで安心感に満ちた空気を感じていたのに。
芙蓉はおずおずと伏黒の顔を見たー久しぶりに見たその顔は痩せたような、窶れたような。
「…ね…恵…、ごはん、ちゃんと、食べてる?」
「…ガキ扱いすんな」
ピシリと空気が張り詰めた気がした。張り詰めた空気と小さな不和の欠片が芙蓉の胸にチクリと突き刺さる。
不安定な芙蓉の心に傷を付けるには十分だった。