芽生え
恵の幼馴染のお名前は?
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「芙蓉!聞いて!聞いてくれるだけでいいから!」
母の作った料理を持って、芙蓉が伏黒のアパートを訪ねたある日曜日の夕方。
ドアを開け、芙蓉の顔を見るなり声を上げる津美紀。芙蓉は驚き、持ってきた保冷バッグを落としそうになりながら、津美紀に促されるまま部屋に入るーこの日も伏黒は不在だった。
2人はキッチンで芙蓉が持ってきた料理の入ったタッパーを冷蔵庫や冷凍庫へ片付けたり、空のタッパーをまとめたり。手を動かしながら津美紀が口を開く。
「恵ったら、また喧嘩したみたいでさぁ…」
伏黒が最近喧嘩騒ぎを起こしているのは芙蓉も聞いているし、この間は喧嘩をしたらしい現場にも遭遇してしまったーその件は津美紀に伏せてあるが。
とにかく津美紀は伏黒の喧嘩をどうにかやめさせようとかなり頭を悩ませているようだった。
「いろいろ言って聞かせたんだけど、どうにも伝わってないみたいで…、私の伝え方が悪いのかなぁ…」
「うーん…」
話とは難しいもので、伝え手の意図が聞き手に正しく伝わるとは限らない。聞き手の意思を排除して伝え手の言葉を聞いたとしても、結局のところ、他人の話は100パーセント正しく伝わらない。互いが理解してもらおう、理解しようと寄り添わない限り、それぞれを理解するのは難しいだろう。
今の伏黒が落ち着いているか荒れているか、どちらかと言えば荒れている状態に傾いているのは芙蓉もわかっていた。今の彼はとにかく言葉が足りない。心を閉ざしているわけではないようだが、とにかく言葉の意図を説明したり伝えようとしていない。彼が今どんな状況下にあるのかもわからない以上、彼の意思は見えてこない。
話している間に片付けを終え、津美紀はお茶でも飲もうとお茶を淹れ、2人でテーブルを挟んで向かい合う。腰を据えたところで、津美紀がまた口を開こうとすれば、玄関のドアを解錠する音が聞こえたー伏黒が帰ってきた。津美紀は少し残念そうな顔を見せた。
「おかえり」
「…来てたのか」
「高峰デリバリーでーす」
冗談ぽく芙蓉が言うも、さして面白くもなさそうな顔で伏黒は頷いた。と、伏黒は小さくため息をついた。
それきり伏黒は隣の部屋に引っ込んでしまった。
「…ごめんね芙蓉。恵、今反抗期でー」
「うるせぇな」
津美紀の声が聞こえていたようで、伏黒は苛ついたように言い返す。が、それも折り込み済みだったようで、津美紀はペロっと舌を出して笑っていた。
津美紀の方が上手なんだなと芙蓉は笑った。ふと視界に入った時計を見れば6時半を過ぎていた。そろそろ帰らないと、と窓の外は夜の帳が少しずつ降りてきていた。芙蓉が立ち上がると、隣の部屋から伏黒が出てきた。どうしたの、と津美紀が声をかける。
「…送ってくる」
津美紀は気の利いた伏黒を褒めてその背を後押ししたが、芙蓉は少しだけ嫌な予感がしていた。
「ご馳走様でした。津美紀ちゃん、またね」
「こちらこそ、本当にいつもありがとう。お母さんによろしく伝えてね」
ひと足先に出ていた伏黒に追いつき、2人並んでゆっくり歩き出す。
「…1人で出歩くな」
開口一番、伏黒の言葉。やっぱりー芙蓉は伏黒の棘のある言い方に些かムッとしながら口を開く。
「前も行ったけど、子供じゃないし。それに1人で出歩くなって無理でしょ。…意味わかんない」
突っぱねるように芙蓉が言えば、伏黒はそれきり押し黙ってしまった。
ちょっと冷たく言い過ぎたかも、と黙ったまま隣を歩く伏黒の様子をチラリと見るー彼は怒っているというより、何か考えているような表情だった。
「この前、公園で見た連中ー」
唐突な伏黒の言葉に、芙蓉は彼が何の事を言っているのか理解するのに時間がかかったーあの日の喧嘩を言っているのだという事に辿り着いて、返事をする。
「ああいう連中は何考えてるかわかんねぇ。もし芙蓉の顔を覚えてる奴がいたとしたら、お前に何かしらちょっかいかけるんじゃねぇかと思ってるんだよ」
「え、それって私が巻き込まれるって事?」
「可能性の話だ」
「…その可能性があるから1人で帰るなって事?」
「…」
否定をしないということは肯定しているのだろう。伏黒を見上げると、彼はふいと顔を逸らす。芙蓉は思わず吹き出して笑ってしまった。
「…なんだよ」
「ごめん、恵らしいなって思って」
伏黒に抱いた苛立ちはすっかり消えていた。
「…恵の事だから、理由なく喧嘩してるわけじゃないと思うけど、…津美紀ちゃん、本当に心配してるよ」
「…わかってる」
周りの気持ちは理解しているが、それ以上に彼を突き動かす何かがあるのだろう。今の伏黒はただ、不器用に自分を貫いている、それだけだった。
「…私は津美紀ちゃんの、恵を心配する気持ちもわかるし、恵の…、気持ちの強さっていうのかな。そういうのもわかってるつもり」
「…」
伏黒は芙蓉に何も言えなかった。家族である津美紀には、家族であるが故に自分を思い切りぶつけても受け止めてくれるだろうという、無意識下での甘えが出る。しかし芙蓉は違う。彼女とは小学生の頃から信頼を積み重ねて築き上げた関係だ。多少の事で崩れてしまうような脆いものではないとわかっているが。
「恵は何でも1人で抱えちゃうんだから。私で良ければ話聞くし、出来る事があれば手伝うし。何でも言ってよ、ちょっとは役に立てると思うからさ。
…私、恵と津美紀ちゃんが小さい頃からずっと2人でがんばってるのを見てて、2人の力になりたいって、ずっと思ってた。今もそう。
人の気持ちって見えないから、人を信じるのって怖いし、難しいってわかってるけど…、私、恵の事、100パー信じてるよ。だから、っていうのもおかしいけど…、少しずつでもいいから、私の事信じてもらえたら嬉しいなって」
「…いきなりそーいう事を言うんじゃねぇ」
どうして、と首を傾げる芙蓉。彼女の家に着くまで、伏黒は芙蓉の顔を見られなかった。
母の作った料理を持って、芙蓉が伏黒のアパートを訪ねたある日曜日の夕方。
ドアを開け、芙蓉の顔を見るなり声を上げる津美紀。芙蓉は驚き、持ってきた保冷バッグを落としそうになりながら、津美紀に促されるまま部屋に入るーこの日も伏黒は不在だった。
2人はキッチンで芙蓉が持ってきた料理の入ったタッパーを冷蔵庫や冷凍庫へ片付けたり、空のタッパーをまとめたり。手を動かしながら津美紀が口を開く。
「恵ったら、また喧嘩したみたいでさぁ…」
伏黒が最近喧嘩騒ぎを起こしているのは芙蓉も聞いているし、この間は喧嘩をしたらしい現場にも遭遇してしまったーその件は津美紀に伏せてあるが。
とにかく津美紀は伏黒の喧嘩をどうにかやめさせようとかなり頭を悩ませているようだった。
「いろいろ言って聞かせたんだけど、どうにも伝わってないみたいで…、私の伝え方が悪いのかなぁ…」
「うーん…」
話とは難しいもので、伝え手の意図が聞き手に正しく伝わるとは限らない。聞き手の意思を排除して伝え手の言葉を聞いたとしても、結局のところ、他人の話は100パーセント正しく伝わらない。互いが理解してもらおう、理解しようと寄り添わない限り、それぞれを理解するのは難しいだろう。
今の伏黒が落ち着いているか荒れているか、どちらかと言えば荒れている状態に傾いているのは芙蓉もわかっていた。今の彼はとにかく言葉が足りない。心を閉ざしているわけではないようだが、とにかく言葉の意図を説明したり伝えようとしていない。彼が今どんな状況下にあるのかもわからない以上、彼の意思は見えてこない。
話している間に片付けを終え、津美紀はお茶でも飲もうとお茶を淹れ、2人でテーブルを挟んで向かい合う。腰を据えたところで、津美紀がまた口を開こうとすれば、玄関のドアを解錠する音が聞こえたー伏黒が帰ってきた。津美紀は少し残念そうな顔を見せた。
「おかえり」
「…来てたのか」
「高峰デリバリーでーす」
冗談ぽく芙蓉が言うも、さして面白くもなさそうな顔で伏黒は頷いた。と、伏黒は小さくため息をついた。
それきり伏黒は隣の部屋に引っ込んでしまった。
「…ごめんね芙蓉。恵、今反抗期でー」
「うるせぇな」
津美紀の声が聞こえていたようで、伏黒は苛ついたように言い返す。が、それも折り込み済みだったようで、津美紀はペロっと舌を出して笑っていた。
津美紀の方が上手なんだなと芙蓉は笑った。ふと視界に入った時計を見れば6時半を過ぎていた。そろそろ帰らないと、と窓の外は夜の帳が少しずつ降りてきていた。芙蓉が立ち上がると、隣の部屋から伏黒が出てきた。どうしたの、と津美紀が声をかける。
「…送ってくる」
津美紀は気の利いた伏黒を褒めてその背を後押ししたが、芙蓉は少しだけ嫌な予感がしていた。
「ご馳走様でした。津美紀ちゃん、またね」
「こちらこそ、本当にいつもありがとう。お母さんによろしく伝えてね」
ひと足先に出ていた伏黒に追いつき、2人並んでゆっくり歩き出す。
「…1人で出歩くな」
開口一番、伏黒の言葉。やっぱりー芙蓉は伏黒の棘のある言い方に些かムッとしながら口を開く。
「前も行ったけど、子供じゃないし。それに1人で出歩くなって無理でしょ。…意味わかんない」
突っぱねるように芙蓉が言えば、伏黒はそれきり押し黙ってしまった。
ちょっと冷たく言い過ぎたかも、と黙ったまま隣を歩く伏黒の様子をチラリと見るー彼は怒っているというより、何か考えているような表情だった。
「この前、公園で見た連中ー」
唐突な伏黒の言葉に、芙蓉は彼が何の事を言っているのか理解するのに時間がかかったーあの日の喧嘩を言っているのだという事に辿り着いて、返事をする。
「ああいう連中は何考えてるかわかんねぇ。もし芙蓉の顔を覚えてる奴がいたとしたら、お前に何かしらちょっかいかけるんじゃねぇかと思ってるんだよ」
「え、それって私が巻き込まれるって事?」
「可能性の話だ」
「…その可能性があるから1人で帰るなって事?」
「…」
否定をしないということは肯定しているのだろう。伏黒を見上げると、彼はふいと顔を逸らす。芙蓉は思わず吹き出して笑ってしまった。
「…なんだよ」
「ごめん、恵らしいなって思って」
伏黒に抱いた苛立ちはすっかり消えていた。
「…恵の事だから、理由なく喧嘩してるわけじゃないと思うけど、…津美紀ちゃん、本当に心配してるよ」
「…わかってる」
周りの気持ちは理解しているが、それ以上に彼を突き動かす何かがあるのだろう。今の伏黒はただ、不器用に自分を貫いている、それだけだった。
「…私は津美紀ちゃんの、恵を心配する気持ちもわかるし、恵の…、気持ちの強さっていうのかな。そういうのもわかってるつもり」
「…」
伏黒は芙蓉に何も言えなかった。家族である津美紀には、家族であるが故に自分を思い切りぶつけても受け止めてくれるだろうという、無意識下での甘えが出る。しかし芙蓉は違う。彼女とは小学生の頃から信頼を積み重ねて築き上げた関係だ。多少の事で崩れてしまうような脆いものではないとわかっているが。
「恵は何でも1人で抱えちゃうんだから。私で良ければ話聞くし、出来る事があれば手伝うし。何でも言ってよ、ちょっとは役に立てると思うからさ。
…私、恵と津美紀ちゃんが小さい頃からずっと2人でがんばってるのを見てて、2人の力になりたいって、ずっと思ってた。今もそう。
人の気持ちって見えないから、人を信じるのって怖いし、難しいってわかってるけど…、私、恵の事、100パー信じてるよ。だから、っていうのもおかしいけど…、少しずつでもいいから、私の事信じてもらえたら嬉しいなって」
「…いきなりそーいう事を言うんじゃねぇ」
どうして、と首を傾げる芙蓉。彼女の家に着くまで、伏黒は芙蓉の顔を見られなかった。