もしも、明日死ぬなら
恵の幼馴染のお名前は?
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「…休暇…ですか?」
何の前触れもなく、事務室で芙蓉から発せられた言葉に伊地知は目を瞬かせた。祓除の任務が比較的落ち着いてきている昨今、数日の休暇を充てる事に問題はない。
「はい。…自宅の、…片付けをしたくて」
「自宅…というと、埼玉の、?」
「…はい。…少し、気持ちの整理も出来てきた気がするので…、行ける時に行っておこうと思って」
「ですが…、お一人では、」
「恵が、立ち合ってくれると言っていて…」
伊地知は手探りで探していた書類を引き寄せると、芙蓉と伏黒の予定、他の術師の予定を確認する。
「そうですね…、直近となると明後日明々後日の2日間であれば高峰さんも伏黒くんも空ける事が可能ですね」
「では、その2日間をお願いします」
そう言って頭を下げる芙蓉に、伊地知はどんな声をかける事が出来るだろうかと考えた。
「…月並みな事しか言えませんが…、くれぐれも無理をしない様にしてください」
「はい。ありがとうございます」
未だ疲れが見える顔ではあるが、表情は明るく、瞳に宿る光も力強くなった芙蓉に伊地知は笑みを向けた。
「また何かあればいつでも声をかけてください」
伊地知の言葉に芙蓉は再び頭を下げ、事務室を出た。
そして明後日。
朝食を済ませた芙蓉と伏黒は補助監督の厚意で拠点の最寄駅まで送ってもらい、電車に乗って埼玉を目指していた。電車の本数は少なく乗客も疎ら、一連の騒動が引き起こした影響は未だ残っている事を実感しながら静かな車内、2人は黙ったまま流れる景色を眺めていた。
その後も特に何か雑談をするでも無く、2人は少々不慣れなルートを通って芙蓉の自宅へと辿り着いた。
家の鍵を手に、ドアの前に立つ芙蓉。
出迎えてくれるはずの母親はもう居らず、室内がどんな状況にあるかもわからない。
「…芙蓉」
伏黒の言葉に背を押され、芙蓉は頷くと鍵穴へと鍵を押し込んだ。開錠の音と手応えが響き、今にも震えてしまいそうな手に力を込めてドアを開けた。
「…ただいま」
習慣となっている言葉は静寂へと飲み込まれた。母親が留守の時に帰宅した経験は何度もあるはずなのに、これほどまでに生活の匂いが感じられないのは初めてで、芙蓉は現状を噛み締める様にして靴を脱いだ。
「お邪魔します」
芙蓉は伏黒を振り返った。伏黒は所在無げに何処か落ち着かない様子で室内を遠慮がちに見回していた。
「…そっか、恵、ウチ来るの初めてだっけ」
「…いつも芙蓉が来てくれてた」
「そう、だったね」
玄関からリビングへのドアを開ける。見慣れた場所、懐かしい匂い、安心感を覚えているのに、どうしても違和感は拭えなかった。
「…お母さん、だいぶ片付けてたみたいだね…」
リビングの収納を覗き、キッチン、母親が使っていた部屋を見て回ると、芙蓉がポツリと言った。
2人で生活していて、芙蓉が高専の寮に入ったのを機に身の回りを整頓しただろう事は容易に考えられた。
「芙蓉」
母の部屋を見ていた芙蓉に伏黒が声をかけた。手招きする彼に何事かと思いながら、芙蓉はリビングへと戻る。
「…これ、」
伏黒が示すところに書き置きのメモがあった。
飛びつく様に芙蓉はそのメモを手に取る。メモは2枚、半分に折られた上部分には“芙蓉へ”、“恵くんへ”と書かれていた。2人は頷き合い、それぞれ手に取った。
“これから外に出ます。これからどうなるか、今の状況がわからないから、念の為に書き残しておきます”
そんな書き出しから始まる文章。芙蓉は涙で視界がぼやけそうになるのを瞬きでやり過ごす。
“色々伝えたい事はあるけれど、時間がない。なのでいつも思っている事、あなたの無事を願っています。幸せになりなさいね。私はあなたが私の娘で幸せよ”
メモを持った手に力が入り、皺が寄る。ぽつぽつと零れ落ちた涙がメモを濡らしていく。声を押し殺して涙を流す芙蓉の背を伏黒が優しく撫でる。
「…良い、母さんだったよな。…俺の事も、津美紀の事も…自分の子供みたいに思ってた…って」
芙蓉が顔を上げると、伏黒は部屋の飾り棚に置かれていた写真立てを差し出した。幼い頃の自身と両親との3人の写真ー母親がよく眺めていた記憶が蘇り、芙蓉は写真立てを胸に、伏黒にしがみつくと声を上げて泣いた。
「…戻りました。伊地知さん、今日は本当にありがとうございました」
埼玉から戻った芙蓉と伏黒は伊地知が作業する事務室を訪れていた。良かったら召し上がってくださいと、芙蓉は地元の菓子を添える。
「あぁ、そんな…、わざわざありがとうございます」
予想外の差し入れに、伊地知は嬉しそうにはにかんだ。これ、美味しいですよねと言いながら芙蓉と伏黒の顔を見、落ち着いた2人の様子に安堵の表情を見せる。
「…行って良かった様ですね。正直なところ、少々心配してたんです」
伊地知の言葉に芙蓉は伏黒を見上げた。伏黒は伊地知に同意する様に頷いていた。
「やっぱり伊地知さんもそう思いますよね。…俺、最初は反対したんです。もう少し時間が経ってからの方が良いと思って、」
そこで伏黒は一旦言葉を切った。口を引き結び、言葉を探している様に見える。
「…俺に両親はいません。けど、芙蓉と出会って…、芙蓉の母さんから、身に余るくらいの愛情をもらっていて…、親からの愛情、って言うんですかね。その気持ちを、改めて今日受け取る事が出来たんです」
「…思わず2人で泣いちゃいました」
「ソレは言わなくて良いだろ」
2人のやり取りに、今度は伊地知が涙ぐんだ。
「「伊地知さん⁉︎」」
「っ…すみません…、今までの、皆さんの関係性を知っている事もあって…、」
「私も恵も、大丈夫です。これからも術師として…、精一杯生き抜きます。それが、私たちに出来る事」
「…いつまでも立ち止まってたら、それこそ皆に顔向け出来ませんからね」
五条が常々口にしていた、“強く聡い仲間”を前に、伊地知は流れ出しそうな涙を拭いながら何度も頷いた。
何の前触れもなく、事務室で芙蓉から発せられた言葉に伊地知は目を瞬かせた。祓除の任務が比較的落ち着いてきている昨今、数日の休暇を充てる事に問題はない。
「はい。…自宅の、…片付けをしたくて」
「自宅…というと、埼玉の、?」
「…はい。…少し、気持ちの整理も出来てきた気がするので…、行ける時に行っておこうと思って」
「ですが…、お一人では、」
「恵が、立ち合ってくれると言っていて…」
伊地知は手探りで探していた書類を引き寄せると、芙蓉と伏黒の予定、他の術師の予定を確認する。
「そうですね…、直近となると明後日明々後日の2日間であれば高峰さんも伏黒くんも空ける事が可能ですね」
「では、その2日間をお願いします」
そう言って頭を下げる芙蓉に、伊地知はどんな声をかける事が出来るだろうかと考えた。
「…月並みな事しか言えませんが…、くれぐれも無理をしない様にしてください」
「はい。ありがとうございます」
未だ疲れが見える顔ではあるが、表情は明るく、瞳に宿る光も力強くなった芙蓉に伊地知は笑みを向けた。
「また何かあればいつでも声をかけてください」
伊地知の言葉に芙蓉は再び頭を下げ、事務室を出た。
そして明後日。
朝食を済ませた芙蓉と伏黒は補助監督の厚意で拠点の最寄駅まで送ってもらい、電車に乗って埼玉を目指していた。電車の本数は少なく乗客も疎ら、一連の騒動が引き起こした影響は未だ残っている事を実感しながら静かな車内、2人は黙ったまま流れる景色を眺めていた。
その後も特に何か雑談をするでも無く、2人は少々不慣れなルートを通って芙蓉の自宅へと辿り着いた。
家の鍵を手に、ドアの前に立つ芙蓉。
出迎えてくれるはずの母親はもう居らず、室内がどんな状況にあるかもわからない。
「…芙蓉」
伏黒の言葉に背を押され、芙蓉は頷くと鍵穴へと鍵を押し込んだ。開錠の音と手応えが響き、今にも震えてしまいそうな手に力を込めてドアを開けた。
「…ただいま」
習慣となっている言葉は静寂へと飲み込まれた。母親が留守の時に帰宅した経験は何度もあるはずなのに、これほどまでに生活の匂いが感じられないのは初めてで、芙蓉は現状を噛み締める様にして靴を脱いだ。
「お邪魔します」
芙蓉は伏黒を振り返った。伏黒は所在無げに何処か落ち着かない様子で室内を遠慮がちに見回していた。
「…そっか、恵、ウチ来るの初めてだっけ」
「…いつも芙蓉が来てくれてた」
「そう、だったね」
玄関からリビングへのドアを開ける。見慣れた場所、懐かしい匂い、安心感を覚えているのに、どうしても違和感は拭えなかった。
「…お母さん、だいぶ片付けてたみたいだね…」
リビングの収納を覗き、キッチン、母親が使っていた部屋を見て回ると、芙蓉がポツリと言った。
2人で生活していて、芙蓉が高専の寮に入ったのを機に身の回りを整頓しただろう事は容易に考えられた。
「芙蓉」
母の部屋を見ていた芙蓉に伏黒が声をかけた。手招きする彼に何事かと思いながら、芙蓉はリビングへと戻る。
「…これ、」
伏黒が示すところに書き置きのメモがあった。
飛びつく様に芙蓉はそのメモを手に取る。メモは2枚、半分に折られた上部分には“芙蓉へ”、“恵くんへ”と書かれていた。2人は頷き合い、それぞれ手に取った。
“これから外に出ます。これからどうなるか、今の状況がわからないから、念の為に書き残しておきます”
そんな書き出しから始まる文章。芙蓉は涙で視界がぼやけそうになるのを瞬きでやり過ごす。
“色々伝えたい事はあるけれど、時間がない。なのでいつも思っている事、あなたの無事を願っています。幸せになりなさいね。私はあなたが私の娘で幸せよ”
メモを持った手に力が入り、皺が寄る。ぽつぽつと零れ落ちた涙がメモを濡らしていく。声を押し殺して涙を流す芙蓉の背を伏黒が優しく撫でる。
「…良い、母さんだったよな。…俺の事も、津美紀の事も…自分の子供みたいに思ってた…って」
芙蓉が顔を上げると、伏黒は部屋の飾り棚に置かれていた写真立てを差し出した。幼い頃の自身と両親との3人の写真ー母親がよく眺めていた記憶が蘇り、芙蓉は写真立てを胸に、伏黒にしがみつくと声を上げて泣いた。
「…戻りました。伊地知さん、今日は本当にありがとうございました」
埼玉から戻った芙蓉と伏黒は伊地知が作業する事務室を訪れていた。良かったら召し上がってくださいと、芙蓉は地元の菓子を添える。
「あぁ、そんな…、わざわざありがとうございます」
予想外の差し入れに、伊地知は嬉しそうにはにかんだ。これ、美味しいですよねと言いながら芙蓉と伏黒の顔を見、落ち着いた2人の様子に安堵の表情を見せる。
「…行って良かった様ですね。正直なところ、少々心配してたんです」
伊地知の言葉に芙蓉は伏黒を見上げた。伏黒は伊地知に同意する様に頷いていた。
「やっぱり伊地知さんもそう思いますよね。…俺、最初は反対したんです。もう少し時間が経ってからの方が良いと思って、」
そこで伏黒は一旦言葉を切った。口を引き結び、言葉を探している様に見える。
「…俺に両親はいません。けど、芙蓉と出会って…、芙蓉の母さんから、身に余るくらいの愛情をもらっていて…、親からの愛情、って言うんですかね。その気持ちを、改めて今日受け取る事が出来たんです」
「…思わず2人で泣いちゃいました」
「ソレは言わなくて良いだろ」
2人のやり取りに、今度は伊地知が涙ぐんだ。
「「伊地知さん⁉︎」」
「っ…すみません…、今までの、皆さんの関係性を知っている事もあって…、」
「私も恵も、大丈夫です。これからも術師として…、精一杯生き抜きます。それが、私たちに出来る事」
「…いつまでも立ち止まってたら、それこそ皆に顔向け出来ませんからね」
五条が常々口にしていた、“強く聡い仲間”を前に、伊地知は流れ出しそうな涙を拭いながら何度も頷いた。
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