もしも、明日死ぬなら
恵の幼馴染のお名前は?
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また随分と辺鄙な場所だな、と電車を降りた伏黒が呟いた。その言葉に同調しながら住所を確認した芙蓉は、確実に目的地へ近付いている事に安堵の息を吐いた。
今までずっと決心が付かずにいたが、つい先日、釘崎から自身の母親に会いに行って来た、という話を聞かされた。その際釘崎は“遺言を蔑ろにしたらバツが悪”く、“故人をたててやった”のだと言っておりーその言葉が芙蓉の背を強く押した。
「…ここか」
伏黒の言葉に芙蓉は辺りを見回した。
五条が遺した、芙蓉への手紙。手紙と言っても五条の想いや将来への指針が遺されているわけではなく、心当たりのない住所が書かれていただけであった。今その場に伏黒と共に立ち、見つけられたのは比較的新しい塚の様なものだけだった。2人は顔を見合わせて頷き合い、そちらに向けて歩き出す。
「いやぁ…、本当に来るなんてね」
突然の声に伏黒と芙蓉は驚きを覚えながらも振り返った。見知らぬ1人の男ー質素な袴に、顔の半分を隠す様に目深に頭巾を被っている。伏黒は半ば無意識に芙蓉を守る様に前に出た。
「…誰だ?」
「そう警戒しないでくれ。私はその塚の守人みたいな者だ。危害を加えるつもりもない」
「…目が、見えないのか、?」
伏黒は微かに覗く男の視線が合わない事に気が付いた。男の手元には杖の様なものが握られている。
「光や物の影がぼんやりと見えるくらいなんだ。君たちがどんな顔をしていてどんな表情をしているのかはわからない。…不快な思いをさせて申し訳ないね」
「あの、ここは…、この塚は、」
「ここに来る女の子の母親が眠る場所だと聞いたよ」
「!」
再び芙蓉と伏黒は顔を見合わせた。つまりこの男に塚の守を任せたのは五条なのだろうという事が推測できる。
「誰に言われたんですか?」
「生憎、僕がわかるのは彼の声だけなんだ。彼の名前も、顔もわからない」
「…そんな人の事、よく受け入れましたね」
「ハハ、彼は僕にとって命の恩人なんだよ」
カラカラと笑う男は近くの大きな石に腰を下ろした。
「…どうやら僕は、呪術師だったらしいんだ」
呪術師、という言葉が出た事に驚いた芙蓉と伏黒は視線を交わした。少なくとも、目の前の男から術師の様な呪力は感じられない。伏黒は男に視線を戻す。
「…今は違うって事ですか」
「わからないんだ。…記憶がない」
芙蓉が小さくえ、と声を上げた。
「恩人の話によると、僕は頭に酷いケガをしたらしい。そのせいで記憶も視力も失ったんじゃないかって」
男は芙蓉と伏黒を見る様に2人の方へ顔を向けた。
「…僕は自分の名前も、家族も、生い立ちも、何もかもわからない。挙句、目も見えなくなって…、以前の僕は、よっぽど酷い人間だったのかもしれないね」
自嘲気味に呟く男にかける言葉は見当たらず、芙蓉と伏黒は口を引き結んだまま彼の言葉に耳を傾けた。
「それでも、僕はこうして生きてる。…まだ何かやるべき事があるのか、それとも何か償いながら独りで生きていけという罰か」
「……」
「まだ君たちは若い、だろう?…全てを大切にしなさい。自分の事、身近な存在、今ある環境…、後悔してからでは遅いんだ、後悔のない様に生きなさい」
男の言葉で空気が張り詰めたーが、それは彼の笑い声ですぐに解れた。
「…僕の様にはなるな、って事だね。ハハ、何もわからない人間が、後悔のない様に生きろだなどと笑止千万」
強めの風が吹き抜けた。辺りの草木を揺らし、男の頭巾をふわりと吹き、僅かに顔を覗かせた。
「…!」
「…先程よりも風が冷たくなってきたね。そろそろ雨が降るだろう。君たちも早く戻った方が良い」
「…アンタ、」
「久しぶりの客人だったからね、つい話し過ぎてしまったよ。楽しい時間をありがとう」
伏黒の言葉を気にも留めず、男は一方的に話を打ち切ると、立ち上がって近くの庵へと姿を消した。
「…恵」
名を呼ばれてやっと、伏黒は芙蓉へと顔を向けた。
「…どうした?」
「…お母さんに、手を合わせるだけでもしたいの」
「勿論だ、行こう」
何処となく後ろ髪を引かれる様な感覚ながら、伏黒は芙蓉と連れ立って塚の前へ向かい、深く頭を下げて手を合わせた。生前の母を思い出す様に、塚を見つめる芙蓉の頬に雫が当たるー男が言っていた通り、雨が降り出してきた。名残惜しさを噛み締めながら2人は来た道を戻り始める。幸い、本降りとなる前に先程降りた駅に戻って来る事が出来た。2人は改札を抜け、雨音の響くホームのベンチに並んで腰を下ろした。
「…なんか…、不思議な気分だね」
結果的に芙蓉の母の墓参りをした、という事なのだが、思わぬ出会いに何とも言えぬ思いが残っている。
「…恵?」
反応がなく、芙蓉は隣に座る伏黒の顔を覗き込む。何かを考えているのか、伏黒は顎に手を当てたまま黙って宙を見つめている。
「恵、大丈夫?…考え事?」
「っあぁ…、悪い。大丈夫だ。…何かあったか?」
袖を引かれ、伏黒の意識は芙蓉に向かう。心配そうな顔を見せながらも、芙蓉は伏黒の目を見つめると笑顔を見せた。
「…、一緒に来てくれてありがとう」
「何だよ改まって」
むず痒さを覚え、伏黒は芙蓉の視線から逃れる様に空を見上げる。雨はまだ降り続いている。
「…さっきの、あの人の話じゃないけど…、後悔のない様に、いきたいなって思って」
「それは前から言ってただろ」
空を見上げたままの伏黒に芙蓉は頷いた。
「…今、こうしてお互い生きてるのって、奇跡みたいな感じじゃない?」
「……」
伏黒は自身の身体を支配した圧倒的な呪力と、それに劣らない強烈な呪力の衝突を思い返した。芙蓉の言葉通り、奇跡、という言葉以外に相応しい言葉は見当たらない気がして、伏黒は小さく頷いた。
「だから、今から出来る事…、感謝の気持ちを伝えたり、一緒に過ごせる時間を大事したり…、そんな事から大切に出来る様にしたいなって思って」
「…そうだな」
同調する伏黒に無邪気な笑顔を見せる芙蓉。そんな彼女に愛おしさを覚えながら、伏黒は口元を緩めた。正直なところ、芙蓉宛の、五条からの手紙について少々の不安はあった。予期せぬ出会いもありー伏黒は僅かに見えたあの男の顔に見覚えがある気がして、それが小さな蟠りとなったものの、結果的には来て良かった、芙蓉と共にその場所を訪れる事が出来て良かったと、止まない雨を眺めながら思っていた。
今までずっと決心が付かずにいたが、つい先日、釘崎から自身の母親に会いに行って来た、という話を聞かされた。その際釘崎は“遺言を蔑ろにしたらバツが悪”く、“故人をたててやった”のだと言っておりーその言葉が芙蓉の背を強く押した。
「…ここか」
伏黒の言葉に芙蓉は辺りを見回した。
五条が遺した、芙蓉への手紙。手紙と言っても五条の想いや将来への指針が遺されているわけではなく、心当たりのない住所が書かれていただけであった。今その場に伏黒と共に立ち、見つけられたのは比較的新しい塚の様なものだけだった。2人は顔を見合わせて頷き合い、そちらに向けて歩き出す。
「いやぁ…、本当に来るなんてね」
突然の声に伏黒と芙蓉は驚きを覚えながらも振り返った。見知らぬ1人の男ー質素な袴に、顔の半分を隠す様に目深に頭巾を被っている。伏黒は半ば無意識に芙蓉を守る様に前に出た。
「…誰だ?」
「そう警戒しないでくれ。私はその塚の守人みたいな者だ。危害を加えるつもりもない」
「…目が、見えないのか、?」
伏黒は微かに覗く男の視線が合わない事に気が付いた。男の手元には杖の様なものが握られている。
「光や物の影がぼんやりと見えるくらいなんだ。君たちがどんな顔をしていてどんな表情をしているのかはわからない。…不快な思いをさせて申し訳ないね」
「あの、ここは…、この塚は、」
「ここに来る女の子の母親が眠る場所だと聞いたよ」
「!」
再び芙蓉と伏黒は顔を見合わせた。つまりこの男に塚の守を任せたのは五条なのだろうという事が推測できる。
「誰に言われたんですか?」
「生憎、僕がわかるのは彼の声だけなんだ。彼の名前も、顔もわからない」
「…そんな人の事、よく受け入れましたね」
「ハハ、彼は僕にとって命の恩人なんだよ」
カラカラと笑う男は近くの大きな石に腰を下ろした。
「…どうやら僕は、呪術師だったらしいんだ」
呪術師、という言葉が出た事に驚いた芙蓉と伏黒は視線を交わした。少なくとも、目の前の男から術師の様な呪力は感じられない。伏黒は男に視線を戻す。
「…今は違うって事ですか」
「わからないんだ。…記憶がない」
芙蓉が小さくえ、と声を上げた。
「恩人の話によると、僕は頭に酷いケガをしたらしい。そのせいで記憶も視力も失ったんじゃないかって」
男は芙蓉と伏黒を見る様に2人の方へ顔を向けた。
「…僕は自分の名前も、家族も、生い立ちも、何もかもわからない。挙句、目も見えなくなって…、以前の僕は、よっぽど酷い人間だったのかもしれないね」
自嘲気味に呟く男にかける言葉は見当たらず、芙蓉と伏黒は口を引き結んだまま彼の言葉に耳を傾けた。
「それでも、僕はこうして生きてる。…まだ何かやるべき事があるのか、それとも何か償いながら独りで生きていけという罰か」
「……」
「まだ君たちは若い、だろう?…全てを大切にしなさい。自分の事、身近な存在、今ある環境…、後悔してからでは遅いんだ、後悔のない様に生きなさい」
男の言葉で空気が張り詰めたーが、それは彼の笑い声ですぐに解れた。
「…僕の様にはなるな、って事だね。ハハ、何もわからない人間が、後悔のない様に生きろだなどと笑止千万」
強めの風が吹き抜けた。辺りの草木を揺らし、男の頭巾をふわりと吹き、僅かに顔を覗かせた。
「…!」
「…先程よりも風が冷たくなってきたね。そろそろ雨が降るだろう。君たちも早く戻った方が良い」
「…アンタ、」
「久しぶりの客人だったからね、つい話し過ぎてしまったよ。楽しい時間をありがとう」
伏黒の言葉を気にも留めず、男は一方的に話を打ち切ると、立ち上がって近くの庵へと姿を消した。
「…恵」
名を呼ばれてやっと、伏黒は芙蓉へと顔を向けた。
「…どうした?」
「…お母さんに、手を合わせるだけでもしたいの」
「勿論だ、行こう」
何処となく後ろ髪を引かれる様な感覚ながら、伏黒は芙蓉と連れ立って塚の前へ向かい、深く頭を下げて手を合わせた。生前の母を思い出す様に、塚を見つめる芙蓉の頬に雫が当たるー男が言っていた通り、雨が降り出してきた。名残惜しさを噛み締めながら2人は来た道を戻り始める。幸い、本降りとなる前に先程降りた駅に戻って来る事が出来た。2人は改札を抜け、雨音の響くホームのベンチに並んで腰を下ろした。
「…なんか…、不思議な気分だね」
結果的に芙蓉の母の墓参りをした、という事なのだが、思わぬ出会いに何とも言えぬ思いが残っている。
「…恵?」
反応がなく、芙蓉は隣に座る伏黒の顔を覗き込む。何かを考えているのか、伏黒は顎に手を当てたまま黙って宙を見つめている。
「恵、大丈夫?…考え事?」
「っあぁ…、悪い。大丈夫だ。…何かあったか?」
袖を引かれ、伏黒の意識は芙蓉に向かう。心配そうな顔を見せながらも、芙蓉は伏黒の目を見つめると笑顔を見せた。
「…、一緒に来てくれてありがとう」
「何だよ改まって」
むず痒さを覚え、伏黒は芙蓉の視線から逃れる様に空を見上げる。雨はまだ降り続いている。
「…さっきの、あの人の話じゃないけど…、後悔のない様に、いきたいなって思って」
「それは前から言ってただろ」
空を見上げたままの伏黒に芙蓉は頷いた。
「…今、こうしてお互い生きてるのって、奇跡みたいな感じじゃない?」
「……」
伏黒は自身の身体を支配した圧倒的な呪力と、それに劣らない強烈な呪力の衝突を思い返した。芙蓉の言葉通り、奇跡、という言葉以外に相応しい言葉は見当たらない気がして、伏黒は小さく頷いた。
「だから、今から出来る事…、感謝の気持ちを伝えたり、一緒に過ごせる時間を大事したり…、そんな事から大切に出来る様にしたいなって思って」
「…そうだな」
同調する伏黒に無邪気な笑顔を見せる芙蓉。そんな彼女に愛おしさを覚えながら、伏黒は口元を緩めた。正直なところ、芙蓉宛の、五条からの手紙について少々の不安はあった。予期せぬ出会いもありー伏黒は僅かに見えたあの男の顔に見覚えがある気がして、それが小さな蟠りとなったものの、結果的には来て良かった、芙蓉と共にその場所を訪れる事が出来て良かったと、止まない雨を眺めながら思っていた。
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