それから
恵の幼馴染のお名前は?
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意識を取り戻したばかりであるにも関わらず、今までと同じ様に1日を過ごした。夕食を済ませ、誰もいない静かな部屋の中、伏黒はふっと息を吐いた。
何とも言えない不思議な感覚だった。夢を見ていた様な曖昧な意識、現実感が抜け落ちた様な感覚ながらも、自身を取り巻く状況は鮮明に脳と身体に刻まれている。
宿儺に肉体を奪われ檻に入れられたまま、自分が守りたかった世界が壊されていくのをただ見ているしか出来なかった。生きる意味を見失いかけていたところを、虎杖に救われた。全てを背負って生きる事を選んだ。
これからはー
控えめにドアを叩く音に、伏黒の意識は目の前の現実に引き戻された。自身を助け出してくれた面々の話をほぼ1日かけて聞き、呪術界全体に大きな変化が訪れようとしているのを確信出来た。が、その引き換えに師と姉を喪ったのは、すぐに消化できる痛みではなかった。
「休んでるところ、ごめんね」
「…芙蓉」
ドアを開けると、自身にとって大きな生きる支えとなった芙蓉が俯きがちに立っていた。自身を気遣っているが、彼女にとって何か言いにくい事があるのだろうと察した伏黒は芙蓉を招き入れ、ドアを閉めた。普段ならば、彼女はそのまま部屋の奥へ進むはずなのに、この時はその場から動こうとしなかった。
「どうした?」
「…気持ちの整理に時間が必要なのはわかってるんだけど…ごめん…、…津美紀ちゃんの事、なんだけど、」
どくん、と心臓が跳ねた感覚に息が詰まる。姉の名に呼吸を掴まれた思いだった。伏黒は静かに深呼吸をする。
「…今、硝子さんのところに、いるの」
「……」
「…京都の新田さんに術式をかけてもらったんだけど、それもいつまで持つかわからないから…、早めに来るといい、って…」
伏黒は何をどう言ったらいいかわからず、そのまま沈黙を守る事にした。俯きがちだった芙蓉がおずおずと伏黒を見上げる。
姉の最期ー正しくは、姉の外見をした何者かの最期ーは否応なく見せつけられた。自身と姉はそれぞれ身体を奪われて殺し合いをした。結果、姉が死んだ。自身が殺したーその意識がずっと蟠っている。
伏黒は戸惑った様子の芙蓉を抱き締めた。
自分の意思で彼女を抱き締め、彼女に触れた腕や身体には確りとその体温を感じ、芙蓉という存在が間違いなく目の前に存在している。その事実に伏黒は安堵した。
「めぐ、み、?」
「…明日」
「え?」
「…明日…、津美紀に、会いに行く」
「…うん」
「…来てくれるか」
問いかけの形を取った言葉に芙蓉は小さく笑った。何処か懐かしさを覚え、相変わらずな彼の言葉に伏黒が戻ってきたという事を噛み締める。
「…うん」
「…少し…、側にいてくれるか、?」
抱き合ったままで互いの顔は見えない。それでも互いの体温が互いの腕の中にある事が何よりも愛おしく安堵感を覚える。芙蓉は頷いた。
「いいよ、」
「…ありがとう」
伏黒は芙蓉を抱き締めていた腕を緩め、彼女の手を取り部屋の奥へと進む。2人並んで簡易ベッドに腰を下ろすと、ベッドがキシ、と鳴いた。
高専の寮と同じ、静かな伏黒の部屋。寮には戻れるのだろうかー高専の校舎は吹き飛んでしまったが、寮はそれほどダメージを受けていなかったとか、再建の見通しが不明瞭の為、当面京都校を拠点にするだとか、そんな話が飛び交っていた事を芙蓉は思い出していた。
「…何考えてんだよ」
「…、寮の、恵の部屋を思い出してた」
「何だよそれ」
「いろいろあったんだもん、…思い出す事は、いっぱい、あるよ…、…悟くんも、津美紀ちゃんも、お母さんも…、みんな、いろんなもの遺して、さ」
芙蓉の言葉に伏黒は耳を疑った。思わず彼女の肩に腕を回して抱き寄せた。
「…まさか」
芙蓉は自身を包む力強い腕に身を預けたまま目を閉じた。今まで張り詰めていたものが弛んだのだろう、意思とは無関係に涙が流れ始めた。それに気付いた伏黒は芙蓉の頬を優しく撫でる。
「…ごめんね」
「謝る事ねぇだろ」
「恵だって、辛いのに、」
「…俺には芙蓉がいる。…側に居てやれなくて、本当に悪かった」
「謝る事ないよ」
どちらからともなく、小さく笑いがこぼれた。消えてしまいたいくらいの悲しみがあっても、互いが居ればきっと大丈夫ー改めてそう思えた。
「…生き残れたんだもん、みんなの分も、ね」
伏黒に向き直り、芙蓉は涙を滲ませたままの顔で笑ってみせた。彼女の凛とした強さを垣間見、この数カ月の間に、どれだけの想いを抱えてきたのだろうと伏黒は身につまされる思いだった。
「…まずは…、好きな音楽を聴いて、好きな色の服を着て出掛けて、好きなものを食べに行くか」
「…!」
「…毎日、誕生日みたいに暮らして」
芙蓉の目から再び涙があふれ出した。伏黒は穏やかな笑みを浮かべている。
「もう明日も明後日も、これからも同じだろ。…こんな地獄の中でも、たまには笑える事もあるだろうしな」
伏黒の言葉に芙蓉は黙って何度も頷いた。もう感情はぐちゃぐちゃで、上手く言葉が出てこないー伏黒はそんな彼女を確りと抱き締める。
「約束、したろ」
「…覚えてた、の…?」
「当たり前だ、忘れるワケねぇだろ。…泣くなよ」
止め処無く流れる芙蓉の涙を伏黒は何度も拭った。
「…すげぇな、涙ってこんなに出るもんなんだな」
涙を拭っていた芙蓉の服の袖はしっとりと水分を湛えており、また伏黒が差し出したティッシュも小さな山となっていた。冗談めいた伏黒の言葉にも言い返す事なく、芙蓉は赤くなった目と鼻をティッシュで押さえている。
「…頭痛い」
「…だろうな」
伏黒は芙蓉の身体を抱き締めたまま、ベッドへ倒れ込むように横になった。向き合う姿勢となり、芙蓉は何が起きたかと目を白黒させている。
「…今日はこのままここで寝ちまえ」
「え、」
「…何もしねぇよ」
「…、でも、」
誰かに見られたら、という言葉を芙蓉は飲み込んだ。
「…うん…、そうする」
伏黒の腕の中、芙蓉はそっと目を閉じた。これほど穏やかな気持ちで眠りに就くのはいつ以来だろう。まだ話したい事があるのに、と思いながら、芙蓉は瞬く間に眠りへと引き込まれていった。
何とも言えない不思議な感覚だった。夢を見ていた様な曖昧な意識、現実感が抜け落ちた様な感覚ながらも、自身を取り巻く状況は鮮明に脳と身体に刻まれている。
宿儺に肉体を奪われ檻に入れられたまま、自分が守りたかった世界が壊されていくのをただ見ているしか出来なかった。生きる意味を見失いかけていたところを、虎杖に救われた。全てを背負って生きる事を選んだ。
これからはー
控えめにドアを叩く音に、伏黒の意識は目の前の現実に引き戻された。自身を助け出してくれた面々の話をほぼ1日かけて聞き、呪術界全体に大きな変化が訪れようとしているのを確信出来た。が、その引き換えに師と姉を喪ったのは、すぐに消化できる痛みではなかった。
「休んでるところ、ごめんね」
「…芙蓉」
ドアを開けると、自身にとって大きな生きる支えとなった芙蓉が俯きがちに立っていた。自身を気遣っているが、彼女にとって何か言いにくい事があるのだろうと察した伏黒は芙蓉を招き入れ、ドアを閉めた。普段ならば、彼女はそのまま部屋の奥へ進むはずなのに、この時はその場から動こうとしなかった。
「どうした?」
「…気持ちの整理に時間が必要なのはわかってるんだけど…ごめん…、…津美紀ちゃんの事、なんだけど、」
どくん、と心臓が跳ねた感覚に息が詰まる。姉の名に呼吸を掴まれた思いだった。伏黒は静かに深呼吸をする。
「…今、硝子さんのところに、いるの」
「……」
「…京都の新田さんに術式をかけてもらったんだけど、それもいつまで持つかわからないから…、早めに来るといい、って…」
伏黒は何をどう言ったらいいかわからず、そのまま沈黙を守る事にした。俯きがちだった芙蓉がおずおずと伏黒を見上げる。
姉の最期ー正しくは、姉の外見をした何者かの最期ーは否応なく見せつけられた。自身と姉はそれぞれ身体を奪われて殺し合いをした。結果、姉が死んだ。自身が殺したーその意識がずっと蟠っている。
伏黒は戸惑った様子の芙蓉を抱き締めた。
自分の意思で彼女を抱き締め、彼女に触れた腕や身体には確りとその体温を感じ、芙蓉という存在が間違いなく目の前に存在している。その事実に伏黒は安堵した。
「めぐ、み、?」
「…明日」
「え?」
「…明日…、津美紀に、会いに行く」
「…うん」
「…来てくれるか」
問いかけの形を取った言葉に芙蓉は小さく笑った。何処か懐かしさを覚え、相変わらずな彼の言葉に伏黒が戻ってきたという事を噛み締める。
「…うん」
「…少し…、側にいてくれるか、?」
抱き合ったままで互いの顔は見えない。それでも互いの体温が互いの腕の中にある事が何よりも愛おしく安堵感を覚える。芙蓉は頷いた。
「いいよ、」
「…ありがとう」
伏黒は芙蓉を抱き締めていた腕を緩め、彼女の手を取り部屋の奥へと進む。2人並んで簡易ベッドに腰を下ろすと、ベッドがキシ、と鳴いた。
高専の寮と同じ、静かな伏黒の部屋。寮には戻れるのだろうかー高専の校舎は吹き飛んでしまったが、寮はそれほどダメージを受けていなかったとか、再建の見通しが不明瞭の為、当面京都校を拠点にするだとか、そんな話が飛び交っていた事を芙蓉は思い出していた。
「…何考えてんだよ」
「…、寮の、恵の部屋を思い出してた」
「何だよそれ」
「いろいろあったんだもん、…思い出す事は、いっぱい、あるよ…、…悟くんも、津美紀ちゃんも、お母さんも…、みんな、いろんなもの遺して、さ」
芙蓉の言葉に伏黒は耳を疑った。思わず彼女の肩に腕を回して抱き寄せた。
「…まさか」
芙蓉は自身を包む力強い腕に身を預けたまま目を閉じた。今まで張り詰めていたものが弛んだのだろう、意思とは無関係に涙が流れ始めた。それに気付いた伏黒は芙蓉の頬を優しく撫でる。
「…ごめんね」
「謝る事ねぇだろ」
「恵だって、辛いのに、」
「…俺には芙蓉がいる。…側に居てやれなくて、本当に悪かった」
「謝る事ないよ」
どちらからともなく、小さく笑いがこぼれた。消えてしまいたいくらいの悲しみがあっても、互いが居ればきっと大丈夫ー改めてそう思えた。
「…生き残れたんだもん、みんなの分も、ね」
伏黒に向き直り、芙蓉は涙を滲ませたままの顔で笑ってみせた。彼女の凛とした強さを垣間見、この数カ月の間に、どれだけの想いを抱えてきたのだろうと伏黒は身につまされる思いだった。
「…まずは…、好きな音楽を聴いて、好きな色の服を着て出掛けて、好きなものを食べに行くか」
「…!」
「…毎日、誕生日みたいに暮らして」
芙蓉の目から再び涙があふれ出した。伏黒は穏やかな笑みを浮かべている。
「もう明日も明後日も、これからも同じだろ。…こんな地獄の中でも、たまには笑える事もあるだろうしな」
伏黒の言葉に芙蓉は黙って何度も頷いた。もう感情はぐちゃぐちゃで、上手く言葉が出てこないー伏黒はそんな彼女を確りと抱き締める。
「約束、したろ」
「…覚えてた、の…?」
「当たり前だ、忘れるワケねぇだろ。…泣くなよ」
止め処無く流れる芙蓉の涙を伏黒は何度も拭った。
「…すげぇな、涙ってこんなに出るもんなんだな」
涙を拭っていた芙蓉の服の袖はしっとりと水分を湛えており、また伏黒が差し出したティッシュも小さな山となっていた。冗談めいた伏黒の言葉にも言い返す事なく、芙蓉は赤くなった目と鼻をティッシュで押さえている。
「…頭痛い」
「…だろうな」
伏黒は芙蓉の身体を抱き締めたまま、ベッドへ倒れ込むように横になった。向き合う姿勢となり、芙蓉は何が起きたかと目を白黒させている。
「…今日はこのままここで寝ちまえ」
「え、」
「…何もしねぇよ」
「…、でも、」
誰かに見られたら、という言葉を芙蓉は飲み込んだ。
「…うん…、そうする」
伏黒の腕の中、芙蓉はそっと目を閉じた。これほど穏やかな気持ちで眠りに就くのはいつ以来だろう。まだ話したい事があるのに、と思いながら、芙蓉は瞬く間に眠りへと引き込まれていった。