奈落
恵の幼馴染のお名前は?
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「突然今の状況を聞かされて混乱するのはわかるわ。でもこれが現実、そしてもう時間はないの」
静かな室内に庵の声が響く。刻々と変わる状況に、先程まで釘崎の体調を気遣っていた芙蓉は医務室に呼び戻されてしまっていた。
「……」
「貴女の術式がどんなものかはわかってる、それを踏まえた上で釘崎さん、貴女にお願いしたいの」
ベッドの上、身体を起こした釘崎は自身の状態を確認していた。今日は12月24日、渋谷での出来事から2カ月弱眠っていた事になる。筋力の低下や気怠さの様なものは少なからず感じる。そして何より視野が狭まった事に戸惑いがある。それでも。
「いいわよ」
釘崎はひとつ大きく伸びをすると、身体の向きを変えてベッドから立ち上がった。
「やってやろーじゃん」
それだけ言うと、釘崎は庵と楽巌寺を部屋から追い出した。備え付けのロッカーを開ければ高専の制服一式と装備品が綺麗に整えられていた。それらを見つめ、ロッカーの前で釘崎は自身の記憶と庵の話を辿る。
渋谷での出来事とその後、今新宿で起きている出来事、同期が受肉体として乗っ取られた事、そして恩師の死ー釘崎は大きく息を吐き、着ていた病衣を言葉通り脱ぎ捨てると制服に袖を通した。
装備品を身に付け、使い慣れたトンカチを握る。
思っていたよりも身体に力があるー釘崎は息を吐く様に笑った。自身の体内に芙蓉の残穢というか呪力の欠片というかーどれ程の想いで反転術式を施してくれたのだろう。どれだけの願いを込めて呪力を送ってくれたのだろう。釘崎は芙蓉の立場を想像した。親友と呼べる釘崎が生死不明になり、半身とも言える伏黒が宿儺に奪われ、術師としての師である五条がこの世を去ってしまった。
絶望の奈落、奈落のどん底まで突き落とされていた事だろう。一縷の望みに賭けて、自身に呪力を送り続けていたのだろう。釘崎は不意に浮かんだ涙を拭った。
「芙蓉、力を貸してもらうわよ」
釘崎は顔を上げた。ひとつ深呼吸をしてドアを開ける。
「…で、何処?」
庵と楽巌寺からの視線をものともせず、釘崎は声をかけた。やや戸惑いを含んだ庵の表情。
「早くやりましょ。時間、ないんでしょ」
「そうじゃな。…歌姫」
「…、こっちよ」
庵を先頭に、楽巌寺、釘崎と続いて歩き出す。
「…それにしても…、“宿儺の指”、よく最後の1本を見つけたわね?」
「…五条が隠していた様での」
「…宿儺の器である虎杖くんが、宿儺の指を全て取り込んだら死刑、という事を五条が上層部と約束した事を考えると…」
「ふぅん…、ちょっと見直したわ」
それきり、誰も何も言わなかった。辺りには3つの靴音だけが響いている。
「…ここよ」
医務室に呼び戻されていた芙蓉は渋谷で感じた不気味な痛みに襲われていた。憂憂と綺羅羅によって運ばれてきた日下部の手当てが終わった時だった。
ふっとひと息つくなり、腹部に針で刺される様な痛みを感じて動きを止めた。険しい表情の芙蓉に気付いた甘井がおずおずと口を開いた。
「…ちょっと…、だいじょぶ…?」
「……」
「家入さん、彼女、ヤバイんじゃないスか?」
甘井の言葉に、少し手の空いた家入が芙蓉を覗き込む。
「まさか、渋谷と同じか…?」
腹部を押さえたまま頷く。この痛みの後は、と考えている間にも痛みが強くなり、思わず芙蓉は蹲った。恐らく、宿儺が術式を発動させようとしているのだろう。渋谷と同じ状態とはいえ、あの時の宿儺と今の宿儺は次元が違うー激しい痛みに芙蓉は呻き、四つ這いになる様に床に手をついた。
「高峰!」
芙蓉は歯を食いしばった。これは宿儺の呪力に反応しているだけで、自分にはダメージはないはずだと芙蓉は自身に言い聞かせ、呼吸を整える事に意識を向ける。と、襟元からするりとネックレスが滑り出てきた。
「……」
サイズの違うトップが2つ、ぶつかり合って小さな音を立てた。芙蓉の頭に伏黒の顔が浮かび、伏黒と自身を気遣ってくれた面々の言葉が思い出される。
ー芙蓉は前線に出ない方が良いねっていうか出ちゃダメ。恵にとっての最後の砦だから。津美紀ちゃんが亡くなった今、恵の支えは芙蓉しかいないと思うよ。
ーある意味芙蓉は恵の生命線ってワケだな。
ー高峰の気持ちはわかるけど、もし高峰になんかあったら俺、伏黒に顔向け出来なくなっちまうからさ。絶対、連れて戻ってくるから待っといてよ。
ー死ぬつもりはない。けど、死ぬ気で挑まなきゃ死ぬかもしれない。約束も覚えてるし、破るつもりもない。
芙蓉は大きく息を吐いた。
「家入さん!どういうワケか、全員がいっぺんに戻って来てます!応援願います!」
焦りと戸惑いの色を含んだ新田の声が聞こえる。隣に寄り添っている家入は驚きの声を漏らし、甘井は狼狽えている。芙蓉はもう一度息を吐いた。
「…硝子さん、行って、ください」
芙蓉の言葉に家入は逡巡した様子を見せるも、すぐに立ち上がった。
「落ち着いたら、頼むぞ」
痛みは治まりつつあった。芙蓉は自身の腹部に広がった痣の様な宿儺の残穢が、以前よりまた大きくなったかもしれないと息を吐いた。
「…絶対、負けない」
未だじくじくと腹部に痛みはあったが、芙蓉は確りと立ち上がった。痛みがあるだけ、大丈夫ー芙蓉は慌ただしく動いている家入の下へと向かった。
静かな室内に庵の声が響く。刻々と変わる状況に、先程まで釘崎の体調を気遣っていた芙蓉は医務室に呼び戻されてしまっていた。
「……」
「貴女の術式がどんなものかはわかってる、それを踏まえた上で釘崎さん、貴女にお願いしたいの」
ベッドの上、身体を起こした釘崎は自身の状態を確認していた。今日は12月24日、渋谷での出来事から2カ月弱眠っていた事になる。筋力の低下や気怠さの様なものは少なからず感じる。そして何より視野が狭まった事に戸惑いがある。それでも。
「いいわよ」
釘崎はひとつ大きく伸びをすると、身体の向きを変えてベッドから立ち上がった。
「やってやろーじゃん」
それだけ言うと、釘崎は庵と楽巌寺を部屋から追い出した。備え付けのロッカーを開ければ高専の制服一式と装備品が綺麗に整えられていた。それらを見つめ、ロッカーの前で釘崎は自身の記憶と庵の話を辿る。
渋谷での出来事とその後、今新宿で起きている出来事、同期が受肉体として乗っ取られた事、そして恩師の死ー釘崎は大きく息を吐き、着ていた病衣を言葉通り脱ぎ捨てると制服に袖を通した。
装備品を身に付け、使い慣れたトンカチを握る。
思っていたよりも身体に力があるー釘崎は息を吐く様に笑った。自身の体内に芙蓉の残穢というか呪力の欠片というかーどれ程の想いで反転術式を施してくれたのだろう。どれだけの願いを込めて呪力を送ってくれたのだろう。釘崎は芙蓉の立場を想像した。親友と呼べる釘崎が生死不明になり、半身とも言える伏黒が宿儺に奪われ、術師としての師である五条がこの世を去ってしまった。
絶望の奈落、奈落のどん底まで突き落とされていた事だろう。一縷の望みに賭けて、自身に呪力を送り続けていたのだろう。釘崎は不意に浮かんだ涙を拭った。
「芙蓉、力を貸してもらうわよ」
釘崎は顔を上げた。ひとつ深呼吸をしてドアを開ける。
「…で、何処?」
庵と楽巌寺からの視線をものともせず、釘崎は声をかけた。やや戸惑いを含んだ庵の表情。
「早くやりましょ。時間、ないんでしょ」
「そうじゃな。…歌姫」
「…、こっちよ」
庵を先頭に、楽巌寺、釘崎と続いて歩き出す。
「…それにしても…、“宿儺の指”、よく最後の1本を見つけたわね?」
「…五条が隠していた様での」
「…宿儺の器である虎杖くんが、宿儺の指を全て取り込んだら死刑、という事を五条が上層部と約束した事を考えると…」
「ふぅん…、ちょっと見直したわ」
それきり、誰も何も言わなかった。辺りには3つの靴音だけが響いている。
「…ここよ」
医務室に呼び戻されていた芙蓉は渋谷で感じた不気味な痛みに襲われていた。憂憂と綺羅羅によって運ばれてきた日下部の手当てが終わった時だった。
ふっとひと息つくなり、腹部に針で刺される様な痛みを感じて動きを止めた。険しい表情の芙蓉に気付いた甘井がおずおずと口を開いた。
「…ちょっと…、だいじょぶ…?」
「……」
「家入さん、彼女、ヤバイんじゃないスか?」
甘井の言葉に、少し手の空いた家入が芙蓉を覗き込む。
「まさか、渋谷と同じか…?」
腹部を押さえたまま頷く。この痛みの後は、と考えている間にも痛みが強くなり、思わず芙蓉は蹲った。恐らく、宿儺が術式を発動させようとしているのだろう。渋谷と同じ状態とはいえ、あの時の宿儺と今の宿儺は次元が違うー激しい痛みに芙蓉は呻き、四つ這いになる様に床に手をついた。
「高峰!」
芙蓉は歯を食いしばった。これは宿儺の呪力に反応しているだけで、自分にはダメージはないはずだと芙蓉は自身に言い聞かせ、呼吸を整える事に意識を向ける。と、襟元からするりとネックレスが滑り出てきた。
「……」
サイズの違うトップが2つ、ぶつかり合って小さな音を立てた。芙蓉の頭に伏黒の顔が浮かび、伏黒と自身を気遣ってくれた面々の言葉が思い出される。
ー芙蓉は前線に出ない方が良いねっていうか出ちゃダメ。恵にとっての最後の砦だから。津美紀ちゃんが亡くなった今、恵の支えは芙蓉しかいないと思うよ。
ーある意味芙蓉は恵の生命線ってワケだな。
ー高峰の気持ちはわかるけど、もし高峰になんかあったら俺、伏黒に顔向け出来なくなっちまうからさ。絶対、連れて戻ってくるから待っといてよ。
ー死ぬつもりはない。けど、死ぬ気で挑まなきゃ死ぬかもしれない。約束も覚えてるし、破るつもりもない。
芙蓉は大きく息を吐いた。
「家入さん!どういうワケか、全員がいっぺんに戻って来てます!応援願います!」
焦りと戸惑いの色を含んだ新田の声が聞こえる。隣に寄り添っている家入は驚きの声を漏らし、甘井は狼狽えている。芙蓉はもう一度息を吐いた。
「…硝子さん、行って、ください」
芙蓉の言葉に家入は逡巡した様子を見せるも、すぐに立ち上がった。
「落ち着いたら、頼むぞ」
痛みは治まりつつあった。芙蓉は自身の腹部に広がった痣の様な宿儺の残穢が、以前よりまた大きくなったかもしれないと息を吐いた。
「…絶対、負けない」
未だじくじくと腹部に痛みはあったが、芙蓉は確りと立ち上がった。痛みがあるだけ、大丈夫ー芙蓉は慌ただしく動いている家入の下へと向かった。