奈落
恵の幼馴染のお名前は?
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これで何度目になるのか、芙蓉は洗浄用のシンクへと駆けた。こみ上げてくる嘔気を飲み込む事も出来ずにそのまま吐き出し咳き込んだ。
「…なぁ、…少し、休んだら…?」
酷く心配そうに困惑した顔の甘井が芙蓉に水のペットボトルを差し出していた。冷や汗と涙に塗れた顔を伏せながら芙蓉はボトルを受け取り、掠れた声で礼を言った。
処置台では新田が術式を施し、家入が処置を行っているー岩手から戻って来た乙骨が横たわっていた。
日車の処置が終わってひと息ついたのも束の間、乙骨の式神・リカが大粒の涙を流しながら彼を抱えて飛び込んできた。意識はあるものの乙骨の傷は酷く、その光景と血の臭いに芙蓉が最初に音を上げたのだった。
ケガの進行を止める術式を持つ新田も、乙骨のケガを前に不安の色を滲ませていた。
「家入さん、やります」
領域を展開し、宿儺の斬撃を受けて尚意識を保っていられるのはリカのおかげだという乙骨はとても静かな声で言った。その声はよく通った。
「やるしかないです」
芙蓉はモニターを見た。画面の向こうでは真希が宿儺と戦っている。いくら連戦の疲労があると言っても相手は宿儺、後詰めとなる存在は多いに越したことはない。乙骨は五条の肉体を借りてその役目を担おうとしている。
「五条の身体の縫合は済んでる」
家入の声が静かに応える。芙蓉はその場を離れ、日車の様子を見に行くことにした。乙骨が五条に乗り移るところなんて、とても見ていられるはずもない。
日車は落ち着いた顔で眠っていた。
彼が戦いの最中に習得した反転で治した左腕には幾重も包帯が巻かれている。家入の指示で芙蓉が反転を施したのだがー本当に治っているのだろうか。芙蓉はもう一度彼の腕に術式を施すと部屋を出た。
家入たちがいる部屋には戻らず、別室のドアを開ける。変わらず部屋に響く電子音に息を吐いた。清潔な部屋の中、芙蓉は自分が纏っている血の臭いが気になって顔を顰めた。黒い制服のせいで気が付かないだけで、恐らくあちこちに血が付いているのだろう。
「……」
ベッドに近づけば、前と変わらない状態の釘崎が眠っていた。芙蓉は少しだけ、自身の気持ちが落ち着いた様に感じられた。
「…ごめん野薔薇…、ハンドクリーム持ってくるって言ったのに…、私、いつも忘れてばっかりだね」
芙蓉は釘崎の手に手を添えた。以前よりも乾燥してしまった彼女の手の甲を撫でる。
「…?」
何処となく違和感を覚えた芙蓉は釘崎の顔を覗き込んだ。特に変化はない様だがー違和感は拭えない。
「…え、」
釘崎の指先が僅かに動いたのを芙蓉は見逃さなかった。芙蓉は想像もしなかった驚きと喜びに心臓を掴まれた様な感覚を覚えた。呼吸を落ち着けようと深呼吸をする。
「野薔薇、」
「……」
返事はない。だが芙蓉は彼女の手を握り、努めて落ち着いた声で、もう一度呼びかける。
「……」
やはり返事はない。が、芙蓉の手のひらに釘崎の指先が触れたのを感じた。驚きと喜びが自身の中に満たされ、嬉し涙となって押し出されてくる。
「待ってて野薔薇、硝子さん呼ぶから!」
芙蓉は滲む視界のまま、部屋のドア近くに備え付けてある電話の受話器を取った。家入のいる部屋の内線番号を押す。無意識に流れていた涙はとても暖かく感じた。
「…えっと、こちら医務室、」
家入は手が離せないのだろう、電話口は甘井だった。
「高峰です、硝子さんに、野薔薇が、釘崎が目を覚ますかもしれないって、」
だいぶ興奮しているな、言葉足らずだったなと芙蓉は沈黙している受話器を握り締めたまま他人事の様に思った。何事かくぐもった話し声が聞こえる。
「…なんか、京都の学長と歌姫先輩?2人をそっち行く様に伝えとくとか…」
五条と共に行動していた2人の顔が脳裏に浮かぶ。五条の初手のサポートをしてから、伊地知も含め彼らは何処に居たのだろうか。
「…もしもし?聞いてる?」
「っ、すみませんありがとうございます」
「あ、あと、しっかり目が覚めたら点滴とか全部取ってやってくれって、家入さんが。身体は治ってるから、意識が戻れば問題ないと思うからって」
「……」
点滴を外すのも立派な医療行為、自分にはそんな資格はないのだが、と内心家入にツッコミを入れるも仕方がない。もし何処か傷をつけてしまった場合、反転を施せば大丈夫だろうとやや無理矢理に結論付け、芙蓉は甘井に礼を述べて受話器を置いた。
ベッドに戻ると芙蓉は釘崎の様子を見、彼女の手を握った。少しずつ、自身の呪力を送る。
「!」
釘崎の手が、芙蓉の手を握り返した。
「野薔薇、…野薔薇」
溢れてくる涙を必死で堪えながら、釘崎の名を呼ぶ。
「…ちゃんとスキンケア、してる?サボって、ない?」
「…それ、今、言う?」
戸惑いやら喜びやら、芙蓉は様々な感情に翻弄され、それ以上は上手く言葉に出来なかった。
「芙蓉、何か飲み物、もらえるかしら?」
芙蓉は黙って頷き、保冷庫に入っていたミネラルウォーターのボトルを取り出すと封を切って釘崎に手渡した。
釘崎が落ち着いたのを見計らい、芙蓉は家入の指示に従って彼女の腕につけられていた機器のケーブルを外し始める。点滴のチューブも無事に外す事が出来た。
「…今、どんな状況?」
当然とも言える釘崎の質問にどう答えたら良いだろうと芙蓉が言葉を探していると、ドアを叩く音が聞こえた。
「庵先生、楽巌寺学長…、伊地知さん」
芙蓉がドアを開けて入室を促す。庵と楽巌寺が部屋に入るのを見届けると伊地知は頭を下げてドアを閉めた。
「具合は良さそうね」
庵の声を合図とした様に、釘崎に視線が集まる。
「…まずは状況の説明をしましょう」
目覚めたばかりの釘崎を気遣う芙蓉。釘崎は大丈夫だと言う様に頷いて見せた。
「…なぁ、…少し、休んだら…?」
酷く心配そうに困惑した顔の甘井が芙蓉に水のペットボトルを差し出していた。冷や汗と涙に塗れた顔を伏せながら芙蓉はボトルを受け取り、掠れた声で礼を言った。
処置台では新田が術式を施し、家入が処置を行っているー岩手から戻って来た乙骨が横たわっていた。
日車の処置が終わってひと息ついたのも束の間、乙骨の式神・リカが大粒の涙を流しながら彼を抱えて飛び込んできた。意識はあるものの乙骨の傷は酷く、その光景と血の臭いに芙蓉が最初に音を上げたのだった。
ケガの進行を止める術式を持つ新田も、乙骨のケガを前に不安の色を滲ませていた。
「家入さん、やります」
領域を展開し、宿儺の斬撃を受けて尚意識を保っていられるのはリカのおかげだという乙骨はとても静かな声で言った。その声はよく通った。
「やるしかないです」
芙蓉はモニターを見た。画面の向こうでは真希が宿儺と戦っている。いくら連戦の疲労があると言っても相手は宿儺、後詰めとなる存在は多いに越したことはない。乙骨は五条の肉体を借りてその役目を担おうとしている。
「五条の身体の縫合は済んでる」
家入の声が静かに応える。芙蓉はその場を離れ、日車の様子を見に行くことにした。乙骨が五条に乗り移るところなんて、とても見ていられるはずもない。
日車は落ち着いた顔で眠っていた。
彼が戦いの最中に習得した反転で治した左腕には幾重も包帯が巻かれている。家入の指示で芙蓉が反転を施したのだがー本当に治っているのだろうか。芙蓉はもう一度彼の腕に術式を施すと部屋を出た。
家入たちがいる部屋には戻らず、別室のドアを開ける。変わらず部屋に響く電子音に息を吐いた。清潔な部屋の中、芙蓉は自分が纏っている血の臭いが気になって顔を顰めた。黒い制服のせいで気が付かないだけで、恐らくあちこちに血が付いているのだろう。
「……」
ベッドに近づけば、前と変わらない状態の釘崎が眠っていた。芙蓉は少しだけ、自身の気持ちが落ち着いた様に感じられた。
「…ごめん野薔薇…、ハンドクリーム持ってくるって言ったのに…、私、いつも忘れてばっかりだね」
芙蓉は釘崎の手に手を添えた。以前よりも乾燥してしまった彼女の手の甲を撫でる。
「…?」
何処となく違和感を覚えた芙蓉は釘崎の顔を覗き込んだ。特に変化はない様だがー違和感は拭えない。
「…え、」
釘崎の指先が僅かに動いたのを芙蓉は見逃さなかった。芙蓉は想像もしなかった驚きと喜びに心臓を掴まれた様な感覚を覚えた。呼吸を落ち着けようと深呼吸をする。
「野薔薇、」
「……」
返事はない。だが芙蓉は彼女の手を握り、努めて落ち着いた声で、もう一度呼びかける。
「……」
やはり返事はない。が、芙蓉の手のひらに釘崎の指先が触れたのを感じた。驚きと喜びが自身の中に満たされ、嬉し涙となって押し出されてくる。
「待ってて野薔薇、硝子さん呼ぶから!」
芙蓉は滲む視界のまま、部屋のドア近くに備え付けてある電話の受話器を取った。家入のいる部屋の内線番号を押す。無意識に流れていた涙はとても暖かく感じた。
「…えっと、こちら医務室、」
家入は手が離せないのだろう、電話口は甘井だった。
「高峰です、硝子さんに、野薔薇が、釘崎が目を覚ますかもしれないって、」
だいぶ興奮しているな、言葉足らずだったなと芙蓉は沈黙している受話器を握り締めたまま他人事の様に思った。何事かくぐもった話し声が聞こえる。
「…なんか、京都の学長と歌姫先輩?2人をそっち行く様に伝えとくとか…」
五条と共に行動していた2人の顔が脳裏に浮かぶ。五条の初手のサポートをしてから、伊地知も含め彼らは何処に居たのだろうか。
「…もしもし?聞いてる?」
「っ、すみませんありがとうございます」
「あ、あと、しっかり目が覚めたら点滴とか全部取ってやってくれって、家入さんが。身体は治ってるから、意識が戻れば問題ないと思うからって」
「……」
点滴を外すのも立派な医療行為、自分にはそんな資格はないのだが、と内心家入にツッコミを入れるも仕方がない。もし何処か傷をつけてしまった場合、反転を施せば大丈夫だろうとやや無理矢理に結論付け、芙蓉は甘井に礼を述べて受話器を置いた。
ベッドに戻ると芙蓉は釘崎の様子を見、彼女の手を握った。少しずつ、自身の呪力を送る。
「!」
釘崎の手が、芙蓉の手を握り返した。
「野薔薇、…野薔薇」
溢れてくる涙を必死で堪えながら、釘崎の名を呼ぶ。
「…ちゃんとスキンケア、してる?サボって、ない?」
「…それ、今、言う?」
戸惑いやら喜びやら、芙蓉は様々な感情に翻弄され、それ以上は上手く言葉に出来なかった。
「芙蓉、何か飲み物、もらえるかしら?」
芙蓉は黙って頷き、保冷庫に入っていたミネラルウォーターのボトルを取り出すと封を切って釘崎に手渡した。
釘崎が落ち着いたのを見計らい、芙蓉は家入の指示に従って彼女の腕につけられていた機器のケーブルを外し始める。点滴のチューブも無事に外す事が出来た。
「…今、どんな状況?」
当然とも言える釘崎の質問にどう答えたら良いだろうと芙蓉が言葉を探していると、ドアを叩く音が聞こえた。
「庵先生、楽巌寺学長…、伊地知さん」
芙蓉がドアを開けて入室を促す。庵と楽巌寺が部屋に入るのを見届けると伊地知は頭を下げてドアを閉めた。
「具合は良さそうね」
庵の声を合図とした様に、釘崎に視線が集まる。
「…まずは状況の説明をしましょう」
目覚めたばかりの釘崎を気遣う芙蓉。釘崎は大丈夫だと言う様に頷いて見せた。