夏の終わり
恵の幼馴染のお名前は?
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目を覚ました時、自分が何処にいるのか、どうやってこの場に辿り着いたのか、今現在どんな状況なのかー様々な事がぐるぐる回り、酷く痛む頭に伏黒は呻いた。
「気が付いたか」
部屋は薄暗く、朝方なのか夕方なのかわからない。聞き覚えのあるその声は校医の家入のものであるとわかり、ひとまず安全な場所にいるのだろうと認識出来た。声を出そうとしても、カラカラに渇いた喉からは上手く言葉が出ない。家入が水の入ったボトルをベッドサイドのテーブルに置くのが伏黒の目に入った。
「まだ寝ていろ。傷は塞がってるが無理するな。…動ける奴も殆どいないんだ、体力は温存しておけ」
起き上がろうとしたのを止められながらも、伏黒は身体を起こして水を口にした。水が染み渡り、喉が潤うのを感じながら身体の力を抜いてベッドに身を預ける。
「…どういう状況なんですか」
「何が起きたかという状況については詳細を調査中…、私が言えるのはケガ人の事だけだ」
そこまで言って、珍しく家入が口を噤んだ。
「家入さん」
カチ、という音、そして小さな光が視界の端に入り込む。程なくして独特の香りが伏黒の鼻についた。
「…狗巻は左腕を切断する重傷、それに伴い出血量が酷く、当面は絶対安静。真希は上半身を中心に酷い火傷を負ったが、元々身体が頑丈、反転で処置もした。目も覚ましているから大丈夫だろう」
そこでドアを控えめに叩く音が聞こえた。家入が応答するとドアの開く音、足音が響く。誰かが入って来た。
「恵…、気がついたんだね」
良かった、と安堵の声を上げて姿を見せたのは芙蓉だった。額には包帯が巻かれていて、微かに笑みを見せるも顔は青白く、酷く憔悴しているように見えた。
「…高峰、いい加減そろそろお前も休め。気持ちはわからんでもないが、まずは自分の事を優先しろ」
「…何かあったら、呼んでくださいね」
芙蓉は隣の部屋で待機しています、と家入の言葉に対し酷く曖昧にか細く言い置いて行ってしまった。
「家入さん…芙蓉は、」
「身体の方は比較的軽症だが…、メンタルがかなりやられてる。…左腕の捥げかけた狗巻の応急処置をして私のいた渋谷料金所まで担いで来てな。そこで意識の無い猪野、それとお前の姿を見て…そこに生死不明の釘崎が担ぎ込まれたのを見て卒倒したよ。目を覚ましてからも情緒がかなり不安定、食事や睡眠も十分にとっていない。休むように言ってもずっと動きっぱなしでいるよ」
家入は深く煙草の煙を吸い込み、ため息と一緒に煙を吐き出す。彼女の言葉に頷くと同時に、伏黒は家入の目の下のクマが一層濃くなっている事に気が付いた。
「そうですか…、釘崎が生死不明って、」
「私のところに運ばれてきた時は新田の術式で傷の進行を止められていたが、意識も無く心肺停止状態でな。医学的に言えば死亡判定が出される状態だが…、生きてるとも死んでるとも、どっちとも言えん状態なんだ」
「…。…虎杖は」
「行方不明だ。…少なくとも、死体が回収されていないから生きてはいるだろうが」
家入は苛立ったように煙草を灰皿に押し付けた。赤い火は押し潰され、細く立ち上った紫煙が宙に溶けていく。
「五条は封印されて…、七海が、…死んだよ。…その事も、高峰にのしかかってる。高峰にとっての不幸中の幸いは、お前が五体満足で目を覚ました事だな」
伏黒はゆっくりと身体を起こした。頭痛は治まっていて、身体の具合も悪くはない。靴を履こうと動いても、家入は何も言わなかった。
何か動きがあれば声がかかるだろう、それまで好きにしろという家入の言葉を背に、伏黒は部屋を出た。
廊下の窓から外を見れば、残照を侵食する様に夜の帳がじわじわと辺りを覆い始めていた。伏黒がスマホで時刻を確認すれば、渋谷へ派遣されてから丸1日が経とうとしていた。世界が大きく変わってしまった事に息を吐くと、隣の部屋のドアをそっと叩く。
中から返事が聞こえ、伏黒はドアを開ける。急拵えで準備された休憩室のような部屋で、灯りも点けないまま芙蓉はソファベッドの上で小さく蹲っていた。
「…動いても、大丈夫なの」
伏黒は芙蓉の隣に腰を下ろした。ベッドはひんやりしているー芙蓉は横にならずにずっと膝を抱え蹲っていたのだろう事が窺えた。
「…問題ない。…芙蓉こそ休まないと身体が持たないぞ。横になるだけでも少しは楽になるはずだ」
うん、と返事をするも、芙蓉は動く気配がない。
「…恵が無事で、…本当に、良かった…」
耳が痛むくらいの静寂の中、消え入りそうな声が伏黒の耳を打った。伏黒はどう答えていいか、脚の間で組んだ手をじっと見つめていた。
「…もう、…どうしていいかわかんなくて…、泣いてたって、何にもならないのは、わかってる…、けど…、何にも、考えられなくて、」
「考えなくていい。…今は、とにかく休む事が大事だ」
そこまで言って、伏黒は芙蓉を振り返る。芙蓉の目からは涙が止め処無く流れ、頰には涙の筋がいくつも出来ていた。伏黒は声を殺して泣く彼女の背をそっと撫でる。
「っ…めぐ、み…」
芙蓉は堰を切ったように泣きじゃくった。伏黒にしがみ付いて子供の様に泣く彼女に、伏黒は小学生の頃を思い出したー呪霊に怯えて泣く芙蓉。
無理もないー伏黒は芙蓉の背を摩りながら思った。子供の頃から呪霊が見えていても、術式が発現したのは1年近く前で、術師になる為に高専にやって来て半年も経っていない。そんな芙蓉にとって、多くの身近な存在が傷付き、命を落とすなどという経験は想像もしなかったであろうし、それが現実となった現実を受け入れる事などそうそう出来るものではない。
もしかしたら芙蓉は暫く戦えないかもしれないと、伏黒の頭にそんな事が浮かびー考えるのはやめようと頭を振った。それは自分の問題ではなく、芙蓉の問題だ。
もし芙蓉が術師として戦えなくなったとしても、伏黒との関係は何も変わらない。彼女が高専に入る前の状態に戻るようなものー伏黒は再び頭を振った。身体の具合は悪くないが、どうも余計な事を考えてしまう。伏黒は芙蓉にベッドに横になるように言い、やや強制的に寝かせた。不安げに彷徨う視線を受け止め、何処にも行かない、隣にいると伝えれば、芙蓉は漸く目を閉じた。
これから何が起こるのか、まったく予測のつかない中、伏黒はこの僅かな、芙蓉の側にいられる貴重な時間を噛み締めるように、彼女の手をそっと握っていた。
「気が付いたか」
部屋は薄暗く、朝方なのか夕方なのかわからない。聞き覚えのあるその声は校医の家入のものであるとわかり、ひとまず安全な場所にいるのだろうと認識出来た。声を出そうとしても、カラカラに渇いた喉からは上手く言葉が出ない。家入が水の入ったボトルをベッドサイドのテーブルに置くのが伏黒の目に入った。
「まだ寝ていろ。傷は塞がってるが無理するな。…動ける奴も殆どいないんだ、体力は温存しておけ」
起き上がろうとしたのを止められながらも、伏黒は身体を起こして水を口にした。水が染み渡り、喉が潤うのを感じながら身体の力を抜いてベッドに身を預ける。
「…どういう状況なんですか」
「何が起きたかという状況については詳細を調査中…、私が言えるのはケガ人の事だけだ」
そこまで言って、珍しく家入が口を噤んだ。
「家入さん」
カチ、という音、そして小さな光が視界の端に入り込む。程なくして独特の香りが伏黒の鼻についた。
「…狗巻は左腕を切断する重傷、それに伴い出血量が酷く、当面は絶対安静。真希は上半身を中心に酷い火傷を負ったが、元々身体が頑丈、反転で処置もした。目も覚ましているから大丈夫だろう」
そこでドアを控えめに叩く音が聞こえた。家入が応答するとドアの開く音、足音が響く。誰かが入って来た。
「恵…、気がついたんだね」
良かった、と安堵の声を上げて姿を見せたのは芙蓉だった。額には包帯が巻かれていて、微かに笑みを見せるも顔は青白く、酷く憔悴しているように見えた。
「…高峰、いい加減そろそろお前も休め。気持ちはわからんでもないが、まずは自分の事を優先しろ」
「…何かあったら、呼んでくださいね」
芙蓉は隣の部屋で待機しています、と家入の言葉に対し酷く曖昧にか細く言い置いて行ってしまった。
「家入さん…芙蓉は、」
「身体の方は比較的軽症だが…、メンタルがかなりやられてる。…左腕の捥げかけた狗巻の応急処置をして私のいた渋谷料金所まで担いで来てな。そこで意識の無い猪野、それとお前の姿を見て…そこに生死不明の釘崎が担ぎ込まれたのを見て卒倒したよ。目を覚ましてからも情緒がかなり不安定、食事や睡眠も十分にとっていない。休むように言ってもずっと動きっぱなしでいるよ」
家入は深く煙草の煙を吸い込み、ため息と一緒に煙を吐き出す。彼女の言葉に頷くと同時に、伏黒は家入の目の下のクマが一層濃くなっている事に気が付いた。
「そうですか…、釘崎が生死不明って、」
「私のところに運ばれてきた時は新田の術式で傷の進行を止められていたが、意識も無く心肺停止状態でな。医学的に言えば死亡判定が出される状態だが…、生きてるとも死んでるとも、どっちとも言えん状態なんだ」
「…。…虎杖は」
「行方不明だ。…少なくとも、死体が回収されていないから生きてはいるだろうが」
家入は苛立ったように煙草を灰皿に押し付けた。赤い火は押し潰され、細く立ち上った紫煙が宙に溶けていく。
「五条は封印されて…、七海が、…死んだよ。…その事も、高峰にのしかかってる。高峰にとっての不幸中の幸いは、お前が五体満足で目を覚ました事だな」
伏黒はゆっくりと身体を起こした。頭痛は治まっていて、身体の具合も悪くはない。靴を履こうと動いても、家入は何も言わなかった。
何か動きがあれば声がかかるだろう、それまで好きにしろという家入の言葉を背に、伏黒は部屋を出た。
廊下の窓から外を見れば、残照を侵食する様に夜の帳がじわじわと辺りを覆い始めていた。伏黒がスマホで時刻を確認すれば、渋谷へ派遣されてから丸1日が経とうとしていた。世界が大きく変わってしまった事に息を吐くと、隣の部屋のドアをそっと叩く。
中から返事が聞こえ、伏黒はドアを開ける。急拵えで準備された休憩室のような部屋で、灯りも点けないまま芙蓉はソファベッドの上で小さく蹲っていた。
「…動いても、大丈夫なの」
伏黒は芙蓉の隣に腰を下ろした。ベッドはひんやりしているー芙蓉は横にならずにずっと膝を抱え蹲っていたのだろう事が窺えた。
「…問題ない。…芙蓉こそ休まないと身体が持たないぞ。横になるだけでも少しは楽になるはずだ」
うん、と返事をするも、芙蓉は動く気配がない。
「…恵が無事で、…本当に、良かった…」
耳が痛むくらいの静寂の中、消え入りそうな声が伏黒の耳を打った。伏黒はどう答えていいか、脚の間で組んだ手をじっと見つめていた。
「…もう、…どうしていいかわかんなくて…、泣いてたって、何にもならないのは、わかってる…、けど…、何にも、考えられなくて、」
「考えなくていい。…今は、とにかく休む事が大事だ」
そこまで言って、伏黒は芙蓉を振り返る。芙蓉の目からは涙が止め処無く流れ、頰には涙の筋がいくつも出来ていた。伏黒は声を殺して泣く彼女の背をそっと撫でる。
「っ…めぐ、み…」
芙蓉は堰を切ったように泣きじゃくった。伏黒にしがみ付いて子供の様に泣く彼女に、伏黒は小学生の頃を思い出したー呪霊に怯えて泣く芙蓉。
無理もないー伏黒は芙蓉の背を摩りながら思った。子供の頃から呪霊が見えていても、術式が発現したのは1年近く前で、術師になる為に高専にやって来て半年も経っていない。そんな芙蓉にとって、多くの身近な存在が傷付き、命を落とすなどという経験は想像もしなかったであろうし、それが現実となった現実を受け入れる事などそうそう出来るものではない。
もしかしたら芙蓉は暫く戦えないかもしれないと、伏黒の頭にそんな事が浮かびー考えるのはやめようと頭を振った。それは自分の問題ではなく、芙蓉の問題だ。
もし芙蓉が術師として戦えなくなったとしても、伏黒との関係は何も変わらない。彼女が高専に入る前の状態に戻るようなものー伏黒は再び頭を振った。身体の具合は悪くないが、どうも余計な事を考えてしまう。伏黒は芙蓉にベッドに横になるように言い、やや強制的に寝かせた。不安げに彷徨う視線を受け止め、何処にも行かない、隣にいると伝えれば、芙蓉は漸く目を閉じた。
これから何が起こるのか、まったく予測のつかない中、伏黒はこの僅かな、芙蓉の側にいられる貴重な時間を噛み締めるように、彼女の手をそっと握っていた。