夏の終わり
恵の幼馴染のお名前は?
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日下部に従って駅周辺の巡回をしたのはこれで何度目だろうか。芙蓉はスマホを取り出して時刻を確認するー21:15を過ぎていた。つまり1時間近く、日下部やパンダと共に渋谷駅周辺を徘徊している事になる。
皆はどうしているだろうか、無事だろうか。それぞれ配置された場所はそう遠くないはずだが、辺りから感じられる呪力はめちゃくちゃ、帳が複雑に幾重にも降ろされているのもあって、誰がどの辺りにいるのか等、詳細な事が掴めなくなっていた。そろそろ他の場所の探索をしてはどうかという思いが芙蓉の頭を擡げ始めた頃。
「…高峰」
「っ…はい?」
「お前ちょっとメトロ側の渋谷駅の方に行ってこい」
突然の日下部の言葉に、芙蓉だけでなくパンダにも戸惑いと驚きが走る。
「え…、私1人で、ですか…?」
「狗巻が近くに来てるらしいな。…補助監督から報告が上がって来てる。ちょっくら行って、様子見がてらバックアップしてやってくれや」
「っ、でも…」
「狗巻の呪言とお前の術式は相性が良いだろ。それに反転ができる高峰がいりゃあ狗巻も心強いだろうよ」
ここからメトロ渋谷駅まではさほど時間がかからないはずだが、道中どのような状況になっているかわからない。芙蓉は唇を噛んで考える。
「何も難しい事ァねーだろ?… 芙蓉は悟みてぇに空歩けるんだから。前やってたじゃねーか?」
パンダの言葉に芙蓉はハッとした。地を歩けないなら空を行けば良いのだ。あまり実践する機会がない為、頭から抜け落ちていた。
「わかりました。…行ってきます」
「気を付けてなァ」
「油断すんじゃねェぞ。なんかあったら逃げろ」
パンダと日下部の言葉を背に、芙蓉は自身の進む道をイメージする。大きく深呼吸をして、一般的な身長の人が手を伸ばしてもギリギリ届かない辺りの高さに道を発現させ、メトロ渋谷駅の方向へと駆けた。
渋谷駅に近づくにつれ、人影が多くなって来る。
と、思わず芙蓉は足を止めた。遠目に見た時は普通の群衆だった。それがどうだ、芙蓉が今いる界隈は正に異形の群れ。それぞれから呪力を感じる事はなく、個々の異形の者から発せられる残穢が1つの呪力となって感じられた。実際に遭遇した事はないが、過去の報告書に記されていた呪霊のものだろうと思い至った。人の魂に干渉して、肉体をめちゃくちゃに変えてしまうという呪霊。
元々は人間で、どのような能力を持っているのかもわからない、未知の存在となった存在に芙蓉は身震いした。中には人間の姿をした者もいてー最早その者が本当に人間であるかもわからないが、姿を変えた異形に追われ悲鳴を上げている様子も見受けられた。
芙蓉は少しだけ更に高い位置に道を作り出し、心を鬼にして走り出した。助けられる人がいるのなら助けたいが、自分1人では危険過ぎると判断し、狗巻の捜索及び合流を最優先とした。
漸く駅の改札が入る建物が見えて来た頃、芙蓉は一度休もうと、ビルの庇に降り立って術式を解いた。ここなら基本的に人が来る事はない、そう思っての判断だった。気を整えながら下を覗けば、正に地獄絵図ー芙蓉はここまで凄惨な光景を見た事が無かった。これまでに何度も呪霊を祓ってはきたが、呪詛師や改造人間を手にかけた事はなかった。もし自身の命にその手がかかるようであれば迷わずそれを振り払うのだろうが、芙蓉にはまだそこまでの覚悟が決められずにいた。
聞こえてくる悲鳴や怒号に耳を塞ぎたくなるのを堪え、芙蓉は腰元に備えてあるトンファーの存在を確かめると術式を発現させた。いつまでも立ち止まっている事は出来ない。ひとつ深呼吸をして再び駅へと向かう。
「っはぁ、ア、アンタっ、助け…!」
空を行く芙蓉の存在に気付いた若い男から声をかけられ、思いもしない状況に芙蓉は肩を揺らして驚いた。彼女に向かって伸ばされた手が見える。芙蓉が思い切ってその手を掴もうとした瞬間、その手が異形の者に噛み千切られたのを目の当たりにして芙蓉は息を飲んだ。その男が叫び喚いても、彼に注意を向ける者は芙蓉以外に誰もいない。助けを求め、縋り付くような視線を芙蓉に向けたまま、その男は見えなくなった。
ー恐怖。
その感情だけが芙蓉を支配し始めようとしていた。目の前の出来事に気持ちは酷く乱され、術式が不安定になり始めた事に気付くのが僅かに遅れた。
しまった、と思ったのも束の間、芙蓉の足元が崩れ、重力に従い彼女の身体も地に落ちていく。落下点には異形が蠢いている。芙蓉は震える手でトンファーを掴む。
「止 ま れ」
芙蓉は足が地に着くと同時に、辺りに集っていた異形をトンファーで叩き飛ばした。自身の安全を確保出来た事を確認すると、声を振り返った。
「狗巻先輩!」
「しゃけ!明太子!」
素早い身のこなしで、狗巻は電話ボックスの上から芙蓉の隣へ降り立った。その手には拡声器が握られている。
「ありがとうございます、助かりました」
「ツナマヨ、すじこ?」
「日下部先生から、先輩のバックアップをするように言われて来たんです」
芙蓉の言葉に、狗巻は大きな目を瞬かせた。少し考えるような素振りを見せ、しゃけ、と頷いた。
「すじこ、こんぶ」
そう言って狗巻が示したのは駅前のビル。2人の立つ場所からは距離があるものの、そこが混乱の坩堝と化しているのはすぐに理解出来た。そして狗巻が可能な限り、生存者を救い出そうとしている事も。
「勿論です。…その為に来たんですから」
「明太子」
狗巻は芙蓉の肩を叩き、親指を立てて見せると駅ビルの方へ向けて駆け出した。怖気付いてる場合じゃないーもっと強くならないと。芙蓉は胸元に手を添えるとトンファーを握り直し、頼もしいその背中を追いかけた。
皆はどうしているだろうか、無事だろうか。それぞれ配置された場所はそう遠くないはずだが、辺りから感じられる呪力はめちゃくちゃ、帳が複雑に幾重にも降ろされているのもあって、誰がどの辺りにいるのか等、詳細な事が掴めなくなっていた。そろそろ他の場所の探索をしてはどうかという思いが芙蓉の頭を擡げ始めた頃。
「…高峰」
「っ…はい?」
「お前ちょっとメトロ側の渋谷駅の方に行ってこい」
突然の日下部の言葉に、芙蓉だけでなくパンダにも戸惑いと驚きが走る。
「え…、私1人で、ですか…?」
「狗巻が近くに来てるらしいな。…補助監督から報告が上がって来てる。ちょっくら行って、様子見がてらバックアップしてやってくれや」
「っ、でも…」
「狗巻の呪言とお前の術式は相性が良いだろ。それに反転ができる高峰がいりゃあ狗巻も心強いだろうよ」
ここからメトロ渋谷駅まではさほど時間がかからないはずだが、道中どのような状況になっているかわからない。芙蓉は唇を噛んで考える。
「何も難しい事ァねーだろ?… 芙蓉は悟みてぇに空歩けるんだから。前やってたじゃねーか?」
パンダの言葉に芙蓉はハッとした。地を歩けないなら空を行けば良いのだ。あまり実践する機会がない為、頭から抜け落ちていた。
「わかりました。…行ってきます」
「気を付けてなァ」
「油断すんじゃねェぞ。なんかあったら逃げろ」
パンダと日下部の言葉を背に、芙蓉は自身の進む道をイメージする。大きく深呼吸をして、一般的な身長の人が手を伸ばしてもギリギリ届かない辺りの高さに道を発現させ、メトロ渋谷駅の方向へと駆けた。
渋谷駅に近づくにつれ、人影が多くなって来る。
と、思わず芙蓉は足を止めた。遠目に見た時は普通の群衆だった。それがどうだ、芙蓉が今いる界隈は正に異形の群れ。それぞれから呪力を感じる事はなく、個々の異形の者から発せられる残穢が1つの呪力となって感じられた。実際に遭遇した事はないが、過去の報告書に記されていた呪霊のものだろうと思い至った。人の魂に干渉して、肉体をめちゃくちゃに変えてしまうという呪霊。
元々は人間で、どのような能力を持っているのかもわからない、未知の存在となった存在に芙蓉は身震いした。中には人間の姿をした者もいてー最早その者が本当に人間であるかもわからないが、姿を変えた異形に追われ悲鳴を上げている様子も見受けられた。
芙蓉は少しだけ更に高い位置に道を作り出し、心を鬼にして走り出した。助けられる人がいるのなら助けたいが、自分1人では危険過ぎると判断し、狗巻の捜索及び合流を最優先とした。
漸く駅の改札が入る建物が見えて来た頃、芙蓉は一度休もうと、ビルの庇に降り立って術式を解いた。ここなら基本的に人が来る事はない、そう思っての判断だった。気を整えながら下を覗けば、正に地獄絵図ー芙蓉はここまで凄惨な光景を見た事が無かった。これまでに何度も呪霊を祓ってはきたが、呪詛師や改造人間を手にかけた事はなかった。もし自身の命にその手がかかるようであれば迷わずそれを振り払うのだろうが、芙蓉にはまだそこまでの覚悟が決められずにいた。
聞こえてくる悲鳴や怒号に耳を塞ぎたくなるのを堪え、芙蓉は腰元に備えてあるトンファーの存在を確かめると術式を発現させた。いつまでも立ち止まっている事は出来ない。ひとつ深呼吸をして再び駅へと向かう。
「っはぁ、ア、アンタっ、助け…!」
空を行く芙蓉の存在に気付いた若い男から声をかけられ、思いもしない状況に芙蓉は肩を揺らして驚いた。彼女に向かって伸ばされた手が見える。芙蓉が思い切ってその手を掴もうとした瞬間、その手が異形の者に噛み千切られたのを目の当たりにして芙蓉は息を飲んだ。その男が叫び喚いても、彼に注意を向ける者は芙蓉以外に誰もいない。助けを求め、縋り付くような視線を芙蓉に向けたまま、その男は見えなくなった。
ー恐怖。
その感情だけが芙蓉を支配し始めようとしていた。目の前の出来事に気持ちは酷く乱され、術式が不安定になり始めた事に気付くのが僅かに遅れた。
しまった、と思ったのも束の間、芙蓉の足元が崩れ、重力に従い彼女の身体も地に落ちていく。落下点には異形が蠢いている。芙蓉は震える手でトンファーを掴む。
「止 ま れ」
芙蓉は足が地に着くと同時に、辺りに集っていた異形をトンファーで叩き飛ばした。自身の安全を確保出来た事を確認すると、声を振り返った。
「狗巻先輩!」
「しゃけ!明太子!」
素早い身のこなしで、狗巻は電話ボックスの上から芙蓉の隣へ降り立った。その手には拡声器が握られている。
「ありがとうございます、助かりました」
「ツナマヨ、すじこ?」
「日下部先生から、先輩のバックアップをするように言われて来たんです」
芙蓉の言葉に、狗巻は大きな目を瞬かせた。少し考えるような素振りを見せ、しゃけ、と頷いた。
「すじこ、こんぶ」
そう言って狗巻が示したのは駅前のビル。2人の立つ場所からは距離があるものの、そこが混乱の坩堝と化しているのはすぐに理解出来た。そして狗巻が可能な限り、生存者を救い出そうとしている事も。
「勿論です。…その為に来たんですから」
「明太子」
狗巻は芙蓉の肩を叩き、親指を立てて見せると駅ビルの方へ向けて駆け出した。怖気付いてる場合じゃないーもっと強くならないと。芙蓉は胸元に手を添えるとトンファーを握り直し、頼もしいその背中を追いかけた。