もしも、明日死ぬなら
恵の幼馴染のお名前は?
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次の土曜日、任務のない伏黒と芙蓉は比較的早い時間に高専を出て埼玉へ向かった。
目的は津美紀の見舞いー八十八橋での任務の後、津美紀の容態に変化は見られるかどうか、あまり期待は出来ないが、彼女を見舞うのは久しぶりだった。
高専からバスと電車を乗り継ぎ、埼玉へ向かう。病院近くの駅で降りれば、懐かしさに胸が満たされ、芙蓉は辺りを見回した。この駅に来たのは卒業式の日以来かと、以前と変わらない街並みに安寧を覚えた。
2人は寄り道する事なく、真っ直ぐに病院へと向かい、以前と変わらない病室へ迷う事なく進んで行く。
前を歩く伏黒の背を見つめながら、芙蓉は津美紀の容態に変化が無ければ、伏黒は酷く落胆してしまうのではないか、もしそうなったとしたら、と言いようのない不安を感じていた。2人は誰もいないエレベーターホールでエレベーターを呼ぶ。
「…恵」
漸くやって来たエレベーターに乗り込む。目的の階数ボタンを押したところで伏黒が芙蓉を振り返る。
少しだけ翳りのある表情の伏黒、芙蓉は少しだけ勇気を出して彼の手を握った。少しだけ躊躇った様子ながら、伏黒は優しく芙蓉の手を握り返す。
「…大丈夫だ」
何処となくいつもの覇気がない様子の伏黒だったが、本人が大丈夫と言う以上、芙蓉は何も言えなかった。
程なくして津美紀の病室へ辿り着き、伏黒は静かにドアを開ける。彼に続いて芙蓉も病室へ。良くも悪くも、津美紀に変化はなさそうだった。顔色も悪くなく、ただ眠っているだけー芙蓉は伏黒の方を見られなかった。久しぶりに触れた津美紀の手は温かかった。
「…行くか」
時間にして10分程だろうか、伏黒は津美紀の様子を観察するようにじっと見つめていた。不意の言葉に芙蓉は戸惑ったものの、また来るね、と津美紀に声をかけて伏黒の後を追った。病院を出るまで伏黒は押し黙っていた。
「…行きたいところがある。…良いか」
尋ねる口調ながらも、伏黒の言葉は決定を含んでいたーそもそも芙蓉には断る理由もないが。芙蓉が頷くのを見ると、伏黒は駅へ向けて歩き始めた。
再び電車に乗り、伏黒に従って歩いて行くと、芙蓉は懐かしさで胸がいっぱいになったーやって来たのは伏黒と津美紀が住んでいたアパートだった。
迷う事なく伏黒はドアの鍵を開ける。中は時々風通しをしているのだろう、埃っぽさやカビっぽさも全く感じられなかった。何もない、がらんとしたリビングに座り込む伏黒、その隣に芙蓉も座る。
ー静寂。
部屋の中に散らばっている思い出の欠片をそれぞれ拾い集めているようで、どちらも口を開かなかった。
「芙蓉」
伏黒の声に芙蓉は顔を上げた。隣の伏黒が凭れ掛かる。
「…少しだけ、」
「恵が落ち着くまで良いよ、…側にいるから」
芙蓉の肩口に顔を埋め、伏黒はじっと、自身の思いを整理しているようだった。芙蓉の身体を包む伏黒を労わるように、芙蓉は優しく彼の背を撫で続けた。
どれくらい時間が経ったろうか。
伏黒は漸く顔を上げ、言葉通りずっと寄り添って居てくれた芙蓉の顔を見る。彼女の頬には涙の跡が筋となって残っていた事に気付き、伏黒はそっと手を添えた。
「…ありがとう」
芙蓉は小さく首を振った。伏黒は彼女を抱き締めると口付けをした。芙蓉の顔は赤くなっていた。
「…晩飯にピザでも頼むか?」
伏黒が言えば、芙蓉は赤い顔のまま慌てたような表情で彼を振り返った。何か言いたげな芙蓉を見て、伏黒は口元を緩めた。
「…何考えてんだよ」
「っ!恵がっ、変な事、言うからじゃん…」
芙蓉は赤くなった顔を隠すように、伏黒の胸元へ顔を埋めた。彼女を優しく抱き止めた伏黒は細い背を撫でる。
「芙蓉…、本当にありがとう。いつも支えてくれて…、本当に感謝してる」
芙蓉は思わず顔を上げた。
「…ヤダ恵…、そんな改まって、」
「今回の任務では、…、マジで死ぬかもって、そんな事思った」
どう返事をしたら良いかー芙蓉の目が忙しなく揺れる。
「…芙蓉にとって、愉快な話じゃないだろうが、…少し、聞いて欲しい」
伏黒がそう前置くと、芙蓉は俯きがちに頷いた。伏黒はひとつ深呼吸をした。
「…俺は…、自分の命にはたいした価値がないと、ずっと思ってた。生まれてすぐ母親が死んで、父親の顔も覚えていない。俺の面倒を見てくれたのは津美紀。それから、芙蓉の母さんだ。…小学校に入ってすぐ、父親がどういう人間か五条先生から聞かされて、禪院に売られるところを止められて。…自分が生かされているのは術師になる為だけなんだって、それ以外の道を選ぶなら、生きてる価値なんかない、そう思ってた」
芙蓉は黙って伏黒の言葉に耳を傾けていた。流れる涙は止まりそうにもなかった。
「…交流会の時は…、真希さんとあの特級相手にやり合った時、もし自分が死んでも真希さんがいる、そう思った。今回の任務でもし自分が死んだとしても、虎杖や釘崎がいる。…俺の代わりになる術師なんていくらでもいる、それなら自分が死んでも、呪霊を祓えればそれで良いだろうって、そう思った」
芙蓉は泣きながら、黙って首を振っていた。お願いだからそんな辛い事、悲しい事を言わないでと言うように。芙蓉が伏黒の背に腕を回すと、芙蓉を抱き締めている伏黒の手に力が入るー芙蓉と離れる事がないように。
「…。…けど、…それじゃ駄目なんだよな」
五条と鍛錬をした時に言われた事、八十八橋での能力の開花、先日の芙蓉の泣き顔が伏黒の頭の中を巡る。
「死んだら終わりなんだよな。全部。津美紀や芙蓉の幸せだって叶えられない。…当たり前の事でわかりきってる事なのに、俺は理解していなかったのかもしれない」
確りとした伏黒の言葉に、芙蓉は泣き腫らした目で伏黒を見上げた。穏やかで力強い瞳が芙蓉を見つめ返す。
「…正直なところ、まだ軸が定まってない部分もあるが、…少なくとも、津美紀や芙蓉の為にも、俺は死ぬ訳にはいかない。それはハッキリ言える」
伏黒の言葉に、再び芙蓉の目に涙が集まってくるのを見てとった伏黒は困ったように笑い、頼むからもう泣かないでくれ、と芙蓉の背を撫でた。
「俺はもう何処にも行かない」
2人の視線が再び互いを確りと捉える。
「…もう勝手に祓除に出たりしないし、芙蓉を独りにするような事はしない」
伏黒の力強い言葉に、芙蓉は涙を拭う。
「私も、恵の事を全力で支えるから。何があっても」
目は赤いままではあったが、芙蓉もまた力強く頷いた。
目的は津美紀の見舞いー八十八橋での任務の後、津美紀の容態に変化は見られるかどうか、あまり期待は出来ないが、彼女を見舞うのは久しぶりだった。
高専からバスと電車を乗り継ぎ、埼玉へ向かう。病院近くの駅で降りれば、懐かしさに胸が満たされ、芙蓉は辺りを見回した。この駅に来たのは卒業式の日以来かと、以前と変わらない街並みに安寧を覚えた。
2人は寄り道する事なく、真っ直ぐに病院へと向かい、以前と変わらない病室へ迷う事なく進んで行く。
前を歩く伏黒の背を見つめながら、芙蓉は津美紀の容態に変化が無ければ、伏黒は酷く落胆してしまうのではないか、もしそうなったとしたら、と言いようのない不安を感じていた。2人は誰もいないエレベーターホールでエレベーターを呼ぶ。
「…恵」
漸くやって来たエレベーターに乗り込む。目的の階数ボタンを押したところで伏黒が芙蓉を振り返る。
少しだけ翳りのある表情の伏黒、芙蓉は少しだけ勇気を出して彼の手を握った。少しだけ躊躇った様子ながら、伏黒は優しく芙蓉の手を握り返す。
「…大丈夫だ」
何処となくいつもの覇気がない様子の伏黒だったが、本人が大丈夫と言う以上、芙蓉は何も言えなかった。
程なくして津美紀の病室へ辿り着き、伏黒は静かにドアを開ける。彼に続いて芙蓉も病室へ。良くも悪くも、津美紀に変化はなさそうだった。顔色も悪くなく、ただ眠っているだけー芙蓉は伏黒の方を見られなかった。久しぶりに触れた津美紀の手は温かかった。
「…行くか」
時間にして10分程だろうか、伏黒は津美紀の様子を観察するようにじっと見つめていた。不意の言葉に芙蓉は戸惑ったものの、また来るね、と津美紀に声をかけて伏黒の後を追った。病院を出るまで伏黒は押し黙っていた。
「…行きたいところがある。…良いか」
尋ねる口調ながらも、伏黒の言葉は決定を含んでいたーそもそも芙蓉には断る理由もないが。芙蓉が頷くのを見ると、伏黒は駅へ向けて歩き始めた。
再び電車に乗り、伏黒に従って歩いて行くと、芙蓉は懐かしさで胸がいっぱいになったーやって来たのは伏黒と津美紀が住んでいたアパートだった。
迷う事なく伏黒はドアの鍵を開ける。中は時々風通しをしているのだろう、埃っぽさやカビっぽさも全く感じられなかった。何もない、がらんとしたリビングに座り込む伏黒、その隣に芙蓉も座る。
ー静寂。
部屋の中に散らばっている思い出の欠片をそれぞれ拾い集めているようで、どちらも口を開かなかった。
「芙蓉」
伏黒の声に芙蓉は顔を上げた。隣の伏黒が凭れ掛かる。
「…少しだけ、」
「恵が落ち着くまで良いよ、…側にいるから」
芙蓉の肩口に顔を埋め、伏黒はじっと、自身の思いを整理しているようだった。芙蓉の身体を包む伏黒を労わるように、芙蓉は優しく彼の背を撫で続けた。
どれくらい時間が経ったろうか。
伏黒は漸く顔を上げ、言葉通りずっと寄り添って居てくれた芙蓉の顔を見る。彼女の頬には涙の跡が筋となって残っていた事に気付き、伏黒はそっと手を添えた。
「…ありがとう」
芙蓉は小さく首を振った。伏黒は彼女を抱き締めると口付けをした。芙蓉の顔は赤くなっていた。
「…晩飯にピザでも頼むか?」
伏黒が言えば、芙蓉は赤い顔のまま慌てたような表情で彼を振り返った。何か言いたげな芙蓉を見て、伏黒は口元を緩めた。
「…何考えてんだよ」
「っ!恵がっ、変な事、言うからじゃん…」
芙蓉は赤くなった顔を隠すように、伏黒の胸元へ顔を埋めた。彼女を優しく抱き止めた伏黒は細い背を撫でる。
「芙蓉…、本当にありがとう。いつも支えてくれて…、本当に感謝してる」
芙蓉は思わず顔を上げた。
「…ヤダ恵…、そんな改まって、」
「今回の任務では、…、マジで死ぬかもって、そんな事思った」
どう返事をしたら良いかー芙蓉の目が忙しなく揺れる。
「…芙蓉にとって、愉快な話じゃないだろうが、…少し、聞いて欲しい」
伏黒がそう前置くと、芙蓉は俯きがちに頷いた。伏黒はひとつ深呼吸をした。
「…俺は…、自分の命にはたいした価値がないと、ずっと思ってた。生まれてすぐ母親が死んで、父親の顔も覚えていない。俺の面倒を見てくれたのは津美紀。それから、芙蓉の母さんだ。…小学校に入ってすぐ、父親がどういう人間か五条先生から聞かされて、禪院に売られるところを止められて。…自分が生かされているのは術師になる為だけなんだって、それ以外の道を選ぶなら、生きてる価値なんかない、そう思ってた」
芙蓉は黙って伏黒の言葉に耳を傾けていた。流れる涙は止まりそうにもなかった。
「…交流会の時は…、真希さんとあの特級相手にやり合った時、もし自分が死んでも真希さんがいる、そう思った。今回の任務でもし自分が死んだとしても、虎杖や釘崎がいる。…俺の代わりになる術師なんていくらでもいる、それなら自分が死んでも、呪霊を祓えればそれで良いだろうって、そう思った」
芙蓉は泣きながら、黙って首を振っていた。お願いだからそんな辛い事、悲しい事を言わないでと言うように。芙蓉が伏黒の背に腕を回すと、芙蓉を抱き締めている伏黒の手に力が入るー芙蓉と離れる事がないように。
「…。…けど、…それじゃ駄目なんだよな」
五条と鍛錬をした時に言われた事、八十八橋での能力の開花、先日の芙蓉の泣き顔が伏黒の頭の中を巡る。
「死んだら終わりなんだよな。全部。津美紀や芙蓉の幸せだって叶えられない。…当たり前の事でわかりきってる事なのに、俺は理解していなかったのかもしれない」
確りとした伏黒の言葉に、芙蓉は泣き腫らした目で伏黒を見上げた。穏やかで力強い瞳が芙蓉を見つめ返す。
「…正直なところ、まだ軸が定まってない部分もあるが、…少なくとも、津美紀や芙蓉の為にも、俺は死ぬ訳にはいかない。それはハッキリ言える」
伏黒の言葉に、再び芙蓉の目に涙が集まってくるのを見てとった伏黒は困ったように笑い、頼むからもう泣かないでくれ、と芙蓉の背を撫でた。
「俺はもう何処にも行かない」
2人の視線が再び互いを確りと捉える。
「…もう勝手に祓除に出たりしないし、芙蓉を独りにするような事はしない」
伏黒の力強い言葉に、芙蓉は涙を拭う。
「私も、恵の事を全力で支えるから。何があっても」
目は赤いままではあったが、芙蓉もまた力強く頷いた。
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