前章

 寄せては返す波音を聞きながら、波間を浮き輪に乗って漂う。海水と共に小瓶に入れた潮騒しおさいの青と呼ばれる鉱石たちが、降り注ぐ日差しを受けて美しいマリンブルーの輝きを放つ。まるでこの海の色をそのまま閉じ込めたかのようだ。
 水深は深くないが、何度も潜って探していたせいで疲れ、少し体が重い。

「メリー! 見て、綺麗な魚がいっぱい泳いでるわよ!」

 フィロメナは宿屋で借りた箱メガネを両手に抱え、海の中を覗いて歩く。朱色や黄色い魚、ギラギラと銀色に光る小さな魚がゆったりと泳いでいるのが上から見てもわかる。

 それくらいこの海は透明度が高く美しい。潜っているときも先まで見渡せ、白い砂に海面の波紋が揺らめく様は思わず見惚みとれるほどであった。

 メリーのよく知る、荒々しくて凍てついた紺色の海とは違う。水温は温かいのに、日差しの暑さを和らげる心地のいい冷たさがある穏やかな海だ。

「あまり離れないようにしてくださいね」
「わかってるわよー」

 本当に聞いてるのか怪しい返事を返しながら、フィロメナは海中の魚を夢中で追いかけていく。まぁ子供でもあるまいし、とメリーは目を閉じて再び波に身を任せる。
 すると少し離れたところから男性の声が聞こえてきた。

「あんたって恋人いたりする?」

 声の方へ視線を向けると、フィロメナが男二人に挟まれているのが見えた。

「こっ恋人なんて……いるわけないわよ!」

 慣れない……というより初めて言われたであろう言葉にあたふたとしながら、フィロメナは照れてほんのり顔を赤らめている。

「すごく綺麗なのに意外。一人ならオレたちと一緒に遊ばない?」

 あれだけ美人で体形も良ければ、声がかかっても不思議ではない。だがフィロメナは一人ではなく、メリーや他にも連れというやつがいる。適当に断るだろうと再度目を閉じようとしたときだった。

「一人じゃないけど、喜んで! ねぇメリー! この人たちが一緒に遊ぼうって言ってるわよー!」

 そのとんでもない発言に驚き、浮き輪からひっくり返って落ちそうになった。

「……はい? 何言ってるんですか?」

 正気なのか、と尋ねたくなる気持ちを抑えてフィロメナを凝視する。フィロメナは疑いもない華やかな笑顔でこちらに手を振っている。

 その純真無垢な姿に、直前までの見通しの甘い自分を張っ倒したい気分になった。ここにスイウがいれば苦言とも暴言ともつかない言葉がいくつも飛び出しフィロメナを蜂の巣にしていただろう。

 面倒事になる前にここを離れた方がいいと判断し、メリーは浮き輪から降りてフィロメナの元へ行き、腕を掴んで引く。

「行きますよ」
「待って、この人たちは?」
「あなたは馬鹿ですか? とにかく行くんですよっ」
「ちょっと、馬鹿って何よ!」

 力尽くでフィロメナを連れ帰ろうとするメリーの前に男性が立ち塞がる。

「そんな言い方は酷いよなぁ。この子はオレらと遊びたいって言ってたんだ。ね、そうでしょ?」
「え、あたしは……」

 フィロメナは突然意見を求められたことに戸惑い、言いよどむ。最悪の流れだ。ここでハッキリと断ってくれるのが一番いいが、相手に付け入る隙を与えてしまった。

「喜んでーって言ってたよな? オレたちはあんた一人でもいいからさ。お友達はほっといて行こ?」
「えっ、ちょ……はっ離して!」

 男性の一人がフィロメナの腕を掴み、無理矢理引き寄せる。フィロメナの力では到底手を振り払えはしないだろう。当然メリーの腕力で引き戻すこともできない。

「その手、離してくれません?」

 その間にも拘束する男性の手は無遠慮にフィロメナへと伸びる。この世界はフィロメナが信じているような善意だけではできていない。本来ならこの時点でこのクズ共を燃えカスに変えてやっても良かった。

 それでもここで魔術は使えない。海だから炎術が使えないなんてそんな情けない理由ではない。移動中にアイゼアとスイウから「火気厳禁」「暴力厳禁」「魔術は許可制」の三原則を何度も何度も口を酸っぱくして言われ、しっかりと約束も交わしてきたからだ。

 交わした以上は約束を破れないし、妙な騒ぎになっても困る。足がつかないように殺す準備もさすがにしてきておらず、犯罪者として捕まるわけにもいかない。
 殺さないにしても、やはり約束は破りたくなかった。だからこそ魔術は本当に最後の最後で使う切り札だ。

 だがどうやってこの場を切り抜ければいいのか。何か策が浮かばないかと考えを巡らせる。同時に言葉の上手いアイゼアの顔が脳裏に浮んだ。アイゼアならこの場をどう切り抜けるだろうか、と持てる思考を全て傾けた。

「怯えてる女性を無理矢理連れてこうなんて感心しませんね」

 とにかく震えているフィロメナを早く解放しなければと思ったが、離せと言ったところで「はい、わかりました」とは当然いかない。

「怯えてるなんて言いがかりだろ? この子も遊んでいいって返事したしさ、お前何でさっきから邪魔するわけ?」
「なぁ、もしかしてこの子がモテてコイツ嫉妬してんじゃね? 何ならあんたとも遊んでやろうかー?」

 ゲラゲラと下卑た嘲笑がざわざわと耳につく。その失礼な言葉に、メリーはようやく打開策を閃いた。自分にはいくつも策を出すような頭も才能もない。上手くいかなくてももうこれで無理矢理押し通るしかないと腹を括る。

 悠長にあれこれ考えている暇はない。さげすむようにこちらを見る男性たちを、メリーは殺気を込めてにらみつける。

「えぇ、嫉妬しましたよ」

 声色をいつもより落とし、静かな言葉にもありったけの殺意を込めた。

「フィロメナは私の恋人なんですから当然です。だからその手、離してもらいますので」
「は?」

 その瞬間、フィロメナを含めその場にいた全員が呆けたような表情でこちらを凝視する。

「め、メリー!? 恋人って、あんた何言っ……」
「あれあれー? もしかして照れてるんですか? 恥じらうフィロメナは何とも愛らしいですね。その可愛い顔をこんな人たちに見せないで、私に独り占めさせてくださいよ」

 意地悪く笑みを作りながら、余計なことを喋りかけているフィロメナの言葉をまくし立てるように早口で牽制けんせいしていく。

 あえて照れそうな言葉を選び、からかうようにしてフィロメナの羞恥心を煽った。彼女に演技やこちらの意図を汲めというのはまず……絶対に不可能だろう。なぜならフィロメナは嘘をつけない。

「ななな何突然っ、へっ変なこといぃぃ言ってんのよ、メリー! あ、愛らし……? ひと、独り占めってぇーっ……?」

 想定通り全く耐性のないフィロメナの顔は赤く染まり、恥ずかしそうに口をぱくぱくとさせながらうつむく。
 男性たちは突然何が始まったのか理解が追いつかず、呆気にとられているようだった。その隙にフィロメナを抱き寄せ、頬に手を添えて顔をこちらへと向かせる。

「フィロメナ」

 視線を強引に合わせて至近距離で見つめ合う。この慣れない距離感に照れたフィロメナは、あわあわとしながらますます緊張しているようだった。

「何で恋人がいないなんて嘘ついたんですか? 私が恋人だって言うのは恥ずかしかったですか?」
「あ、ぇ……違っ……」

 メリーは更に顔を寄せてささやく。

「私は嫉妬させられて、何だか心をもてあそばれたような気分です。意地悪な人ですねぇ、フィロメナは」
「えっ……いや、もて……?」

 情報が処理しきれてないのか、湯気が出そうなほど顔を真っ赤にして混乱している。これでしばらくまともに喋れないだろう。
 メリーは不遜な態度で、男性たちを面倒くさそうに睨みつけた。

「というわけなんですよねー。私たち恋愛対象がそもそも男の人じゃないんで。でもせっかくですから、奢ってくれるならご飯くらい行ってあげてもいいですけど?」

 男性たちへ向ける言葉は、フィロメナへ向けるものより数段冷たく声色を落とした。

「ね、フィロメナ?」

 そしてすかさず声色を明るくし、猫なで声で追撃するようにフィロメナへ囁く。顔を覗き込むと、フィロメナは何度も壊れたおもちゃのようにうなずいた。

「いや、遠慮する……」

 さすがに引いたのか、興が冷めたのか、それとも食事に行っても惚気のろけを見せつけられるだけと思ったのか、男性たちがげんなりとした様子で去っていく。

 追い払えたのなら、理由はどうでもいい。下手をすれば暴力沙汰も覚悟していただけに、思っていたよりは上手くいき安堵あんどする。きちんと約束を守ることもできた。

 一方で何か大切なものを捨ててしまったような感じがしたが、無事にやり過ごせたので細かいことは気にしないことにした。
 こうして『アイゼアならどうする作戦』は無事成功に終わった……たぶん。


 フィロメナが落ち着くまでその場で待ち、少しして声をかける。

「落ち着いてきました? 今はとにかくみんなと早く合流しますよ。言いたいことはその後でみっっちりと言わせてもらいますので」
「うん……あ、あの……メリー? さっきのこ、恋人ってのは……?」
「あの場を切り抜ける嘘ですよ。むしろそれ以外にあります? まったく……あんな杜撰ずさんな策でも何とか上手くいったからいいですけど、失敗したら魔術を使うつもりだったんですからね」

 魔術という単語が出たことで、ようやく事態が深刻だったことを理解したらしい。フィロメナは緊張した面持ちのまま何かを言いかけて口を引き結ぶ。唇は震え、その目にはじわりと涙が浮かぶ。

「ごめんなさい……」

 ぽつりと零すように、波の音に浚われそうな程小さな声でフィロメナは呟いた。気が抜けて安心したのか、今になってあの男性たちに恐怖が湧いたのか、それともあの最高に気色悪い演技が精神的に苦痛だったのか。とにかくフィロメナにとっては怖い経験となったことだけは間違いない。

 こんなに傷つく前にもっと早く助けてあげられれば。ここにいたのが別の誰かだったら、もっと上手くやっていただろうか。そんなどうしようもない「たられば」が頭に浮かんでは消える。

 筋力もなく、言葉も上手いわけではなく、知恵も回らない。小柄な体はすぐに見縊られる。魔力がなければ本当に自分は無力なのだと改めて痛感させられた。

「怖い思いをする前に助けてあげられたら良かったんですけどね。すみません」

 全く持ってその通りだと自分でも思うのだが、魔力に頼らなかった分だけでもせめて褒めてほしいという気持ちもあった。メリーにしてはよく頑張った、と。

「……ううん、助けてくれてありがとう」

 子供をあやすようにフィロメナの頭をポンポンと撫で、その手を引いて砂浜へと上がる。
 また絡まれたら最悪だ。その時は今度こそ灰になるまで焼き尽くして、この白い砂浜にぶちいてやる。そう心に決意しつつ、とにかく今は合流を急ぐ。

 スイウは最初から荷物番をすると言い張っていたので、おそらくパラソルの下のどこかにはいるはずだ。周囲を警戒しながら、その姿を探す。

「ねぇ、あれアイゼアとエルヴェじゃない?」

 フィロメナの指差す方へ目を向けると、少し遠くの波打ち際にアイゼアとエルヴェの姿が見える。見知らぬ女性二人と会話をしているらしい。

 だがその様子にメリーは妙な違和感を感じた。アイゼアは女性に腕を掴まれそうになり、それを避けたのだ。その動きで何が起きているのかを察する。見目秀麗な人は本当に苦労が尽きないなと同情すると同時に、自分の貧相さも決して悪いことばかりではないなと思った。

「フィロメナさん、二人を助けに行きますよ」
「助ける……?」
「フィロメナさんと同じです。ナンパされて困ってるんですよ、あれは」

 思わずため息が漏れ、遠くで繰り広げられている光景を凝視する。あのアイゼアが上手くかわせないということは、相当厄介な相手なのだろうか。

「フィロメナさん、たぶんまた嘘もつくと思います。相手に気取られないよう何があっても黙っててください。決して余計なことは言わないように。いいですね?」
「え、えぇ。わかったわ」

 メリーはフィロメナの手を引いたまま、波打ち際を辿るように歩き、アイゼアたちとの距離を縮めていった。




「そんなところで何してるんですか?」

 アイゼアとエルヴェの背後から声をかけると、二人は安堵したような表情でこちらを振り返る。
 状況もわからず無策なので、そんな露骨に「助かった〜!」みたいな顔をされても困る。消し炭にしていいというなら話は別だが。

 視線をアイゼアとエルヴェの向こう側へ向けると、女性が二人立っているのが見える。二人共自分と同年齢くらいなのか、二十代前半から半ばくらいに見えた。

「やっと戻ってきてくれたんだね、メリー。恋人がいるから食事は無理だって断ってるんだけど……なかなか聞いてもらえなくて」

 その一言だけでアイゼアが何を言われ、何を言い、今がどういう状況なのか、必要なことは全て理解できた。

「ほら、恋人も戻ってきてくれたし、君たちはもう諦めてくれないかな?」

 相手に怪しまれないようにするためか、少し遠慮がちにアイゼアに抱き寄せられる。フィロメナを抱き寄せたときはとても柔らかかった気がするが、アイゼアは何というか……固い。

 とにかく彼の嘘の中では自分が恋人ということになっているらしいということもわかった。フィロメナではなくこちらを選んだのは賢明な判断だ。

 指名された以上は、腹を括って付き合うしかない。本日二人目の恋人のために、努力はしよう。期待に応えられる保証は当然ないが。

「え、嘘……その子が恋人? 釣り合ってなくない?」
「初対面で死ぬほど失礼な方ですね。礼儀と常識はお家でお留守番ですか?」

 釣り合ってないという意見は納得せざるを得ないが、よくも初対面相手にそんなことが言えるなと感心する。

 海に来るとどいつもこいつも気が大きくなって頭のネジが数本落ちるのだろうか。来る前にそのゆるっゆるのネジをしっかり閉めて、指差し点検してから来てほしいものだ。

「そんな色気のない子よりわたしたちの方が良くない?」

 本日二度目の失礼な言葉と共に、女性二人の嘲笑がメリーへと向けられる。抱き寄せられ、肩に触れたアイゼアの手に僅かに力がこもった。

「君たち、それはメリーに対して失礼じゃ──
「いいんですよ、アイゼア」
「……え? あ、いや……全然良くないと思うけど」
「アイゼアはいつも本当に優しいですね。あなたが私を好きなのはわかってます。ですが」

 メリーはアイゼアの眉間に人差し指をつきつける。

「そこを吠えても私の負けですから」
「え、えぇー……?」

 彼女たちに比べてメリーには色気がないという指摘。それは客観的事実であり、自分でも同意しかない。
 二人はフィロメナほどの完璧さではないが、少なくとも自分よりは女性らしい一般的に魅力的と言われる体付きをしている。

 メリーは困惑したままのアイゼアの腕から離れ、フィロメナの手を引いてアイゼアの隣に並ぶ。

「お二人に聞きますけど、体目当てならこの子でいいと思いません? 美人で体形も申し分ないほど抜群ですから。お二人も決して悪くはないんですけど……」

 メリーは口元に人差し指を当て、値踏みするような視線を送る。わざとらしく足の爪先から頭頂部までを舐めるように往復させ、最後に満面の笑みを作って返す。

「この子の足元にも及びませんよね」

 ずいっとフィロメナを押して一歩前に立たせると、ぐうの音も出ないと言わんばかりに女性たちが顔を引きつらせる。さぞ自分たちの美貌に自信があったのだろうが、フィロメナの魅力で木端微塵こっぱみじんに粉砕してやった。

 魔力は魔力で捩じ伏せるのが最も効果的なように、美人は美人で捩じ伏せるのが一番効くはずだ。『力こそ正義』だということを穏健派の仲間たちにこの場で証明してやった。実に爽快だ。

「それにあなたたち、アイゼアのことを体だけで簡単に釣れる人だと言ってるようなものですよね? 私、心底不愉快なんですけど」

 友人を軽んじたことを許すつもりはない。咎めるように冷ややかな視線を送ると二人は焦燥を滲ませてたじろぐ。

「彼は私の中身を見て選んでくれたんです。ねー、アイゼア?」

 見せつけるように軽く振り返って問いかける。

「うん、そうだよ」

 アイゼアはいつも以上に笑みを深くして肯定してくれた。さすがアイゼア。その笑顔、完璧に合格だ。
 ここまで綺麗にピースがはまれば諦めるだろうと確信し、メリーは笑みを保ったまま鋭い眼差しで女性たちを射抜く。

 女性たちは終始無言のまま気まずそうに顔を見合わせている。その日和見のような態度はあまりにも程度が低く、胸糞悪い。

「というわけですので、これで失礼します」

 謝罪もせず、いつまでももたもたと去りもせず立ち尽くす女性二人を見切り、アイゼアの腕を掴んで引く。

「行きますよ、アイゼア。エルヴェさんとフィロメナさんも」

 女性二人には一目もくれず、エルヴェとフィロメナとそれぞれ視線を合わせて足早にその場を立ち去った。


 女性たちはそれ以上追いかけてくる様子もない。とにかく要望に応え、魔力に頼らず追い払ったのだから文句を言われる汚点もないはずだ……たぶん。

「メリー、僕の芝居に付き合ってくれてありがとう……本当に助かったよ」
「いえ。それよりアイゼアさんが苦戦するなんて珍しいですね」

 むしろ得意分野だろうと単純に疑問に感じて尋ねると、アイゼアは渋い表情を浮かべる。この表情をメリーは少し前にも見たような気がした。黙り込むアイゼアに対し、口を開いたのはエルヴェだった。

「とても執念深い方々でした。本当に何を言っても諦めて下さらなくて……アイゼア様を助けられず申し訳ありません」
「いや、エルヴェは何も悪くないよ。巻き込んですまない……メリーとフィロメナも迷惑かけたね」

 眉尻を下げアイゼアは力なく笑う。

「僕はしつこ……押しの強い女性を相手にするのが苦手でね。それが苦戦した理由かな。情けない話だけど」

 アイゼアは弱みを吐露したが、その内容にメリーは聞き覚えがあった。サヴァランとブリットルという、アイゼアの学生時代からの友人と会ったときに話していたことだ。

 あの場では茶化されて笑い話になっていたが、どうやらアイゼアの中では笑い事ではないらしい。苦手意識を抱き、上手く対応できなくなるほど強烈な根深い傷として心に刻まれてしまっているのだろう。アイゼアもまた、フィロメナ同様に怖い思いをしていたのだ。

「情けないなんて思いませんよ。苦手なことの一つや二つあって当然です。私なんて一つ二つどころではないですし」
「ありがとう。そう言ってもらえると少しだけ気が楽になるよ」

 アイゼアはこれまでも力ばかりではなく、言葉や別の手段で守る努力をしてきた。メリーにとってはそれだけでも十分凄いことだと思える。大切な人を武力以外で守るというのは、こんなにも難しいのだと今回思い知らされた。

 アイゼアはきっと相手も傷つけない言葉や方法で何とかしたかったのだろうが、そんなものは到底無理な話だとメリーは思う。

 結局メリーはフィロメナの力を借りて彼女らの自信をバッキバキに折ってやったのだ。さぞかし傷ついて苦い思い出になったことだろう。自業自得だし、良い気味だ。

「そんなことよりお腹空きませんか? 私もうぺっこぺこなんですよねー」

 三人の落ち込む顔はきっとこの海には似合わない。努めて明るく振る舞い笑顔を作ると、ようやく三人も表情が緩んだ。


第8話 砂浜の白は遺灰の白ではないので  終
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