前章

「えーっと……本っ当にここでよかったのかい? もしかして僕の財布の心配してる?」
「いえいえ、むしろここはアイゼアさんとしか来れないじゃないですか!」

 メリーのどうしても行きたいという願いを受けて来たのは、騎士団本部内にある食堂だった。確かに自分かエルヴェが一緒でなければ一般人が来ることのできない場所ではあるのだが。

 普通お礼に食事を、と誘われてここを指定するだろうか。価値観や感覚が自分とズレていてメリーの行動が読めない。

 それは面白くて悪くはないのだが、普通の店に連れていけないというのは何だか少し大人として情けないような何とも言えない気持ちになる。メリーが至って嬉しそうにしてくれていることだけがせめてもの救いだろうか。

「お待たせいたしました。ミックスフライ定食とオムライスです」

 エルヴェがせめて外のお店感が出るようにと気を利かせてテーブルまで料理を運んでくれた。

「アイゼアさんとご飯に行くなら、ここには一度来てみたいって、エルヴェさんも思いますよね?」
「え、えぇ。それはそうかもしれませんが……」

 チラリと向けられたエルヴェの視線が刺さる。

「アイゼア様はどこか落ち着いたところが良かったのではないでしょうか?」
「落ち着いたところ、ですか。落ち着いてないとダメなんですか?」
「そうですね……ここは多くの方が忙しなく出入りしますし、アイゼア様はお知り合いも多いですからゆっくり会話できないかもしれないと私が勝手に思っただけなのですが」

 エルヴェが苦笑しながらアイゼアの心情を完璧に代弁してくれている。だがメリーはやはりわからないと言わんばかりに首をひねった後、オムライスを一口頬張った。

「食堂のご飯って安いのに美味しいんですね。メニューもたくさんありますし、騎士だったら毎日食べに来ちゃいそうです」
「えぇ、私たちも少しでも満足していただけるよう日々努力しておりますので。メリー様に褒めていただけてとても嬉しいです」

 エルヴェははにかんだように微笑むと、ごゆっくりどうぞ、と声をかけて仕事に戻っていった。

「やっぱり君って少し変わってるよね」
「そうですか? 知らないものに興味を持つのは普通のことだと思いますけどね。百聞は一見にしかず、経験に勝るものなしですよ」

 確かにそうではあるのだが、一体何の話をしているのだろうという気分になってくる。

「アイゼアさんって修学旅行ってものは行ったことあるんですか?」

 メリーは思い出したかのように唐突に話を振ってくる。おそらく先程のカストルとポルッカの話に興味を抱いていたのだろう。

「僕は高等部から学校に通うようになったんだけど、騎士養成学校の方に通ってたから修学旅行はなかったんだよね」

 サントルーサには一般の学校と騎士養成専門の学校がある。初等部にはないが、早くから本格的に騎士を目指す者は中等部からそちらの学校へ進学する。
 といっても学業成績と武術の実力で試験に合格するか、もしくはかなり裕福な家の子供しか進学はできない。

 騎士養成学校の方は一般の方とは学ぶことなども少し異なり、修学旅行もないのだ。

「そうだったんですね。私も大学院から学校へ通ったので普通の学生生活ってあまりピンとこないんですよね」
「大学院から……?」

 大学院というのは高等部まで出て更に高い教養や専門性を身に着けるために行く場所だ。それまで一切学校に通っていなかった者が通えるところなのだろうかという疑問が湧く。

「はい。必要な知識もミュール兄さんに教えてもらいながら身につけましたし」

 メリーはなんてことないように話しているが、大学院でも渡り合えるほどの学力と知識を身につけるにはきっと多くの努力を積み重ねてきたのだろう。

「あれ……アイゼア、今日は非番のはずじゃなかったか?」
「見たことない人連れてるじゃん。誰、誰ー? もしかして、ついに恋人ができた感じ〜?」

 会話を交わしていると背後から、声をかけられる。見ずとも誰の声なのかアイゼアはすぐに見当がついた。

「一緒に旅をしてた友人だよ」
「へぇー! じゃ、今日はここにお邪魔させてもらうとしますかねっとー!」
「おい、サヴァラン。空気を読むべきだろう。まったく……無神経なヤツですまない、お嬢さん。隣失礼させてもらうけど構わないか?」
「どうぞ」

 へらへらとした様子でアイゼアの隣に座った男性はサヴァラン、その空気の読まなさに半ば呆れながら、メリーの隣に座った女性がブリットルだ。

 エルヴェの指摘通り騎士団には顔見知りが多すぎるせいで、食堂で食べていればこうして絡まれることも当然あり得るわけで、当然ゆっくりと会話もできなくなる。だからこそ食堂はあまり気が進まなかったのだが。

「メリー、二人は僕の学生時代からの友人で……」
「ブリットル・アディだ。アイゼアが世話になっている」
「オレはサヴァラン・ラウィーニアねー。アイゼアが迷惑かけてない? 大丈夫?」
「二人とも、何かおかしくない?」

 なぜ二人は保護者気取りで自己紹介をしているのか。

「私はメレディス・クランベルカと申します。メリーって略称で呼んでください」

 アイゼアの友人だからと気を許したのか、メリーは本名を口にして自己紹介した。だが名乗った瞬間、二人の食事の手がピタリと止まる。

「へぇ、キミがあの……? 名前だけは超有名だよね。メレディスっていうから、てっきり男かと思ってたけど女の子かぁ。オレはもっと禍々しい魔王っぽ……もがっ!!」

 ブリットルは付け合せのロールパンを丸々一つサヴァランの口に捩じ込んだ。

「先程から何度もすまない。この男、悪気はないが物凄く失礼で遠慮がないんだ。それにしてもアイゼア、なぜここを選んだ。色事にうといわたしですら、さすがに選ばんぞ」

 センスのなさに失望したという声が聞こえてきそうなほど、あわれむような冷たい表情を向けてくる。それも常に無表情でほとんど表情筋が機能していないブリットルがだ。

「色事って……そんなつもりじゃないんだけど?」

 そういう事情でないにせよ、やはり騎士団の食堂というのは自分でもどうかとは思っている。結局意見を逸らせずにここにいることは事実で、弁解の余地もないが。

「すみません。ここを選んだのは私なんです。一度来てみたくてお願いして。騎士の方と一緒でないと入れませんし」
「なんだ、そういうことならいい。この男、泣かせた女は数知れず……女心もわかってないから心配したんだ。中身は意外とポンコツだからな」

 また遠慮のない語弊ごへいのある言い方をする。単純に告白を断って泣かれただけというのを全て数としてぶち込んできている。えげつない印象操作と水増しっぷりだ。

「ねぇ、君たちは僕の信用を失墜しっついさせたいのかな?」

 わざとなのか、悪気がないのか、からかわれているのか。昔から遠慮のない二人だったが、今のところメリーに余計なことしか吹き込んでいない。

「アイゼアさんって、意外と遊び人だったんですか?」

 とうとうそんなことをメリーに言わせる始末だ。

「誤解だからね、メリー」
「いや、誤解とも言い切れないぞ。アイゼア、一人遊んで捨ててる女いるよな」

 ロールパンを飲み込んだサヴァランがニヤニヤとしながらこちらを見ている。すぐに何の話がしたいのかアイゼアは察する。

「……どっちかって言うと僕が捨てられた気がするんだけど」

 今思い出しても苦々しい記憶だ。だが元はといえばサヴァランにも非があるだろう。

 数年前に一度、三ヶ月ほど付き合った女性がいた。大抵の女性は告白された際に一度断ればそれで諦めてくれるのだが、その人は断っても何度も告白に訪れ、終いには付きまとわれるようになっていた。

「それに『一度付き合ってそれから断れば、気が済んで付きまとわれなくなるかもしれない』そう君が提案したから僕は信じたのに」
「あっれー、そうだったっけー?」

 このサヴァランという人物の無責任さには時折腹が立つ。こんなんで中隊長が勤まっているのは家柄と副隊長のブリットルの力で十割だ、と暴言をぶつけてやりたくなる。

 昔からこの軽薄さと調子の良さは変わらないのだが、どこか憎めない愛嬌のせいで嫌われることもなく、むしろ可愛がられたり慕われる得な雰囲気をまとっている。
 だからこそブリットルではなくサヴァランが隊長をしているのだ。

「お前は酷いヤツだ。心配するなアイゼア、わたしはよく覚えてるぞ。確かあの時期は任務が立て込んでて本部に詰めっぱなしだったな。お前には双子の世話もあったし、精神的に参ってるところを本当によく努力してたと思うぞ」

 ブリットルがこの件で珍しくフォローしてくれるのは、メリーがこの場にいるからだろうか。にも関わらず、サヴァランは当時を再現するかのような寸劇を始めてくる。

『アイゼア、どうして私と会ってくれないの!』

 サヴァランは少し声を高くし、まくし立てるように大げさな演技をする。

『仕事、とカストルとポルッカに……かかりきりで……ごめん』

 急に虚ろな表情で俯きながら口にしているのは自身がかつて口にした返答だ。サヴァランにはこんな生気のない顔に見えていたのだろうか。

『いっつもそればっかり! 私と、弟と妹どっちが大切なのよ!』
『カストルと……ポルッカ、だね』

 その返答の後に、思いっきり殴られたことを今でもよく覚えている。その瞬間はなんて理不尽な、と思ったものだ。

「あの瞬間『あ、死んだなー』って思った。女心わかってなさ過ぎだし、思いっきり殴られててさすがにビビったー。結構良い音したもんなー」
「わたしも目の前でアレは驚いたし同情した。サヴァランの提案に乗るとは何と愚かなことを……とね」
「えっ、そっち? 提案の場にはブリットルもいたよね? 僕二人に相談してたよね? 何でその場で止めてくれないわけ……」
「わたしも疲労で相当頭がイカれていたんだろう。サヴァランは元からイカれてるが」
「酷くね?」
「酷いのは君だよ、サヴァラン……」

 おかげで今でもあの話は親しい騎士の間でたまに笑いぐさにされている。殴られた頬も当然しっかり腫れ、治るのに数日かかった。

 好きになろうと努力はしたが、恋心が芽生えることはなかった。それでも一応相手の要望に添えるよう時間を捻出して会ってはいた。不誠実で軽率だったことは否めないし反省もしているが、あの頃の自分は数日徹夜が続くこともザラで、言い訳をするなら疲労で完全に判断力が死んでいた。

 付きまといにも精神的に参っていたのだが、付き合ったことでそれがピタリと終わったのもまた事実だった。

「いやいや、でも付きまとわれなくなったでしょ? まさに肉を切らせて骨を断つ作戦さ! オレの知略が華麗かつ完っ璧に功を奏したというわけ!」
「相変わらずお粗末な知略だ。骨を断つのに切らせた肉は挽肉ひきにく状態だぞ」
「本当にね。僕は心に深ーい傷を負ったよ……」

 このまま流されるのも悔しいので、少し大げさに演技し、嫌味を込めてため息をついた。

「大変だったんですね。そんなに参ってたなら半殺しにしてやればよかったんじゃないですか?」

 メリーは同情のこもった苦笑を浮かべながらとんでもないことをサラリと口にする。

「それやると社会的に死んじゃうよね、僕」
「アイゼア、この子ヤバくない? 桃色ふわふわで誤魔化されてるけど、めちゃ怖っ」
「お前もだいぶヤバいから安心しろ」
「ブリットルがさっきから冷たいっ」

 ひしっとサヴァランに腕を捕まれ、思わず苦笑が漏れる。

「ねぇ、キミさっきの半殺しは冗談? それとも本気?」
「本気です」

 当たり前だと言わんばかりに即答するメリーにサヴァランはますます引いているようだった。

「その人、自分がアイゼアさんよりも弱い立場であることを利用して付け込もうとしてたんですよ。守られる立場だとわかってて迫るのは力で強引に意のままにしようとしてるのと同じです。因果応報、力で捩じ伏せられて当然です。それと、家族と自分を天秤にかけさせる性根もかなり気に食わないですね」

 想像以上に深刻に捉え、真剣に意見しているメリーを物珍しそうに二人は見つめる。同情はされても、この話を笑い話にせず真面目に考えてくれる者は少なくともこの騎士団内にはいない。

「すみません、話が逸れましたね。とにかく恐怖を植え付ければ、また話しかけようなんて思いませんよねってことです。アイゼアさんも、もし次あったときはすぐに言ってください」
「うん、ありがとう……気持ちだけ受け取っておくよ」

 アイゼアは絶対に頼ったらダメだと心に固く誓い、丁重にお断わりしておくことにした。

「なぁなぁ、スピリアの霊族ってみんなキミみたいな考えなの?」
「セントゥーロの人たちよりは確実にそうだと思います。魔力至上主義社会だったので、基本的には実力が物を言うところでしたし。族長家や御三家は強大な魔力を持つ家系で、本来は領地の頂点に立って弱い霊族を保護する役目があったんです。長い年月をかけて腐ってあの有様ですが」

 二人はメリーが話すスピリアの話に興味があるのか、いつになく真面目な顔で耳を傾けている。

「基本的には力を力で抑えて秩序を保ってた国だったので、族長家や御三家同士での牽制けんせいや争いも当然ありますし、魔力の優劣で序列も簡単に変わります」
「何でキミが力で押し切ろうみたいな考え方なのかはわかったけどさ、セントゥーロではダメー。ここで暮らしてくなら覚えといた方がいいよ」

 珍しくサヴァランが殊勝なことを言っている、という驚愕の視線をアイゼアは送る。

「ふむ……スピリアで違法な研究が横行したのも頷けるな。だが能力で優劣が決まるのは嫌いじゃない。貴族か平民か、それだけでどれだけ苦労したか。どっかの誰かはへらへらしてるだけで中隊長だというのに」
「え、何、それオレのこと言ってる……?」
「自覚あったのか。私は今、人生で一番感動してる」

 ブリットルは感心したように僅かに目を丸くした。だがその感動もすぐに消えたのか元の無表情に戻る。酷い、傷ついた、と喚くサヴァランをブリットルは完全に無視すると少しだけメリーの方へと顔を向ける。

「メリー、お前から見てアイゼアはどう見える。少し気になる」

 サヴァランはともかく、ブリットルから話しかけるのはかなり珍しい。実力重視な性格が合っているのか、興味を抱くような人物として彼女の目に映ったのか。

 ブリットルはかなり貴族嫌いなところがあるが、メリーは一応こちらの国で例えるならサヴァランと同じくかなり高い地位の貴族にあたる。

 だが彼女の人柄は丁寧でありながらそれをあまり感じさせない。そこがまたブリットルの興味を引いたのかもしれないが。

「そうですねー……第一印象は隙がなくて、笑顔が胡散臭い人だと思いました」

 メリーは何か思い出すように視線を上に向け、うーんとうなりながら言葉を続ける。

「出会いが最悪で、満身創痍まんしんそういの私の手足を拘束して尋問にかけてきたんですよ。何が何でも情報を吐かせようっていう圧を感じましたね」

 引くわ……とでも言いたげな二人の視線がアイゼアへ突き刺さる。

「その前にこっちの警告を無視したんだから、メリーにも非はあるんだけどなぁ」

 一応名誉のために弁解はしておく。別に嫌がらせで拘束して尋問したわけではないのだと。
 人の記憶というものは嫌なものほど残りやすいもので、その前にミルテイユから守ったことなどすっかり忘れてしまっているに違いない。

「まぁまぁ、これは最初の印象の話ですから。本当は家族思いでお人好しで……ちょっとだけ脆い人って感じですかね」

 お人好しでもろい、メリーから自分は少し頼りない人物として捉えられているらしく地味に落ち込む。

 頼れる仲間というよりは守らなければならない仲間という含みがあるような気がしてならなかった。全く良い印象を抱かれていない気すらしてくる。

「でも私には足りないものを沢山持っててすごいんです。そこに敬意を抱きますし、何度もアイゼアさんには助けてもらいました。期待するような面白い話はできなくてすみません」
「いや、いい。率直に聞いてみたかっただけだから」

 現金なことに、敬意を抱くなんて言われたことで落ち込んだ気持ちが浮上してくる。頼りにされている面があるのだとわかったからだ。自分も大概単純にできているものだと、半ば呆れてしまった。

「よかったな、アイゼア。尊敬されてるんじゃーん?」
「サヴァランも誰かに尊敬してもらえるようになれるといいね」

 サヴァランに肘でつつかれ、一際ひときわ深い笑みを作って嫌味を返してやった。相当刺さったらしく、サヴァランは机に肘をつき頭を抱え始める。

 二人は仕事上がりだったらしく、しばらく四人での会話は続き、三人は初対面とは思えないほど話に花を咲かせていた。



 時間はあっという間に過ぎ、騎士団本部の入り口までメリーを見送る。街灯の明かりはあるものの、人通りはだいぶ少ない。

「本当に見送らなくて大丈夫かい?」
「明日は仕事なんですよね? 宿舎もすぐそこなんですから、わざわざ送ってもらわなくても大丈夫です」

 何度も送ると言ったのだが、メリーは頑なに一人で帰ると言って譲らなかった。メリーは虚空から杖を呼び出すと、その水晶の部分に光術で明かりを灯す。

「それに人間が束になって襲ってきたところで、負ける気はしません」

 確かに普通に戦えばそうだが、万が一不意打ちにでも遭えば結果はわからない。一抹の不安を抱えながらも、メリーの意思を尊重してこの場で見送ることにした。

「今日はありがとうございました。サヴァランさんとブリットルさんもお話できて楽しかったです。それじゃあ、おやすみなさい」

 メリーは軽く会釈をすると杖の明かりで照らしながら帰路についた。その後ろ姿が見えなくなった頃、ブリットルがぽつりと呟く。

「いいヤツだな。お前のダメなところをよくわかってる」

 相変わらず表情筋は死んでいるが、声色は僅かに明るく軽い。

「……それ、いいの?」
「いい」

 ブリットルは無表情のまま力強く頷いた。

「なぁなぁアイゼア、それよりさー」

 サヴァランが勢いよく両肩を掴んでくる。何か企むような満面の笑みに、あまりいいことを考えていないな、というのがひしひしと伝わってきた。

「あの子のこと、もしかして好きだったり?」

 何を言い出すのかと思えばと、アイゼアは深いため息の中に呆れを込めて吐き出す。

『おかえりなさい、アイゼアさん』

 サヴァランに問われ、一瞬だけあの日のメリーの姿が頭をよぎる。

「恋愛とかそういうことは考えたことなかったなぁ……」

 仲間や友としてならハッキリ好きだと明言できるが、恋愛対象として意識したことはなかった。というより、あの旅の中にはそんな余裕はほとんどなかったように思う。皆がそれぞれ必死で、毎日命を擦り減らすように戦っていた。

 改めて考えるなら全てが落ち着いた今なのだろうが、自分でも正直なところどう思っているのかわからない。

 いや、わからないと考えている時点で恋愛対象として一定の好感はあるのだろう。だからといって今メリーに対して恋愛感情があると言えるのかと聞かれれば、それはまた違うような気もした。

「あれあれ? オレいつ恋愛対象として、なんて言ったかな〜? 意識してんじゃーん?」
「僕には通用しないよ。そんな幼稚な駆け引きで動揺が誘えると思う?」
「お前の精神年齢は初等部止まりか……嘆かわしい」

 どう考えてもそういう意味で聞いただろうとブリットルと二人で冷ややかな視線を送ると、サヴァランは何も言い返せず不満そうに口を尖らせた。

「でもあの子、物騒でちょっとヤバい感じだったな。悪いヤツじゃないし国柄の違いだとは思うけどさー」

 メリーの発言とまとう雰囲気は確かに他人を怯ませる迫力がある。だがそういうものが雰囲気に出てしまうほど武装しなければ生きてこられなかった事情があることをアイゼアは知っている。だからこそ、少しだけサヴァランの発言が引っかかった。

「確かに誤解されやすいけど、仲間思いで強い人だよ。僕もカストルもポルッカも、メリーには何度も助けられてるしね」
「ふぅーん……?」

 いぶかしむようなサヴァランの視線に心地の悪さを感じ、眉をひそめる。

「アイゼア、怒るな。元々サヴァランは人を見る目が腐ってる。わたしはメリーはいいと思う。仲良くなれそうな気がした」
「うっわ、珍し……」

 サヴァランが呟いた通り、ブリットルは他人に対して好感を抱くことがあまりない。会話をしてみて波長が合ったのだろうか。

「また話してみたい。今度はサヴァランがいないときで頼む」
「まぁ、それなら考えておくよ」

 ブリットルから歩み寄ろうとするなんて、こんなことは早々ない。メリーには人間の女性の友人はいなかったはずだし、ブリットルも友人は少ない。仲のいい人が増えるのは双方にとって悪くない話だろう。

「えー! オレハブるの? 酷くない!?」
「物騒だから近づきたくないんだろう?」
「そんなことない! オレも仲良くなる。二人いるときに頼むよ、アイゼア〜」

 ブリットルはまだしも、サヴァランは本当にろくなことを言わない。今日だけでも秘匿したいものをメリーの前で散々晒されたような気がする。

 アイゼアは縋りついてきたサヴァランの腕を引き剥がしながら、皮肉っぽい笑みを貼り付けて口を開く。

「絶対、嫌だね」


第5話 君は規格外、僕は想定外  終
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