前章

 スイウやフィロメナたちと共にサントルーサへ戻り、この街に住むと決めてから慌ただしく生活の準備が始まっていった。

 メリーは一先ひとまず借家を借りて部屋を数日かけて整理し、先日専属傭兵の登録手続きも終わらせた。これで少しは落ち着いてくるだろうとは思うが、悠長なことをしているつもりはない。これまで貯めていた貯金に魔法薬で稼いだお金を足して、すぐにでも家を買おうと思っている。

 屋敷に住んでいたメリーにとって、この借家は隣人との距離があまりにも近すぎて居心地が悪い。
 何となく気落ちしため息をつくと、備え付けの家具と最低限の物しかない室内に、けたたましく玄関の扉を叩く音が響いた。

「はーい、今出ますねー」

 こんな朝早くに一体誰だろうか。隣人か、それとも大家か。そんなに強く叩かなくてもいいのにと内心文句をつけながら扉を開くと、そこには小さなお客さんが一人立っていた。

「カストルさん?」

 ここまで走ってきたのか息を切らして顔を真っ赤にし、不安そうに歪んだ顔がメリーを見上げていた。

「すっ……すみません、無理なお願いだってわかってるけど……ポルッカが昨日から風邪をひいて、全然良くならなくて」

 カストルの声はどんどん涙声へと変わり、しゃくりあげながら懸命に事情を説明してくれた。

「アイゼアさんは? 病院へは行きましたか?」
「兄様は今晩までは仕事で他の街に行ってて……病院はノーゼンと一緒に行ったけどっ」
「ノーゼン……?」
「あ、家の執事のノーゼンのことで……」

 病院にも行っていて、見ていてくれている大人もいるのであれば自分にできることなどもうほとんどないだろう。

「全然ご飯も食べれなくて。メリーさんは薬屋さんなんだよね? お願い、ポルッカを助けて」

 薬屋さんという単語に僅かな違和感を感じつつも、ここまで懇願されておきながら、できることなどないと追い返すのは心苦しく感じる。そう思う程度にはカストルに情はある。

 少しは効果の期待できそうな魔法薬や、香油、薬草、魔晶石など必要な道具を乱雑に詰めていき、それなりの重量になった肩掛けかばんを気合いを入れて持ち上げた。

「私にできることがあるかはわかりませんが、とりあえずポルッカさんのところへ連れて行ってください」

 その一言で、カストルの表情がみるみる明るくなる。何ができるというわけでもないが、こちらをある程度頼りにしていることだけはわかった。
 道すがら何度もお礼を言われながら、メリーはカストルの後についていった。


 サントルーサの北区、貴族街。しばらく続く坂を登った先にある屋敷の一つを、あれが自分の住んでいる場所だとカストルが指差す。

「お邪魔します」

 控えめに挨拶しながら鉄格子の門をくぐった。手入れされた庭を通り過ぎ、案内されるがままに屋敷の中へと入る。エントランスの中央付近まで進んだところで名前を呼ばれたカストルが立ち止まった。

「カストル様、今までどちらへ!」

 カストルの姿に気づいた執事らしき服装の男性がこちらへ駆け寄ってくる。

「こちらのお客様は……?」

 男性の視線を感じ、控えめに笑みを作りながら軽く会釈えしゃくをする。

「アイゼアさんの友人で、メリーと申します」

 本名が世界中に知れ渡ってしまったせいで名乗ると面倒なことになる。役所での手続きや借家を借りるときの契約など、本名を相手に伝えなくてはならないときのやりとりは面倒臭くならなかった試しがない。完全な経験則だ。

「メリーさんは薬屋さんだから。ポルッカを診てもらおうと思って」
「あ、駆け出しのようなものなので大したことはないんですけど……心配だったので」

 おそらく人間が想像する薬屋とは少し異なるため、メリーはすかさず予防線を張る。医学の心得は多少あるが、さすがに医者と同じことができるかといえばできない。メリーができるのは治療ではなく看病や緩和程度のものだ。

「左様でしたか。私はこの屋敷で執事をしているノーゼンと申します。早速お部屋へと──

 その瞬間奥の扉が開き、やや痩身そうしんの中年くらいの男とカストルと同じくらいの年齢の子供が二人が出てきた。こちらの姿を見るなり、三人揃って不愉快だと言わんばかりの不躾な視線を投げつけてくる。

 サントルーサに来てからいきなりこういう視線を向けられるのは初めてのことで、逆に妙な懐かしさすら感じた。

「……旦那様」

 執事がうやうやしく礼をし、カストルは怯えたようにメリーの背中へと隠れた。

 旦那様ということは父親……いや確かアイゼアは義理の両親を亡くし、叔母夫妻に二人を預けていると話していたような気がする。
 とすれば彼はおそらく叔父で、そして隣にいる子供二人はカストルにとっては従兄弟いとこということになるのだろう。

「ノーゼン。何だこの小娘は?」
「初めまして、私はメリーと申します。アイゼアさんの友人で、しがない薬屋でございます。ポルッカさんがご病気だと伺い、こちらに参りました」

 ノーゼンが口を開くより早く、メリーは一歩進み出ると左手を胸に添えながら右足を引き、膝を軽く曲げて挨拶をした。

「薬屋? こんな小娘がか。まぁアイツの知り合いならどうせヤブだろう。金は一切払わんぞ、薄汚い貧乏人め」
「兄様とメリーさんを悪く言うのはやめて!」

 反射的に反論するカストルを男性は威圧的ににらみつける。メリーの背中に触れているカストルの手はカタカタと小さく震えていた。その様子を従兄弟の二人は意地悪く笑って眺めている。

 アイゼアはあまり実家のことを詳しくは語らなかったが、まさかこんな環境に二人が置かれているとは思いもしなかった。

「あの、お代を戴こうとは思っておりませんのでどうぞご安心ください」

 面倒に感じつつも、礼儀を欠かないよう細心の注意を払いながらにこやかな微笑みを貼り付ける。正直笑顔の方は少し自信がないが、まぁこの際それはいい。

 とにかく自分にできるのは、自分の対応のせいでアイゼアやカストルとポルッカが悪く言われないようにすることだ。この手の者は、攻撃する隙を与えるとつけあがる。当然、一瞬たりとて抜かるつもりはない。

「フン……物がなくなったら騎士団に突き出してやるからなっ。ノーゼン、ついて来い」
「は……はい、旦那様」

 男性はフンと鼻を鳴らして立ち去っていく。ノーゼンは申し訳なさそうにこちらに会釈し、彼の後へと続いた。

「どけよ、俺ら学校に行くんだけど?」

 よくよく見れば従兄弟らしき二人はかばんを肩にかけている。だが別にこちらも玄関を塞いで邪魔しているわけではない。

「避けていけばよろしいのでは?」

 至極普通の疑問を従兄弟らしき二人の少年へぶつけると、沸点が低いらしく憤慨し始める。

「お前らがどけ! 俺はこの家の長男だぞ!」

 と踏ん反り返って威張り散らしている。しっかり親の遺伝を受け継いでいるらしい。

「兄ちゃん、もういいから行こうよ。遅れちゃうよ」

 下の弟らしき方が、兄を引っ張って玄関へと向かっていく。その背中が扉の向こうへ消えるまで、カストルと二人無言で見つめていた。

「嫌な思いさせちゃってごめんなさい」

 カストルはジャケットの袖を強く握りしめ、悔しそうに俯く。こうやって二人は肩を寄せ合って、この屋敷で身を縮めて暮らしているのだろう。
 とても良い環境とはいえない様子と、それでもそうするしかないないのであろうアイゼアの立場をメリーは憂いた。

「嫌な思い? そんな感じありました?」
「え、でも……汚い言葉で……」
「あぁ。私、どうでもいい方のどうでもいい発言は本当にどうでもいいので」

 一々記憶もしません、と言うとカストルは目を丸くし呆けた顔で黙り込んだ。
 正直メリーにとってこの程度はよくあることのそんな人もいたなぁという記憶の一部にしかならない。明日には顔も朧気になっていることだろう。

「それよりカストルさん、今日は学校に行かないといけないんじゃないですか?」
「え……」

 カストルは驚いたように目をぱちくりとさせ、首を何度も横に振る。

「あんなポルッカを一人でこんなとこに置いていけないよ! 僕が……兄様の分も僕がそばにいてあげなくちゃ」

 カストルの気持ちはわかる。あんな信用できない冷たい人間と病気のポルッカを同じ屋根の下に放っていくなんてできないだろう。

「大丈夫です。今日は私が一日ついていると約束します。あなたはしっかり勉強して、ポルッカさんに今日のことを教えてあげてください」

 カストルの両肩に手を添え、少しだけ屈んで視線の高さを合わせる。

「絶対約束して。ポルッカを一人にしないで……」
「約束します。何があってもここを離れません。あなたが帰ってくるまで」

 カストルはメリーの言葉を信じたのか、学校へ行くことを選択した。元気のいい「行ってきます!」を見送り、メリーはカストルから聞いておいたポルッカがいる部屋へと向かった。


 ノックをするが返事はなく、一言断りを入れてから入室する。少し大きめの部屋にシングルベッドが二つ、ローテーブルと長いソファが一つずつと、小さなソファが二つ置かれている。奥に置かれた本棚には絵本から教本まで、整然と並べられていた。

 ベッドの片方に小さく盛り上がった丸みを見つけ、あれがポルッカだとすぐにわかる。傍らへと寄りポルッカの顔を覗き見ると、苦しそうに口呼吸を繰り返していた。

 額のタオルを除けようと掴むと、すっかり温くなった温度が手に伝わってくる。それから額と首筋に手を当て、体温を診た。体温計で測ったわけではないので正確ではないが、熱はまだかなり高そうだ。

 サイドテーブルに置かれた薬と処方箋しょほうせんを手に取り、薬は何を処方されたのか確認する。

「ポルッカさん、メリーです。体調はどんな感じですか?」
「メ……リーさん。喉が、痛くて。あと熱と……鼻詰まりと、咳と少し吐き気も……」

 ポルッカはすっかり枯れてかすれたガサガサの声で何とか症状を伝えてくれた。

「食欲はやっぱりないですよね?」

 その問いにポルッカは小さく縦に頷く。

「なくても水分だけは必ず摂るようにしてくださいね」

 まず水分不足にならないように気をつけ、次に体力を戻すには食事を摂る必要がある。お腹が痛くないということは食中毒からくるものというわけではなさそうだ。
 少しでも食事できるよう、それを阻む喉の痛みと吐き気を抑えるのが先決だろう。喉の痛み止めは薬を処方されているので、こちらで何か薬を使う必要はない。

「ポルッカさん、口を開けてください」
「苦いお薬?」
「どんな症状も軽くしてくれる霊族の秘薬ですよ」

 メリーはかばんの中から小瓶を一つ取り出し、白く丸い小さな飴をポルッカの口に二粒入れる。

 スピリアでは単純に疲労回復や気を静めるときに食べたり、風邪を引いたときの定番としても出てくるもので、ドロップと呼ばれている。

 霊族の秘薬などと言ったが、本当は蜂蜜と数種類の薬草を混ぜて魔力で固めるだけの簡単なもので、家庭や人によって混ぜるものも変わってくる。硬さや溶け方、色、形も人の数だけ多種多様だ。

 簡単に説明するなら薬というよりは飴や砂糖菓子のようなものという表現が近い。薬との相性を考えなくていいので、重宝されているのだ。

 メリーは薬草にも魔力を込め、口に含んだらすぐにほどけて消える繊細さになるように手間をかけて作っている。だからこそただ混ぜた民間療法的なものより効果が期待でき、限りなく魔法薬に近いものになっている。

 混ぜた薬草の効能だけでなく、込められた魔力のおかげで息苦しさの解消や疲労回復、安息効果も強まっているため寝付きやすくなるだろう。

「甘くて、メリーさんの香りがするね」

 ポルッカは苦しそうな呼吸をしながらも、僅かに頬を綻ばせる。メリーさんの香りがするというのはどういう意味なのかと首を捻りながら、ついでに水分も補給させた。水属性の魔晶石を取り出し、額のタオルを洗って取り替える。

「汗をかいたらすぐに言ってください」
「今、すごくかいてる、かも……」
「なら今すぐ服を取り替えましょう。ええっと、服は……」
「そこの、タンスの中……だよ」

 指を差されたタンスの中には寝間着や下着の替えが入っていた。それらを一式取り出し、ポルッカの元まで持っていく。

「自分で着替えれますか? 手伝いますか?」
「一人で大丈、夫」

 こちらに迷惑をかけないようにとしているのか、怠そうな体を自力で起こす。着替えを始めたので下着になったところで後ろを向くと、程なくして着替えが終わったと声がかかった。メリーは脱ぎ終わった寝間着など一式を水属性の魔晶石を使って洗っていく。

「うわぁ、すごい……」

 空中に浮かんだ水球の中で洗剤と服がぐるぐると回っている。スピリアの霊族ですらこんな直接的な使い方をする者はほとんどいないだろう。

 簡単そうに見えるかもしれないが、水球を作ること、空中に滞留させること、形を保ったまま内側の水だけ激しくかき回すこと、その三つを同時制御できる能力が必要になる。

 それなりに鍛錬を積んできたメリーにとってはこの程度朝飯前だが、大多数の霊族からすればそれなりの高難度だろう。水球は炎術で消し、次に同じ要領ですすぎ、最後に炎術で乾燥させれば洗濯は終わりだ。

「ねぇ、それ……わたくしにもできる?」

 余程珍しい光景だったのか、ポルッカは目を輝かせてこちらを見上げている。その姿がフランと被って見えた。フランも風邪を引いたとき看病してやり、目の前で同じことをすると自分もいつかできるようになるかな、と目を輝かせていた。

「それは努力次第ですね」

 と、決まってそう言っていた。フランはできるようになるって言ってー、と膨れ面していたことを思い出す。

 魔晶石を使うため魔力はなくても、制御力さえ鍛えればできなくはない。努力次第だが、相当努力しなくてはこれを一人でこなせるようにはならないだろう。

「じゃあ元気になったら教えてくれますか?」
「そうですね。元気になったら」

 ポルッカは嬉しそうに口角を上げて笑った。

「さぁ、今は寝てください。しっかり風邪を治しますよ」

 頭を優しく撫で、掛け布団をしっかりと上までかける。暖房がなく、やや冷え気味の部屋の温度を炎属性の魔晶石で上げた。

 持ってきておいた小さなカップに水を張り、眠気を誘う効果のある精油を数滴垂らしてから炎術で少しずつ蒸発させていく。少しずつ柑橘系の香りが部屋に広がり、ついでに空気の乾燥もこれで多少抑えられるだろう。

 だがこれで終わったわけではない。ポルッカの様子をしばらく見守り、眠ったのを確認してから動き出す。
 この様子では昨晩からほとんど何も口にしていない可能性もある。吐き気が治まっていれば、昼は何か食べさせた方が良いだろう。メリーは屋敷の中の厨房を探しに、部屋を出た。




 昼を過ぎ、ポルッカは遅めの昼食をとっていた。何とか食べようと思えるところまで回復したようで、少しだけ安堵あんどする。

 ポルッカは複数の野菜をポタージュ状にしたジンジャースープをゆっくりと口に運んでいく。ノーゼンやメイドたちに野菜を潰すのを手伝ってもらった甲斐があるというものだ。

 この家では叔父や従兄弟たちからは冷たく扱われているようだが、仕えている従者たちは皆カストルやポルッカにも優しいようだった。
 聞くところによると、前の亡くなった夫婦の頃から仕えていたらしい。苦しいことに変わりはないが、完全にないがしろにされている中に置き去りにされているわけではないとわかったことが一番安心できた。

 ポルッカはスープを完食したため、メリーは食器を厨房へと下げた。


 部屋へ戻るとポルッカは体を起こし、絵本を読んでいる。少し体が楽になると油断するのはよくあることだ。

「ダメですよ。調子に乗ると、夜ぶり返したりしますから」
「あ、ごめんなさい」

 ポルッカは素直に読んでいた絵本をサイドテーブルへ乗せ、布団に潜り込む。メリーは小さな丸椅子に腰掛けると、サイドテーブルに置かれた絵本を手に取った。

「こぐまのウーノの旅物語……そのシリーズの絵本がお気に入りなの」

 絵本を開くと、美しい冬景色と可愛らしい子熊が柔らかい雰囲気で描かれている絵本だった。

「ねぇ、この前行ったノルタンダールも冬はそんな感じなの?」
「え?」
「たくさん雪が降って積もるって聞いて……」

 絵本を更に捲っていくと、子熊と共に街に積もった雪景色や雪原、雪山などの絵が出てくる。淡くどこか温かそうにも見える雪景色の絵は何とも癒やされる美しさだが、ノルタンダールの冬は決して甘くない。

 雪というよりは氷に閉ざされるという表現が正しく、雪原や雪山は息を呑むような美しさだが、同時に簡単に人の命を奪う鋭利な無慈悲さを持っている。

 そして熊という生き物はこんなにも可愛くない。獰猛どうもうで凶暴で種類によっては人を捕食するし、魔術や武器がなければ人などなす術もない。

 極寒の地に暮らすというのは決して楽なものではない。あの地が炎霊族が開拓した場所として炎霊族自治区と呼ばれ、なぜ他者を拒む者が多く住まうのか。それはあの土地柄のせいもあるのだろうと思う。

「ノルタンダールの冬はいきなり飛び込むと死にますよ。あと、本物の熊には近寄らないこと。頭からむしゃむしゃ食べられたくないなら」
「死……食べ……!?」

 ポルッカが顔を強張らせ、ゴクリと唾を飲み込む。

「……この景色が見たいなら、九の月の下旬から十の月の中旬くらいまでに行くといいんじゃないですか?」
「じゃあもうすぐノルタンダールには雪が降るんだね」
「そうですね……」

 メリーは窓の外を見る。ノルタンダールとは全く違う、まだ見慣れない景色がそこにある。
 高いところに建てられた屋敷のため、サントルーサの街並みが遠くまで見渡せた。窓から差し込む西日が眩しく、目を細める。

「メリーさん、絵本読み聞かせてほしいな」

 ポルッカの熱で潤んだ瞳がこちらを見つめている。フランは子守唄がいい、とよく言っていた。眠るまで歌わされ、逆に自分の喉を痛めそうになったこともあったなと苦笑する。

 普段はそんなことを言わないのに、どういうわけか風邪を引くとそう言って甘えるのだ。風邪のときというのは、弱気になって甘えたくなるものなのかもしれない。

 自身が幼い頃は風邪を引いても構成員たちが事務的に看病してくれただけだった。ミュールとフランと暮らすようになってからは、移さないよう部屋に鍵をかけて一人でこもっていた。

 そのせいか、風邪になったときに甘えたくなるという感覚はよくわからないような忘れてしまったような、そんな感覚だ。それでも「お願い」とせがまれたら、こんな日くらいは聞いてあげたいという思いになる。

「いいですよ」

 絵本を一度閉じ、最初のページを開く。

「ふふ、お兄様みたい」
「そうですか?」

 自分にアイゼアの姿を重ね見ているということは、それだけ信頼されていると思っていいのだろうか。何にせよ、安心できる環境を整えてあげられているのなら、今日ここに来た意味もあるというものだ。

「こぐまのウーノの旅物語。雪の国のお話──


第2話 兄の代理  終
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