前章─復讐の先に掴む未来は(1)

 話は終わり、それぞれが今すべきことのために解散していく。メリーは重い気持ちを抱えたまま再び結界の解除作業に戻った。

「アイゼア殿、少し残ってはもらえないだろうか?」

 立ち去りかけていたアイゼアを引き止めたのは、先程まで沈黙を貫いていたカーラントだった。

「僕? 構わないけど……?」

アイゼアがメリーとカーラントの傍まで近寄る。

「確認したい。今まであなたが彼らをまとめて、策や行動指針を出してきたのではないか?」
「どうだろう……意識したことはないかな。立場上そういう場面は確かにあの中では多かったかもしれないけど」

 カーラントの指摘する通り、メリーたち五人がバラバラにならずに一つにまとまってきたのはアイゼアのおかげだろう。
 何かしら策を立案したり、騎士団に働きかけての根回しや作戦の成功率を上げる努力を誰よりもしてくれていた。カーラントはそれを同行している間に察したのだろう。

「父様は今の戦力をぶつけて勝てる相手ではない。力も数も状況も圧倒的に分が悪いからな。何か作戦は立てているのかね?」
「ずっと話し合ってはいるんだけど、僕たちは霊族の戦術をほとんど知らない。戦闘経験も魔術の知識も乏しくて、推測をするのも難しい状態だね。何か考えがあれば知恵を貸してくれると助かるよ」

 アイゼアは何か方法はないかと眉間にシワを寄せる。そんなアイゼアにこの話をするのは心苦しいが、黙っているわけにもいかないとメリーは口を開く。

「策の話ではないのですが、これからの戦場は天界になるので下手をすれば私は魔術が一切使えなくなります」

 アイゼアの表情が陰り、一人だけ時間が止まったように凍りつく。

「……えっ、魔術が使えなくなるってどういうこと?」
「天界には精霊しかいないはずです。私の魔力は精霊にはあまり好かれないので、魔術が発動するかどうか……」

 冥界の気を好む妖魔の性質を考えれば、天界に妖魔はいない。そして精霊は冥界の気を嫌い、あまりメリーに協力的ではないのだ。

「触媒を使えば全く使えないってことはないはずですけど、威力が減衰するのは避けられないと思います」
「そっか、頼りにしてたんだけどかなり厳しいね……」

 苦笑して誤魔化してくれてはいるものの、落胆したのは確実で、少し心苦しさを覚えた。

「やはりセントゥーロの人間は霊族や魔術に詳しくないのだな。もしよければ私の話を聞いてほしいのだが」

 いよいよ手詰まりだと言わんばかりのアイゼアは、少しでも何か手がかりになるものがあればとカーラントに続きを促す。

 カーラントが話し始めたのは霊族の戦術の話だった。当主候補として英才教育を受けてきたカーラントは戦術や用兵術にも詳しいはずだ。

「霊族は使える魔術や得意技能、戦況によって役割が大きく変わる。例えばメリーは攻撃特化型だから集団戦の場合は最前線配置が良いだろう。私は防御支援型だから中衛に配置するのが定石だ」
「魔術士を前線に配置?」

信じられないといった様子でアイゼアは首を振る。

「セントゥーロの魔術士は魔力が弱いから後方だな。メリーの魔術には破格の瞬発力と威力がある。少数での近距離戦はさすがに向かないが、混戦が見込める戦いにおいて無詠唱かつ高威力の魔術が最前線で炸裂すれば敵陣に簡単に穴をあけられる」

 カーラントの話にアイゼアは真剣に耳を傾ける。メリーとしても用兵術や戦術に関しては簡単な知識しかないため、かなり興味深い話であった。

「それと天界で魔術が使えないという話は、媒体ばいたいを使えばある程度解消できる。魔力と威力もそれなりに補えるはずだ」

 メリーはクロノ鉱石をカーラントから手渡された。これがカーラントの言う媒体だ。

「なるほど。クロノ鉱石ですか。魔術に使用する魔力がほぼ媒体から発せられるなら、冥界の気はかなり抑えられるかもしれませんね」
「これでメリーの魔力の問題はほぼ解決だろう」

 魔力を直接行使すれば穢れは当然含んだままだ。だがクロノ鉱石は一度魔力を溜め込む性質を持つ。そこから溜め込んだ魔力を引き出して魔術に変換すれば、魔力に含まれた穢れはかなり抑えられ、威力も実用可能範囲まで引き上げられるはずだ。

「良ければカーラントが中衛に位置する理由も聞かせてくれないかい?」
「あぁ。私は幻術使いだから、そもそも存在自体を敵に気取られない方がいい。全体の状況を判断しつつ陣形の維持や敵を妨害したり撹乱したり、味方の生存率を向上させる防衛を得意としているのだよ」

 戦いながら誰かを守るというのは非常に難しい。それに専念し、支援してくれる味方がいればかなり助かるだろう。

「霊族の集団戦の役割は大きく前衛、中衛、後衛、最後衛に分けられる。後衛は魔術を切らすことなく打ち続け、最後衛は大魔術の発動を複数人で行う。霊族同士の戦闘であれば優先的に潰すのは面倒な中衛か防御が厳しい最後衛になる」

 そこまでの説明を受け、アイゼアは腕を組みながら僅かにうつむいた。

「僕たちの陣営は大半が人間だから、後衛の波状攻撃だけであっさり壊滅するかもしれないね」
「その通りだ。霊族のように魔術障壁か、魔術を相殺する方法を持っていればいいのだが」
「とすると方針は二つ、後衛を最優先で潰すか後衛の波状攻撃を防ぐ方法を考えるか……」

 カーラントはアイゼアの方針に頷く。後衛を真っ先に排除する方法か、後衛の攻撃を防ぎきる方法と言われて真っ先に頭をよぎるのは、魔術でぎ払えばいいという短絡的な考えだ。
 それだけ自分が魔力と技量だけに物を言わせた戦い方に頼り、戦術や策をおろそかにしてきた証だろう。

「敵を無力化できれば良いのだろうが……幻術も父様の精鋭たちにどれほど通用するかわからない。私のことは知り尽くされているも同然なのでね」
「幻術は精神が不安定なほどかかりやすいんですよね。相手が有利な状況でストーベルもいる。精神的に乱すのはかなり厳しそうですね」

 自身の魔術も若干の不安要素を残しつつ、カーラントさえも当てにならない状況に、こちらの陣営は霊族はいないに等しいのかもしれないと焦燥感に駆られる。
 人間対霊族の戦いの結果はこれまでの歴史が証明しているように、人間側が圧倒的に弱い。

「そうかな? 精神的に揺さぶればいいなら、僕は案外簡単なんじゃないかって思ってるけど」

 アイゼアは今ひとつピンときてないのか首を傾げている。クランベルカ家の者にとってストーベルがどれだけ絶対的な存在なのかをわかっていないのだろう。

「アイゼアさんにはわからないかもしれませんけど、ストーベルのためなら死すらも躊躇ためらわないんです。それもそのストーベル自身がその場にいるんですから、更に強気になってますよ?」
「それはそうだろうね。でも、僕の方法は案外上手くいくんじゃないかって思うんだけどなぁ」

 アイゼアは自信があるのか、閃いた案の説明を始める。その内容は至極単純なようでいて、とても有効的だと思えた。

「なるほど……言われてみれば確かに。あなたの仮説は間違ってないと、私自身身を持って知っている。試してみる価値はありそうだ」
「よし、なら僕は協力してもらえるよう頼んでくるよ」

 そう言うなりアイゼアは街の方へと走って戻っていく。ストーベルへの対抗策は立案された。後はフィロメナの死をどうやって回避するかだ。結界の解除を継続しながら、メリーは何か方法はないかと思案を巡らせていた。


第65話 黄昏は太陽を追いかけて(3)  終  
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