前章─復讐の先に掴む未来は(1)
戻らない先遣隊の使っていた天幕の一つを借りれることになり、中で明日の準備を着々と進めていると天幕の入り口が開く。
「メリー、君の友人たちから預かり物だよ」
小さなポーチを受け取り開くと、中には十本ほど魔術試験管が入っていた。ネレスで使い果たしていた魔術試験管の補充ができそうだ。
「ありがたいですね」
「クラルハイトを発つ前に完成が間に合ったからって頼まれたんだ」
魔術試験管は作るのには何日も時間を要する。再会するよりも前からメリーへ渡すつもりでペシェとミーリャは魔術試験管を作ってくれていたのだろう。口では何も言わないが、できることで支えようとしてくれる二人の思いに胸の内が温かくなる。
アイゼアは槍を片手に少し離れたところに座ると、手入れを始めるようだった。単純な槍と違い、魔装備には魔晶石を起動するための魔工学技術が使われている。扱いには少なからず専門的な知識が必要になる。
「自分でメンテナンスもするんですね」
「試験があって、合格しないと魔装備は支給されない決まりなんだ。メンテナンスできることは最低条件の一つだからね」
丁寧に槍をバラし、壊れた箇所がないか汚れを拭きながら確認しているようだ。バラした槍の傍らに置いてある風の魔晶石に手をかざす。
「ありがとう、助かるよ」
魔力を補填 していることに気づいたのか、いつもの人の良い笑みでお礼を言ってくれた。手慣れているのか、淀みなく的確に修繕していく様子は思わず見入ってしまうほどに手際がいい。
メリーは試験管の整理を終えると、触媒 の核の作成にとりかかる。触媒は鮮度が命だが、触媒をまとめやすくする核を作っておくとその場での生成が素早く行える利点がある。魔力だけに驕 らず、こうした地道な下準備が実戦での生死を大きく分けるのだ。
黙々と作業をし、静かになった空間に剣戟 の音が響く。外ではフィロメナの剣術訓練の相手をスイウとエルヴェがしている。接近戦を得意とし、疲労という言葉を知らない二人には適任だ。
「手の動きも足捌 きも全っ然違う。俺の動きを見て真似ろって言っただろ」
合間にスイウの叱責の声が聞こえてくる。
「そんなこと言ったって早すぎて見えないし、感覚の話されても訳わかんないのよ。もっとこう、ゆっくりやってちょうだい!」
「おいおい、もうカメみたいな速度だろ。ナメクジにしろってか?」
「もー! 仕方ないじゃないっ」
「戦闘に仕方ないもクソもあるか。死ぬぞ」
「お二人共、言い争いはそこまでにして下さい。フィロメナ様、まずは動きと型を一つずつ確認していきましょう。体に覚えさせることに集中してみて下さい」
天才型のスイウとそもそも才能のないフィロメナでは噛み合わないのは当然だ。おまけに性格も何かとぶつかりやすい。ここに来るまでの道中で何度も仲裁に入ったことを思い出し、何となく疲れた気分になった。
今はエルヴェが潤滑油として上手く働きかけてくれているようだが、彼の心労が心配だ。
「まずは、こうよね?」
「なっ何だそれは。ふざけてんのか……酷すぎるだろ」
声だけでもわかるほどにスイウが愕然としている。
「あたしはいつだって真面目に全力よ?」
「無駄に誇るな、胸を張るなっ……そういうのはできるようになってからにしろ。遠慮なく言わせてもらうが、腰が引けすぎ、足も開きすぎ、脇が甘いっ!」
「痛っ……ちょ、刀の背で叩かないでよ」
「背じゃない。峰って言え」
「刀の名称なんか一々知らないわよー!」
「フィロメナ様、落ち着きましょう。教えられた型は覚えているようですし、しっかりと体勢を体に覚えさせるんです」
わーっと騒ぐフィロメナをエルヴェが懸命に宥 めている。
「もう一度一つずつ確かめながらやってみましょうか。あぁ、剣を構える腕に力が入りすぎています。まず肩から力を抜いて……そうです、いい感じです!」
「力を抜くと脇が締まっただろ? 顎や目線が無駄に上がるのは腰が引けて変に前傾になってるせいだ。対象を自然に捉えられる姿勢を意識しろ」
「自然に、自然にね……」
「そうだ。落ち着いてやりゃできるじゃねぇか……ったく」
「では次にいってみましょうか」
会話を聞いているだけで天幕の向こう側にいる三人の様子が手に取るようにわかる。
「ぷっ……ふふっ、いろんな意味で前途多難だね」
アイゼアも外での会話に耳傾けていたのか、笑いを堪 えようと肩を震わせていた。彼が心から楽しそうに笑っている表情は随分 久しぶりに見る。やっと素直に笑えるくらいまで精神が元に戻ってきたのだとわかり安堵 した。
「アイゼアさんとエルヴェさんがいなくて結構大変だったんですよ?」
「さっきの痴話喧嘩の話? あはは、想像できる気がするよ」
「アイゼアさんはすごいですね。仲裁も応対も卒なくこなしますし、騎士の人から好かれてるのもよくわかります」
これはひとえに彼の性格や言葉の巧みさ、日頃からの努力や行いの賜物なのだろう。大半の人から好かれない自分とは大違いだ。
「そんなことないよ。上手くいかないこともたくさんあるし、胡散臭 いとか僕の生まれを聞いて嫌厭 する人も多いしね」
「胡散臭 さだけは否定できないですね」
「なんでそう見られちゃうんだろうねー?」
アイゼアは肩を竦めながらも、どこか楽しげに笑っている。明日にはまた命がけの戦いが始まるかもしれないというのに、穏やかな時間が流れている。
今はもう少しだけ夢を見させてほしい。ミュールやフランたちと暮らしていた頃の穏やかさが少しだけ戻ってきたようだった。
「ねぇ、メリー」
「なんですか?」
おもむろに名前を呼ばれ、作業を続けながら返事をする。
「メリーはストーベルから開放されて破滅が止まった後、何がしたい?」
唐突な質問に思わず手が止まる。顔を上げると同じように手を止めているアイゼアと目が合った。ストーベルを殺した後のことはあまり深く考えたこともないことだった。
フランの願い、ミュールの救出、ストーベルの殺害。そのどれもが目の前にあることばかりだった。ストーベルの支配から逃れたいという漠然とした思いから未来を勝ち取るために戦っているだけに過ぎない。
考え始めれば、『しなくてはならないこと』も『したいこと』もゆっくりと頭に浮かんできた。何を話そうか考え沈黙していると、アイゼアは更に質問を重ねてくる。
「……君はどこへ帰るの? やっぱりノルタンダール?」
そう問われてまた気づく。この旅が終わったとき自分はどこへ帰るつもりだったのか、と。
ノルタンダールの街は嫌いではない。凛と澄みきった空気、重々しく重厚な建物に積もる純白に煌めく雪、圧倒されるほどの荘厳なヴェンデニア山脈の山々、夜は街灯りで橙に染まる。そんな街を高台から望むのが好きだった。だがミュールとフランのいないあの街に帰る場所などない。
「わかりません。でも、ノルタンダールに帰って暮らすことはないと思います」
誰も住まないあの屋敷を引き払ったら、きっと速やかに街を出ていくだろう。表向きはきちんと領主の職務を果たしているため、クランベルカ家は住民にとても慕われているが、黄昏の月であるメリーはまた別だ。
領主の娘という敬われる対象でありながら、恐れ忌み嫌われる対象でもあった。顔と素性が知られているせいで、どこへ行っても何となく疎外される。今更気にはならないが、それでもあのよそよそしい態度は居心地の良いものではない。
「故郷を離れるつもりなんだね」
「はい。あの街に一人でいても何となく肩身が狭いだけですから」
この世界に自分の居場所などあるのだろうか。
「困らせてしまったみたいだね」
「そんなふうに見えますか?」
アイゼアは少し困ったような笑みを浮かべている。前向きな話題だったはずだが、気を使わせてしまったことに申し訳なさを感じていた。それを紛らわすようにメリーは口を開く。
この場が少しでも明るく前向きになるよう、思い浮かんでいたことを話すことにした。
「とりあえず二人のお墓はどこかに建てたいなって思ってます。ノルタンダールじゃなくて、もっと温かくて穏やかなところがいいですね。日当たりのいい明るいところとか、花がたくさん咲いてるところとか」
「よかったら僕も探すの手伝うよ。でもまずはメリーの住む場所が先かな」
アイゼアの言う通り、建てるならいつでも行けるくらいの場所の方がいい。
「それと、誰かの手助けができたら良いかなって思ってます。ミュール兄さんやフランみたいに理不尽に死んでいく人を減らしたいというか……自分みたいな思いをする人を減らしたいというか……まだ具体的に何をってのは思い浮かんでないんですけどね」
この世界には理不尽なことがいくらでもある。ミュールとフランに繋いでもらったこの命を、これからは二人にも喜んで応援してもらえるようなことで使いたい。安心して安らかに眠れるように。
「すごく良いと思うよ。あと、ちょっと安心したかな」
「安心?」
「全部終わったら、忽然といなくなりそうな気がして」
「まさか失踪すると思ってたんですか? 結構失礼ですね」
「いやいや! そういう意味じゃないんだけどね……」
アイゼアの言いたいことがわからず、思わず首を傾げる。ストーベルと決着をつけたからといって、どこかへ消えるつもりはない。未来が少し見えたことでより強く思いが固まる。ストーベルを殺し、踏み越え、必ず未来を奪い返すと。
「そうだ。もし何か困ったことがあれば遠慮なく僕を訪ねてくれていいからね」
「良いんですか?」
「もちろん」
少し得意げに微笑むアイゼアに妙な安心感を覚える。優しい言葉が、まるで雲の隙間から陽光が差し込むように胸の奥に沁みる。
もう目的だけが自分と皆を繋いでいるわけではない。アイゼアだけでなく、何も言わずずっと友人でいてくれるペシェとミーリャの存在やスイウ、エルヴェ、フィロメナ。
これから先の未来も一緒にいていいと言ってくれる人たちがいる。それが嬉しくて、でも何だか少しだけ照れ臭いような気持ちをはぐらかす。
「でもアイゼアさん、忙しいですよね?」
「気にする必要ないよ、きっと力になるって約束する」
当たり前のように向けられる人の良い笑みは、慣れ親しんだはずの故郷よりずっと居心地が良い。友人が増えたと思っていいのだろうか、と心の中で小さく呟く。
「ありがとうございます。そのときはよろしくお願いしますね」
そう言いつつも、その厚意には甘えられないと自分を戒める。弟と妹、騎士としての立場や受け継いだ家名、国民。彼には多くの守らねばならないものがあり、その使命を全うしようとする志の高さもある。それを自分が重荷となって妨げて良いはずがない。
「そのかわり、アイゼアさんが困ったときは私が力になりますから」
だからこそ助けられるのではなく、自分が助けたい。両手で抱えきれないほど多くのものを抱えながら、それでもなお誰かの力になろうとしている人だから。
第55話 描く未来は(2) 終
「メリー、君の友人たちから預かり物だよ」
小さなポーチを受け取り開くと、中には十本ほど魔術試験管が入っていた。ネレスで使い果たしていた魔術試験管の補充ができそうだ。
「ありがたいですね」
「クラルハイトを発つ前に完成が間に合ったからって頼まれたんだ」
魔術試験管は作るのには何日も時間を要する。再会するよりも前からメリーへ渡すつもりでペシェとミーリャは魔術試験管を作ってくれていたのだろう。口では何も言わないが、できることで支えようとしてくれる二人の思いに胸の内が温かくなる。
アイゼアは槍を片手に少し離れたところに座ると、手入れを始めるようだった。単純な槍と違い、魔装備には魔晶石を起動するための魔工学技術が使われている。扱いには少なからず専門的な知識が必要になる。
「自分でメンテナンスもするんですね」
「試験があって、合格しないと魔装備は支給されない決まりなんだ。メンテナンスできることは最低条件の一つだからね」
丁寧に槍をバラし、壊れた箇所がないか汚れを拭きながら確認しているようだ。バラした槍の傍らに置いてある風の魔晶石に手をかざす。
「ありがとう、助かるよ」
魔力を
メリーは試験管の整理を終えると、
黙々と作業をし、静かになった空間に
「手の動きも足
合間にスイウの叱責の声が聞こえてくる。
「そんなこと言ったって早すぎて見えないし、感覚の話されても訳わかんないのよ。もっとこう、ゆっくりやってちょうだい!」
「おいおい、もうカメみたいな速度だろ。ナメクジにしろってか?」
「もー! 仕方ないじゃないっ」
「戦闘に仕方ないもクソもあるか。死ぬぞ」
「お二人共、言い争いはそこまでにして下さい。フィロメナ様、まずは動きと型を一つずつ確認していきましょう。体に覚えさせることに集中してみて下さい」
天才型のスイウとそもそも才能のないフィロメナでは噛み合わないのは当然だ。おまけに性格も何かとぶつかりやすい。ここに来るまでの道中で何度も仲裁に入ったことを思い出し、何となく疲れた気分になった。
今はエルヴェが潤滑油として上手く働きかけてくれているようだが、彼の心労が心配だ。
「まずは、こうよね?」
「なっ何だそれは。ふざけてんのか……酷すぎるだろ」
声だけでもわかるほどにスイウが愕然としている。
「あたしはいつだって真面目に全力よ?」
「無駄に誇るな、胸を張るなっ……そういうのはできるようになってからにしろ。遠慮なく言わせてもらうが、腰が引けすぎ、足も開きすぎ、脇が甘いっ!」
「痛っ……ちょ、刀の背で叩かないでよ」
「背じゃない。峰って言え」
「刀の名称なんか一々知らないわよー!」
「フィロメナ様、落ち着きましょう。教えられた型は覚えているようですし、しっかりと体勢を体に覚えさせるんです」
わーっと騒ぐフィロメナをエルヴェが懸命に
「もう一度一つずつ確かめながらやってみましょうか。あぁ、剣を構える腕に力が入りすぎています。まず肩から力を抜いて……そうです、いい感じです!」
「力を抜くと脇が締まっただろ? 顎や目線が無駄に上がるのは腰が引けて変に前傾になってるせいだ。対象を自然に捉えられる姿勢を意識しろ」
「自然に、自然にね……」
「そうだ。落ち着いてやりゃできるじゃねぇか……ったく」
「では次にいってみましょうか」
会話を聞いているだけで天幕の向こう側にいる三人の様子が手に取るようにわかる。
「ぷっ……ふふっ、いろんな意味で前途多難だね」
アイゼアも外での会話に耳傾けていたのか、笑いを
「アイゼアさんとエルヴェさんがいなくて結構大変だったんですよ?」
「さっきの痴話喧嘩の話? あはは、想像できる気がするよ」
「アイゼアさんはすごいですね。仲裁も応対も卒なくこなしますし、騎士の人から好かれてるのもよくわかります」
これはひとえに彼の性格や言葉の巧みさ、日頃からの努力や行いの賜物なのだろう。大半の人から好かれない自分とは大違いだ。
「そんなことないよ。上手くいかないこともたくさんあるし、
「
「なんでそう見られちゃうんだろうねー?」
アイゼアは肩を竦めながらも、どこか楽しげに笑っている。明日にはまた命がけの戦いが始まるかもしれないというのに、穏やかな時間が流れている。
今はもう少しだけ夢を見させてほしい。ミュールやフランたちと暮らしていた頃の穏やかさが少しだけ戻ってきたようだった。
「ねぇ、メリー」
「なんですか?」
おもむろに名前を呼ばれ、作業を続けながら返事をする。
「メリーはストーベルから開放されて破滅が止まった後、何がしたい?」
唐突な質問に思わず手が止まる。顔を上げると同じように手を止めているアイゼアと目が合った。ストーベルを殺した後のことはあまり深く考えたこともないことだった。
フランの願い、ミュールの救出、ストーベルの殺害。そのどれもが目の前にあることばかりだった。ストーベルの支配から逃れたいという漠然とした思いから未来を勝ち取るために戦っているだけに過ぎない。
考え始めれば、『しなくてはならないこと』も『したいこと』もゆっくりと頭に浮かんできた。何を話そうか考え沈黙していると、アイゼアは更に質問を重ねてくる。
「……君はどこへ帰るの? やっぱりノルタンダール?」
そう問われてまた気づく。この旅が終わったとき自分はどこへ帰るつもりだったのか、と。
ノルタンダールの街は嫌いではない。凛と澄みきった空気、重々しく重厚な建物に積もる純白に煌めく雪、圧倒されるほどの荘厳なヴェンデニア山脈の山々、夜は街灯りで橙に染まる。そんな街を高台から望むのが好きだった。だがミュールとフランのいないあの街に帰る場所などない。
「わかりません。でも、ノルタンダールに帰って暮らすことはないと思います」
誰も住まないあの屋敷を引き払ったら、きっと速やかに街を出ていくだろう。表向きはきちんと領主の職務を果たしているため、クランベルカ家は住民にとても慕われているが、黄昏の月であるメリーはまた別だ。
領主の娘という敬われる対象でありながら、恐れ忌み嫌われる対象でもあった。顔と素性が知られているせいで、どこへ行っても何となく疎外される。今更気にはならないが、それでもあのよそよそしい態度は居心地の良いものではない。
「故郷を離れるつもりなんだね」
「はい。あの街に一人でいても何となく肩身が狭いだけですから」
この世界に自分の居場所などあるのだろうか。
「困らせてしまったみたいだね」
「そんなふうに見えますか?」
アイゼアは少し困ったような笑みを浮かべている。前向きな話題だったはずだが、気を使わせてしまったことに申し訳なさを感じていた。それを紛らわすようにメリーは口を開く。
この場が少しでも明るく前向きになるよう、思い浮かんでいたことを話すことにした。
「とりあえず二人のお墓はどこかに建てたいなって思ってます。ノルタンダールじゃなくて、もっと温かくて穏やかなところがいいですね。日当たりのいい明るいところとか、花がたくさん咲いてるところとか」
「よかったら僕も探すの手伝うよ。でもまずはメリーの住む場所が先かな」
アイゼアの言う通り、建てるならいつでも行けるくらいの場所の方がいい。
「それと、誰かの手助けができたら良いかなって思ってます。ミュール兄さんやフランみたいに理不尽に死んでいく人を減らしたいというか……自分みたいな思いをする人を減らしたいというか……まだ具体的に何をってのは思い浮かんでないんですけどね」
この世界には理不尽なことがいくらでもある。ミュールとフランに繋いでもらったこの命を、これからは二人にも喜んで応援してもらえるようなことで使いたい。安心して安らかに眠れるように。
「すごく良いと思うよ。あと、ちょっと安心したかな」
「安心?」
「全部終わったら、忽然といなくなりそうな気がして」
「まさか失踪すると思ってたんですか? 結構失礼ですね」
「いやいや! そういう意味じゃないんだけどね……」
アイゼアの言いたいことがわからず、思わず首を傾げる。ストーベルと決着をつけたからといって、どこかへ消えるつもりはない。未来が少し見えたことでより強く思いが固まる。ストーベルを殺し、踏み越え、必ず未来を奪い返すと。
「そうだ。もし何か困ったことがあれば遠慮なく僕を訪ねてくれていいからね」
「良いんですか?」
「もちろん」
少し得意げに微笑むアイゼアに妙な安心感を覚える。優しい言葉が、まるで雲の隙間から陽光が差し込むように胸の奥に沁みる。
もう目的だけが自分と皆を繋いでいるわけではない。アイゼアだけでなく、何も言わずずっと友人でいてくれるペシェとミーリャの存在やスイウ、エルヴェ、フィロメナ。
これから先の未来も一緒にいていいと言ってくれる人たちがいる。それが嬉しくて、でも何だか少しだけ照れ臭いような気持ちをはぐらかす。
「でもアイゼアさん、忙しいですよね?」
「気にする必要ないよ、きっと力になるって約束する」
当たり前のように向けられる人の良い笑みは、慣れ親しんだはずの故郷よりずっと居心地が良い。友人が増えたと思っていいのだろうか、と心の中で小さく呟く。
「ありがとうございます。そのときはよろしくお願いしますね」
そう言いつつも、その厚意には甘えられないと自分を戒める。弟と妹、騎士としての立場や受け継いだ家名、国民。彼には多くの守らねばならないものがあり、その使命を全うしようとする志の高さもある。それを自分が重荷となって妨げて良いはずがない。
「そのかわり、アイゼアさんが困ったときは私が力になりますから」
だからこそ助けられるのではなく、自分が助けたい。両手で抱えきれないほど多くのものを抱えながら、それでもなお誰かの力になろうとしている人だから。
第55話 描く未来は(2) 終