前章─復讐の先に掴む未来は(1)

 森に同化しながらミルテイユの視界に入らない位置まで移動し、不意を突く機会を伺う。ただ立っているようにしか見えないが、全くつけ入る隙がない。
 焦れるような気持ちにふたをし、エルヴェはあくまでも冷静に状況を見定めることに努める。恐らく、単純にまっすぐ攻めても防がれるだけだろう。

 音もなく木へと飛び乗り、頭上からの急襲を狙う。二人は多勢に無勢で不利な戦いを強いられ続けている。機会を伺っているうちに殺されてしまっては意味がない。

 だが奇襲は一度きり、二度同じ手は使えない。ミルテイユは鉱山での戦いと同じように霧を展開させ、姿を隠しながら次の魔術の詠唱を始めていた。

 魔力を感じられないアイゼアだけでなく、霧の魔力に惑わされ詠唱していることに気づけないペシェ。その姿は洞窟でミルテイユと交戦していたときのスイウとメリーの姿を彷彿ほうふつとさせた。このままでは詠唱が完成し、霧の中で大きな魔術に二人は飲まれることになる。

 もう出るしかない……そう思った瞬間、アイゼアの槍から暴風が巻き起こり、霧と周囲の敵を蹴散らす。

「そこっ!」

 その隙間からペシェが弾丸のように飛び出し、ミルテイユに接近した。

「おばさん。動かないと腹がゆるむんじゃない?」
「あら、心配してくれなくて結構よ」

 ミルテイユは詠唱を止め、ペシェの一閃を最小の動きでかわしながら、金属質のムチを具現化させる。

「さすがに詠唱はさせてくれないのねぇ」
「ヤバっ」

 無詠唱で放たれた大量の氷の矢をペシェは剣で弾き、障壁を展開する。鞭に絡め取られてしまった剣を素早く虚空へ返した。

「おばさんにプレゼントよっ」

 ペシェは丸い玉を素早く投擲する。ミルテイユが氷の刃を放って撃ち落とした瞬間、眩い閃光と美しい光の粒子が散った。咄嗟とっさに目を庇うミルテイユの動きに、エルヴェは幹を蹴って跳ぶ。
 視界が白く染まる光の中でも、この目は問題なくミルテイユを視認できた。脚力と重力の加速がかかった勢いで短刀を突き出す。

「くっ……!」

 ギリギリのところで気づかれ、短刀は頬を掠めただけだった。着地と同時に跳躍し、再度攻撃を試みる。素早く振るわれた鞭に遮られ、手数を増やすために左手にも短刀を握る。

 放たれた氷の矢が腹部に突き刺さる。構うことなく何度も攻撃をたたみかけたが掠りもしない。

「怯みもしないなんて、厄介な子ねぇ」

 自身の傷が一方的に増えていく。アイゼアとペシェが敵を引きつけてくれたが、ミルテイユを討つという役目を果たせず悔しさがこみ上げる。
 こちらの狙いが読まれているのはミルテイユの動きを見ればわかる。

「なーんて素直で正確な剣筋、かわいいわね。そんなに熱っぽい視線で見つめられたら虐めたくなっちゃうわぁ」

 殺すための最適解。正確に狙い澄まされた斬撃。規則正しく模範のような動きはミルテイユ相手には通用しなかった。最短で殺すことばかりを考え、一点に狙いを定めすぎていたようだ。

 だが、どうすれば良いのかエルヴェには算出できない。変則的な動きとは何か、頭で考えればそれは変則的なリズムという一定の動きになってしまう。

「そんな顔しちゃダメよ。こんなことで心乱すなんて無駄の多い機械ね、可愛げだけはあるけど」

 ミルテイユの放った水術に足を絡め取られかけ、咄嗟とっさに跳び退る。次から次へと襲い来る追撃をかわし、投げナイフを投擲とうてきして追撃の手を阻害する。

「うふっ動揺したの? だから機械に感情なんて不要なのよ」
「不要……」
「ご覧なさいな。アナタの仲間はどっち? アナタと同じ機械たちを平気で殺した人? それとも無惨に散らばった機械たち?」

 離れたところで戦うアイゼアのペシェを一瞥いちべつする。その足元には無残に破壊された機械装置ロボットたちの残骸や魔物の死体が転がっている。

 仲間は誰かと問われれば、当然アイゼアとペシェだ。だが機械装置ロボットたちも仲間ではないと断言できなかった。彼らは紛れもなく自分と同じ、機械という同じ括りにいる存在なのだから。

「あの二人はアナタも平気で殺すわよ。機械に命なんてないし罪にも問われない。躊躇ためらう道理がある?」

 壊れた記憶の断片から無残に散っていった同胞の姿が蘇る。消耗品のように扱われ破壊された目の前の機械たちの姿と重なって見えた。人々は機械であるエルヴェたちが壊れていくことに心を痛めることはなかった。その犠牲が顧みられることもなかった。

 人から見れば自分たちは所詮しょせん道具だということは理解していても、一度悲しみを覚えてしまったら忘れることはできない。

「機械は所詮消耗品。どんなに人のフリをしたってそれはくつがえらないわよ」

ほくそ笑むミルテイユの視線に絡め取られていく。

「指摘されずとも、理解しておりますよ」
「でしょうねぇ。だからアナタの目はこんなにも悲しい。愛されたい、大切にされたい……そうでしょう? 違うかしらぁ?」

 違わない。ミルテイユの言う通りだ。ぐらりと心が揺らぎ、締め付けられるような妙な感覚に囚われる。耳を傾けてはいけないとわかるのに、もっと話を聞いてみたいと思っている自分もいる。知的な興味なのか、自分の思いに共鳴しているからなのかはわからないが。

「ワタシもアナタと同じ。愛されて、大切にされたかったわ。どんなに強い思いも届かなきゃ意味ないのよねぇ。悲しくて苦しくて、それでも愛しくて……」
「同じ……?」

 ミルテイユの言葉は苦くも、甘やかな響きを持ってエルヴェの心に染みついて侵食していく。

「アナタはそんな虚しい思いを抱えていくの? ワタシの手を取れば開放してあげる。アナタの心がもう悲しんだり苦しむことのないようにね」

 今までに見たこともないほど穏やかに微笑むミルテイユに、この人にも欠片のような優しさがあるのかもしれないと思わされる。残酷なことをしていても、多くの罪を重ねても、それでも彼女も『人』なのだ。

「アナタを救えるのは彼らではないの。同じ痛みを抱えるワタシよ、エルヴェ」

 名前を呼ばれ、動力を送り出す部位が強く鼓動を打つ。まるで呪いでもかけられたかのように、名を呼ぶ声が思考の中で反芻はんすうしている。

 蠱惑こわく的で甘やかなその声を求めてしまいそうになる。仕える主を失い彷徨さまようエルヴェに、彼女の存在は強く強く焼きついた。
 自我は拒絶するが、本能が彼女を求めている。仕えるべき絶対的な存在を。

「あぁ……なんてかわいそうな子。いたずらに感情を持たされて苦しんでいるのね。愛してほしいならワタシが満たしてあげる。感情が要らないならワタシが奪ってあげる。さぁ、こっちへいらっしゃい」

 ミルテイユがこちらへゆっくりと手を差し伸べてくる。奉仕型の本能的思考と積み重ねて生まれた自我がぶつかり合い、正常な思考ができなくなっていく。雑然とした感情と本能が絡まった糸のようにぐちゃぐちゃになり、全く情報の処理が追いつかない。

「エルヴェ、惑わされるな!」

 アイゼアの声が思考の海に沈んでいたエルヴェを掬い上げる。

「僕たちかミルテイユか、それは君が決めればいい。でもミルテイユの手を取れば、今度の君は人形になるだけだ!」
「人、形……」
「機械は機械、人形も大して変わらないわ。結局どう足掻いたって人にはなれないのよ? それよりも心が満たされる方がずっと大切でしょう。苦しみを忘れて過ごせる方が幸せじゃない? アナタはこの子に苦しめって言うの?」

 ミルテイユの言っていることはもっともだ。どうやったって人になれるわけではないことくらい理解している。人形のように大切にされていくのが自分の求めていた幸せなのだろうか。

 愛されるとは、大切にされるというのはどういうことなのか。人のようになりたい、人と同じように接してほしい、漠然と口にしていた言葉の中身が途端にわからなくなる。

「人として生きるってのは綺麗なことばかりじゃない。苦しみも悲しみも抱えて、悩みながらみんな生きてる」

アイゼアは敵と応戦しながらも必死に訴えてくる。

「だからこそ相手を思いやれる。ささやかな日常が幸せだと理解できる。君が君として自由に生きたいなら、苦しむことを恐れたらダメだ!」

 それでも苦しいものは苦しい。今まで通り、主に仕える生き方を選びたい。苦しむことを選び、新たな生き方に飛び込む勇気もない。何より機械である自分の本能が変化を求めていなかった。


第47話 彼ハ愛憎ヲ知ラナイ(1)  終
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