前章─復讐の先に掴む未来は(1)

 サントルーサからほど近い港町マルクラルテから海路で数日かけてキルシェタニア帝国のシーブリスへと渡る。そこから魔術鉄道で首都のクラルハイトへ向かい、今日の昼頃無事に到着した。すぐに宿で二部屋連泊で押さえ、片方を作業部屋に割り当てることにした。


 今はスイウたちと分かれ、戦力の手薄になるキルシェタニア組の護衛としてアイゼアは同行している。
 エルヴェを破壊した責任をとるためにキルシェタニアへ渡るか、騎士の職務を優先しノーグへ渡るべきか迷っていた。そんなアイゼアにキルシェタニア行きを促したのがメリーだ。

 そんなことを思い出しながら、作業部屋ではない方の部屋でアイゼアはぼんやりと外の景色を眺めていた。重々しく背の高い石造りの建物がひしめくように立ち並んでいる光景は、異国へ来たことを強く感じさせた。

「あら、イケメンは黄昏たそがれてる顔も様になるわね。羨ましー」
「ペシェ?」
「はー……アンタみたいに顔良し、体格良しの爽やかキラキラ好青年だったらアタシだって今頃っ!」
「キラキラ……?」

 何の話かよくわからないが、悔しそうに額を壁に打ち付けているペシェはだいぶ危ない。

「もう修理の手伝いは良かったのかい?」
「……まぁ、アタシにできることはもうないしー?」
「そういえばカストルとポルッカは?」
「ミーリャと一緒にいるけど」

 ミーリャはあまり子供が好きではないのか、カストルとポルッカの同行が決まったとき「うるさくしないで」と口を酸っぱくして言い聞かせていたことを思い出す。

「邪魔しないよう連れ戻さないとなぁ」
「あははっ、大丈夫大丈夫。二人共大人しくしてたし、うるささならアタシで慣れてるから。ミーリャは根暗だけど優しい人よ」

 褒めてるようで地味に友人けなしながら、ペシェは近くのソファに座り、優雅に足を組む。

「アイゼアくんが来てくれて助かったわ。さすがにアタシだけじゃ双子ちゃんと動けないエルヴェくん抱えて守りきれないだろうしね」

 ミーリャはあまり戦闘は得意ではないらしく、ペシェだけでは不安だとメリーに頼まれたのだ。スイウがノーグへ行くと言う以上、メリーがキルシェタニアへ行くことは契約の関係上できないらしい。

「僕もエルヴェの力になりたいと思ってたから、こちらへ来られて良かったと思ってるよ」
「そっか。でもまぁ、双子ちゃんとも一緒なんだし少しは旅を楽しんでも良いんじゃない?」
「それは僕を励ましてくれてるのかな?」
「単に辛気臭いのが嫌なだけだって〜」

 あっけらかんとした様子のペシェの表情は晴れやかだ。さっぱりとした性格なのか出会ったばかりとは思えないほど親しみやすい。うぐいす色の髪を耳にかける艶やかな仕草はどう見ても大人の雰囲気を持った女性にしか見えないが、メリーの話によれば男性だというのだから驚きだ。

「じろじろ見てどうしたの? もしかしてアタシに惚れちゃったー?」

 ペシェは少しいたずらっぽい笑みを浮かべてこちらを探るように覗き込んでくる。自分自身を男性だと認識しているのに女装をし、女性の所作で振る舞い周囲をあざむく。その姿がどこか自分に似ているような気もした。

「そうだね。あまりの美しい所作につい目を奪われてしまったのかもしれないよ」

と、冗談めかして返事をすると

「あははっ。騎士様ってお堅い連中なのかと思ってたけど、アンタは意外と冗談通じるんだ」

と、柔らかな薄桃色の紅が引かれた唇でカラカラと笑った。

 ノックする音と共に扉が開き、ミーリャが部屋へと入ってくる。

「盛り上がってるとこ悪いけど話がある」
「あー、もしかしてあの素材じゃダメだった?」
「うん。やっぱりクズ石じゃ継続して負荷に耐えきれそうもない」

 ペシェとミーリャは顔を見合わせて腕組みし、うーんとうなる。しばらくそのままの姿勢で固まっていたペシェがおもむろに強く頷くとこちらを見てニヤリと口角を上げた。

「やるしかないわね。うん、やるわよアイゼアくん!」
「や、やるって何を……」

 妙に意気込んでいるペシェにひるみつつ聞くと、彼女……いや彼は高らかに言い放った。

「鉱石を取りに行くに決まってんでしょー!」
「店のおじさん……鉱床付近は魔物の巣窟そうくつになってるって」
「ま、しゃーないっしょ。ここまで来ちゃったらやるっきゃないよねー」

 もう今更だと言わんばかりの吹っ切れっぷりだ。ある意味彼は肝が座っているのかもしれない。

「クロノ鉱石の鉱床の魔物、討伐してもきりがないからキルシェタニア軍もお手上げらしいけど」

 ミーリャの口ぶりからすると、魔物で溢れかえったのは最近のことのようだ。全世界に広がっているグリモワールによる影響かストーベルが意図的に魔物を配置しているのかはわからないが、原因はおそらくそのどちらかで間違いないだろう。

「魔物のことはわかった。クロノ鉱石ってのは?」
「正式名称はクロノセレもがっ──
「はいはいはい、わかった! 見た目は黒くてテカテカしてて光を当てると澄んだ水色になるんだけど、魔力を吸収する特性のある珍しい鉱石なの。キルシェタニアでしか採掘されてなくて滅多に他国に流出しないのよね」

 ペシェはミーリャの口を塞いで無理矢理言葉を遮った。苦しそうにもがくミーリャをよそにペシェは言葉を続ける。少し気の毒に感じながらもそのまま耳を傾けた。

「あとはキルシェタニア軍に見つからないように忍び込まないと」
「え、それ大丈夫なのかい?」

 違法行為はできれば慎みたいのだが、ペシェはそんなこと気にも留めていないように見える。

「大丈夫、軍は鉱山の入り口には近づいてないらしいから。とにかくバレなきゃ良いのよ。サッと行ってサッと帰ってきましょ」
「そうだね……」

 心配しているのはそういうことではない、とツッコミたくなる衝動を抑え話を先へと進める。

「いつ決行するかは決めてるのかい?」
「当然今晩ね。ミーリャは双子ちゃんを頼むわよ」
「ぷはっ! 死ぬかと思った……」

 ミーリャはようやくペシェから開放される。胸に手を当てて空気を必死に取り込むミーリャを横目で見ながらアイゼアは懐中時計を開く。時刻は午後五時半、決行まで然程さほど時間は残されていない。

「そういえば、エルヴェがキミに会いたがってたけど」
「え、エルヴェが?」

 ミーリャは静かに頷いた。ギュッと心臓が縮こまるような感覚が胸から伝わる。意識のあるエルヴェと対面するのは、彼と殺し合いをしたとき以来だ。

「一応一通り直して動けるようにはなってるから」
「わかった」
「二人はアタシたちが見ててあげるわよ」
「……あぁ、ありがとう」

 きちんと面と向かって謝罪すると決めていたのだ。深呼吸をし、覚悟を決めた。


第45話 雪解けの思い(1)  終
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