前章─復讐の先に掴む未来は(1)

 カーラントの魔術によって生み出された溶岩が、煌々と光を放ちながらまるで川のように目の前を流れており、後ろからも少しずつ溶岩に追い詰められていく。近場にある木の上に登ると、正面の木に憎らしいほど涼しい顔をしたカーラントが立っていた。

「メリー、なぜあなたは昔からずっと父様に逆らっている?」

 カーラントの問いかけも無視し、眼下に迫っている溶岩を見下ろす。やはりカーラントの魔術らしく、侵攻は止まっていた。すぐにでも殺せるはずのところをわざわざ生き延びさせているということは、それ程までに聞きたいことなのだろうか。

「父様は過酷な土地に住まう領民のために尽力していらっしゃる。それを知ってもまだ、あなたは逆らうのか」
「はい? そんな人道的理由なわけがない。これまで一体どれだけの命を犠牲にしたと思ってるんですか?」
「我々クランベルカ家の犠牲は民のための尊い犠牲。領主たる者たちの責務なのだ、本望だろう?」

 カーラントは次期当主候補として育ち、彼の性格に合わせて制御しやすいよう丁寧に教育を施されてきているのだろう。正義感の強い性質を逆手に取られ、自己犠牲をいとわない思考へ作り変えられているようだった。

「馬鹿馬鹿しい……ストーベルはただ権力を手に入れたいだけですよ」
「それはミュール兄様の方だろう。当主候補から外されて恨み、仕返しとして優秀なあなたを父様から引き離したのだ」
「見当違いにも程がありますね」

 ミュールの心を占めていたのは恨みや憎しみではない、虚無感だ。自ら考え、意見してくるミュールはストーベルにとって邪魔でしかなかった。
 壊して無力化すれば、能力至上主義の兄弟たちは途端にミュールの言葉に耳を貸さなくなる。思うように動かない体、終わりの日を待つだけの命、計り知れない虚無感と絶望感に苛まれていたことは想像に難くない。

 今にして思えば、あの閉じられた世界での幸福は放置されていたものではなく、ストーベルがわざと作り出したものだったのだろう。全てはミュールという高級素材を保つための箱庭。
 互いを思う気持ちや失う恐怖心……クランベルカ流に言うなら『弱さ』につけこまれていたことに、二人を失って初めて気づいた。最初からストーベルの手のひらの上だったのだと。

「本当に見当違いだろうか? ミュール兄様はあなたを使って父様に仕返ししようとしていた。利用されていただけなのだよ」

 何も知らない部外者の戯言ざれごとに貸す耳はない。やはり正義感は強いがストーベルに歪められているように見える。静かに息を吐き、カーラントの目をまっすぐに見据えた。

「……むしろあなたが正義感を利用されてるんですよ。身内以外も平気で殺している現状にどんな言い訳をするつもりですか? どんな大義名分で他国の人々をなぶり殺しにしてるのか答えられますか?」

カーラントの瞳が僅かに揺れる。

「あなたが正しいなら、今すぐここで証明してみせてください」

 更に追撃すると、今までとは打って変わってわかりやすく動揺した。その一瞬の隙をつき、素早くかばんから投げナイフを取り出し後ろ手に持つ。

「答えられないでしょうね、大義なんてないんですから。だからストーベルは殺しますし、あなたも邪魔するなら死んでもらうまでです」
「……それは残念。こちらとしても、やはりあなたには死んでもらうしかないらしい」

 メリーが登っている木が溶岩に焼かれて傾く。瞬時にカーラントめがけて跳んだ。後ろ手に持っていた投げナイフを投擲とうてきし、すぐにもう一本取り出す。

「甘すぎる」

 カーラントは投げナイフを斬り払い、後方の木へ飛び移っていく。溶岩によってどんどん倒されていく木々をナイフを投げながら乗り継ぐ。

 だが突然周囲の木々が全て燃え上がり、カーラントは炎の向こう側へと消えていってしまった。進むことも戻ることもできず、メリーが乗っている木はゆっくりと倒れ、溶岩に飲まれてその面積を減らしていく。

 こんなにも強大な魔術は未だかつて見たことがなかった。恐怖で体が竦み、熱気が肌を焼く。呼吸をする度に肺が焼け付くように熱い。こんなところで死ぬわけにはいかないが、魔力は全く湧き上がらない。周囲に飛び移れそうなものも一切なかった。

 やがてブーツの先が溶け、足から溶岩へ飲まれていく。それはミュールと戦ったときの比にもならないほどの痛みだった。足の先からゆっくりと体が焼け溶けてなくなっていく。あまりの痛みと恐怖に絶叫した。

 足が、手がどんどん溶岩に溶けてなくなっていく。死にたくないと必死に伸ばした手は肘から先がなく、骨が剥き出しになっていた。後頭部から頭が飲まれていく。声を発する喉が、口が、鼻が、そして右目の視界が奪われたとき──

「メリー!!」

 確かに聞こえた。スイウの声だ。残った左目がその姿を探した。声は出ないのに、何度もスイウの名前を呼んだ。私はここにいる、となくなったはずの手を伸ばして。

 なぜかその手を握られるような感覚があった。痛みが溶けるように消え、失ったはずの体や感覚が元に戻っていく。視界が開けてくるとカーラントと対峙した最初の場所に帰ってきていた。

 同時にメリーはスイウに丸太のように担がれているのに気づく。手を握っているのは久しぶりに見る意外な人だった。

「お久しぶりですぅ、メリー。モナカですよぉ、覚えてますかぁ?」

 気の抜けるような声で白いフードマントを着たモナカが立っていた。メリーはスイウの肩から下ろされ、改めて周囲を見渡す。スイウとモナカの他に白いフードマントを着たクロミツ、その前にジューン、構成員たち、そしてカーラントがいた。

「あの人から幻術をかけられたみたいですよぉ」

モナカが指を指したのは紛れもなくカーラントだった。

「幻術……」

 光術を使った魔術の一種で、自身も使えはするがあまり得意な方ではない。いつかけられたのかもわからないほどに鮮やかで、現実と見紛みまごうほどの完成度の高い幻術だった。あの生々しさは思い出しただけで身の毛がよだつ。

 カーラントは右肩を斬られ血を流し、彼を支えるようにかたわらにはジューンがいる。おそらくあの斬撃のおかげで幻術から開放されたのだろう。

「てめぇら……オレらを裏切ってただで済むと思うなよ」

 ジューンが忌々しげに吐き捨てる。それをクロミツとモナカは顔を見合わせて首を傾げた。

「オレ、裏切るも何も潜入してただけだしなー。騙された方が悪いんじゃね?」

あっけらかんとクロミツが言い放ち、高らかに笑う。

「クロミツ。もう逃げちゃえば良いんじゃない。グリモワールも奪ったし〜」

 モナカはシレッとグリモワールを手に持っている。自分が間抜けにも幻術にかかっている間に相当事が進んでいたらしい。

「ダメだ。スイウとメリーちゃんを放置してくわけには行かないだろー?」
「はぁ〜い……早くグリモワール解析したいんだけどなぁ〜」

 モナカは虚空から弓を呼び出す。スイウが一歩前に出て刀を構えた。

「メリー、いけるか?」
「大丈夫です」

モナカから杖を受け取り握りしめる。

「……もう少しで精神を崩せるはずだったんだが、想定外の邪魔が入ってしまったな」

 カーラントは斬られていない左手に剣を呼び出し、幻術を応用した霧を発生させる。

「時間を稼いでください。一気にカタをつけます」

 メリーはかばんから取り出した触媒の核と魔晶石の欠片に魔力を込め、より強力な触媒の生成に取り掛かる。

「霧? ま、オレには関係ないけどな!」
「……魔族がもう一人か」

 クロミツは狼のような耳と尾を生やすと、刀身が青白く輝く刀を前へ突き出す。刀を中心に広がる暴風が霧を一瞬にして吹き飛ばした。

「メレディス……今日こそ死ねぇぇ!!」

 弾丸のようにこちらへ跳んでくるジューンに怯むことなく、触媒作りに専念する。メリーの眼前に迫る剣をスイウの刀が受け止め弾き返す。

「邪魔すんな、退けっ」

 スイウとジューンの剣戟けんげきの音が絶え間なく響く。モナカは魔力で矢を生成し構成員たちへ向けて放つ。その矢が拡散して雨のように降り注ぎ、構成員たちを足止めする。

「何をしている。メリーの術式を中断させるんだ」

 カーラントの指示に分散していた構成員の攻撃がメリーへ集中する。

「無理無理。近づかせないよ〜」

 モナカは氷の刃を生成し浮遊させ、刃を剣のように振るいながら牽制する。三人を信じ、とにかく触媒の生成に集中する。足りない触媒を次から次へと継ぎ足し魔力で圧縮し、触媒の輝きはより強く強固なものへと変化する。
 杖の切っ先を地面に突き立て、四人入れる程度の大きさの簡易法陣を魔力で手早く描き、出来上がった触媒を手に詠唱を始める。

 メリーは魔術の完成した光景を強く思い描く。先程幻術で受けたあの溶岩の光景を。触媒へ術発動に必要な大量の魔力を送り込む。
 メリーの呼び声に精霊はあまり応えてくれない。精霊に隠れるように潜む妖魔に語りかける。目には見えないが魔力に呼応し寄り集まるのを感じる。大きな術式には精霊や妖魔を集めることも重要だ。

 メリーの唇が語りかけるように、ささやくように、誘惑するように言葉を紡ぐ。言葉の一つ一つに丁寧に魔力を乗せていく。魔力を持った言葉を霊族は言霊と呼ぶ。言霊と言霊を繋ぎ、詠唱にしていく。

 多くの力を借りるような大きな魔術ほど怠ってはならないことだ。魔術の完成図が伝われば、詠唱の言葉は何でも構わない。その場で構築する即興魔術にはその魔術を端的にかたどる名前すらない。

 妖魔たちが詠唱に応え、触媒が輝きを放ちながら砕け散った。法陣が赤く煌めき溶岩が溢れ出す直前、三人は法陣内へと避難する。カーラントはすぐに戦線から下がった。

「即興魔術か……全員に告ぐ、撤退しろ!」

その命令に従い構成員たちはすぐに撤退を始める。

「ぐぁっ、クソっ! こんなとこで死ねるかっ」
「ジューン!!」

 かなり接近していたせいか逃げ遅れたジューンは片足を溶岩に飲まれ走れなくなる。カーラントがすぐにジューンを拾い上げ、素早く木の上へと飛び乗った。

「ミュール兄様……罪作りな人だ……」

 こちらを見もせず吐かれたカーラントの言葉には僅かな怒りと戸惑いが滲んでいた。撤退していく背中をじっとにらみつける。構成員の一部は逃げ惑い、溶岩の中へ飲み込まれて消えていく。あたり一帯は全て溶岩の池のようになっていた。
 途中から失速し、範囲もあまり広がらなくなる。魔術を維持するだけでもかなりの集中と魔力を要する。どうやらこれが自分の限界らしい。

「もう良いぞメリー」
「……そうですね」

 スイウに言われ、術を解除した。溶岩は少しずつ消えていくが周囲に生えていた草も木も、散らばっていた死体も魔術によって消失していた。

「黄昏の月の魔力って何とも言えないけど、すっごくゾクゾクして病みつきになりそ〜」
「ホント変態だよなー……」

 普通黄昏の月の魔力は気味が悪いと嫌われるが、研究対象にしているモナカにとっては興味深いものの一つなのかもしれない。モナカの恍惚こうこつとした声とクロミツの呟きに、戦闘が終わったのだと実感する。

 緊張の糸がぷっつりと切れると強烈な疲労と睡魔に襲われた。幻術を受けるというのは想像していたよりかなり精神力を削られるらしい。メリーはその甘やかな誘いにあらがえず眠りに落ちていった。


第41話 戦うは己が理想の為か(2)  終
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