前章─復讐の先に掴む未来は(1)
空は濃紺から薄く紫がかり、明るさを取り戻しつつある。やがて何も感じなかった街道に薄く何かの気配を感じ取る。遥か前方に広がる、街道脇の森の方からだ。あと少しでネレスへ着くというのに、そう簡単には行かせてもらえないらしい。
「おいっ、起きろ。たぶん敵襲だっ」
その声にアイゼアとエルヴェがすぐさま反応し、飛び起きた。メリーも起きたようだが、少しぼんやりしている。
「数は?」
槍を手にアイゼアが荷台から身を乗り出す。
「わからん。前方の森から妙な気配を感じる」
「君が対応した方がいいね。僕が馬を走らせるよ」
スイウは馬鞭をアイゼアへ手渡すと、すぐに抜刀しいつでも対応できるよう警戒を強めた。エルヴェは少し不安そうにしながら短刀を握りしめている。メリーは荷台に積んだ麻袋の中から大量の乾燥植物や鉱石を取り出し、何かぶつぶつと呟いている。
まだ若干目がとろんとしており、覚醒しきっていない。朝はあまり強くないのは旅をしていて知っているが、しばらくは当てにできないかもしれない。こんなときに暢気に寝ぼけていることに小さくため息をついた。
「もし森から敵襲があったとして、どう対応する? このまま研究所に向かえば挟撃される可能性もあるし、かといって止まれば荷馬車は捨てる覚悟じゃないと。それに到着もだいぶ遅れる」
悩ましいところだ。挟撃されればこの少人数、形勢は圧倒的に不利だ。しかし立ち止まって迎え撃つ暇もない。結局大勢に囲まれれば不利なことに変わりはない。
「やはり強行突破しかないのではありませんか?」
エルヴェの言葉にスイウとアイゼアも頷く。
「行き先を研究所じゃなくて、ネレスの街にしよう。まだ街への襲撃は魔物にしかさせてない。正体を嗅ぎつけられたくないなら、街へ入ってしまえば追ってこないはず」
神妙な面持ちで提案するアイゼアに思わず声を出して笑った。そんな様子を、アイゼアとエルヴェは奇妙なものを見るような目で見てくる。
「騎士様が一般市民を危険に晒す手段を選ぶとはな」
一か八かの賭けだ。賭けに負ければスティータのようにネレスの街で甚大な被害が出る。
「そのための電報も打っておいてあるから、少しは被害を抑えられると信じてるよ」
スティータを出る前、アイゼアがウィルに電報を頼んでいたことを思い出す。言い方は悪いが、襲撃があったことが逆に有利に働いている。
「スティータと違ってネレスは大きな街だから、騎士の数も圧倒的に多い。数の心配だけはいらないと思ってるけどね」
方針は決まった。あとは森の前を通り過ぎるときが一番の問題だ。気配はより強くなっている。何かが潜んでいることだけは間違いなさそうだ。あと少しすれば森の近くへと差し掛かる。スイウは気配へと集中を高めた。
ふっと隣にメリーが来る。森の方を見据えたまま突っ立っているメリーの右手には煌々と真紅の光を放つ小さな結晶がふわふわと浮いている。
「奇襲に怯えるくらいなら、全部焼き払えば良いじゃないですか」
「え? メリー焼き払うって?」
アイゼアの呼びかけにも答えず、再び何かを小声でぶつぶつと呟き始める。
────噴出、膨張、炸裂、猛火の鉄槌、全てを灰燼と化せ」
よく聞いてみれば単語の羅列を呟いているようだ。まるで簡潔に何かを説明し、命令しているようにも聞こえる。
メリーのまとう空気が変わり、それが詠唱の類いだと理解する。詠唱を必要とする魔術を行使しようとしているのは初めて見る。手にしている結晶は、先程の植物や鉱石を魔力で練って触媒化させたものだろう。
「待てメリー、勝手に」
スイウの静止も虚しく、メリーの手にある結晶が燃えるように輝いて散った。
「エクリクシス」
メリーの唇が構成された魔術に名を与え、一つの術式を完成させる。前方の森の上空から、流線型の赤い何かが落ちていく。森から隠れていたであろう白のフードマントを身に着けた者たちがわらわらと飛び出してきた。
大地が一度揺れると、噴き上がるように爆発が起きる。魔術障壁で耐えきれない者は容赦なく千切れ飛んで燃え尽きていく。風圧と爆発の熱が離れているこちらにまで伝わってくることからもその魔術の威力の凄まじさを感じる。爆発の起こった付近の木々は燃え尽き、地面が円形に抉れていた。
アイゼアとエルヴェはその加減のない威力に呆けている。数はだいぶ減ったが、難を逃れた者がそのままこちらへと立ちはだかる。
だが、陣形も何もなく総崩れの状態だ。このままの勢いで突き抜けたい。メリーはそのまま左手を開くと、今度は紫に光る結晶がふわりと浮かぶ。まだ触媒を用意していたとは。
「貫通、地を這う雷撃、征く先を拓け……ライトニングトレイル」
紫の結晶が砕け、一筋の雷撃が前方へ放たれた。雷撃はまるで巨大な蛇のようにうねりながら敵を蹴散らす。悲鳴を上げながら絶命していく様は残酷でありながら、どこか美しさと爽快さを内包する。ただただ圧倒される光景だった。
メリーは無表情のまま、魔術が収束するのを見届けると杖を呼び出し、残党を寄せ付けないよう容赦なく火球を放つ。エルヴェもそれに倣い、投げナイフで敵を退ける。アイゼアは鞭をしならせ、荷馬車の速度を上げた。
「こんなに魔力を大盤振る舞いして大丈夫なのかい?」
「魔力だけで使用すれば膨大に消費しますけどー……触媒と詠唱で軽減してるんです。大きな術式を安定して行使するのには詠唱はとても有効的なので。ただ、触媒と詠唱は鮮度が命ですから、それを生成する時間さえ稼いでくれれば……ですけど」
眠さで頭が回っていなかったのか、相談もなく条件反射のように攻撃を仕掛けるのはやめてほしい。今回は良い方向に働いたものの、下手をすれば一気に不利な状況になりかねない。
「ったく、相談してからやれ」
一言苦言を呈すと、メリーは少し遅れてハッと息を飲む。
「あぁ、えっとー……すみません。いつもよりぼんやりしてて……」
当然だ。昨日は大量に魔力を消費していた。回復が追いつききってないうえ、体力的にも疲労していれば、眠りが深くなるのも仕方ない。頭が回らないなりに状況を把握して動いたのだろう。
「もう大丈夫です。頭も冴えてきました。このままここを抜けてネレスまで行きましょう」
そうメリーが言ったのも束の間、荷馬車が衝撃で大きく揺れる。後方の幕を上げると、馬に乗った追手が迫っていた。
「メレディス・クランベルカ……積年の恨みを晴らさせてもらうからなァ」
一人、メリーに向けて男が叫ぶ。
「……誰?」
「知るか」
ぎゅっと眉根を寄せたメリーがスイウに答えを求めてくる。お前が知らなきゃ俺が知るわけ無いだろ、と言いたくなる気持ちを抑えた。
「このジューン・クランベルカを覚えてねぇってか? てめぇクソみたいな記憶力だな」
好戦的な性格らしく、安い挑発でメリーを煽る。
「言葉遣いもまともじゃないなんて、本当にストーベルの駒? ストーベルは駒にはきちんと教育をしてたはず」
「何だァ? 相変わらずボソボソ気持ち悪ぃヤツ。親父に楯突いたこと、後悔しながら死ねぇ!」
ジューンと名乗った男は剣から火炎を放つ。咄嗟 に刀を一閃し、冷気で火炎を相殺した。荷台を燃やすつもりなのか、周囲の仲間も同様に放った火球を、メリーは障壁を大きめに展開し全て防ぎきる。
「随分従順で感心しますね。だったらこちらも生かしておくつもりはないので」
メリーは障壁を即座に解除し、杖を向けると小さな火球を乱れ撃つ。威力に欠ける火球は障壁で防ぎきられてしまう。だが火球に驚き、嘶 く馬から落馬する者やその巻き添えを食らう者が出たため、僅かながら数を減らした。
「左右に展開しろォ!」
ジューンの指示で構成員たちが左右に割れる。
「真後ろのジューンは私が」
「俺が左を殺る。エルヴェ、右に展開したヤツを頼む」
「ま、前はどうしますか!?」
「そんなもんアイゼアにやらせろ」
「だよねぇ。人数的にやるしかないとは思ったけどさー」
残りの三方向は任せ、スイウは左の敵に集中する。スイウの刀の間合いでは遠距離からの攻撃と、荷馬車の上という限定された場所で圧倒的に不利だ。ならばこれしかない、とスイウは思い立つ。
「こっちへ飛んだぞ!」
火球を斬り払いながら荷馬車から跳ぶ。手前の構成員の首を斬り飛ばし、首から下を蹴り落とした。そのまま馬の背に乗り、右手で手綱を操りながら周囲の構成員たちに接近戦を仕掛ける。
魔術士として優秀な者が寄り集まっているのか、接近戦に対応できない者がほとんどだ。この程度なら殲滅できる。スイウにとって魔術発動までの時間はあまりにもゆっくりと感じられる。魔術一辺倒の相手に接近戦に持ち込み、荷馬車を襲撃する余裕を与えさせない。
刀に冷気を纏わせることで攻撃範囲を広げ、人、時に馬を狙いながら確実に仕留めていく。担当していた左側の敵を殲滅 し終えた頃、前方に街が見えた。
「みんな、街が見えてきた。もう少し持ち堪えてくれ!」
アイゼアの声が届く。
馬の腹を蹴り、メリーに加勢する。刀に冷気を纏い、ジューンに攻撃を仕掛ける。ジューンは手綱を引き、間一髪のところでその斬撃を避けた。
「てめぇに用はねぇんだよ」
「俺はあるからな」
苛立ちを隠さずこちらを睨みつける。恨みをぶつけたいはずのメリーはどんどん遠ざかっていく。ジューンは舌打ちし、スイウを無視して馬を走らせる。それに追随するように馬を並走させ、刀を振るう。
「悪ぃがオレはそのへんのゴミ共と違って接近戦の方が得意なんでなァ」
自分で言うだけのことはあって、剣でスイウの攻撃を受けきり、時には攻めてくる。馬の足が動きの速さになる分、スイウの動きはキレを失っていた。
一進一退の攻防を終わらせるべく、遠くに離れた荷馬車からメリーの雷撃が放たれる。ジューンが咄嗟 に障壁で軽減して避けた隙に斬撃を繰り出すが、寸前のところで弾かれた。
「クソったれ……ここまでかよ」
街まで追えば騎士の増援が待っている。刀と剣がぶつかり合い競り合う。ジューンは押し負け、スイウと反対の方向へ押されるとそのまま離れて撤退していく。最後にメリーへ憎悪に満ちた視線を向けながら。それを察したのか、残っていた僅かな構成員たちも撤退していった。
深追いはせず、とにかく今は街へ向かうことを優先する。スイウは馬の速度を上げ、荷馬車に追いつく。
「さっきの戦いの間に馬を奪ったのかい?」
「スイウ様はとても器用なのですね」
アイゼアたちは馬に跨 がるスイウを見て目を丸くしていた。
「それより体力は大丈夫か? この後連戦みたいなもんだが」
まだこれからネレスの研究所への突入が待っている。メリーの魔力も全快のときと比べれば三分の二から半分程度まで減っている。ここで大幅に消耗したのは正直なところ痛手だ。
「あまり大丈夫ではないけど、休んでる暇なんてないんじゃない? 街ですぐに準備を整えて、態勢を立て直して向かおう」
「ストーベルがいるかもしれないんです。弱音なんて吐いてられません」
メリーも魔力回復のためにドライデーツの残りを頬張る。
「フィロメナ様に何かある前に助けなくてはいけませんし」
気持ちが折れている者はいない。スイウ自身もグリモワールを奪還するために立ち止まってはいられない。願いを叶えるお方、その人物がネレスに居るというのなら行かない理由はない。たとえ何があろうとも。
第25話 襲撃(2) 終
「おいっ、起きろ。たぶん敵襲だっ」
その声にアイゼアとエルヴェがすぐさま反応し、飛び起きた。メリーも起きたようだが、少しぼんやりしている。
「数は?」
槍を手にアイゼアが荷台から身を乗り出す。
「わからん。前方の森から妙な気配を感じる」
「君が対応した方がいいね。僕が馬を走らせるよ」
スイウは馬鞭をアイゼアへ手渡すと、すぐに抜刀しいつでも対応できるよう警戒を強めた。エルヴェは少し不安そうにしながら短刀を握りしめている。メリーは荷台に積んだ麻袋の中から大量の乾燥植物や鉱石を取り出し、何かぶつぶつと呟いている。
まだ若干目がとろんとしており、覚醒しきっていない。朝はあまり強くないのは旅をしていて知っているが、しばらくは当てにできないかもしれない。こんなときに暢気に寝ぼけていることに小さくため息をついた。
「もし森から敵襲があったとして、どう対応する? このまま研究所に向かえば挟撃される可能性もあるし、かといって止まれば荷馬車は捨てる覚悟じゃないと。それに到着もだいぶ遅れる」
悩ましいところだ。挟撃されればこの少人数、形勢は圧倒的に不利だ。しかし立ち止まって迎え撃つ暇もない。結局大勢に囲まれれば不利なことに変わりはない。
「やはり強行突破しかないのではありませんか?」
エルヴェの言葉にスイウとアイゼアも頷く。
「行き先を研究所じゃなくて、ネレスの街にしよう。まだ街への襲撃は魔物にしかさせてない。正体を嗅ぎつけられたくないなら、街へ入ってしまえば追ってこないはず」
神妙な面持ちで提案するアイゼアに思わず声を出して笑った。そんな様子を、アイゼアとエルヴェは奇妙なものを見るような目で見てくる。
「騎士様が一般市民を危険に晒す手段を選ぶとはな」
一か八かの賭けだ。賭けに負ければスティータのようにネレスの街で甚大な被害が出る。
「そのための電報も打っておいてあるから、少しは被害を抑えられると信じてるよ」
スティータを出る前、アイゼアがウィルに電報を頼んでいたことを思い出す。言い方は悪いが、襲撃があったことが逆に有利に働いている。
「スティータと違ってネレスは大きな街だから、騎士の数も圧倒的に多い。数の心配だけはいらないと思ってるけどね」
方針は決まった。あとは森の前を通り過ぎるときが一番の問題だ。気配はより強くなっている。何かが潜んでいることだけは間違いなさそうだ。あと少しすれば森の近くへと差し掛かる。スイウは気配へと集中を高めた。
ふっと隣にメリーが来る。森の方を見据えたまま突っ立っているメリーの右手には煌々と真紅の光を放つ小さな結晶がふわふわと浮いている。
「奇襲に怯えるくらいなら、全部焼き払えば良いじゃないですか」
「え? メリー焼き払うって?」
アイゼアの呼びかけにも答えず、再び何かを小声でぶつぶつと呟き始める。
────噴出、膨張、炸裂、猛火の鉄槌、全てを灰燼と化せ」
よく聞いてみれば単語の羅列を呟いているようだ。まるで簡潔に何かを説明し、命令しているようにも聞こえる。
メリーのまとう空気が変わり、それが詠唱の類いだと理解する。詠唱を必要とする魔術を行使しようとしているのは初めて見る。手にしている結晶は、先程の植物や鉱石を魔力で練って触媒化させたものだろう。
「待てメリー、勝手に」
スイウの静止も虚しく、メリーの手にある結晶が燃えるように輝いて散った。
「エクリクシス」
メリーの唇が構成された魔術に名を与え、一つの術式を完成させる。前方の森の上空から、流線型の赤い何かが落ちていく。森から隠れていたであろう白のフードマントを身に着けた者たちがわらわらと飛び出してきた。
大地が一度揺れると、噴き上がるように爆発が起きる。魔術障壁で耐えきれない者は容赦なく千切れ飛んで燃え尽きていく。風圧と爆発の熱が離れているこちらにまで伝わってくることからもその魔術の威力の凄まじさを感じる。爆発の起こった付近の木々は燃え尽き、地面が円形に抉れていた。
アイゼアとエルヴェはその加減のない威力に呆けている。数はだいぶ減ったが、難を逃れた者がそのままこちらへと立ちはだかる。
だが、陣形も何もなく総崩れの状態だ。このままの勢いで突き抜けたい。メリーはそのまま左手を開くと、今度は紫に光る結晶がふわりと浮かぶ。まだ触媒を用意していたとは。
「貫通、地を這う雷撃、征く先を拓け……ライトニングトレイル」
紫の結晶が砕け、一筋の雷撃が前方へ放たれた。雷撃はまるで巨大な蛇のようにうねりながら敵を蹴散らす。悲鳴を上げながら絶命していく様は残酷でありながら、どこか美しさと爽快さを内包する。ただただ圧倒される光景だった。
メリーは無表情のまま、魔術が収束するのを見届けると杖を呼び出し、残党を寄せ付けないよう容赦なく火球を放つ。エルヴェもそれに倣い、投げナイフで敵を退ける。アイゼアは鞭をしならせ、荷馬車の速度を上げた。
「こんなに魔力を大盤振る舞いして大丈夫なのかい?」
「魔力だけで使用すれば膨大に消費しますけどー……触媒と詠唱で軽減してるんです。大きな術式を安定して行使するのには詠唱はとても有効的なので。ただ、触媒と詠唱は鮮度が命ですから、それを生成する時間さえ稼いでくれれば……ですけど」
眠さで頭が回っていなかったのか、相談もなく条件反射のように攻撃を仕掛けるのはやめてほしい。今回は良い方向に働いたものの、下手をすれば一気に不利な状況になりかねない。
「ったく、相談してからやれ」
一言苦言を呈すと、メリーは少し遅れてハッと息を飲む。
「あぁ、えっとー……すみません。いつもよりぼんやりしてて……」
当然だ。昨日は大量に魔力を消費していた。回復が追いつききってないうえ、体力的にも疲労していれば、眠りが深くなるのも仕方ない。頭が回らないなりに状況を把握して動いたのだろう。
「もう大丈夫です。頭も冴えてきました。このままここを抜けてネレスまで行きましょう」
そうメリーが言ったのも束の間、荷馬車が衝撃で大きく揺れる。後方の幕を上げると、馬に乗った追手が迫っていた。
「メレディス・クランベルカ……積年の恨みを晴らさせてもらうからなァ」
一人、メリーに向けて男が叫ぶ。
「……誰?」
「知るか」
ぎゅっと眉根を寄せたメリーがスイウに答えを求めてくる。お前が知らなきゃ俺が知るわけ無いだろ、と言いたくなる気持ちを抑えた。
「このジューン・クランベルカを覚えてねぇってか? てめぇクソみたいな記憶力だな」
好戦的な性格らしく、安い挑発でメリーを煽る。
「言葉遣いもまともじゃないなんて、本当にストーベルの駒? ストーベルは駒にはきちんと教育をしてたはず」
「何だァ? 相変わらずボソボソ気持ち悪ぃヤツ。親父に楯突いたこと、後悔しながら死ねぇ!」
ジューンと名乗った男は剣から火炎を放つ。
「随分従順で感心しますね。だったらこちらも生かしておくつもりはないので」
メリーは障壁を即座に解除し、杖を向けると小さな火球を乱れ撃つ。威力に欠ける火球は障壁で防ぎきられてしまう。だが火球に驚き、
「左右に展開しろォ!」
ジューンの指示で構成員たちが左右に割れる。
「真後ろのジューンは私が」
「俺が左を殺る。エルヴェ、右に展開したヤツを頼む」
「ま、前はどうしますか!?」
「そんなもんアイゼアにやらせろ」
「だよねぇ。人数的にやるしかないとは思ったけどさー」
残りの三方向は任せ、スイウは左の敵に集中する。スイウの刀の間合いでは遠距離からの攻撃と、荷馬車の上という限定された場所で圧倒的に不利だ。ならばこれしかない、とスイウは思い立つ。
「こっちへ飛んだぞ!」
火球を斬り払いながら荷馬車から跳ぶ。手前の構成員の首を斬り飛ばし、首から下を蹴り落とした。そのまま馬の背に乗り、右手で手綱を操りながら周囲の構成員たちに接近戦を仕掛ける。
魔術士として優秀な者が寄り集まっているのか、接近戦に対応できない者がほとんどだ。この程度なら殲滅できる。スイウにとって魔術発動までの時間はあまりにもゆっくりと感じられる。魔術一辺倒の相手に接近戦に持ち込み、荷馬車を襲撃する余裕を与えさせない。
刀に冷気を纏わせることで攻撃範囲を広げ、人、時に馬を狙いながら確実に仕留めていく。担当していた左側の敵を
「みんな、街が見えてきた。もう少し持ち堪えてくれ!」
アイゼアの声が届く。
馬の腹を蹴り、メリーに加勢する。刀に冷気を纏い、ジューンに攻撃を仕掛ける。ジューンは手綱を引き、間一髪のところでその斬撃を避けた。
「てめぇに用はねぇんだよ」
「俺はあるからな」
苛立ちを隠さずこちらを睨みつける。恨みをぶつけたいはずのメリーはどんどん遠ざかっていく。ジューンは舌打ちし、スイウを無視して馬を走らせる。それに追随するように馬を並走させ、刀を振るう。
「悪ぃがオレはそのへんのゴミ共と違って接近戦の方が得意なんでなァ」
自分で言うだけのことはあって、剣でスイウの攻撃を受けきり、時には攻めてくる。馬の足が動きの速さになる分、スイウの動きはキレを失っていた。
一進一退の攻防を終わらせるべく、遠くに離れた荷馬車からメリーの雷撃が放たれる。ジューンが
「クソったれ……ここまでかよ」
街まで追えば騎士の増援が待っている。刀と剣がぶつかり合い競り合う。ジューンは押し負け、スイウと反対の方向へ押されるとそのまま離れて撤退していく。最後にメリーへ憎悪に満ちた視線を向けながら。それを察したのか、残っていた僅かな構成員たちも撤退していった。
深追いはせず、とにかく今は街へ向かうことを優先する。スイウは馬の速度を上げ、荷馬車に追いつく。
「さっきの戦いの間に馬を奪ったのかい?」
「スイウ様はとても器用なのですね」
アイゼアたちは馬に
「それより体力は大丈夫か? この後連戦みたいなもんだが」
まだこれからネレスの研究所への突入が待っている。メリーの魔力も全快のときと比べれば三分の二から半分程度まで減っている。ここで大幅に消耗したのは正直なところ痛手だ。
「あまり大丈夫ではないけど、休んでる暇なんてないんじゃない? 街ですぐに準備を整えて、態勢を立て直して向かおう」
「ストーベルがいるかもしれないんです。弱音なんて吐いてられません」
メリーも魔力回復のためにドライデーツの残りを頬張る。
「フィロメナ様に何かある前に助けなくてはいけませんし」
気持ちが折れている者はいない。スイウ自身もグリモワールを奪還するために立ち止まってはいられない。願いを叶えるお方、その人物がネレスに居るというのなら行かない理由はない。たとえ何があろうとも。
第25話 襲撃(2) 終