前章─復讐の先に掴む未来は(1)

 メリーに案内されるまま路地裏の奥まった場所にある階段を下りる。少し歩くと、先の行き止まりに扉が見えてきた。
 周囲の白レンガ造りに似つかわしくない鈍色の重々しい鉄の扉を、メリーは奇妙なリズムで叩く。程なくして扉の向こうからバタバタと慌ただしい気配が近づき、扉が開くと同時にいきなり人が飛び出してきた。

「えーっ! めっちゃ久しぶりじゃなーいメリー!!」
「うぐっ……」

その様子を見ていたスイウは、うるさいやつだと僅かに顔を顰める。
うぐいす色の髪にやや化粧の濃い女が、メリーを絞め殺さんばかりの勢いで抱きしめて……締めている。

「ねぇ、メリー死にそう」

 少し遅れてのそりと出てきたのは、メガネをかけた赤茶色の髪のじめっとした印象の女だ。じめっとした女の一声でメリーはようやく開放されたが、余程苦しかったのか肩で息をしている。

「ごめんごめん! でもびっくりしたわ。ノルタンダールからは離れられないって言ってたのに急にどうしたの?」
「少し事情が変わって……」

 メリーの深刻な表情から何かを読み取ったのか、二人はメリーに中へ入るように促す。

「あ、待ってください」

メリーが呟きながらこちらを振り向くと二人の視線も一緒にこちらへついてきた。

「え? なになに? そこのクッッソ目つき悪い男、まさか彼氏ぃ? 事情って、私たち結婚しまぁーす! とか、駆け落ちとかじゃないでしょうねぇ?」

 派手な女は大仰な身振り手振りを交えて、わざとらしく演技しながらくるくると表情を変える。

「おぉー、これはなんと。大胆かつ趣味の悪い……」

 突っ立っているだけでボロクソにけなされ、一体自分が何をしたんだと小さくため息をつく。

「二人ともさすがに失礼すぎます……彼は私の協力者なんです」
「協力者?」

 二人はこちらを不躾にじろじろと観察している。サラッと暴言を吐かれはしたが、本人たちの様子を見るに悪気はない……のかもしれない。
 今更目つきの悪さや人相を指摘されたところでスイウは何も感じない。既に耳にタコができるほど聞き飽きているからだ。

「うーんまぁ、そういうことなら。じゃあアンタも早く入っちゃって」

スイウも派手な女に促されるまま家の中へ入った。


 中はかなりこぢんまりとした規模の研究所になっているらしい。見たことのない機材や道具、変な植物が吊るしてあったりと、スイウにとっては見慣れない奇妙な光景が広がっている。
 近くのソファに案内され座ると、じめっとした女がご丁寧に紅茶を淹れて持ってきた。別にいらないんだが……と思いつつ、無言で受け取る。

「スイウさん、二人は私の学生時代の親友なんです。二人にも協力してもらおうと思ってここへ来たんですよ」

 友人二人を紹介し始めるメリーの姿に、一応その辺の常識は持ち合わせているのだと再確認する。ただ本人は至って常識人然とした態度なだけに、随分と振り切ったやつらと親しいんだなと不思議に思った。

「アンタ、スイウって言うんだ? 変わった名前ねー。アタシはペシェ・ペルシィ、よろしく〜。で、こっちの地味なのが──
「地味じゃない。そっちこそちゃんと本名名乗らないと、ドゥーラス?」
「アンタねぇ、その可愛くない名前で呼ぶのやめろっつってんでしょ?」

 派手な方が顔を引きつらせ、その容姿からは想像もつかないような低い声を発する。見た目は普通に女性に見えるが、本来の性別はどうやら男らしい。スイウは顔色一つ変えず、じっとその様子を見ていた。

「キミ驚かないんだ?」

 じめっとした女が、メガネの向こう側の瞳がこちらを探るように見つめてくる。

「いや、かなり」

と肩を竦めてみせると、じめっとした女は薄く笑う。

「ウチはミーリャ・アプフェル。魔工学の研究してる。ペシェは魔術の新技術開発とかやってる」
「アタシたちは少ない魔力でも快適に魔術が使えるような生活になるように研究してんのよ」
「この国ではウチらみたいな魔力が高くない霊族ほどないがしろにされやすいから格差を減らすため」
「だから頭の固〜い、魔力と血統で威張り散らしてるこの国の連中にはあんまり歓迎されてないのよねぇ」

 二人がこんな路地裏の奥まった所で、ひっそりと研究を続けてる理由をスイウはうっすらと理解した。
 ペシェと名乗った派手な方は、げんなりした顔で正面のソファの肘掛けに座る。置いてあった紅茶を一気に飲み干すと、ティーカップをソーサーの上に戻し、改まった表情でこちらへ向き直った。

「で、メリー。何があったのよ。協力してもらおうと思って来たって言ってたわよね」
「はい、二人にお願いがあるんです。大きな建物を遠距離で爆破できるものとか、人が空間移動できるものってないですかね?」

 メリーは至極真面目な顔で突拍子もないことを言いだし、スイウは面食らった。常識があるかについては早速評価を改めた方が良いかもしれない。遠距離爆破はともかく、空間移動はグリモワールを使ってもさすがに無理だろ、と内心ツッコミを入れる。

「ないわよーないない! 大体、爆破とか炎はアンタの専門でしょー? その膨大な魔力でふっ飛ばしちゃえば良いじゃない」
「建物? そもそもなんで爆破したいの?」
「そうよそれよ! いつもアンタと無茶苦茶やってきたけど、さすがに建物の爆破は犯罪よー?」

 二人の心配そうな視線がメリーに向いている。建物を爆破しようとしていることについて積極的に止めようとしないあたり、こういったことが何度かあったのか、それともこの二人の常識がやはりズレているのか。

 だが話が早くて助かる。こんなところでくどくどと説教を聞いてる暇はない。スイウとしては手がかりのないグリモワールの行方や魔物の情報も集めなくてはならないのだ。

「こいつらに協力してもらうんならさっさと説明しろ」
「そうですね」

 雑に促してやると、メリーは意を決したようにゆっくりと口を開く。

「実はミュール兄さんが連れ去られて、フランが殺されたんです」

 数秒だけ、時が止まったかのようにしんと静まり返る。その沈黙を破ったのはペシェだった。
「え……ミュールさんとフランちゃんが? なによそれ……どこのどいつよ!!」

 ペシェは怒りを露わにし、ミーリャは一言も発さず目を伏せて顔を顰めた。

「父ですよ。私の」
「はぁーっ? 父ってストーベル様のこと? 父親が自分の子供を殺したってわけ?」
「そうです」

 淡々となんてことないように返ってくる返事にペシェの顔色が青ざめる。

「ちょっと待って。てことは、あの名門クランベルカ家に喧嘩売るってことよね? バレたとき一瞬で首飛んじゃうわよ? 物理的に」

 二人は顔を見合わせ表情を曇らせる。名門とわざわざ呼ばれるクランベルカ家というのはそれほどに恐ろしいらしいが、冥界出身のスイウには今ひとつピンとこない話だった。

「メリー、クランベルカ家にはそんな力があんのか?」

 地上界の情報や常識は多く集めておいた方が間違いない。そう思って投げかけた質問だったが、二人は信じられないといった表情でスイウを凝視する。
 メリーは少し驚いたような焦るような複雑な表情を見せたが、それも僅かな間だけだった。

「ちょっとアンタどこ出身なのよ? クランベルカ家を知らないって、スピリア国民ならありえないわよ」
「ペシェ、スイウさんはセントゥーロ王国の人だから知らなかったんだと思いますよ」

 サラッと嘘をつくメリーの顔をスイウは横目で一瞥いちべつする。取り繕うように苦笑いを浮かべているメリーに、見かけによらず意外と強かなところもあるのだと感心する。いざとなったとき馬鹿正直なよりは、巧く切り抜けるタイプの方がやりやすい。

「スイウさん。スピリア連合国は風・炎・地・水の各種族と四つの種族が共同統治する五つの種族自治体から成り立ってるんです。クランベルカ家は炎霊族の長に仕える名門御三家の一つなんですよ」
「ってことは、王の側近のようなもんか」

 確かにこの国ではトップクラスの家柄ということになる。知らない方が驚かれるのも仕方ないと納得する。

「だから喧嘩を売るのは自殺行為。相手とは物量も違う」
「アンタたち本当にやる気?」
「当然です。ミュール兄さんを連れ戻すとフランと約束したんですから」

 不安そうに問いかける二人に対し、メリーは間髪入れずにピシャリと言い放った。その表情には迷いもなく、ある種の決意が見て取れる。

「でもねぇ、爆破はさすがにどうなのよ。連れ戻すことだけは不可能なわけ?」
「どの道喧嘩ですよ。それに徹底的に叩き潰してあげた方が世のため人のため自分のためです」
「喧嘩なんてかわいいものじゃすまない」

 まったく考えを変えようとしないメリーに、これはいよいよダメだと言わんばかりにミーリャは盛大にため息をつく。

「アンタは昔からそうよねー。こうと言い出したら一人でだって行っちゃうんだから……まったく」
「でも、こんなことされて黙って何事もなかったみたいに暮らすなんてできますか? ミュール兄さんとフランが何をしたって言うんですか? こんな酷いめに遭わされるようなことをしたと?」
「メリー、落ち着いて。二人はそんなことしない。二人はとても良い人たちだった。馬鹿にされてたウチらにも優しく接してくれたし」

 ミーリャはゆっくりと否定の意をこめて首を横に振る。

「先に犯罪に手を染めたのは向こう。父が二人に危害を加えたのも、おそらく禁止されてる研究のため。その研究所を爆破しても事実の露見を恐れて表立って非難はしてこないと思います。ただ裏で何をしてくるかはわかりませんが」

 メリーがそこまで話すと二人は何かを察したようで、顔を見合わせて頷く。

「わかったわよ、協力したげる。どの道アンタと仲良いアタシたちは危険に晒されるってわけよね」
「怖い……けど、二人にしたことは許せない。その気持ちはメリーと同じ」

 二人は不安に感じつつも、どこか覚悟を決めたような表情だ。むしろ進む道を決めたからこそ、その顔には清々しさのようなものすらあった。

「アンタ薬学専攻でしょ。爆薬制作を始めるわよ! 魔力もありったけ提供しなさい!」
「そういう薬学ではないんですけどね」
「とか言って作れるくせに」
「じゃあウチは爆薬を起動する装置を考えてみる。たぶん前研究してたやつの応用でいけるはず」
「ペシェ、ミーリャ。ありがとう」
「まったく、そんな顔しないの!」

 罪悪感の入り混じった笑みを浮かべたメリーを、ペシェはバシッと肩を叩いて喝を入れる。

「さ、早速制作に入るわよ! ぐずぐずしてる暇ないんだからね!」

ペシェの一声で三人は奥の研究室へ入っていった。


第2話 協力者(1)  終
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