前章─復讐の先に掴む未来は(1)
一通り治療し終わる頃にはすっかり日も落ちていた。フィロメナたちは広場から少し離れた区画で野営していた。
アイゼアやスイウから、勝手に動いて場を混乱させたことや天族の存在を知られたことについて叱られたが、それでもフィロメナは後悔してはいなかった。一つでも多く救えた命があることが純粋に嬉しかった。
自分にもできることがある。今と未来を変えられる力がある。この力でいつかは誰も涙を流さなくていい世界にしたい。壮大で途方もないと笑われるかもしれないけど、フィロメナは純粋にそうなってほしいと願っている。
しかしそれを叶えるにはきっと、自身一人の力では限界がある。今回だってそうだ。多くの人に助けられ、治癒術だけに集中する環境を整えてくれたからこその結果だ。大きく物事を変えるにはたくさんの人々の協力がなければ不可能だ。
自分の治癒術があれば、一人でだって多くの人を救えると独断先行し、場を混乱させた。間違いなく自分の傲慢さが招いた結果だった。そう反省しながら、ゆっくりと保存食のドライデーツを噛み締める。魔力がすっからかんになるまで奔走 した体は重く、怠い。
「明日ネレスに着いたら白フードを探さないといけないけど、まさかここで体力を消費するとはね」
アイゼアは腕を組み、すでに明日のことを思案しているようだ。
「明朝ここを発つから、みんなもそれまでに体調と体力はできるだけ整えておくように」
「え、ちょっと待って? もう明日の朝にはここを出るの?」
フィロメナは、当初の予定から変更もなくネレスまで行くことに驚いていた。治療も復興も全てが中途半端なままだ。このまま投げ出してここを去ることにズキリと胸が痛む。
「残るなら好きにしろ。俺たちは先に行くだけだ」
治療や復興もできれば協力したいが、白フードを追うならゆっくりしている場合ではないことはわかっている。問題は自分がどちらを優先させるかだ。もう、答えは決めている。
「ううん……あたしも明日、みんなと一緒にネレスへ行くわ」
世界が破滅すれば、それこそ復興どころではなくなる。今日救った命も全て消える。ネレスへ行くことが、最終的にスティータのためにもなると信じて今は進むしかない。
「決まりだね。今晩はできるだけ体力を戻すのに集中しないと。スイウ、メリーの魔力はどんな感じ? まずそうなら呼び戻しに行かないと」
「だいぶ減ってるな。まだ持つとは思うが……」
「と、噂 をすれば戻ってきたね」
広場の方角からメリーが歩いてくるのが見えた。その隣にはウィルもいる。
「全員看取ってきましたよ」
力なく笑いながら歩いてくるメリーの顔はやはり疲労が色濃く出ている。複数の幻術を展開し、魔力を消費し続けていたのだから当然だ。
魔力を継続して使用するということは、体力の続く限り延々と走り続けているようなもので、並大抵の者にできるものではない。なんてことないような顔して何も言わないが、フィロメナが治癒術をスムーズに行えるようにするためにかなりの無茶をしてきたということだ。それに加え、死を待つ者と向き合うことで精神的にすり減っているのもあるかもしれない。
「お疲れ様です。メリー様もこれをどうぞ」
「ありがとうございます」
エルヴェがメリーにドライデーツの袋を渡す。
「あの、ウィルさんが話をしたいそうなので連れてきたんですけど」
全員の視線は自然とメリーの隣にいるウィルへと集まる。
「俺はこの街の騎士を束ねてるウィルフレッド・フォーサイスっていうもんだ。あんたたちが来てくれたおかげで救われた者も多い。街のみんなを代表してまず礼を言わせてほしい。ありがとう」
ウィルはそう言って、深く一礼した。
「早速本題に入らせてもらう。アイゼアが動いてるってことは何かあったんだとは思うが……」
ウィルの目がアイゼアを捉えると、アイゼアは少し困ったように肩を竦めた。
「魔物の件でね」
「詳しくは言えないか。まぁ良い、俺は情報提供しに来たんだ」
情報提供という単語に全員の興味がウィルへと注がれる。
「アイゼアに軽く話してはあるんだが、街を襲撃した魔物はみんな討伐した後、人の姿になった。理由は今のところはわからん。あと、一体だけ仕留め損ねた恐ろしく強い魔物がいるってことだな」
人の姿に戻った魔物。これは間違いなくグリモワールの影響だ。
ここ数日、世界中で魔物の襲撃が相次いでいるという情報が飛び交っている。いよいよ本格的に破滅へ向かい始めたということでもある。
「ねぇ、強い魔物ってどんな魔物なのかしら? 見た目とか」
「そうだなぁ。炎が意思を持って動いてるような感じって言えば想像つくか?」
「うぅーん、何となく?」
フィロメナはイマイチ上手く想像ができず火の玉が自由に飛び回ってる光景を思い浮かべる。
「実体がないから攻撃も通らなくて参ったもんだよ。何人か殺られたしな……被害は街の東部で出てるから、気になるなら見てくると良い。魔物から人の姿戻ったヤツの遺体もそこに安置してある」
ウィルは眉間にシワを寄せ腕を組み、重苦しいため息をついた。
「そういえば、フォーサイス家はネレスも領地だったよね?」
「おぉ、よくそんな地方貴族のことまで覚えてるな。つっても、領主として治めてんのは俺じゃなくて俺の親父だけど」
騎士の隊長としてこの街をまとめているだけかと思っていたが、ウィルはどうやら貴族の出らしかった。貴族らしからぬ言葉遣いと所作に、人は見かけによらないな、とフィロメナは心の中で呟いた。
「ネレスに研究所みたいな施設ってあったっけ?」
「研究所? あぁ、数年前に建った新しいやつがあるな。確かスピリアからの魔工学発展の支援協力とかで」
「そこに呼ばれてるんだけど場所がよくわからなくって」
「なんだそういうことか」
ウィルはジャケットの内側から手帳を取り出すと、スラスラと何かを書き始めた。しばらくして書いていたページを破るとアイゼアへ手渡す。
「親父に頼んで案内人でも手配してやりたいとこだが、俺の頼みは聞いてくれねーだろうし。雑な地図で悪いがそれで我慢してくれ」
「ありがとう。さすがウィル、すごく助かるよ」
アイゼアはぱっと人懐っこく嬉しそうに微笑んだ。
「ったく、相変わらずの人たらしだな。言っとくがその笑顔には騙されんぞー。俺はお前の本性知ってんだからな〜」
「うわっ、それはやめてくれっ」
ウィルはそう言いつつも、にまーっと楽しそうに口角を上げてアイゼアの髪を両手でぐしゃぐしゃにした。
「じゃ、俺はもう行くけど、何か困ったことがあればいつでも言ってくれ」
ウィルは片手を上げ、気楽な雰囲気で挨拶を済ませると、広場の方へと帰っていく。ぼっさぼさの頭にされたアイゼアを残して。あまりの荒れ様に思わずじっと見てしまう。
「アイゼア様、大丈夫ですか? 髪が鳥の巣みたいになってますが」
「あんまり大丈夫じゃないかなー」
アイゼアはウィルが去っていった方を恨めしそうに見つめていた。
「私、東区に行ってきますね」
メリーはドライデーツを三つほど一気に頬張り、水で流し込んでから立ち上がる。
「東区は人がいないはずだから、一人で行くのはやめた方が良いよ」
「なら俺が行く」
スイウがサッと立ち上がり、歩く速度を緩める様子もないメリーの後ろへと続く。
「スイウが同行するなら良いけど、帰ってきたら報告頼むよー」
返事はなかったが、スイウが軽く手を上げて応える。二人の背中が夜の闇へと消えていった。
「メリーもあんなにくたくたな顔して……ネレスに行くときに東区は通るはずなんだけどな」
アイゼアは乱れた髪を直しながら元いた場所に座り直す。メリー自身も明日のために体力は温存した方が良いことはわかっているはずだ。それでも何かのために動いている。
このままネレスへ行って何も後悔しないのだろうか。そう自分に問いかけたとき、自然と立ち上がっていた。
「フィロメナ様、どうなさいました?」
「あたし、広場に行ってくるわ!」
「「えっ」」
エルヴェとアイゼアの戸惑いを隠さない声が同時に聞こえた。
「明日ネレスへ行くなら、今のうちに少しでもできることはしておきたいの。このまま行けば、後悔するかもしれないし」
容態が安定してない人もいれば、命に関わらなくても怪我の重い人もいた。復興をこのまま任せるのなら、動ける人が多い方が良いに決まっている。体力を温存すべきなのはわかっている。それでもやはり動かずにはいられない、そう思った。
「君は天界を追放されても天族なんだね。無理はしないって約束できるなら行ってきたら良い。広場なら騎士もいるし、困ったことがあれば頼るように。今度はちゃんと約束できるね?」
アイゼアは少し眉尻を下げ、困ったように笑っていた。反対されると思っていただけに拍子抜けしてしまう。だが心がスッと軽くなったような気がした。
「ありがとう! 少ししたらちゃんと戻るわ」
すぐに翼を出し、広場へ向けて飛んだ。
「行かせてしまって良かったのですか?」
「言っても聞かないのはさすがに学んだよ。スティータの人も助かると思うし、ちゃんと約束させて行かせた方がお互い良いでしょ」
というエルヴェとアイゼアの会話はフィロメナには届かなかった。
第24話 惨劇の葬送行進曲 (2) 終
アイゼアやスイウから、勝手に動いて場を混乱させたことや天族の存在を知られたことについて叱られたが、それでもフィロメナは後悔してはいなかった。一つでも多く救えた命があることが純粋に嬉しかった。
自分にもできることがある。今と未来を変えられる力がある。この力でいつかは誰も涙を流さなくていい世界にしたい。壮大で途方もないと笑われるかもしれないけど、フィロメナは純粋にそうなってほしいと願っている。
しかしそれを叶えるにはきっと、自身一人の力では限界がある。今回だってそうだ。多くの人に助けられ、治癒術だけに集中する環境を整えてくれたからこその結果だ。大きく物事を変えるにはたくさんの人々の協力がなければ不可能だ。
自分の治癒術があれば、一人でだって多くの人を救えると独断先行し、場を混乱させた。間違いなく自分の傲慢さが招いた結果だった。そう反省しながら、ゆっくりと保存食のドライデーツを噛み締める。魔力がすっからかんになるまで
「明日ネレスに着いたら白フードを探さないといけないけど、まさかここで体力を消費するとはね」
アイゼアは腕を組み、すでに明日のことを思案しているようだ。
「明朝ここを発つから、みんなもそれまでに体調と体力はできるだけ整えておくように」
「え、ちょっと待って? もう明日の朝にはここを出るの?」
フィロメナは、当初の予定から変更もなくネレスまで行くことに驚いていた。治療も復興も全てが中途半端なままだ。このまま投げ出してここを去ることにズキリと胸が痛む。
「残るなら好きにしろ。俺たちは先に行くだけだ」
治療や復興もできれば協力したいが、白フードを追うならゆっくりしている場合ではないことはわかっている。問題は自分がどちらを優先させるかだ。もう、答えは決めている。
「ううん……あたしも明日、みんなと一緒にネレスへ行くわ」
世界が破滅すれば、それこそ復興どころではなくなる。今日救った命も全て消える。ネレスへ行くことが、最終的にスティータのためにもなると信じて今は進むしかない。
「決まりだね。今晩はできるだけ体力を戻すのに集中しないと。スイウ、メリーの魔力はどんな感じ? まずそうなら呼び戻しに行かないと」
「だいぶ減ってるな。まだ持つとは思うが……」
「と、
広場の方角からメリーが歩いてくるのが見えた。その隣にはウィルもいる。
「全員看取ってきましたよ」
力なく笑いながら歩いてくるメリーの顔はやはり疲労が色濃く出ている。複数の幻術を展開し、魔力を消費し続けていたのだから当然だ。
魔力を継続して使用するということは、体力の続く限り延々と走り続けているようなもので、並大抵の者にできるものではない。なんてことないような顔して何も言わないが、フィロメナが治癒術をスムーズに行えるようにするためにかなりの無茶をしてきたということだ。それに加え、死を待つ者と向き合うことで精神的にすり減っているのもあるかもしれない。
「お疲れ様です。メリー様もこれをどうぞ」
「ありがとうございます」
エルヴェがメリーにドライデーツの袋を渡す。
「あの、ウィルさんが話をしたいそうなので連れてきたんですけど」
全員の視線は自然とメリーの隣にいるウィルへと集まる。
「俺はこの街の騎士を束ねてるウィルフレッド・フォーサイスっていうもんだ。あんたたちが来てくれたおかげで救われた者も多い。街のみんなを代表してまず礼を言わせてほしい。ありがとう」
ウィルはそう言って、深く一礼した。
「早速本題に入らせてもらう。アイゼアが動いてるってことは何かあったんだとは思うが……」
ウィルの目がアイゼアを捉えると、アイゼアは少し困ったように肩を竦めた。
「魔物の件でね」
「詳しくは言えないか。まぁ良い、俺は情報提供しに来たんだ」
情報提供という単語に全員の興味がウィルへと注がれる。
「アイゼアに軽く話してはあるんだが、街を襲撃した魔物はみんな討伐した後、人の姿になった。理由は今のところはわからん。あと、一体だけ仕留め損ねた恐ろしく強い魔物がいるってことだな」
人の姿に戻った魔物。これは間違いなくグリモワールの影響だ。
ここ数日、世界中で魔物の襲撃が相次いでいるという情報が飛び交っている。いよいよ本格的に破滅へ向かい始めたということでもある。
「ねぇ、強い魔物ってどんな魔物なのかしら? 見た目とか」
「そうだなぁ。炎が意思を持って動いてるような感じって言えば想像つくか?」
「うぅーん、何となく?」
フィロメナはイマイチ上手く想像ができず火の玉が自由に飛び回ってる光景を思い浮かべる。
「実体がないから攻撃も通らなくて参ったもんだよ。何人か殺られたしな……被害は街の東部で出てるから、気になるなら見てくると良い。魔物から人の姿戻ったヤツの遺体もそこに安置してある」
ウィルは眉間にシワを寄せ腕を組み、重苦しいため息をついた。
「そういえば、フォーサイス家はネレスも領地だったよね?」
「おぉ、よくそんな地方貴族のことまで覚えてるな。つっても、領主として治めてんのは俺じゃなくて俺の親父だけど」
騎士の隊長としてこの街をまとめているだけかと思っていたが、ウィルはどうやら貴族の出らしかった。貴族らしからぬ言葉遣いと所作に、人は見かけによらないな、とフィロメナは心の中で呟いた。
「ネレスに研究所みたいな施設ってあったっけ?」
「研究所? あぁ、数年前に建った新しいやつがあるな。確かスピリアからの魔工学発展の支援協力とかで」
「そこに呼ばれてるんだけど場所がよくわからなくって」
「なんだそういうことか」
ウィルはジャケットの内側から手帳を取り出すと、スラスラと何かを書き始めた。しばらくして書いていたページを破るとアイゼアへ手渡す。
「親父に頼んで案内人でも手配してやりたいとこだが、俺の頼みは聞いてくれねーだろうし。雑な地図で悪いがそれで我慢してくれ」
「ありがとう。さすがウィル、すごく助かるよ」
アイゼアはぱっと人懐っこく嬉しそうに微笑んだ。
「ったく、相変わらずの人たらしだな。言っとくがその笑顔には騙されんぞー。俺はお前の本性知ってんだからな〜」
「うわっ、それはやめてくれっ」
ウィルはそう言いつつも、にまーっと楽しそうに口角を上げてアイゼアの髪を両手でぐしゃぐしゃにした。
「じゃ、俺はもう行くけど、何か困ったことがあればいつでも言ってくれ」
ウィルは片手を上げ、気楽な雰囲気で挨拶を済ませると、広場の方へと帰っていく。ぼっさぼさの頭にされたアイゼアを残して。あまりの荒れ様に思わずじっと見てしまう。
「アイゼア様、大丈夫ですか? 髪が鳥の巣みたいになってますが」
「あんまり大丈夫じゃないかなー」
アイゼアはウィルが去っていった方を恨めしそうに見つめていた。
「私、東区に行ってきますね」
メリーはドライデーツを三つほど一気に頬張り、水で流し込んでから立ち上がる。
「東区は人がいないはずだから、一人で行くのはやめた方が良いよ」
「なら俺が行く」
スイウがサッと立ち上がり、歩く速度を緩める様子もないメリーの後ろへと続く。
「スイウが同行するなら良いけど、帰ってきたら報告頼むよー」
返事はなかったが、スイウが軽く手を上げて応える。二人の背中が夜の闇へと消えていった。
「メリーもあんなにくたくたな顔して……ネレスに行くときに東区は通るはずなんだけどな」
アイゼアは乱れた髪を直しながら元いた場所に座り直す。メリー自身も明日のために体力は温存した方が良いことはわかっているはずだ。それでも何かのために動いている。
このままネレスへ行って何も後悔しないのだろうか。そう自分に問いかけたとき、自然と立ち上がっていた。
「フィロメナ様、どうなさいました?」
「あたし、広場に行ってくるわ!」
「「えっ」」
エルヴェとアイゼアの戸惑いを隠さない声が同時に聞こえた。
「明日ネレスへ行くなら、今のうちに少しでもできることはしておきたいの。このまま行けば、後悔するかもしれないし」
容態が安定してない人もいれば、命に関わらなくても怪我の重い人もいた。復興をこのまま任せるのなら、動ける人が多い方が良いに決まっている。体力を温存すべきなのはわかっている。それでもやはり動かずにはいられない、そう思った。
「君は天界を追放されても天族なんだね。無理はしないって約束できるなら行ってきたら良い。広場なら騎士もいるし、困ったことがあれば頼るように。今度はちゃんと約束できるね?」
アイゼアは少し眉尻を下げ、困ったように笑っていた。反対されると思っていただけに拍子抜けしてしまう。だが心がスッと軽くなったような気がした。
「ありがとう! 少ししたらちゃんと戻るわ」
すぐに翼を出し、広場へ向けて飛んだ。
「行かせてしまって良かったのですか?」
「言っても聞かないのはさすがに学んだよ。スティータの人も助かると思うし、ちゃんと約束させて行かせた方がお互い良いでしょ」
というエルヴェとアイゼアの会話はフィロメナには届かなかった。
第24話 惨劇の