前章─復讐の先に掴む未来は(1)
ベッドにはメリーが眠っている。そのベッドを囲むようにして四人は顔を突き合わせていた。
「即効性の毒なんか盛りやがって」
少しずつ体力が戻ってきたのか、スイウは珍しく苛立たしげに呟く。
「え、即効性? その割にメリーの体の損傷は少ないわよ?」
スイウの言葉に疑問を感じたのかフィロメナは首を傾げる。体の異常を調べられるフィロメナは自分の見解に自信があるようだ。
「『黄昏の月』で魔族と契約してんだから、治癒力も耐性も常人とは違う。それに俺が肩代わりできる分はしてた。これがメリーじゃなくてアイゼアなら秒で死ねるな」
ということは、メリーもスイウと契約していなければ間に合わずに命を落としたということだ。相手は本気で殺しにきている。
アイゼアはふと、フラフィスに到着した日の夜のことを思い出す。フラフィスの騎士団屯所に、依頼していた調査報告が届いていた。『黄昏の月』については尋問したその日に調査依頼をし、その存在が希少だと知ったとき、メリーに関する素性を更に調査するように依頼していたのだ。後は情報部に任せておけばすぐに報告が来る。
希少であり、危険視されている『黄昏の月』はスピリアで個人情報を管理されているらしい。そこから情報を辿ると、メリーを取り巻く環境の全貌が見えてきた。
まず、メリー・セルナティエは偽名だ。本名はメレディス・クランベルカ。年齢は二十三。
霊族はある程度の年齢に達すると成長が緩やかになると聞く。外見から十八歳前後か、よくいってても二十歳あたりだと思っていただけに、自分と一つしか年齢が変わらないことに驚いた。
そしてスピリア連合国でクランベルカと言えば、炎霊族御三家に名を連ねるクランベルカ家のことだということは、セントゥーロ国民のアイゼアでもわかる。メリーはクランベルカ家当主の娘で、他にも大勢の兄弟がいるらしく、見つかった情報だけでも十人は超えていた。
その中に兄のミュールの名前はあったが、フランという名前はなく、今も調査中だ。クランベルカという名前に辿り着いたことで、ミルテイユの情報もすぐにそこから割り出せた。ミルテイユ・ジェームはクランベルカ家に仕える従者の家柄で、クランベルカ家の当主、ストーベル・クランベルカの側近の一人でもある。
白フードと戦うメリー。白フードの一員であるミルテイユ。では、兄ミュールの誘拐も妹フランの殺害も、メリーを毒殺しようとしたのも身内ということなのだろうか。
ミルテイユの独断の可能性もないわけではないが、メリーの尋問の際の口ぶりからも白フードたちはそれなりの規模だと推測できる。それにここまで大掛かりなことをしているのだ。おそらくミルテイユではなく、彼女を側近として従えている当主のストーベルが主導していると考える方が自然だ。状況証拠ばかりで確証はないが、確信めいた感覚を抱いていた。
だがもしそうだと仮定するならば、メリーは家族を救うために家族を殺そうとしているということで、逆もまた然りだ。クランベルカ家で何が起こっているのかまでは掴めず、メリーの兄妹に危害を加えた理由もわからない。
しかしこの情報のおかげで、メリーが素性を隠していた理由がはっきりした。セントゥーロに害を及ぼしている一族の者だと知られれば、自身も疑われる。捕縛、投獄、強制帰国。とにかくただでは済まないと考えたはずだ。そうすれば兄を追いかけ、救うのは不可能に近い。偽名で情報を隠すのも頷ける。
アイゼアが妹の話をしたときに踏み込むのを躊躇 ったのも、おそらくメリー自身が一族の深い部分に触れてほしくなかったからだ。
報告書を見ただけで、メリーが置かれた環境が普通ではないことは簡単に察しがついた。人には踏み込まれたくないことの一つや二つはある。報告書の話をチラつかせて、直接話を聞くつもりはない。
今まで得た情報と白フードと敵対しているという事実だけで少なくとも今は十分だ。メリーに「君のこと信じてみることにした」と言った言葉にも嘘はない。
ベッドの上に横たわり眠っているメリーの頬に、少しずつ血色が戻ってきている。彼女はその背中に一体どれほどのものを背負ってきたのか、アイゼアには知る由もない。
記憶を手繰り寄せていたアイゼアの思考を、あのー……というエルヴェの声が現実へと引き戻す。
「疑問に思うことがあるのですが、どうして毒殺なんて回りくどい手段にしたんでしょう? グリモワールがあるなら、それを使って殺せば早いのでは?」
エルヴェの疑問はもっともだ。毒殺は正面から殺しにかかるよりは不意をつける分、確実に危害を加えられるが、処置が良ければ今回のように助かる可能性もある。グリモワールにメリーが死ぬように願えば早い話、という意見にはアイゼアも同意せざるを得ない。
しかしそれをスイウは否定する。
「人の命を奪うって願いは叶わん」
「えっ、何でも叶うって聞いていたのですが」
「それができりゃグリモワール自体の発動もすぐに出来るようになるだろ。何でわざわざグリモワールの破滅の力が、人の魂を喰らってからしか使えないかわかるか?」
「えっと、破滅を起こす魔力を蓄えるためではないのですか?」
「それもあるが、抑止力としても機能してる。簡単に世界を破滅させられたら、今回みたいな間違いが起きたときまずいからな。善の魂を持つ者が多ければ、グリモワールに魂が供給されず破滅も起こらない。破滅させるべき世界じゃないときはどれだけ望んでも破滅させられないようにできてる。そうなるように初代冥王が作り上げたらしい」
初めて聞くことばかりだ。冥王が代替わりすることも、グリモワールが初代冥王によって作られたものだということも、グリモワールの仕組みについても。
「グリモワールは元々人を虐殺するためのもんじゃない。だから直接命を奪うような願いは叶わないように作られてる。あくまで人の命じゃなくて、欲望と魂を喰う魔書ってことだ。その証拠に魔物化して生きてるだろ、体は」
アイゼアは心の奥で小さな疑問が湧く。もし自分が何か願いを叶えるなら、「これ」だと思うものが一つあった。
「殺すのはさ、やろうと思えばできるでしょ。僕なら誰かを生き返らせたいなって思うよ。自分には絶対できないことだし」
六年前に亡くなった両親……養父母を生き返らせられるなら、自分の魂を売ってもいい。グリモワールの存在が現実にあることを知ったとき、そういう考えが過ったのは事実だ。
それが大罪だという自覚はある。だがそれでもいい。理性のない魔物に成り果てても構わない。カストルとポルッカに両親を取り戻してあげられるのなら。孤独だった自分に幸せを分けてくれた養父母に、大きくなっていく二人と人生を歩ませてあげられるのなら。
自分は所詮 余所者 だから。そんなふうに言えば養父も養母も弟と妹も悲しむのは目に見えている。それでも血が繋がっていないという意味では事実でしかない。何も恩返しできなかった自分にできることがあるのなら、例えこの身が犠牲になっても良い。自分は十分過ぎるほど幸せだったと笑って消えていけるだろう。
そんな思いを知ってか知らずか、スイウの鋭い目が更に細まり、アイゼアを射抜く。
「死んだヤツは生き返らんぞ、アイゼア。理を捻じ曲げようなんて馬鹿な考えは捨てろ。そもそもグリモワールは理を捻じ曲げた人類に天罰を与えるために作られた魔書だ。その魔書が自ら理を捩じ曲げるような願いを叶えるわけないだろ」
「うーん……それなら、願いを叶えた人を魔物に変えるのは理に反してないのかい?」
我ながら上手く言い返したつもりだったが、それはフィロメナにあっさりと否定されることになる。
「反してないわよ。魔物は人の心の闇から生まれるんだから、人が闇に飲まれて魔物になるのもおかしくないもの。醜い欲望を引き出して叶えて魂を喰らう。欲望が強くて、魂が穢れているほど早く闇に侵食されて魔物化するの。心の闇から生まれた魔物より、人が闇に飲まれて魔物化した個体は強烈だって聞いたことあるわ。そんなことより、あんた本気で生き返らせようとか思ってないわよね?」
人間のアイゼアにはグリモワールや魔物に関する知らない話ばかりだが、スイウとフィロメナはさもそれが当然の世界の有り様だと語る。
グリモワールが本来は天罰のために作られたものということは知らなかったが、罰を下すために使われたという件はおとぎ話の本にも記述されていたような気がする。それよりも、生き返らせたいと言っただけでスイウとフィロメナにここまで食いつかれるとは。
天族と魔族。立場は違えど、どちらも世界の秩序を守る存在という意味では同じ立場なのだろう。そんな二人の視線が針のように突き刺さる。
「ちょっと、二人共目が怖いんだけど。さすがに僕も本気じゃないって。グリモワールで無理ならそもそもそれ以前の話じゃないか」
冗談っぽく笑ってみせたが、どことなく訝 しむような視線は変わらなかった。
「……まぁいい。それより話がだいぶ逸れたな」
「グリモワールの力では私は殺せない。だから毒殺を選んだ、ということですね」
その掠れた声に、全員の視線がベッドに横たわるメリーへと向く。まだ表情に生気がないが、それでも体を起こそうとするメリーをフィロメナが慌てて制す。
「メリー、しばらくは安静にしてて。治癒術をかけたから魔力も減ってるし、良いわね?」
「目を覚まされたのですね……安心しました」
メリーはフィロメナの言うことを聞き入れ、歯痒そうにしながらも再び横になる。
「メリーも目が覚めたところで、これからどうする?」
「明日には私も……
「メリーはダメよ。動くにしても前線には出ないで」
呻くように絞り出すメリーの言葉をフィロメナのハキハキとした声が遮った。
これはフィロメナの言い分が正しい。今のメリーでは足を引っ張りかねないうえ、万が一何かあった場合スイウにまで被害が及ぶ。メリーが動けないだけでもかなりの痛手なのにスイウまで動けなくなれば、今回の目的は確実に達成されない。
「メリーには今回下がっててもらうよ。だから作戦を少し変更しようと思ってるんだ。大した案があるわけじゃないけど、聞いてくれるかい?」
視線が一気にアイゼアへと集まり、その言葉を待っている。全員が白フードの足取りを掴むために一丸となっていた。アイゼアは一人ずつ視線を合わせてから、口を開く──
第19話 一滴の油断(2) 終
「即効性の毒なんか盛りやがって」
少しずつ体力が戻ってきたのか、スイウは珍しく苛立たしげに呟く。
「え、即効性? その割にメリーの体の損傷は少ないわよ?」
スイウの言葉に疑問を感じたのかフィロメナは首を傾げる。体の異常を調べられるフィロメナは自分の見解に自信があるようだ。
「『黄昏の月』で魔族と契約してんだから、治癒力も耐性も常人とは違う。それに俺が肩代わりできる分はしてた。これがメリーじゃなくてアイゼアなら秒で死ねるな」
ということは、メリーもスイウと契約していなければ間に合わずに命を落としたということだ。相手は本気で殺しにきている。
アイゼアはふと、フラフィスに到着した日の夜のことを思い出す。フラフィスの騎士団屯所に、依頼していた調査報告が届いていた。『黄昏の月』については尋問したその日に調査依頼をし、その存在が希少だと知ったとき、メリーに関する素性を更に調査するように依頼していたのだ。後は情報部に任せておけばすぐに報告が来る。
希少であり、危険視されている『黄昏の月』はスピリアで個人情報を管理されているらしい。そこから情報を辿ると、メリーを取り巻く環境の全貌が見えてきた。
まず、メリー・セルナティエは偽名だ。本名はメレディス・クランベルカ。年齢は二十三。
霊族はある程度の年齢に達すると成長が緩やかになると聞く。外見から十八歳前後か、よくいってても二十歳あたりだと思っていただけに、自分と一つしか年齢が変わらないことに驚いた。
そしてスピリア連合国でクランベルカと言えば、炎霊族御三家に名を連ねるクランベルカ家のことだということは、セントゥーロ国民のアイゼアでもわかる。メリーはクランベルカ家当主の娘で、他にも大勢の兄弟がいるらしく、見つかった情報だけでも十人は超えていた。
その中に兄のミュールの名前はあったが、フランという名前はなく、今も調査中だ。クランベルカという名前に辿り着いたことで、ミルテイユの情報もすぐにそこから割り出せた。ミルテイユ・ジェームはクランベルカ家に仕える従者の家柄で、クランベルカ家の当主、ストーベル・クランベルカの側近の一人でもある。
白フードと戦うメリー。白フードの一員であるミルテイユ。では、兄ミュールの誘拐も妹フランの殺害も、メリーを毒殺しようとしたのも身内ということなのだろうか。
ミルテイユの独断の可能性もないわけではないが、メリーの尋問の際の口ぶりからも白フードたちはそれなりの規模だと推測できる。それにここまで大掛かりなことをしているのだ。おそらくミルテイユではなく、彼女を側近として従えている当主のストーベルが主導していると考える方が自然だ。状況証拠ばかりで確証はないが、確信めいた感覚を抱いていた。
だがもしそうだと仮定するならば、メリーは家族を救うために家族を殺そうとしているということで、逆もまた然りだ。クランベルカ家で何が起こっているのかまでは掴めず、メリーの兄妹に危害を加えた理由もわからない。
しかしこの情報のおかげで、メリーが素性を隠していた理由がはっきりした。セントゥーロに害を及ぼしている一族の者だと知られれば、自身も疑われる。捕縛、投獄、強制帰国。とにかくただでは済まないと考えたはずだ。そうすれば兄を追いかけ、救うのは不可能に近い。偽名で情報を隠すのも頷ける。
アイゼアが妹の話をしたときに踏み込むのを
報告書を見ただけで、メリーが置かれた環境が普通ではないことは簡単に察しがついた。人には踏み込まれたくないことの一つや二つはある。報告書の話をチラつかせて、直接話を聞くつもりはない。
今まで得た情報と白フードと敵対しているという事実だけで少なくとも今は十分だ。メリーに「君のこと信じてみることにした」と言った言葉にも嘘はない。
ベッドの上に横たわり眠っているメリーの頬に、少しずつ血色が戻ってきている。彼女はその背中に一体どれほどのものを背負ってきたのか、アイゼアには知る由もない。
記憶を手繰り寄せていたアイゼアの思考を、あのー……というエルヴェの声が現実へと引き戻す。
「疑問に思うことがあるのですが、どうして毒殺なんて回りくどい手段にしたんでしょう? グリモワールがあるなら、それを使って殺せば早いのでは?」
エルヴェの疑問はもっともだ。毒殺は正面から殺しにかかるよりは不意をつける分、確実に危害を加えられるが、処置が良ければ今回のように助かる可能性もある。グリモワールにメリーが死ぬように願えば早い話、という意見にはアイゼアも同意せざるを得ない。
しかしそれをスイウは否定する。
「人の命を奪うって願いは叶わん」
「えっ、何でも叶うって聞いていたのですが」
「それができりゃグリモワール自体の発動もすぐに出来るようになるだろ。何でわざわざグリモワールの破滅の力が、人の魂を喰らってからしか使えないかわかるか?」
「えっと、破滅を起こす魔力を蓄えるためではないのですか?」
「それもあるが、抑止力としても機能してる。簡単に世界を破滅させられたら、今回みたいな間違いが起きたときまずいからな。善の魂を持つ者が多ければ、グリモワールに魂が供給されず破滅も起こらない。破滅させるべき世界じゃないときはどれだけ望んでも破滅させられないようにできてる。そうなるように初代冥王が作り上げたらしい」
初めて聞くことばかりだ。冥王が代替わりすることも、グリモワールが初代冥王によって作られたものだということも、グリモワールの仕組みについても。
「グリモワールは元々人を虐殺するためのもんじゃない。だから直接命を奪うような願いは叶わないように作られてる。あくまで人の命じゃなくて、欲望と魂を喰う魔書ってことだ。その証拠に魔物化して生きてるだろ、体は」
アイゼアは心の奥で小さな疑問が湧く。もし自分が何か願いを叶えるなら、「これ」だと思うものが一つあった。
「殺すのはさ、やろうと思えばできるでしょ。僕なら誰かを生き返らせたいなって思うよ。自分には絶対できないことだし」
六年前に亡くなった両親……養父母を生き返らせられるなら、自分の魂を売ってもいい。グリモワールの存在が現実にあることを知ったとき、そういう考えが過ったのは事実だ。
それが大罪だという自覚はある。だがそれでもいい。理性のない魔物に成り果てても構わない。カストルとポルッカに両親を取り戻してあげられるのなら。孤独だった自分に幸せを分けてくれた養父母に、大きくなっていく二人と人生を歩ませてあげられるのなら。
自分は
そんな思いを知ってか知らずか、スイウの鋭い目が更に細まり、アイゼアを射抜く。
「死んだヤツは生き返らんぞ、アイゼア。理を捻じ曲げようなんて馬鹿な考えは捨てろ。そもそもグリモワールは理を捻じ曲げた人類に天罰を与えるために作られた魔書だ。その魔書が自ら理を捩じ曲げるような願いを叶えるわけないだろ」
「うーん……それなら、願いを叶えた人を魔物に変えるのは理に反してないのかい?」
我ながら上手く言い返したつもりだったが、それはフィロメナにあっさりと否定されることになる。
「反してないわよ。魔物は人の心の闇から生まれるんだから、人が闇に飲まれて魔物になるのもおかしくないもの。醜い欲望を引き出して叶えて魂を喰らう。欲望が強くて、魂が穢れているほど早く闇に侵食されて魔物化するの。心の闇から生まれた魔物より、人が闇に飲まれて魔物化した個体は強烈だって聞いたことあるわ。そんなことより、あんた本気で生き返らせようとか思ってないわよね?」
人間のアイゼアにはグリモワールや魔物に関する知らない話ばかりだが、スイウとフィロメナはさもそれが当然の世界の有り様だと語る。
グリモワールが本来は天罰のために作られたものということは知らなかったが、罰を下すために使われたという件はおとぎ話の本にも記述されていたような気がする。それよりも、生き返らせたいと言っただけでスイウとフィロメナにここまで食いつかれるとは。
天族と魔族。立場は違えど、どちらも世界の秩序を守る存在という意味では同じ立場なのだろう。そんな二人の視線が針のように突き刺さる。
「ちょっと、二人共目が怖いんだけど。さすがに僕も本気じゃないって。グリモワールで無理ならそもそもそれ以前の話じゃないか」
冗談っぽく笑ってみせたが、どことなく
「……まぁいい。それより話がだいぶ逸れたな」
「グリモワールの力では私は殺せない。だから毒殺を選んだ、ということですね」
その掠れた声に、全員の視線がベッドに横たわるメリーへと向く。まだ表情に生気がないが、それでも体を起こそうとするメリーをフィロメナが慌てて制す。
「メリー、しばらくは安静にしてて。治癒術をかけたから魔力も減ってるし、良いわね?」
「目を覚まされたのですね……安心しました」
メリーはフィロメナの言うことを聞き入れ、歯痒そうにしながらも再び横になる。
「メリーも目が覚めたところで、これからどうする?」
「明日には私も……
「メリーはダメよ。動くにしても前線には出ないで」
呻くように絞り出すメリーの言葉をフィロメナのハキハキとした声が遮った。
これはフィロメナの言い分が正しい。今のメリーでは足を引っ張りかねないうえ、万が一何かあった場合スイウにまで被害が及ぶ。メリーが動けないだけでもかなりの痛手なのにスイウまで動けなくなれば、今回の目的は確実に達成されない。
「メリーには今回下がっててもらうよ。だから作戦を少し変更しようと思ってるんだ。大した案があるわけじゃないけど、聞いてくれるかい?」
視線が一気にアイゼアへと集まり、その言葉を待っている。全員が白フードの足取りを掴むために一丸となっていた。アイゼアは一人ずつ視線を合わせてから、口を開く──
第19話 一滴の油断(2) 終