前章─復讐の先に掴む未来は(1)
メリーたちは昨晩フラフィスに到着した。道中に隠していた情報である、闘技場優勝者には賞金の他に何でも願いを一つ叶えてくれるという噂があることと、グリモワールや白フードの因果関係の話をした。
一晩休息をとり、今日は闘技場の出場登録をする予定になっている。フラフィスでは週二回出場登録日があり、三日かけて優勝を争う。初日は出場登録と一回戦、二日目に二回戦〜四回戦、三日目に三位決定戦を行ったあと決勝戦という流れだとアイゼアが教えてくれた。
アイゼアはフラフィスの騎士団屯所に荷馬車を預け、そちらで寝泊まりするとのことだった。宿代がメリー一人に負担がかかってくるかと思っていたが、アイゼアが律儀に半分持ってくれたおかげで、一気に財布が寂しくならずに済んでいる。
いつのときか「僕がいて良かったでしょ」とアイゼア自身が言っていたことがあったが、今となっては本当に心からそう思える。彼については評価を改めなければいけないほど、主に金銭面で感謝した。
「あ、いたいた。おはよう」
「アイゼア様、おはようございます。今日は服装が違うのですね」
のんびりと朝食を食べていると、屯所からアイゼアが迎えに来たようだ。エルヴェが指摘する通り、アイゼアはいつもの騎士団の服装ではない。白フードと面識のないフィロメナ以外は、昨日のうちに上着やマントだけを買い、気休め程度に見た目を変えてはいるが、アイゼアは着ているもの全てが私服のようだ。
「騎士が闘技場に参加するのは表向きご法度なんだよね」
「なるほど。だから私服を着ていらっしゃるのですね」
「ちょっと、騎士なのに規律を守らないのはどうなのかしら?」
「事情が事情だからね。これも勤めの一つだし、固いこと言わずにいこうよ」
アイゼアは全く悪気などなさそうに笑い飛ばす。職務には真面目かつ、任務のためなら臨機応変に対応する柔軟さはあるようだ。彼はそうやって上手くかい潜ってきたからこそ、この若さで人を指示できるような立場にいるのだろう。自由行動が基本だと言っていたが、それが許されるのは実力があると認められている証拠でもあるとメリーは考えている。
「アイゼアさんは朝食はもう食べたんですか?」
「もちろん。簡単に済ませただけなんだけどね」
あの早食いが簡単に済ませたと言っているのだから、それはもう瞬間的に食べ終えてきたのだろうなと想像がつく。
「来るのが早すぎるだろ。せっかちなヤツ……」
「ははっ、待たせるよりは良いでしょ? 君は特にうるさそうだし」
「当然だ。一瞬でも遅れたらボロクソに扱き下ろす」
「わぁ、怖いなぁ〜」
スイウとアイゼアは今朝も嫌味の応酬が絶好調だ。そのやり取りが慣れた日常になりつつあるのを感じながら、残り少なくなったパンケーキを一口分切り分ける。
「メリー、このパンケーキって食べ物すっごく美味しいわ! いちごもただ食べるよりすごく美味しい〜! これ、自分でも作れるのかしら……」
フィロメナはカトラリーの扱いがまだ辿々しい。だがそんなことも気にならないほど終始はしゃいでおり、パンケーキの甘さに頬を緩ませっぱなしだ。
確かにこのパンケーキのふかふかさとクリームとシロップのバランスは絶妙だ。ふんだんに乗せられたいちごは瑞々しく、爽やかな甘みと酸味が全体を調和し引き締めている。いちごの香りは口いっぱいに広がるほど芳醇 で、パンケーキの美味しさをより一層引き立てているようだ。
フィロメナが加わってから食事が作業ではなくなった。スイウと二人だったときは、船で食べた夕食以外は本当に生命維持のためでしかなかった。それに比べて今はきちんと味わって食べるようになったと思う。
面倒な人だと思っていたが、フィロメナはとても美味しそうに食べるし、彼女と食事をするのは少しだけ楽しく感じられた。
気づけばペロリと食べきってしまったのか皿の上にはもう何も残っていない。名残惜しく思いながらグラスの水を飲み干す。全員が食べ終わると、そのまま宿から闘技場へと向かった。
フラフィスは比較的標高の高い高原に位置する街で、この季節の朝は冷え込む。昨日買っておいた砂色のフードマントの端と端を掴み、外気が入らないように閉じて歩く。
大通りは朝からまるで祭りのような賑わいだ。参加者や観戦目的できた人、それらを相手に商売をする行商、その往来を縫うようにして闘技場まで辿り着く。
「すごい……とても大きいです」
エルヴェが感嘆の声を漏らす。無理もない。石造りの円形の闘技場は目の前で見ると圧迫感を感じるほどに大きい。これほどの建物は早々お目にかかれないだろう。
「この闘技場は国内で一番大きいんだよ」
セントゥーロでは、大きな街には必ずと言っていいほど闘技場がある。闘技場は傭兵を統率するギルドが運営し、参加者は主に傭兵たちで、賞金や腕試しを目的に参加する。ちょっとした賭け事なんかもでき、人気も根強いらしい。
闘技場の中へ入ると、参加登録に来た人や観戦に来た人であふれている。
「さて、ここまで来たのは良いんだけど」
それまで先導を勤めていたアイゼアが、邪魔にならないよう壁際まで歩いて振り返る。
「闘技場は個人戦のシングルと二人組のダブルと団体戦のクアッドの三種類があるんだ。シングルがメインで毎週一回開催、一週間おきにダブルとクアッドが入れ替わるんだけど……」
アイゼアはチラッと受付の方へと目を向ける。四人もそれにつられて目を向けた。受付の奥にあるプレートに「ダブル」と書いてあるのが見える。
「今日はダブルの登録受付日みたいね」
五人いるということは、登録するのが四人で一人は観戦ということになる。無意識に全員の視線がフィロメナへと集まった。
「な、何よ……」
「お前が一番戦力にならん」
「もー、わかってるわよ! そんな言い方しなくたって良いじゃない」
フィロメナは自分が戦力として頼りにならない自覚があるのか語尾に向かって徐々に語気が弱くなっていく。
「スイウ、もう少し柔らかい言い方を選んでくれないかな……」
「どうせ意味は同じだろ」
スイウの言っていることは間違いなくそうなのだが、アイゼアの言い分もわからなくはない。スイウは面倒なのか婉曲的 な表現を好まず、かなり直球で考えをぶつけてくる。おそらく配慮する必要がないと個人的に判断しての発言なのだろうが、配慮がいるなら面倒だから発言しない、言うならハッキリ言う、といった感じだ。逆にそれがスイウの良さでもあるとメリーは思うが。
「じゃあフィロメナさんには休んでてもらうとして、問題は誰と誰が組むか、ですか?」
「それはもう決まってるよ。と言うより考えるまでもないかな」
フィロメナに集まっていた視線が一斉にアイゼアへと移る。
「スイウとエルヴェ、僕とメリーで組むのが一番良い」
「えっ?」
なんとなくペアを組むなら契約もしているスイウとだと思っていただけに、アイゼアから指名されるのは少し驚いた。同時に何か企んでいるのではないかという考えが頭をよぎる。
「『黄昏の月』の魔力は霊族にとっては気味が悪い……だっけ? 白フードたちは霊族で構成されてるって言ってたよね」
「確かに言いましたね」
「じゃあ、メリーは今回魔術を使う気がないんじゃないかな?」
考えを全て見透かしているかのような余裕のある笑みにメリーは僅かに動揺する。
読まれている。のらりくらりとしているようで、よく人を観察してるんだなと感心してしまうほどだ。
今回は研究所へ乗り込むわけではない。あくまでも普通の参加者を装って近づくのが目的だ。セントゥーロという国で『黄昏の月』の魔力を察知されれば、それは自分がメリーですと言っているのとあまり大差ない。
「その通りです。魔力を使えば相手に私がいることを気取られますし」
「だったら個人戦が得意なスイウとよりも、連携慣れしてる僕と組んだ方がきっと良い。あの鉱山の戦闘は本当にお粗末だったからね」
あの戦いはスイウではなくメリーが足を引っ張った。かなり疲弊していたのもあったが、魔力で作られた霧や自身の感情に飲まれ後手に回っていた。そこを出会ってはいけないはずのアイゼアに救われたのだ。お粗末と評価されても仕方ない。
今回も全力を出せない戦いを強いられるのは確実で、メリーを庇いながらでは連携慣れしていないスイウの戦闘力は大幅に削がれるということだろう。それなら万全で戦えるエルヴェと組んだ方がスイウのためになるというのは理に適った話だった。
「でも、それなら誰と組んでも私は足を引っ張りますよ? いっそフィロメナさんに出てもらいますか?」
「それでもメリーの方が戦力的には断然マシだな。翼を隠して戦えないわ、反応速度は遅いわでコイツは全く話にならん」
「うぅ……確かに翼なしじゃ治癒術くらいしかできないわ」
メリーの提案はあっさりとスイウとフィロメナ自身に却下された。大きな闘技場といえどフィールドが限定されているため混戦は必至だ。空中戦を封じられ、術も使えないとなればフィロメナの持ち味は死んだも同然だろう。
「大丈夫。これでも僕はいろんな強さの人と共闘してきてるし、メリーなら上手くやれるさ」
「じゃあ……よろしく、お願いします」
メリーの返事で組み合わせが確定すると、受付で出場登録をする。奥に通され、手荷物と武器の検査を済ますとすぐに選手控え室へと通されることになった。
「アイゼアには気をつけろ」
控え室に入る前の別れ際スイウに忠告される。組み合わせの話が理に適っていただけに杞憂 かと思っていたが、やはり何かあると思って構えていた方が良いのかもしれないと気を引き締めた。
第17話 手を取り合うその理由 は(1) 終
一晩休息をとり、今日は闘技場の出場登録をする予定になっている。フラフィスでは週二回出場登録日があり、三日かけて優勝を争う。初日は出場登録と一回戦、二日目に二回戦〜四回戦、三日目に三位決定戦を行ったあと決勝戦という流れだとアイゼアが教えてくれた。
アイゼアはフラフィスの騎士団屯所に荷馬車を預け、そちらで寝泊まりするとのことだった。宿代がメリー一人に負担がかかってくるかと思っていたが、アイゼアが律儀に半分持ってくれたおかげで、一気に財布が寂しくならずに済んでいる。
いつのときか「僕がいて良かったでしょ」とアイゼア自身が言っていたことがあったが、今となっては本当に心からそう思える。彼については評価を改めなければいけないほど、主に金銭面で感謝した。
「あ、いたいた。おはよう」
「アイゼア様、おはようございます。今日は服装が違うのですね」
のんびりと朝食を食べていると、屯所からアイゼアが迎えに来たようだ。エルヴェが指摘する通り、アイゼアはいつもの騎士団の服装ではない。白フードと面識のないフィロメナ以外は、昨日のうちに上着やマントだけを買い、気休め程度に見た目を変えてはいるが、アイゼアは着ているもの全てが私服のようだ。
「騎士が闘技場に参加するのは表向きご法度なんだよね」
「なるほど。だから私服を着ていらっしゃるのですね」
「ちょっと、騎士なのに規律を守らないのはどうなのかしら?」
「事情が事情だからね。これも勤めの一つだし、固いこと言わずにいこうよ」
アイゼアは全く悪気などなさそうに笑い飛ばす。職務には真面目かつ、任務のためなら臨機応変に対応する柔軟さはあるようだ。彼はそうやって上手くかい潜ってきたからこそ、この若さで人を指示できるような立場にいるのだろう。自由行動が基本だと言っていたが、それが許されるのは実力があると認められている証拠でもあるとメリーは考えている。
「アイゼアさんは朝食はもう食べたんですか?」
「もちろん。簡単に済ませただけなんだけどね」
あの早食いが簡単に済ませたと言っているのだから、それはもう瞬間的に食べ終えてきたのだろうなと想像がつく。
「来るのが早すぎるだろ。せっかちなヤツ……」
「ははっ、待たせるよりは良いでしょ? 君は特にうるさそうだし」
「当然だ。一瞬でも遅れたらボロクソに扱き下ろす」
「わぁ、怖いなぁ〜」
スイウとアイゼアは今朝も嫌味の応酬が絶好調だ。そのやり取りが慣れた日常になりつつあるのを感じながら、残り少なくなったパンケーキを一口分切り分ける。
「メリー、このパンケーキって食べ物すっごく美味しいわ! いちごもただ食べるよりすごく美味しい〜! これ、自分でも作れるのかしら……」
フィロメナはカトラリーの扱いがまだ辿々しい。だがそんなことも気にならないほど終始はしゃいでおり、パンケーキの甘さに頬を緩ませっぱなしだ。
確かにこのパンケーキのふかふかさとクリームとシロップのバランスは絶妙だ。ふんだんに乗せられたいちごは瑞々しく、爽やかな甘みと酸味が全体を調和し引き締めている。いちごの香りは口いっぱいに広がるほど
フィロメナが加わってから食事が作業ではなくなった。スイウと二人だったときは、船で食べた夕食以外は本当に生命維持のためでしかなかった。それに比べて今はきちんと味わって食べるようになったと思う。
面倒な人だと思っていたが、フィロメナはとても美味しそうに食べるし、彼女と食事をするのは少しだけ楽しく感じられた。
気づけばペロリと食べきってしまったのか皿の上にはもう何も残っていない。名残惜しく思いながらグラスの水を飲み干す。全員が食べ終わると、そのまま宿から闘技場へと向かった。
フラフィスは比較的標高の高い高原に位置する街で、この季節の朝は冷え込む。昨日買っておいた砂色のフードマントの端と端を掴み、外気が入らないように閉じて歩く。
大通りは朝からまるで祭りのような賑わいだ。参加者や観戦目的できた人、それらを相手に商売をする行商、その往来を縫うようにして闘技場まで辿り着く。
「すごい……とても大きいです」
エルヴェが感嘆の声を漏らす。無理もない。石造りの円形の闘技場は目の前で見ると圧迫感を感じるほどに大きい。これほどの建物は早々お目にかかれないだろう。
「この闘技場は国内で一番大きいんだよ」
セントゥーロでは、大きな街には必ずと言っていいほど闘技場がある。闘技場は傭兵を統率するギルドが運営し、参加者は主に傭兵たちで、賞金や腕試しを目的に参加する。ちょっとした賭け事なんかもでき、人気も根強いらしい。
闘技場の中へ入ると、参加登録に来た人や観戦に来た人であふれている。
「さて、ここまで来たのは良いんだけど」
それまで先導を勤めていたアイゼアが、邪魔にならないよう壁際まで歩いて振り返る。
「闘技場は個人戦のシングルと二人組のダブルと団体戦のクアッドの三種類があるんだ。シングルがメインで毎週一回開催、一週間おきにダブルとクアッドが入れ替わるんだけど……」
アイゼアはチラッと受付の方へと目を向ける。四人もそれにつられて目を向けた。受付の奥にあるプレートに「ダブル」と書いてあるのが見える。
「今日はダブルの登録受付日みたいね」
五人いるということは、登録するのが四人で一人は観戦ということになる。無意識に全員の視線がフィロメナへと集まった。
「な、何よ……」
「お前が一番戦力にならん」
「もー、わかってるわよ! そんな言い方しなくたって良いじゃない」
フィロメナは自分が戦力として頼りにならない自覚があるのか語尾に向かって徐々に語気が弱くなっていく。
「スイウ、もう少し柔らかい言い方を選んでくれないかな……」
「どうせ意味は同じだろ」
スイウの言っていることは間違いなくそうなのだが、アイゼアの言い分もわからなくはない。スイウは面倒なのか
「じゃあフィロメナさんには休んでてもらうとして、問題は誰と誰が組むか、ですか?」
「それはもう決まってるよ。と言うより考えるまでもないかな」
フィロメナに集まっていた視線が一斉にアイゼアへと移る。
「スイウとエルヴェ、僕とメリーで組むのが一番良い」
「えっ?」
なんとなくペアを組むなら契約もしているスイウとだと思っていただけに、アイゼアから指名されるのは少し驚いた。同時に何か企んでいるのではないかという考えが頭をよぎる。
「『黄昏の月』の魔力は霊族にとっては気味が悪い……だっけ? 白フードたちは霊族で構成されてるって言ってたよね」
「確かに言いましたね」
「じゃあ、メリーは今回魔術を使う気がないんじゃないかな?」
考えを全て見透かしているかのような余裕のある笑みにメリーは僅かに動揺する。
読まれている。のらりくらりとしているようで、よく人を観察してるんだなと感心してしまうほどだ。
今回は研究所へ乗り込むわけではない。あくまでも普通の参加者を装って近づくのが目的だ。セントゥーロという国で『黄昏の月』の魔力を察知されれば、それは自分がメリーですと言っているのとあまり大差ない。
「その通りです。魔力を使えば相手に私がいることを気取られますし」
「だったら個人戦が得意なスイウとよりも、連携慣れしてる僕と組んだ方がきっと良い。あの鉱山の戦闘は本当にお粗末だったからね」
あの戦いはスイウではなくメリーが足を引っ張った。かなり疲弊していたのもあったが、魔力で作られた霧や自身の感情に飲まれ後手に回っていた。そこを出会ってはいけないはずのアイゼアに救われたのだ。お粗末と評価されても仕方ない。
今回も全力を出せない戦いを強いられるのは確実で、メリーを庇いながらでは連携慣れしていないスイウの戦闘力は大幅に削がれるということだろう。それなら万全で戦えるエルヴェと組んだ方がスイウのためになるというのは理に適った話だった。
「でも、それなら誰と組んでも私は足を引っ張りますよ? いっそフィロメナさんに出てもらいますか?」
「それでもメリーの方が戦力的には断然マシだな。翼を隠して戦えないわ、反応速度は遅いわでコイツは全く話にならん」
「うぅ……確かに翼なしじゃ治癒術くらいしかできないわ」
メリーの提案はあっさりとスイウとフィロメナ自身に却下された。大きな闘技場といえどフィールドが限定されているため混戦は必至だ。空中戦を封じられ、術も使えないとなればフィロメナの持ち味は死んだも同然だろう。
「大丈夫。これでも僕はいろんな強さの人と共闘してきてるし、メリーなら上手くやれるさ」
「じゃあ……よろしく、お願いします」
メリーの返事で組み合わせが確定すると、受付で出場登録をする。奥に通され、手荷物と武器の検査を済ますとすぐに選手控え室へと通されることになった。
「アイゼアには気をつけろ」
控え室に入る前の別れ際スイウに忠告される。組み合わせの話が理に適っていただけに
第17話 手を取り合うその