前章─復讐の先に掴む未来は(1)
──メナ様。フィロメナ様」
優しく肩に触れる感触にフィロメナは顔を上げた。
「戦闘は終わりました。相手は撤退していったみたいです」
目を開けると、優しく微笑むエルヴェが見える。
戦闘が、終わった……?
フィロメナはハッと弾かれたように起き上がり、慌てて荷馬車から飛び出す。
「フィロメナ様、お待ちください外は!」
エルヴェの声が聞こえる頃には、すでに外へ出た後だった。地に足がつき、正面へと顔を上げる。
「あ……」
目の前の惨状に思わず声を失った。返り血を浴びたスイウとアイゼア、手に持つ刀と槍は赤黒く染まり、雨を受けてぽたりぽたりと落ちる。
その少し手前に比較的汚れていないメリーの背中。
彼らの足元には大きな血溜まりが三つ、雨に滲んで広がっている。
「いやー、まさか刃傷沙汰になるとは。僕としてはもっと穏便に済ませたかったんだけどなぁ」
「何悠長なこと言ってやがる。斬りかかってきたのは相手が先だ、やむを得んだろ」
スイウとアイゼアはまるで何もなかったかのように、いつもの調子で変わらず会話を交わしている。
「フィロメナさん?」
メリーの声も無視し、フィロメナはゆっくりと血溜まりのそばへ寄った。赤黒い液面に自分の顔が映りこむ。
「ころ、したの……?」
そう尋ねる声は震えていた。
「三人消滅した」
「見たらわかるけどさ……だからって正直に言うかなー、それ。フィロメナと明らかに顔見知りだったの気づいてるよね?」
消滅した。
その言葉がフィロメナの頭の中で反芻 する。心臓を握り潰されるかのように、ギュッと胸の内を鷲掴みにされたような感覚が襲う。うるさい鼓動と共に浅い呼吸を繰り返す。
天族や魔族には厳密に死という概念はない。消滅して無に還り役目を終える、漠然とそう思っていた。
フィロメナにとって、見知った仲間が消滅するのは初めてのことだった。もう会うことも話すこともできないということがこんなにも心を揺さぶるものだったとは。雨に濡れて冷え切った頬に、じんじんと熱い雫が伝っていく。
「なんで殺したの……なんで、なんでっ!」
「なんでって、死ねって言われて死んでやる道理なんざないだろ」
「わかってるっ、わかってるわよぉ……」
「なら聞くなよ」
スイウのため息がどこか遠くで聞こえたように感じた。
そんなことはわかっている。仲間のために死んでくれなんて言えるわけがない。誰だって殺されたくない、消えたくないに決まってる。
だが何か言わずにはいられないほど、胸の中が苦しくて苦しくて堪らないのだ。それがたとえ八つ当たりでしかないとわかっていても。
「うぅっ、なんで……」
情けなくしゃくり上げる自分の声。
「ハッ、本当ガキだな」
スイウの言葉が背後から突き刺さる。
フィロメナは振り返り、ありったけの怒りを込めて睨みつける。溢れる涙は止まらない。
「仲間が殺されたのよ……魔族には血も涙もないわけ?」
「それが言えるのは命があるヤツだけだろ。天族のくせに人間気取りか? なら、お前は人間みたいにこの場で復讐でもするか?」
「スイウ、フィロメナを煽るのはやめてよ。これ以上死人を増やすのはごめんだ」
「死体も遺らないのに死人ねぇ……」
スイウはどこか自嘲気味に呟く。
この場で立ち向かえば、自分は間違いなく殺される。それだけはハッキリと理解できた。復讐することが正解なのか。スイウの問いに何も言葉を返せないでいた。
どうする? どうすればいい?
わからない。
何をすれば良いのだろうか。
天界には帰れない。
仲間を殺した人に同行するのか。
一人で地上界で生きるのか。
「わからない……」
どうして戦わなければならなかったんだろう。
それが天王様の命令だから?
スイウの話が本当なら、これは無駄死にだ。
いくら穢れた不浄の存在だとしても、目的を同じくするのなら協力はできないのか?
戦わずに済むのではないか?
わからない、わからない。
何が本当で何が正しいのかわからない。
天王様の命令を聞き、遂行する。そして地上界に秩序と安定をもたらし、人命を守る。それが天族の役目、存在意義。それを疑ったことはなかった。
本当にそれでいいの? と誰かが囁 く。わからない。わからないなら知らなくては。何が真実なのか、何が正義なのか。どうしてスイウの話を信じたのか。そもそもその話は本当なのか。フィロメナの中でやりきれない思いと使命感のようなものが混ざりぐるぐると渦巻いていた。
とにかく何か、何か……そう思い周りを見渡すと、天族に襲われていた三人が目に入った。天族に襲われていたなら、きっと三人のうち誰かは魔族だ。フィロメナは縋るような気持ちで、三人の方へよろよろと歩を進める。
「ちょっと、きみ天族だよね」
小さな女の子が進み出て、キッとフィロメナを睨みつけている。そんな目で見られる経験は少なく、フィロメナの心がズキリと痛む。
「……あんたは魔族?」
「そうだよ。ネリは魔族。戦うつもりなら容赦しないからっ」
自分をネリと呼ぶ魔族の少女に、フィロメナは首を横に振って否定の意を示す。
「あたしに教えて。冥界であったこと、なんで魔族が地上界へ来てるのか真実を知りたいの」
ネリは困惑しているようだった。
「どうせさっきの天族と同じ、信じてくれないもん。話したって意味ないじゃん」
「聞きたいの、お願い……」
切実だった。ネリの証言で、スイウの話の真偽が明らかになる。もちろん魔族全体が結託して、グリモワールで何か企んでいる可能性は否定できない。でももしそうであれば、最初に天界を襲撃しなかった理由がわからない。何か起こそうとするなら、真っ先に潰すべきは天界のはずだ。
魔族は天界に来れなくても、冥王の力を使えばそれも不可能ではない。むしろ死を司る冥王は、その気になれば天界に死をもたらすことも難しくはないほどの力がある。それこそ太刀打ちできるとすれば天王くらいだ。
その話は天界の天族たちも口にしていた疑問だ。冷静に考えれば、冥王を封印されグリモワールを奪われたというスイウの話は筋が通っているのも事実だった。
どうしてもっと落ち着いて分析しなかったのか。このことを丁寧に説明できていたら争わなくて済んだ可能性はゼロではないかもしれない。そして、ネリから聞いた話はスイウから聞いたものと全く同じだった。フィロメナは、そしてここにいる誰もがスイウやネリの発言が信憑性の高いものだと確信した。
「ありがとう」
「別に良いよ。それできみと戦わなくて済むんだもん」
「でもさっきの天族たちには通じなかったね。ネリの話」
ネリとその仲間の少年は疲労と安堵の混じったようなため息をついた。ソレッタの言葉が蘇る。
『話の真偽など我々には関係ないのです』
『ご命令に従い、秩序を守ることが我々の存在意義』
『天使でありたいのなら私情など棄てなさい』
命令に従い、会話で解決する道を棄てたのは正しい選択だったのだろうか。命令を守ることが目的なのか。世界の破滅を止めることが目的なのか。命令を守ることが破滅を食い止める最良の選択なのか。
天族の存在意義は?
何の為に地上界へ遣わされた?
考えてもすぐに答えの出ない問いを振り払う。
「……怪我はしてない? あたし、治癒術は使えるから」
「ネリは魔族だから治癒術はダメだよ。ヴァインとサクは?」
ネリが連れの二人に声をかける。
「ボクは平気、怪我してないよ。それよりヴァインはボクたちを庇って怪我したんじゃなかった?」
「俺は掠り傷しかないから大丈夫さ」
サクという名前の少年は怪我がなく、ヴァインと呼ばれた青年は庇ったときに左腕を怪我したのか、右手でその部分を摩っている。
「痛みも取れると思うし、やってもらいなよ!」
「え、ネ、ネリ……大したことなさ過ぎて申し訳ないくらいだから大丈夫だって」
ネリがヴァインの背を押して、フィロメナの前に立たせる。
「ヴァインをお願いね、天族ちゃん」
フィロメナは一つ頷くと、ヴァインの左腕の袖を捲る。擦り傷からは血が滲み、強く打ったのか青く痣になって腫れていた。大したことないと言っていたが、下手をすれば悪化しかねない傷だ。
フィロメナは手をかざし、治癒術をかける。柔らかな光が手のひらから溢れ、傷や痣、腫れまでもがみるみる引いていく。この程度、治癒術ならあっという間だ。
「終わったわ」
「ありがとう。へぇ、これが治癒術……」
ヴァインは物珍しそうに、しげしげと傷があったところを眺めている。見た目だけでなく、痛みまで取れていることに驚いているようだった。
今の自分にできることはたったこれだけ。改めて血溜まりに目を向ける。赤黒い血が泥水と交わり広がっている。仲間の流した血だ。彼らの存在はフィロメナの力で取り戻せない。命令を遂行する、それを唯一絶対の存在意義と疑わず無残に散っていった仲間たち。それでも彼らを殺した四人に対して純粋に憎しみを抱くことはできなかった。
自分以外のあの場にいた者全ては、殺らなければ殺られる、そういう世界に晒されていたのだ。荷馬車で縮こまっていることしかできなかった自分が何かをぶつけるのは、やはり八つ当たりでしかない。恨むなら、後悔するなら、隠れることをやめて恐怖も飲み込んであの瞬間に立ち向かうべきだったのだ。
何もしなかったくせに。何もできなかったくせに。仲間を失った悲しみよりも、殺された憎しみよりも、自分の不甲斐なさと卑怯さ、それらを悲しみや憎しみで誤魔化そうとしていた弱さが何よりも許せなかった。自分はこんなにも愚かで浅ましく、汚い存在だったのかと。
正しく、真っ直ぐに、正義を全うする誇り高き天族。それがフィロメナの理想だった。だが今は、見たくもない現実が目の前に無慈悲に横たわっている。失望とどうしようもなく行き場のない思いに、叫び出したくなる衝動が喉元で燻り続けている。
歯を食いしばり、フィロメナはしっかりと目に焼き付ける。この光景を、思いを忘れないように。
第15話 天族少女の序曲 (2) 終
優しく肩に触れる感触にフィロメナは顔を上げた。
「戦闘は終わりました。相手は撤退していったみたいです」
目を開けると、優しく微笑むエルヴェが見える。
戦闘が、終わった……?
フィロメナはハッと弾かれたように起き上がり、慌てて荷馬車から飛び出す。
「フィロメナ様、お待ちください外は!」
エルヴェの声が聞こえる頃には、すでに外へ出た後だった。地に足がつき、正面へと顔を上げる。
「あ……」
目の前の惨状に思わず声を失った。返り血を浴びたスイウとアイゼア、手に持つ刀と槍は赤黒く染まり、雨を受けてぽたりぽたりと落ちる。
その少し手前に比較的汚れていないメリーの背中。
彼らの足元には大きな血溜まりが三つ、雨に滲んで広がっている。
「いやー、まさか刃傷沙汰になるとは。僕としてはもっと穏便に済ませたかったんだけどなぁ」
「何悠長なこと言ってやがる。斬りかかってきたのは相手が先だ、やむを得んだろ」
スイウとアイゼアはまるで何もなかったかのように、いつもの調子で変わらず会話を交わしている。
「フィロメナさん?」
メリーの声も無視し、フィロメナはゆっくりと血溜まりのそばへ寄った。赤黒い液面に自分の顔が映りこむ。
「ころ、したの……?」
そう尋ねる声は震えていた。
「三人消滅した」
「見たらわかるけどさ……だからって正直に言うかなー、それ。フィロメナと明らかに顔見知りだったの気づいてるよね?」
消滅した。
その言葉がフィロメナの頭の中で
天族や魔族には厳密に死という概念はない。消滅して無に還り役目を終える、漠然とそう思っていた。
フィロメナにとって、見知った仲間が消滅するのは初めてのことだった。もう会うことも話すこともできないということがこんなにも心を揺さぶるものだったとは。雨に濡れて冷え切った頬に、じんじんと熱い雫が伝っていく。
「なんで殺したの……なんで、なんでっ!」
「なんでって、死ねって言われて死んでやる道理なんざないだろ」
「わかってるっ、わかってるわよぉ……」
「なら聞くなよ」
スイウのため息がどこか遠くで聞こえたように感じた。
そんなことはわかっている。仲間のために死んでくれなんて言えるわけがない。誰だって殺されたくない、消えたくないに決まってる。
だが何か言わずにはいられないほど、胸の中が苦しくて苦しくて堪らないのだ。それがたとえ八つ当たりでしかないとわかっていても。
「うぅっ、なんで……」
情けなくしゃくり上げる自分の声。
「ハッ、本当ガキだな」
スイウの言葉が背後から突き刺さる。
フィロメナは振り返り、ありったけの怒りを込めて睨みつける。溢れる涙は止まらない。
「仲間が殺されたのよ……魔族には血も涙もないわけ?」
「それが言えるのは命があるヤツだけだろ。天族のくせに人間気取りか? なら、お前は人間みたいにこの場で復讐でもするか?」
「スイウ、フィロメナを煽るのはやめてよ。これ以上死人を増やすのはごめんだ」
「死体も遺らないのに死人ねぇ……」
スイウはどこか自嘲気味に呟く。
この場で立ち向かえば、自分は間違いなく殺される。それだけはハッキリと理解できた。復讐することが正解なのか。スイウの問いに何も言葉を返せないでいた。
どうする? どうすればいい?
わからない。
何をすれば良いのだろうか。
天界には帰れない。
仲間を殺した人に同行するのか。
一人で地上界で生きるのか。
「わからない……」
どうして戦わなければならなかったんだろう。
それが天王様の命令だから?
スイウの話が本当なら、これは無駄死にだ。
いくら穢れた不浄の存在だとしても、目的を同じくするのなら協力はできないのか?
戦わずに済むのではないか?
わからない、わからない。
何が本当で何が正しいのかわからない。
天王様の命令を聞き、遂行する。そして地上界に秩序と安定をもたらし、人命を守る。それが天族の役目、存在意義。それを疑ったことはなかった。
本当にそれでいいの? と誰かが
とにかく何か、何か……そう思い周りを見渡すと、天族に襲われていた三人が目に入った。天族に襲われていたなら、きっと三人のうち誰かは魔族だ。フィロメナは縋るような気持ちで、三人の方へよろよろと歩を進める。
「ちょっと、きみ天族だよね」
小さな女の子が進み出て、キッとフィロメナを睨みつけている。そんな目で見られる経験は少なく、フィロメナの心がズキリと痛む。
「……あんたは魔族?」
「そうだよ。ネリは魔族。戦うつもりなら容赦しないからっ」
自分をネリと呼ぶ魔族の少女に、フィロメナは首を横に振って否定の意を示す。
「あたしに教えて。冥界であったこと、なんで魔族が地上界へ来てるのか真実を知りたいの」
ネリは困惑しているようだった。
「どうせさっきの天族と同じ、信じてくれないもん。話したって意味ないじゃん」
「聞きたいの、お願い……」
切実だった。ネリの証言で、スイウの話の真偽が明らかになる。もちろん魔族全体が結託して、グリモワールで何か企んでいる可能性は否定できない。でももしそうであれば、最初に天界を襲撃しなかった理由がわからない。何か起こそうとするなら、真っ先に潰すべきは天界のはずだ。
魔族は天界に来れなくても、冥王の力を使えばそれも不可能ではない。むしろ死を司る冥王は、その気になれば天界に死をもたらすことも難しくはないほどの力がある。それこそ太刀打ちできるとすれば天王くらいだ。
その話は天界の天族たちも口にしていた疑問だ。冷静に考えれば、冥王を封印されグリモワールを奪われたというスイウの話は筋が通っているのも事実だった。
どうしてもっと落ち着いて分析しなかったのか。このことを丁寧に説明できていたら争わなくて済んだ可能性はゼロではないかもしれない。そして、ネリから聞いた話はスイウから聞いたものと全く同じだった。フィロメナは、そしてここにいる誰もがスイウやネリの発言が信憑性の高いものだと確信した。
「ありがとう」
「別に良いよ。それできみと戦わなくて済むんだもん」
「でもさっきの天族たちには通じなかったね。ネリの話」
ネリとその仲間の少年は疲労と安堵の混じったようなため息をついた。ソレッタの言葉が蘇る。
『話の真偽など我々には関係ないのです』
『ご命令に従い、秩序を守ることが我々の存在意義』
『天使でありたいのなら私情など棄てなさい』
命令に従い、会話で解決する道を棄てたのは正しい選択だったのだろうか。命令を守ることが目的なのか。世界の破滅を止めることが目的なのか。命令を守ることが破滅を食い止める最良の選択なのか。
天族の存在意義は?
何の為に地上界へ遣わされた?
考えてもすぐに答えの出ない問いを振り払う。
「……怪我はしてない? あたし、治癒術は使えるから」
「ネリは魔族だから治癒術はダメだよ。ヴァインとサクは?」
ネリが連れの二人に声をかける。
「ボクは平気、怪我してないよ。それよりヴァインはボクたちを庇って怪我したんじゃなかった?」
「俺は掠り傷しかないから大丈夫さ」
サクという名前の少年は怪我がなく、ヴァインと呼ばれた青年は庇ったときに左腕を怪我したのか、右手でその部分を摩っている。
「痛みも取れると思うし、やってもらいなよ!」
「え、ネ、ネリ……大したことなさ過ぎて申し訳ないくらいだから大丈夫だって」
ネリがヴァインの背を押して、フィロメナの前に立たせる。
「ヴァインをお願いね、天族ちゃん」
フィロメナは一つ頷くと、ヴァインの左腕の袖を捲る。擦り傷からは血が滲み、強く打ったのか青く痣になって腫れていた。大したことないと言っていたが、下手をすれば悪化しかねない傷だ。
フィロメナは手をかざし、治癒術をかける。柔らかな光が手のひらから溢れ、傷や痣、腫れまでもがみるみる引いていく。この程度、治癒術ならあっという間だ。
「終わったわ」
「ありがとう。へぇ、これが治癒術……」
ヴァインは物珍しそうに、しげしげと傷があったところを眺めている。見た目だけでなく、痛みまで取れていることに驚いているようだった。
今の自分にできることはたったこれだけ。改めて血溜まりに目を向ける。赤黒い血が泥水と交わり広がっている。仲間の流した血だ。彼らの存在はフィロメナの力で取り戻せない。命令を遂行する、それを唯一絶対の存在意義と疑わず無残に散っていった仲間たち。それでも彼らを殺した四人に対して純粋に憎しみを抱くことはできなかった。
自分以外のあの場にいた者全ては、殺らなければ殺られる、そういう世界に晒されていたのだ。荷馬車で縮こまっていることしかできなかった自分が何かをぶつけるのは、やはり八つ当たりでしかない。恨むなら、後悔するなら、隠れることをやめて恐怖も飲み込んであの瞬間に立ち向かうべきだったのだ。
何もしなかったくせに。何もできなかったくせに。仲間を失った悲しみよりも、殺された憎しみよりも、自分の不甲斐なさと卑怯さ、それらを悲しみや憎しみで誤魔化そうとしていた弱さが何よりも許せなかった。自分はこんなにも愚かで浅ましく、汚い存在だったのかと。
正しく、真っ直ぐに、正義を全うする誇り高き天族。それがフィロメナの理想だった。だが今は、見たくもない現実が目の前に無慈悲に横たわっている。失望とどうしようもなく行き場のない思いに、叫び出したくなる衝動が喉元で燻り続けている。
歯を食いしばり、フィロメナはしっかりと目に焼き付ける。この光景を、思いを忘れないように。
第15話 天族少女の